最近は早めに外食して、ホテルの部屋で過ごす夜の時間を長くとろうという方針というか、そんな感じの時間配分が多くなりました。なぜだか外国に出ると二日酔いというのはほとんどないのだけど、かなり歩くので疲労を持ち越してしまいがちなのです。ただそれにしても晩ごはんには早いので、どこかでコーヒーでも飲みながらメモの整理をすることにしよう。夕方にさしかかって薄暗くなったスターリ広場にはいくつかカフェがありますが、ガラス張りで表から様子が見える店の雰囲気がよさそうだったので、入ってみました。Čajna
Hiša Chaという店内は広くなく、テーブルの間隔が狭くて、すでに満席に近い状態。どうやら茶葉の小売りが本業らしく、ガラスケースに多様な商品をセットしています。コーヒーのつもりだったけれど紅茶にするかな。と思って、しゃれたメニューブックを開くと、主力は日本茶と台湾茶でした。あらら。Chaというのは「茶」だったわけね。さすがに日本茶という気分にはならないので、Formosa Finest Oolongと英語で書いてある品をオーダーしました。フォルモサというのは「美しき島」という意味で、ポルトガル語で台湾のことです。

運ばれたのは小さな鉄瓶に入ったお茶と、まさしく紅茶用のカップ。ウーロン茶と紅茶は発酵の度合いが違うくらいで(前者は途中で中断する)まあ飲み物としてのテーストはあまり変わらないような気がする。のはアマチュアなのか? 飲んでみるとまさしく普通のウーロン茶で、ファイネストというほどのものかどうかは不明(€2.30ですし)。でもたまにはお茶でゆったりというのもいいかもしれません。旧社会主義圏でこんなものを飲んでいるというのも不思議な感覚ではあります。読書などしてしばらく過ごすうちに、周囲のテーブルのお客が入れ替わりはじめました。そのうち70歳くらいの紳士が入ってきて、私のテーブルに相席してよいかと請います。この手の店で相席する習慣というのはあまり見ませんが、慣れた感じなのでいつもそのようにしているのか、あるいはこの店の常連で、ルーチンとしてお茶を飲むことにしていて込んでいても入ることにしているとか。とくに問題はないのでどうぞと勧めました。英語が通じているかどうかはわかりません。18時が近づいて、お先に失礼、よい夜をと紳士にあいさつして席を立ちました。さすがに茶葉のお土産を買うことはありませんでしたが。
夕食もこのあたりかなと思って前後を眺めて歩くと、スロヴェニア料理のメニューを掲出した渋い店があり、これはなかなかよさそう。しかし私が表のメニューを見ているあいだに、若い日本人カップルが現れて中に入っていったので、こちらは入店取り消し(笑)。ザグレブでも日本人とニアミスがあったし、自分がありがちな行動をしているというのはどうも嫌なので。そんなにオリジナルなことばかりしているわけではないのにヒネクレていますね。その隣に小さなレストランがあります。こちらもいい雰囲気で、メニューはごく普通の欧風料理ですが、入ってみよう。何かの縁だ。


店名はMarley & Meで、アメリカのベストセラーに由来するものらしい。いまサイトを開いてみるとやけに漫画チックでわいわいという感じなのだけれど、私が入店したときには3人家族が先にいただけで静かなものでした。田舎の家みたいな内装で、兄弟に見えるスキンヘッドの2人が切り盛る小さな店のようです。フロアを担当する30代くらいの男性は非常にソフトな態度で話しかけてくれます。何はなくとも生ビールを発注。大小どちらになさいますかということなので当然large oneと。0.5Lですね。ユニオンというこのビールはスロヴェニアの代表的な銘柄らしく、現代史博物館のすぐ近くに工場があったのを見ています。先ほどスーパーでパブタイムの燃料を物色しているときには、プレーン?のものだけでなく、レモンやグレープフルーツなどのフレーバーも見かけました。レストランで出されるビールはプレーンなのでしょうが、少しだけフルーツの感じがしてさわやか。すいすい入っていくねえ。さて料理は、前夜につづいて内陸部なのだけど魚を選択し、サーモンのハニーマスタードソースを頼みました(料理名はfile lososa v pisanem popru s pečenim kropirjem, zelenjavo in
medeno gorčičnim prelivom / salmon fillet in colorful pepper with baked
potatoes, vegetables and honey-mustard dressing)。まあフランス料理だよね(笑)。あっという間にジョッキが空き、カウンターからこちらをのぞき込んだお兄さんがお代わりを訊ねたので、白ワインのグラスにしてもらいました。

