2014 WINTER

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Part 2

 

 



ウェストミンスター寺院

 
(左)正午を告げるビッグ・ベン (右)オリヴァー・クロムウェル像


祝祭日(Boxing Day)のためかウェストミンスター寺院にはいつも以上に行列が伸びています。実は一度も堂内に入ったことがなく、今回はどうかなと思っていたのですが、また回避かな。ロンドンのキリスト教寺院といえば、ここウェストミンスターとセント・ポール大聖堂が双璧で、後者はウェールズから戻ってから訪れることにしましょう。誤解を恐れずにいえば、ウェストミンスターは「英国(イングランド)の中心」、セント・ポールは「ロンドンの中心」です。双方の位置する地区がそもそもそのような位置づけです。中世にあって自治的な色彩の強い商業都市だったシティ(セント・ポールのある地区)に対して、11世紀後半にフランスから侵攻してイングランド王位を継承したノルマン人の勢力は、数キロ上流のウェストミンスターに拠点を構えて統治を開始しました。ある時期までイングランドの政治とロンドン市政とはまったく別個でした(パリもそうです)。話のスケールは別にして、商業都市博多を含む筑前国に入部した黒田長政が、那珂川をはさんだ対岸(左岸)に築城して政治都市・福岡を造ったというのとも似ています。伝統的な経済勢力を手なずけるのって、想像するより大変だったと思いますよ。

このウェストミンスター寺院、英国の国会議事堂(Houses of Parliament)にあたるウェストミンスター宮殿Westminster Palace)に隣接しています。もともとノルマン・コンクェストを経て新王朝が宮殿として設営したところで、Parliamentが慣習化された13世紀以降に議場となりました。7年前につづいて、議事堂の庭に建てられたオリヴァー・クロムウェル卿の像にあいさつしていこう。教育実習のクライマックス、いわゆる研究授業でピューリタン革命をやったんだよね、というネタを擦り切れるほど話したので、今回はそれ以上の情報ありません(笑)。おっと、議事堂の時計台ビッグ・ベンが正午を告げる鐘を鳴らしはじめました。「ウェストミンスターの鐘」(Westminster Chime)と呼ばれるメロディは、日本の学校で用いられている始業チャイムの原型になったものです。たしかに聞き覚えはあるけれど、予想以上にでかい音ですし、15分おきに鳴らされるので、この周辺にいる人たちは「もういいよ」と思っているんじゃないかな?


 


いつも、このそばに架かるウェストミンスター橋(Westminster Bridge)の途中まで行ってビッグ・ベンの写真を撮って終わりになってしまうので、今回は対岸に渡って、テムズ川の右岸を少し歩こうかな。一度利用したことのある地下鉄のウェストミンスター駅は階段の降り口が閉鎖されており、左の写真のような掲示がありました。なるほど、年末はどのみち間引き運転になるので、その間に工事をしてしまおうということか。ここまで歩いてみて、バスはまずまず走っているようなので、仮に疲労で歩けなくなってもどうにかなりそうです。ただやっぱり、「年末の地下鉄はないものと思え」というのは、ねえ(笑)。学生にはいつもいっています。海外旅行に行ったら現地ではなるべく一人行動しなさい、友人が一緒だと、よくわからん事態に出くわしたとき「変だよね、日本はいいよね」と語り合ってしまうからです。そうではないんです。現地に行ったらあなた(私)のほうがマイノリティなのです。変だと思っても、あちらが正解なのです。・・・とあらためて自分に言い聞かせてみるわたくし。

橋の上の歩道には、いつもどおりビッグ・ベンの撮影を試みる観光客があふれています。路上パフォーマーやちゃちいおもちゃの実演販売をする人もいるね。何ヵ所かに人の輪ができているのでのぞき込んだら、小さなボールを操作して「どのカップに入っているか」を当てさせるちゃちいギャンブル。けっこう多くの人が財布から₤10紙幣を出して参加していました。おもしろいのかね。


 
テムズ右岸のクィーンズ・ウォーク I also love Yakisobaだけどwineと合うかね?

 
(左)水族館 (右)ロンドン・アイのゴンドラ

 


ウェストミンスター橋を渡りきると、右岸側にはさほど広くない遊歩道があります。クィーンズ・ウォーク(Queen’s Walk)というらしい。マクドナルドを含め、飲み食いの屋台がいくつか出ているものの、外でお茶するにはこの寒さは厳しいんでないか? ホットワインを売っているのはこの時季の欧州ならではですね。

右岸にあるクラシックな建物は旧市庁舎。その一角にロンドン水族館(London Aquarium)があります。そして何といってもロンドン・アイLondon Eye)。高いところも人が行くようなところも並ぶのも苦手なのでもちろんスルーですが、世界最大規模の観覧車です。直径135m。今回近くまで行って初めて知ったのですが、ゴンドラ1基のサイズがばかでかく(定員25名らしい)、カップルがデートでいい雰囲気になるアレとはかなり違うようです。それと、普通の観覧車はゴンドラが大きな輪っかにぶら下がっているのですが、ロンドン・アイはゴンドラが輪っかの外側に固定され、水平を保つため少しずつ回転する構造。上部に進んでも輪っかがじゃましないため景色がよく見えるのだとか。怖そう(涙)。チケット売り場にも乗り口にもかなりの行列ができていました。そういえばロンドン五輪のころは、ロンドンを象徴する絵として、テムズ川越しにこの観覧車を映したものがよく使われていました。


