お店は閉まっているものの町を歩いている人は非常に多く、さすがリゾートです。私はといえば、歩行者専用の狭い道路を中心に旧市街中心部をぐるぐる歩いているばかり。いま何をしようかというアイデアというか出口が思い浮かばないまま、足が動くままにしています。――気づくと、白昼夢的な感じに陥っていてはっとします。視界にはたしかに初めて見るルガーノの町が映っているのに、頭の中で何か別のストーリーが展開されてしまっている。いかんいかん、疲れてきたかな。これまでの人生で3回くらいそういう症状?になったことがあるけど、旅先で、しかもアルプスの山の中で重症化したらやばすぎます。
ルガーノ旧市街
30分ほどのあいだに3度くらいその症状を自覚して、これはもう散策を切り上げて早めに宿に戻るべきだと判断しました。自分で撮った写真をいま見てみても、ほとんど記憶にないような教会の内部なんかが写っていて、どこをどう歩いたものか再現不能になっています。成田を出発してパリに入ったのが月曜の夜、いまは日曜の午後なのでさほど「外国暮らし」がつづいているわけでもないが、いずれの滞在地でもよく歩いていますし、このところ学会ワークだとかオープンキャンパスの準備とかでけっこう働いていたこともあって(それとぼちぼち齢のこともあって)、身体が黄信号を出していたのかもしれませんね。欧州に来ると元気になる反面、余計に張り切って歩いてしまう傾向も否めません。

(左)欧州各都市に普及しているシェアサイクルがここにも (右)湖畔のおしゃれなレストラン・・・と思ったらマックじゃん

旧市街付近から見たルガーノ湖とサン・サルヴァトーレ山
スイス・パスをもっているので市内バスにも乗れますが、せっかくなのでルガーノ駅まで行って、さきほどと同じパラディーゾまでの1駅を鉄道で移動しましょう。事前にガイドブックを読んだところによれば、ルガーノ駅は高台にあり、旧市街とのあいだはケーブルカーで移動するのがよいと紹介されていました。フリブール/フライブルクでもエレベータ的なケーブルカーを利用したし、こちらのにもぜひ乗ってみたい。ケーブルカーの乗り場は、市街地の小さなショッピングビルの中にありましたが、何とかの工事のため運行休止で、その間は代行バスをご利用くださいという案内が貼ってありました。動かないというのなら仕方ない、代行バスは少し離れたところから出るようなので回避して、駅とおぼしき方向へ歩いていくことにします。これがまたなかなかの急斜面! 昨日のシュピーツで湖岸から、やはり段丘上にある駅まで登ったばかりですが、今日は歩くつもりがなかったから余計にしんどい(笑)。ただ、リゾート地の駅と市街地とをむすぶメインストリートには違いないので、坂の両側にはチョコ屋さんとかお土産屋さんなどが並んでいい感じではあります。


ケーブルカー休止中のため急坂を登ってルガーノ駅へ
たっぷり15分くらいかけて、ようやくルガーノ駅の正面にたどり着きました。高台なのだけど、残念ながらシュピーツほどの眺望はありませんでした。パラディーゾは静かなホテル街で、飲食店とかスーパーなどがあったかどうか定かでないので、駅構内の小さな食品スーパーで食料を買っていこう。本来ならイタリア語圏に入ったのでどこかでイタリア料理でもというところながら、また夢遊しては困るからね。この日は昼前に一度奥歯が痛んだものの、その後はどうにか持ちこたえています。サンドイッチ食べられるかなあ。見ると、フランス的なバゲットサンドのようですがパンがふっくらしているので何とかなるでしょう。ハムサンド1本(CHF3.50)。あとは例によってビールとワインですね。ビールはChiara 1291の50cLでCHF2.00、ワインはイタリア・ピエモンテ(フランスとの国境付近)のBarberaのフルボトルでCHF7.60、それとミネラルウォーターのペットをCHF3.00で。どうも、いまだにスイスの飲み食いの相場というのがよくわかりません。ビール安すぎでしょ。なお、いまレシートを見返してみたら、サンドイッチと水は2.50%、ビールとワインには8.00%の消費税(付加価値税)が含まれていました。消費税率が高く、食料品など生活必需品には軽減税率を採用するというのが欧州各国の作法で、ここもそうみたいですね(スイスの税制は各カントンが定める)。今春、日本の消費税が8%になったときには「高いなあ」と思ったものの、フランスの21%超などを経験してしまうと、同じ税率のティチーノがずいぶん低めだと感じてしまう。のは、暗黒政権の魔術(詐術)に乗ることになるので忘れましょう。
ルガーノ駅