少し間が空いて運ばれた料理は、かなり厚いサーモンの切身を中心に、ズッキーニ、パプリカ、ナスをソテーしたもの、ポテトを素揚げしたもの、カブの酢漬けなどを立体的に盛りつけてありました。カジュアル・レストランにしては美的センスにこだわっている感じです。サーモンはいい焼き具合。この厚さにきちんと火を通すのは難しく、フライパンで表面を焼いてからオーヴンでじっくり仕上げたのかもしれません。味つけもよい。そして付け合わせの野菜がめちゃ美味しい! 飾り包丁を入れたニンジンは本当に飾りなのかとも思いましたが、試しに食べてみたらこれもピクルスになっていました。盛りつけの美しさといい、料理が本当に好きな人がつくっているのだろうなというのがわかります。向こう側の家族は両親と20歳くらいの娘で、ドイツ語らしい話し声が聞こえてきました。運ばれた料理に娘が声を上げ、スマホで撮影していましたから、同じような感想なのかもしれない。サーモン€14.90、ビール€2.90、ワイン€1.70、食後のエスプレッソ€1.30で〆て€20.80。ドリンク類もずいぶん安いですね。たまたま入った店でしたが大変満足です。ドアまで見送ってくれたお兄さんに、サーモンのディッシュは一見カジュアルですがとても洗練されていて美味しかったですと感想を述べると、「シェフに伝えます。喜ぶと思いますよ」と。人生で初めてsophiscatedなどという過去分詞を口から発した気もする(^o^)。
2月23日(木)はお天気いまいち。実は山上のリュブリャナ城からの眺めは晴れてからと思って温存していたのですが、このぶんだとむしろ天候が悪化する恐れもあるので、この日のうちに訪れるしかないかな。でも午前は少しだけエクスカーションというので、リュブリャナの北西約20kmにある古い町クラーニュ(Kranj)に行ってみることにしましょう。インターネットの時刻表で調べたところ10時の便がちょうどよさそうだったので、9時ころホテルを出てゆっくり駅まで歩きました。窓口でクラーニュまでのシングル・チケットをといったら、女性駅員は少し訛りのある英語で、「トレインっておっしゃいました? 本当にトレインでクラーニュに行くのですか? バスではなくて?」と聞きます。――Yes, I like train. とっさにそういったけれど、likeは「そっちのほうがいい」という意味でもあれば、趣味的に「鉄道がスキ」という意味にもなり、先方はどのように受け取ったのだろう。どうやらクラーニュまでの移動に鉄道を利用するというのはあまり一般的でないようです。まあしかし、鉄道職員なんだから鉄道を勧めろや。片道切符は€2.58。


前述したように、この駅は切符売り場などのある駅舎からホームまでがかなり離れていて、えんえん歩かされます。乗車するのは10時ちょうど発のイェセニツェ(Jesenice)行き2406列車。10分くらい前にホームに行ったら、なるほど閑散としていて車内を含めてあまり人の姿がありません。3両編成の電車で、車両の真ん中に乗降口がある、欧州のローカル線でしばしば見るタイプ。乗り込むと左右どちらに進んでも一段高いところに座席が配置されています。こちらのホームはかなり低いので、日本の低床式バス(ないしトラム)のような設計にして、台車のない中央部分に乗降口を設けているわけです。ただ、車両の側面いっぱいにグラフィティ・アート(アートという名の、スプレーを使った落書き)が描かれていて個人的には不快です。パリの地下鉄もずいぶんひどかったけど最近は少し落ち着いてきました。さて発車間際になってぼちぼち人が乗ってきて、それでも各ボックスに1人ずつという程度。ところが定刻になっても発車する気配がなく、10時05分になってようやく肉声のアナウンスがありましたが当然わかりません。何かの都合で遅れますといっているのに違いなく、周囲の乗客がさほど反応せずそのまま座っているので、動くのは動くのでしょう。10時18分になってようやく発車しました。あっという間に郊外というか森の中に突入し、結構な速さで走ります。10時45分ころクラーニュ駅に到着しました。


クラーニュ駅
国鉄のクラーニュ駅は、スロヴェニア第4の都市の玄関としてはあまりに貧相で、日本のローカル線の駅そのものでした。味わいがあっていいけどね。駅前には貨物列車の引き込み線とプラットフォームがあり、これもかつて地方の国鉄でよく見た感じでした。高速道路網が広がってトラック輸送が本格化する前は、荷物を運ぶのは鉄道に決まっていたんですよね。ほとんど当てにされていない鉄道の駅を後にして、クラーニュの市街に向かいます。坂道を下ってゆくとサヴァ川を渡り越す主要道路の橋がありました。前述のようにサヴァ川はリュブリャニツァ川を合わせ、ベオグラードでドナウ川に合流します。対岸(左岸側)が市街のようで、ずいぶん高いところに建物が見えています。なるほど、サヴァ川をはさんで河岸段丘ができていて、右岸側に国鉄が走り、左岸側にクラーニュの町がつくられているというわけね。人通りはほとんどなく自動車の交通量もあまりないので、川の流れる音が直接響いてきます。Centerはこちらという表示に従って歩くと(センターの綴りはアメリカ式なんですね)、橋のたもとから一直線に段丘上に登っていく坂道になりました。バスが私を追い越して、かなりパワフルな感じで勾配を登っていきます。
300mほどつづく坂を登り終えると、町らしきところに出ました。マイストロフ広場(Trg
Maistrov)という小さな広場があって、そこから北が新市街、南が旧市街のようです。クラーニュの町は、先ほど渡ったサヴァ川とコクラ川(Kokra)の合流地点に形成されており、旧市街は両河川にはさまれた半島のような部分にあたります。ただ、いま見たようにかなりの標高差がありますので、合流地点の側から見ればそびえ立つ崖の上に町があります。古代から各種の拠点だったというのもうなずけます。

