Aimez-vous la Méditerranée?

PART 8- セレブな保養地 南仏カンヌ

PART 7 にもどる

 

モナコ・モンテカルロ駅1520分発のカンヌゆきで西に向かおうと思い、ホームに掲出された次便の編成表に従って最後尾の1等のところに並んでいたら、「15分遅れ」とのアナウンス。あらら〜。しかし、15分以上遅れて電車が入ってきたと思ったらそれはなぜかニースゆき、しかも3両の短編成で、モンテカルロ駅の長いホームの最後尾からだとダッシュしなくては乗れない感じです。むむ? ダイヤが混乱して別の便が来たのかなと思って見送ると、出発予定表から1520分の便が消えた! しかも、トーマス・クック時刻表に見当たらなかった1537分発ニースゆきなる予告が出て、それもRETARD 10 MN このretard(遅れている)という形容詞はフランス語を学びはじめてきわめて初期に会得した言葉で、学生の遅刻に厳しいフランス人の教授が「なぜ遅刻した」と多用されたので覚えてしまったのです。謎の37分発は反対側のホームから出るとのことでそちらに移ってみましたが、本当に来るのか非常に怪しい。だいたい、構内アナウンス自体が「○○分遅れ」の数字の部分を入力して流す自動放送だし、デジタルの出発予定表もいい加減でねえ。結局やってきたのは、そもそも時刻表にある1551分発のカンヌゆきで、最初に待っていたホーム、それも編成表の半分くらいの長さ・・・ 荷物を担いでまたまた反対側のホームに移り、長いホームの真ん中に停まった電車を追いかけます。西欧の鉄道ではこういうことがしょっちゅうなので驚きはしないけれど、慣れないですねえ。ところはモナコですが、同国は鉄道にはノータッチで、これはフランス国鉄(SNCF)の問題。

 カンヌゆきはどうなったの?

 

次の目的地、そして今宵の宿泊をどうしようか。ピカソゆかりのアンチーブ(Antibes)も魅惑的だけど、ホテルあるかな? 確実に泊まれそうなのはニース(Nice)か、そこから40分くらい西に進んだカンヌCannes)。せっかくカンヌゆきに乗ったことゆえ、そこまで行ってしまいましょう。決め手といえば、第一に、ニースは学生時代に一度滞在していること(ほとんど記憶にないが)、第二に、翌日の行動を考えると少しでも西に進んでいたほうがよさそうなこと、そして第三に、カンヌのほうが街が小さく、地中海に出やすいこと!

 こんな駅がいくつもある(どことも ○○ sur Mer 「海に面した○○」という駅名)

 2階建て車両の1階 右上のフックは自転車を立てかけるためのものです

 

モナコからの線路もだいたい地中海に沿っているため、車窓はすばらしい。乗っているのは普通列車で、駅ごとにかなり乗降があります。この付近はもともとトリノのサヴォイア家の支配下にあったのだけれど、PART 2で触れた経緯により第二帝政時代のフランスに割譲されたのでした。フランス領になって150年で意識もそうなっているでしょうが、景観としてはこれまで走ってきたイタリアの海岸とさほど変わりません。イタリア半島の付け根からニースあたりまでの海岸はリヴィエラRiviera)と総称されるひとつづきのもの。私たちの世代は、森進一の「冬のリヴィエラ」(1982年)というヒット曲でよく知る地名なのです。大瀧詠一の作曲でカッコいいメロディでした! リヴィエラのフランス側、英語でFrench Rivieraと呼ばれる一帯は、フランス語でコート・ダジュールCôte d’Azur 「紺碧海岸」の意味)と呼ばれる、伝統的なヴァカンスのメッカです。コート・ダジュールの中心都市がニースで、ここで乗客の半分くらいが入れ替わりましたが、乗ってくる人も多い。TGV以前のフランス国鉄の華といえばTEE(欧州国際急行・・・でもこの列車は国内だけ)のミストラル号(le Mistral)で、少年時代に手にした鉄道の本には必ずといっていいほど掲載されていました。このミストラル号はパリ〜ニース間を走っていたもので、都市間連絡ではありますが、ヴァカンス列車という意味合いもあったのでしょう。

なぜかこの便は定時をキープしたまま走り、1652分定刻にカンヌ駅に到着。この時間だから市内のインフォメに行ってもクローズしている可能性が高く、前日と同じ要領で駅付近の安宿を探すほうが賢明でしょう。カンヌといえば一級の保養地で、安宿なんてあるのかわかりませんが、さほど心配はしなくていいと思う。

このホテル!