 
クリマとかミニチュア列車とか




この右岸側は初めてなのですが、こと河岸に関するかぎり娯楽エリアみたいですね。クリスマス・マーケットや常設仮設の遊具などもあって、たくさんの人でにぎわっている。とくに若い人が目立ちます。楽しそうね。クラシック・コンサートの殿堂ロイヤル・フェスティヴァル・ホールや演劇のメッカ、ナショナル・シアターもこの並びにあります。ミレニアム関連事業で倉庫街だったこの右岸を再開発したそうなので、全体にまだ新しいわけですね(ロンドン・アイは1999年開業)。


ロンドン・アイそばのメリーゴーラウンド ユニオンジャックとイングランド旗が・・・


次どうしようかなと市街図をのぞき込んでみたら、20代くらいの男性4名もどうする?と作戦会議中。フランス語を話していました。パリなんて電車で2時間15分だもんね。同じ大都会でも町は全然ちがうけど。



ゴールデン・ジュビリー橋 右奥は左岸側のチャリング・クロス駅


ゴールデン・ジュビリー橋から上流側を望む


ロンドン・アイの裏側というか右岸の内側に少し入ったところに、鉄道のウォータールー駅Waterloo Station)があります。例のウェリントン公が指揮を取ってナポレオンを破った戦場の名(現ベルギー領 フランス語読みでワーテルロー)にちなみます。ロンドン・パリ間を結ぶ高速列車ユーロスターは、1994年に開通してから2007年まで、このウォータールーをターミナルにしていましたが、市街北側のセント・パンクラス駅に移転してしまいました。つい最近読んだ赤瀬達三『駅をデザインする』(ちくま新書、2015年)によれば、ユーロスターのホームはアーチ状の天井が総ガラス張りになっていて、自然の採光とテムズ川の眺望に大変優れていたそうです。いま調べてみたら在来線ホームの一つ上の階層に乗り場を設けていたようですね(この構造は現在のセント・パンクラスも同じ)。せっかく見事な駅を造っておきながらまったく別の場所に移転してしまうというのは理解しにくいですが、こういうことです。2007年まで、ユーロスターはブリテン島に入ると、その大半は在来線の線路を走っていました。当然スピードは上がりませんし、在来線は英国の流儀として第三軌条式集電(架線を張ってパンタグラフで集電するのではなく、2本のレールに並行してもう1本レールを敷き、そこにシューと呼ぶ装置を当てて集電する。銀座線や丸の内線がこの方式)であったため、システムの異なる大陸側と直通させるために二重の装備が必要になってしまうのでした。ですから、英国側がHigh Speed 1という高速新線を開通させたのは非常に画期的なことだったのです。線形の関係もあってか、セント・パンクラスが新たなターミナルに選ばれ、ウォータールーの国際駅は放棄されてしまいました。私が初めてユーロスターに乗ったのは20083月のことなので、移転してすぐのこと。どうせなら新旧両方経験してみたかったですね。

ウォータールー(ワーテルロー)といえばフランス惨敗の地なので、ユーロスターに乗ってきたフランス人が最初に目にする固有名詞がこれだというのはけっこう屈辱的だったという話もあります。どうでもいい話ながら、幼少時におピアノをたしなんでいた私、発表会で「ウォーターローの戦い」(表記は原文ママ)という楽曲を弾いたことがあります。「フランス軍の敗走」という節では高音部から低音部へと16分音符がすごい勢いで下がってきて「敗走」感がたしかにあり、なかなかよくできていました。てなことを思い出しつつ、そういえばウォータールー界隈を歩くのは初めてだな、でも駅には用事ないなとか考えておりました。がしかし、翌日午前、パディントン駅からウェールズに向かうはずだったのになぜかウォータールー駅からローカル列車に乗ることに・・・なるとはこの時点で知る由もありません(事の顛末はカーディフ短訪をどうぞ)


 
(左)ゴールデン・ジュビリー橋の開通記念プレート
(右)チャリング・クロス駅

 I am here!!

 


現在ウォータールー駅を拠点にしている鉄道会社で最大のものはサウスウェスト社。これに対し、イングランド南東部へ向かうサウスイースト社は、この対岸のチャリング・クロス駅Charing Cross Station)をターミナルにしていて、テムズ川を鉄橋で渡り、ウォータールー駅と連絡通路で結ばれたウォータールー東駅(Waterloo East Station)を経由して東に進みます。東武伊勢崎線、じゃなかったスカイツリーラインが、隅田川右岸にターミナルを設けたい一心?で鉄橋を渡って浅草駅に入ってくるようなものです(ただしチャリング・クロスには浅草駅のような急カーブはありません)。この鉄道橋はハンガーフォード橋(Hungerford Bridge)というのですが、例のミレニアム事業の一環で、両側からこれをはさむように歩道橋(footbridge)が架けられました。名づけてゴールデン・ジュビリー橋Golden Jubilee Bridge)。レポートでは絶対にしてはいけない英語版ウィキペディアを参照してみると、真ん中の鉄道を運休させずに工事しなければならなかったこと、この真下、川底から数フィートのところに地下鉄が走っていてこちらに支障が出てもいけないこと、さらには第二次大戦中の空襲による不発弾が川底にあるかもしれないことなど、想像する以上にデンジャラスな作業だったらしい。そうとも知らぬまま「キレイで歩きやすく、センスのいい橋だな〜」などと思いながら、また左岸側に戻っていきました。当然のことに(と考えるようにしました)チャリング・クロス駅の列車はまったく動いていません。