サヴァ川を渡って坂道を登る
両河川によって先端が徐々に狭められていく旧市街の範囲はかなり狭く、長方向はマイストロフ広場から南にせいぜい500mくらいです。行き止まりなので迷うこともなく、先っちょまで行って折り返すという単純なプランが成立。この地区のメイン・ストリートはプレセルノヴァ通り(Prešernova ulica)で、車両乗り入れが規制された商店街になっています。11時を回ったところなのでランチにはまだ早く、飲食店にもあまり人影が見えません。率直にいってスロヴェニアに来るまでリュブリャナ以外の都市名を心得ておらず、どこに行こうかなと地図で探してクラーニュを知ったくらいです。きれいな町なのでツーリスティックな魅力はありそうなのだけど、この種の都市は欧州の各地にあるしねえ。1ブロック進んだところにグラヴニ広場(Glavni
Trg)という小さな方形広場。何をどう読んでよいのかわからないスラヴ系言語ですが、あちこち歩いているうちに共通項に気づくこともあります。グラヴニはたぶん英語のmainだなと。チェコの首都プラハでは中央駅に相当する駅をhlavní nádraží、隣国スロヴァキアの首都ブラチスラヴァではhlavná stanicaと表記していました。HとGが入れ替わる現象は種々目にしており、だとするとザグレブ中央駅(Glavni Kolodvor)も同じ形容詞がかかっているのでしょう。ザグレブのほうを本駅でなく中央駅と書いたのは、英語がCentral
Stationだったため。プラハではMain Stationといっていました。ここクラーニュの小さな広場は、つまりメイン・スクエアということになります。メインとはいっても野球場の内野より狭いくらい。
広場に面しておなじみの i マークが見えました。ツーリスト・インフォメーション(観光案内所)ですね。とくに案内を請いたい件もありませんけれど、他の客がなかったので中に入って、カウンターの女性に無料の地図つきパンフレットをもらいました。どちらからいらっしゃいましたかと定番のお訊ねがあるくらいで、ここを見てくださいといった情報はとくにありません。
グラヴニ広場
落ち着いた彩色の建物は高さがほぼそろえられ、石畳の感じもあって、居心地のよい景観を演出しています。欧州の都市は旧市街でそのような努力をして、経済活動のメインは新市街でというところが多い。観光資源になりますし、都市や地域の人々にとって歴史や伝統を意識させ、愛着を深めさせる効果が存分にあります。変な右翼言説を振りまくよりよほど愛○心の醸成に役立つと思うんですけどね。広場と呼べる部分はわずかながら、リュブリャナのスターリ広場と同様に細長い普通の道路まで広場(trg)といってしまいますので、グラヴニ広場も南のほうでは普通の道です。そこに面して、ずいぶん渋い教会が見えました。聖カンティアヌス教会(Župnijska cerkev sv. Kancijana in tovarišev)だそうです。そういえば、クロアチアとスロヴェニアの首都を歩いてきて、もとよりキリスト教文化が全体に浸透しているのがわかるのですが、教会の規模はそれほどでもないなと思います。フランスやドイツの教会はでかいからな〜。狭い山(崖)の上に拠点を築くという発想が中世ですし、それが西欧でみるような近代都市への発展に直接つながらなかったということか。結果として、派手さのない静かな町の魅力が伝わります。

聖カンティアヌス教会とプレシェーレン劇場
教会の南隣はプレシェーレン劇場(Prešernovo
gledališče)。プレシェーレンはスロヴェニアの国民的詩人で、リュブリャナの三本橋前に銅像がありました。最後の3年間をクラーニュ旧市街で過ごしたのだそうです。劇場前に置かれた像の台座を見ると、1849年2月8日に亡くなっているようで、前年のウィーン体制崩壊を機に欧州全域がいよいよ近代の国家間闘争に突入するころだったのですね。そのころスロヴェニアはずっとオーストリア領ではあるのですが、人々の生活はどんな様子だったのだろう。
劇場より先はカンカリエヴァ通り(Cankarjeva
ulica)と名前が変わって、大半が普通の民家と見受けられるカワイイ建物の並ぶゾーン。その突き当たり、聖ボシュティアン教会(Sv. Boštjan, Fabijan in Rok)と、かつての見張り台だったとおぼしき鉛筆型の小さな搭が見えます。旧市街の南端まで来たわけです。