 
  カンヌ駅に到着

 

駅前広場はさほど広くないが、バスやタクシーの乗り場、駐車場が隙間なくレイアウトされていて、日本の県庁所在地の標準的な駅みたいな感じです。いかにも駅前ホテルという感じの建物が45軒も見えるので安心しました。最初に目についたホテル・リギュールHotel Ligure)のドアを押したら母娘とおぼしき2人がいて、「部屋ありますか」と訊ねると「ウィ」とシンプルに。料金を訊く前に、「1€ 50ですが、いかがですか」。前夜のようなボロ部屋では何なので見せてもらうかなとも思いましたが、まあ場所のよさもあるし、いいか。ではお願いしますというと、記帳してくださいとかパスポートを預けてくださいといったおなじみの手続きがいっさいなく、「ムッシュ、お名前は?」(Quel est votre nom?)と語学を習いはじめのテキストみたいな疑問文。「コガです。カーオージェーアー」(C’est Koga, K-O-G-A.)と告げると、「あームッシュ・コガ。OK!」となって、キーを渡され完了。おいおい、下の名前とか住所とか要らんのか? ちなみにホテル名にhôtelのようにアクサンがついていないのは記載どおりで、当方のタイプミスではありません(フランス語の発音はテル)。そもそもLigureというのはリヴィエラ海岸の前の海(リグリア海 フランス語でMer Ligurienne、イタリア語でMare Ligure)のことですし、カンヌは欧米全体からヴァカンス客の訪れる街なので、固有名詞もそんな感じなのかもしれません。他国のヴァカンス客が1€ 50の駅前ホテルに泊まるかどうかは別にして。

 
今宵の部屋 窓からは駅が見える

 

部屋に入るとすぐおかみさんが追いかけてきて、駅サイドの部屋のほうがいいでしょうとキーを交換しました。北向きのほうがよいというのはよくわからんが、鉄道マニアだということを見抜かれたか? 部屋は広く、€ 50なのに何とバスつきで一そろいのものはあるのだけれど、かなり長いこと更新していないのがすぐわかり、水まわりなども清潔感がない。ただ、暖房はよく利いていて、「暑すぎたら消してね」といわれたくらいだから、今夜は寒くて目が覚めるということはなさそうです。このホテル、部屋に置いてある約款にもレセプションのパンフにも3つ星が記載されているのに、駅前広場側の壁面の星はなぜか1つぶん覆われていて、さては監査でやられて剥奪されたかな?

もう日が暮れてしまうので、荷物を置いて外に出ました。ホテル横の道を入ると、そこはもうお店が立ち並ぶ商業地で、進むにつれてにぎやかになってきます。ラファイエット百貨店とかスーパーのモノプリなど、フランスの都市ではおなじみの消費ゾーンがしっかりあり、ほどなくブティックやジュエリーショップなどが立ち並ぶアンチーブ通り(rue d’Antibes)。狭い道の両側にいろいろなお店が展開し、歩道には多くの人が出て活気があります。ここはひとまず2ブロックほど進み、海岸線の道路に出ました。

 
(左)黄昏のクロワゼット通り (右)パレ・デ・フェスティヴァル・エ・デ・コングレの正面

 

カジノや高級リゾートホテルなどの並ぶクロワゼット通り(Boulevard de la Croisette)は、海岸に沿って走る広々とした観光道路で、リゾート感ばっちりですね。堂々とした建物がパレ・デ・フェスティヴァル・エ・デ・コングレ(Palais des Festivals et des Congrès)。施設名称ふうにうまく翻訳できないのでカタカナで書きましたが、お祭りと国際会議の宮殿ということで、要するにここがカンヌ映画祭のメイン会場になるわけです。当方映画にまったく興味がないのですが、サッカー好きでなくてもトリノに行ったり、美術やファッションオンチでもパリを愛好していたりとけっこうめちゃくちゃですな。ブルジョワでないのにリゾート都市に泊まったりね(笑)。

  冬のリヴィエラ

 