さきほどはホーム乗り換えしただけのルガーノ駅は、ティチーノ・カントンの中心駅だけあって駅舎も構内もそれなりに立派でした。18時04分のキアッソ行きで1駅、ルガーノ・パラディーゾへ。もう道順は心得ているので迷わず進みました。まだまだ日が高く、休むには惜しいのですが、まずは2、3時間ほど眠って不健康な状況を脱出し、そのあとシャワーを使って、読書でもしながらパブタイムということにしましょう。昼寝?したら気分がすっきりしたので、予定どおりにビールとワインで優雅なひととき。ビールの固有名詞になっている1291というのは、前述したようにスイス建国の原点といえる誓約者同盟成立の年号です。フランス(アルザス)のビールにクローネンブール1664というのがあるし、東京ヴェルディ1969とか1986オメガトライブとかいうのもその類だな(最後のやつは古すぎて私の同世代でないとわからんだろうな〜)。ワインのフルボトルなんて飲みきれるわけもなく、これも当初の計画どおり、水の入っていたペットボトルに移し替えて明日に持ち越します。
9月1日(月)も朝からいいお天気です。朝食抜きの素泊まりで予約しており、頼めば今からでも出してくれるとは思うけど、イビスの朝食は当たりだったことがないので回避。エレベータに乗ると「バジェットのお客様も、本日の朝食はイビスにご用意しております」との掲示がありました。ま、どこかでコーヒーだけ飲もう。レセプションにあいさつしてチェックアウトの刻限を確認すると、正午とのことでした。それなら荷物(キャリーバッグ)を部屋において、朝の散歩&町たんけんをできますね。この夜の宿はミラノ中央駅ちかくに予約してあります。ルガーノからミラノまでは列車で2時間もかからないので、お昼前後に移動すればいいかなという腹づもりでいます。前夜、ワインを飲みながらタブレットでSBB、じゃなかったイタリア語圏に入ったのだからFSSのサイトでタイムテーブルを確認したところ、国境の町キアッソで乗り継いでミラノ方面に向かうことがわかり、いずれも1時間に1〜2本はあるので成り行きまかせでよさそう。


朝の湖畔でモーニング・カフェラテ
ホテル街であるパラディーゾの町は、さすがに眠りがつづいているかのように静かです。イビスのはす向かいにチョコ屋さんがあり、ウィンドウによさげな品がディスプレイされていたからあとで立ち寄ってお土産を買うことにしましょう。昨日はパラディーゾ駅からホテルまでの下り坂を2回歩いただけなので、町の様子はあまり見ていません。あんがい飲食店などもありますね(当たり前か)。パラディーゾというのは英語でいえばパラダイスで、かつての「探偵ナイトスクープ!」の人気コーナーを思い出します(桂小枝がインチキくさい観光スポットなどをめぐって「パラダイスですがな」などと茶化しまくるやつ)。ま、モヤモヤとかボケの要素はいまのところ感じられませんが。
朝日が差し込む湖畔をしばらく歩いて、水上バス乗り場のそばにあった露天カフェでカフェラテ(CHF4.00)を注文。暑くも寒くもなくて、少しまぶしい湖畔で朝の一服なんて、われながら絵になるじゃん(笑)。隣のテーブルには先客のおねえさんが一人いて、サングラス+タバコ+スマホというありがちな組み合わせなのだけど、イカしております。

ケーブルカー 下の駅で
実は、パラディーゾの「裏山」にあたるサン・サルヴァトーレ山(Monte San Salvatore)に登るかどうか、前夜の段階でちょっと迷いがありました。リゾート地に泊まって何となく違和感もあるし、このうえケーブルカーに乗って展望台みたいなところに行くのもなあ、という躊躇だったのですが、他にしたいこともないし、快晴でもあるので行ってみることにしました。旧市街にまた行ったところで、さほどおもしろいこともなさそうですしね。湖畔から、イビスのすぐ横を通り抜けて陸側に進むと、ケーブルカーの下の駅があります。時刻はちょうど9時。ケーブルカーが動きはじめるところでした。山小屋ふうのカワイイ建物に入り、誰もいない切符売り場で声をかけると、「山に登りますか?」との問い。ええお願いしますといって、スイス・パスを見せると、往復CHF28のところが半額のCHF14にディスカウントされました。霊験あらたかですがパスで乗せてくれてもよさそうなところではあります。まさしく口開けで、車内には私ひとり。ケーブルカーのVIP席である最後部(ふもと側)に陣取りました。私が来る前から2人の男性が最前部に何箱ものダンボールを積み込んでいるのは、おそらく山の売店とか飲食店で使用する物品を朝の便で持ち上げようとしているのでしょう。