最近の欧州各都市のトレンド、シェアサイクル(バークレイの広告つき)



トラファルガー広場 建物はナショナル・ギャラリー

 
大勢の人でにぎわうレスター・スクエア界隈


列車の動いていない駅の周辺に人がいるはずもなく、がらんとして寂しいかぎりです。もう少しにぎやかなところに行くかな。時間は13時くらいですが、この季節の欧州はとにかく日が短いので、明るいのはあと2時間半くらいのものでしょう。さくさく歩かねば。チャリング・クロスからわずかに1ブロック進んだところがトラファルガー広場Trafalgar Square)です。♪風に吹かれて〜白い雲のように〜 という歌を思い浮かべるのは1990年代の記憶のある人やね(気になったらお調べください)。ロンドンのランドマークっていくつかあるのですが、ここもその一つ。私も毎度来ています。高いところから広場を見下ろしているのは海軍の名将ネルソン。1805年、スペインのトラファルガル岬沖でフランス海軍を破り、ナポレオンの海上戦略を破綻させたことを記念しています。前述のウェリントンは退役したのち首相まで務めましたが、ネルソンはトラファルガーの戦闘中に被弾して死んでしまいました。何だか今日ここまで歩いてきて、英仏間の因縁ないし怨念めいた話がけっこう多いのに気づきます。両国は欧州での対決だけじゃなくて、地球上のあちこちでバトルをやっていました。ナポレオンがオランダを支配した際には、敵対するオランダ船を追って英国船が長崎港に侵入する事件を起こしたりもしています。総じてフランスは勝負弱い(笑)。

そこから緩い坂道を登ってしばらく進むと、レスター・スクエア(Leiceter Square)周辺の盛り場に出ます。ここから西へ、ピカディリーやリージェント、ここから北にソーホーといった地区がつらなり、ロンドンで最もにぎやかなところということになります。ああ、何だかロンドンぽくていいな! 英国そのものが多様性を国家理念にしていて、実際にそうなのですが、首都ロンドンのハイブリッドさとか多様さはやはり格段。ということは、わが新宿と同じで、外国人が居やすいということでもあります。まあ最近ではどことも排他的なムードが蔓延していてイヤなんですけど、排他したくなるほどの現実があるということでもあるよね。でも、多くの場合、自分が「そっち側」に行くかもしれないという想像力が欠けています。安全な場所からなら何とでもいえる


 



13
時半ちかくなっているので、そろそろ何かお腹に入れておこう。欧州最大の中華街はこのすぐそばにあり、中華街マスターをめざす当方としては大いに魅力的なのですが、それは4日後にします。昨日ロンドンに来たばかりで焼きそばでもあるまい。といってファストフードでもなあ。裏道にはなかなかよさそうなレストランも見えます。どうしようかな。で、せっかく盛り場にやってきたことでもあり、味やムードよりにぎやかさを採ることに。メインストリートに面して、さして広くないけれどお客がかなりの密度で入っているレストランがありました。よっしゃ、英国名物ジャケット・ポテトだ。フィッシュ&チップスのほうは素材とか揚げ方で味がいかようにも変わりますが、ジャケポは基本的におイモまかせ。皮つきのままオーブンで焼いたというだけの料理?ですからね。メニューを見るとプレーンにあたるButter₤5.45で、トッピングによって料金が付加されていくようです。チーズやツナをのっけても何なので、「安いほうから2番目の法則」(定食の達人、今柊二さんの格言)に従って、₤5.95Baked Beansをチョイス。飲み物はビール、だとお腹いっぱいになるので、グラスの赤ワイン(₤4.50)。

数分で運ばれてきたジャケポはげんこつ2つぶんくらいありそうなでかさで、イングリッシュ・ブレークファストでもおなじみのビーンズ(白いんげんを煮たくらかしたもの)をどばっとトッピングしてあります。美味いかどうかよりも「英国に来たぞ〜」という実感を得たい気持ちが先走っているのかな。まあ、普通に食えます。英国のみならずフランスでもドイツでも、カジュアル・レストランの食事って、やたらに量がありますので、日々そうしたものを完食していると体重増は避けられません。しかし貧乏性なのか、出された食事を残すということの精神的な負担感がすごいので、私の場合はたいてい完食してしまいます。今回も食べきった!

 

 

 

Part3 へつづく

 

この作品(文と写真)の著作権は 古賀 毅 に帰属します。