パレを通り過ぎると海岸の堤防に出て、かなり長い距離の海岸線を散歩することができます。美しいカーブを描く海岸にクロワゼット通りが寄り添い、そこにリゾートホテルが立ち並んで、なかなかの景観です。地中海もカンヌ湾に入ってくると穏やかですね。しばらく散歩してから、いったんアンチーブ通りに引き返し、いつものウィンドウ・ショッピング。日の沈みかけの地中海がきれいかなと思って、そのタイミングを計るためです。

 
(左)クロワゼット通りの片側には、思いつくかぎりのブランドショップが勢ぞろい (右)繁華街のアンチーブ通り

 海岸堤防が赤くライトアップされ・・・

 

 

カンヌの海岸線とそこから見える地中海は、何というか「できすぎて」いて嫌だという人はきっといることでしょう。先入観のまま思い描く「地中海リゾート!」そのままの景観だから。でも私なんかは、自然そのものよりも、近代都市文明と調和した景観のほうが好きなほうなので、この感じはいいなと思います。黄昏どきなのにかなり暖かく、ロンドンやパリあたりからわざわざやってくるのもわかる気がします。

 紺碧海岸

 

堤防に置かれたイスに座って日没までどっぷり地中海を愛でて、街のほうへ引き返しました。2夜連続でコース料理を食べていますし(というかパリに来て以来それがけっこうつづいていました)、いまさらフランス料理というわけでもないので、この夜はサンドイッチで済ませよう。ところが、時間帯が遅かったのでパン屋さんは軒並み閉じてしまっていて買えるところがなさそうです。やむなくカンヌ駅の駅弁ならぬ駅サンドを€ 4.5で購入。駅サンドは高くて美味くない場合が多く(有名観光地の売店で売っているのも同じ。日本人観光客にとっては楽チンだからそういうところで買ってしまいがちだけど、要注意)、ふだんは回避しているのですが、仕方ない。何でも屋さんでビールとつまみを買い、全仏にお店を展開するワインショップのニコラ(Nicolas)で赤を1本買って、ホテルの部屋でプチ宴会だ! 東京でよく飲んでいるのが110001500円の価格帯のものですが、同じフルボトルがだいたい€ 3.86.5くらいなので、いまの相場でいえば半分弱くらい(日本が2倍強)というところですね。まあそんなものでしょうが、以前よりは割安感がなくなりました。それだけフランスワインの流通量が増えているということです(こういう消費者がいるからです!)。大好物のブルゴーニュに手が伸びかけましたが、コート・ダジュールに近いほうがいいかなと思いなおして、コート・デュ・ローヌの€ 8くらいのやつにしました。駅サンドは細かくスライスしたタマネギとキャベツをマヨネーズソースで和え、蒸し鶏を加えてはさんだもので、予想に反してかなり美味い。ひさびさのヒットでした。

 

 

テレビニュースでは、20時の時報と同時に3つくらいのチャンネルが「これより共和国大統領のテレビ演説を放送します」と告げ、例によって右手をくるくるこねながらのサルコジの演説がはじまりました。日本のメディアはほとんど伝えていませんが、この前からフランスの海外領土であるグアドループ(カリブ海の島)などでゼネストが発生して混乱がつづき、フランスのニュースは連日そればかり流しているのでそのことかいなと思いましたが、どうやら本土も含めた緊急経済対策のことらしい。私はミッテラン(在198195年)びいきで、シラクに代わったときにはちょっと落胆したものだったけど、今にして思えばそんなシラクの上品さとゆとりがなつかしい。フランス人は何でこんな男を選んでしまったのかなあ(もちろん他国のことをいえた義理ではない)。

 

219日朝、次に記す事情で列車の便が繰り下がったため、すこし余裕が生じて、前夜でお別れのはずだったカンヌ湾にまた足を運んでみました。朝の海岸はすこしくたびれた感じはするものの、空気はきれいだし、これもいいですよね。らせん階段が微妙に傾いてぎしぎしいうのが何となく怖いホテルをチェックアウト。個人情報実質ゼロで泊まれてしまう安宿なので、最後まで徹してやろうと思い、カードではなくキャッシュで支払。こちらではめったに使い道のない€ 50紙幣を置いて、正体不明のMR.KOGAのままレセプションをあとにしました。もちろんいい点をつけるつもりはないが、料金と場所がらと内容からすれば上々だったと思います。

 


PART 9 へつづく

 

この作品(文と写真)の著作権は 古賀 に帰属します。