9時08ふんころ車両が動き出しました。すぐに国鉄の線路をオーバークロス。すぐそばに、昨日2回利用したパラディーゾ駅のホームが見えます。レールのあいだに頑丈そうなケーブルが見えるのでたしかにケーブルカーなのですが、しばらくは住宅なども見える町の中を、空中を飛ぶような感じで進むため、あまり観光ケーブルカーに乗っている気がしません。徐々にルガーノ湖が見えてきて、昨日歩いた湖畔の様子が一望できるほどになりました。ただ、この段階ではまだ、このケーブルカーを甘く見ておりました。おお、上の駅に着いたかなと思ってホームを見ると、なぜか反対側に別の車両。ケーブルカーなのだから2台の車両がつるべ式に上下するんじゃないのかなと不思議に思ったら、車掌?の男性が「あちらの車両にお乗り換えください」と。ん?
途中駅で車両を乗り換えて、さらに上へ
なるほど、サン・サルヴァトーレはけっこうな標高の山(912m)なので、一対のケーブルカーだけでは登りきれず、途中で2段に分けているわけですか。「上段」のほうは相当にすごくて、これまで見たことがないほどの急斜面を、けっこうな速度で登っていきます。木立あり、岩壁ありで、それにしてもよくもこんなところに線路を敷き、ケーブルを張って車両を走らせようという気になったものだと感心せずにはいられません。ケーブルで引っ張っているとはいえ重たい電車がよく滑落しないものですね。往復CHF28というのは決して安い運賃ではないものの、たしかにそれくらいの値打ちがあるなと思いなおしました。途中でパラディーゾからルガーノ、さらにはその先のほうまでの景観が見通せる場所が何ヵ所かあり、線路が急勾配であるため町の景色のほうが「壁」のように見えるほどです。こりゃすごい、乗ってよかった。パラダイスですがな。


おそろしく急角度で登っていくケーブルカーの車窓から、パラディーゾの町を望む
それでもトータル15分くらいだったかな? 上の駅に到着。下に伸びていく線路が緑の中に吸い込まれていくように見えます。そもそも曲線がかなりあるケーブルカーというのも初めて経験しました。相当高いところまで登ってきたことは、体感する気温でもわかります。サミットが標高900mを超えるわけだから当然で、それにしては上着なしの軽装で来てしまいました。晴れているから風邪を引くことはないでしょう。

ケーブルカー 上の駅
駅を降りたところに付近の案内地図がありました。イタリア語・ドイツ語・フランス語・英語の4言語でガイドがあります。ここから尾根を縦走して3〜4時間往くコースもあるようですが、それはもちろん遠慮して、手近なところに912mの展望台があるようなのでそこをめざそう。外国の知らない土地で、山の中をひとりで歩くというのも本来はスリリングなのですが、朝イチのケーブルカーでひとりだけ登ってきたわけですし、天気は最高にいいし、こんな山の上で悪いことをしようというやつもたぶんいないしで、とくに問題はないのでは。駅から少しだけ階段を上ったところに、ちょっとした展望台がありました。ここからは、いま登ってきたケーブルカーの線路に沿った方向が望めます。パラディーゾは足許なのでむしろ見えず、昨日ふらふら歩いたルガーノ旧市街のほうがくっきりと見えます。その向こうには、山並みが幾重にも連なり、行く手を阻むようにも見える。もしかすると、いま立っているサン・サルヴァトーレ山も、ドイツとイタリアをむすぶ旧街道を見張る烽火(のろし)台か何かに使われたかもしれません。

ルガーノ市街を望む
少し登ると、サン・サルヴァトーレ美術館(Museo
San Salvatore)がありました。その裏手の階段を進んだところに、英語で放送基地(Broadcasting Station)と呼ぶ無人の施設と電波塔があります(2つ上の写真の地図で●の場所)。さきほどとは逆に、山の南斜面に向かって小さな展望台がつくられていて、イタリア方面が望めました。いやは〜、これはいい眺めです。しかしどうやら、まだ登る道がつづいているので、もっと高いところから眺望することができそう。「リゾート地で展望台に登って景色を眺めるなんてベタ」などとヒネたことを考えていた昨夜の自分を恥じ入り、空気の澄んだ朝早くに登ってきた幸運に感謝しよう。あれですね、ここ数回の欧州ツアーでは、意識的に「国民国家の周縁」みたいな場所を回って、近代とはかくも切ないものなのかというストーリーをデフォルメしながら歩いていたような気がするのですが、今回は事前に予想したとおりにネーションの呪縛から私自身も解放されて、のびのびツーリズム。旅人としてはそちらのほうが本来は正しいのです。

電波塔展望台からアルプスの高嶺を望む
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