クラーニュ旧市街の先端部はサヴァ・コクラ両河川の合流部分を見渡す位置にある 聖ボシュティアン教会とプンゲルト搭
崖のかなりキワキワのところまで木板をはめ込んだ遊歩道がつづいており、眼下のコクラ川を眺められるようになっていました。安全なのはわかっているけど高いところ苦手なんだよな〜。川面からの高さはたぶんビルの10階以上はあって、よくもこのような地形ができたものだと思います。鉛筆型の建物はプンゲルト搭(Stolp Pungert)。カフェを営業していますが、円筒形の部分自体は何だかの事務室になっている模様で、搭に入ってもいいですよと読めます。声をかけてみると、塔内の階段にいろいろ展示物があるのでごらんくださいと簡単な案内がありました。丸い壁面に沿ってらせん状に登っていく階段には、イラストや地図、写真でこの付近の様子を紹介する展示があります。ただ残念ながらスロヴェニア語以外の表記がないので完全に理解不能。展望室みたいなのがあるのかなと思えばすぐに行き止まりで、展示以上の公開はしていないようです。いまクラーニュの観光案内などをサイトで探しても英語表示がほとんど見られません。日本でも東京と地方都市では英語での発信量が違うからやむをえないかもね。

行き止まりの半島部分なので、気分を変えて、戻りはカンカリエヴァ通り〜グラヴニ広場の一筋東側を並行するタヴカリェヴァ通り(Tavcarjeva ulica)を歩いてみました。こちらはいっそう普通の住宅街感がします。先ほどの劇場や教会を裏側から眺めながら歩くと、ツーリスト・インフォメーションのところから東に延びる道にでました。このポシュトゥナ通り(Poštna ulica)はコクラ川を高い橋で渡り越して対岸と結んでいます。ベビーカーを押してくる女性など、それなりに人通りがあります。規模は向こうのほうがかなり大きいですが、スイスの連邦首都ベルンも河川が陸地を削り込んだ真ん中の崖上に形成されていて、高い橋で両岸と結ばれていました。架橋される前はどのような行動パターンがあったのでしょうね。その先のタヴカリェヴァ通りは裏原宿ならぬ裏クラーニュといったテーストで、民家を改良したような小物屋さんや飲食店などがいい感じで並んでいました。


旧市街をゆっくりと回ったつもりが、何しろ範囲が狭いので、正午過ぎには一周してしまいました。新市街のほうに少し出てみると、そのあたりは図書館などの文化施設や大型ホテルなどが並ぶゾーン。市街はその北側に広がっています。そちらは変哲があるわけでもない普通の都市景観なので、ちょっと早いですがクラーニュ散策はここでおしまいにしよう。リュブリャナへの戻りはバスにしようと思います。国鉄職員のおすすめに従ってというのもありますが、いろいろな乗り物を試してみたいのもあります。それに正直に申しますと、下りとはいえあの長い坂を歩いて、サヴァ川対岸の国鉄駅に行くのは気が重い。「地球の歩き方」によれば、バスターミナルは新市街のかなり奥のほうにあるのですが、旧市街出口に近いクレイナ・ホテル前にも停留所があるそうなので、そちらに足を運んでみました。
停留所に近づく前に大型バスが現れ、どうもリュブリャナ行きのような感じでしたが、出発してしまいました。バスは乗り間違えるとおかしな方向に行ってしまうので慎重になったほうがいい。あらためて掲出してある路線図や時刻表と照らし合わせると、見送ったのは12時26分の便で、次が41分と頻発しているようです。ここも表記がすべてスロヴェニア語ですが、タイムテーブルの書式は日本とまったく同じなので困ることはありません。定刻どおり大型観光バス仕様の車がやってきました。運転士さんにリュブリャナ行きであることを確認して乗車。先払いで€3.60です。


対岸の段丘上から見たクラーニュ旧市街 写真中央に聖ボシュティアン教会とプンゲルト搭が見える
リュブリャナ〜クラーニュ間は約20kmなので、西欧の首都の感覚だと鉄道での移動が一般的でしょうが、ここではバスが優勢なのは見るからに明らかです。ただ距離(乗車時間30分強)にしては車両が立派すぎます。おそらくこのバス会社がリュブリャナをハブにしてあちこちへの中・長距離便を運行しており、車両もなるべく統一して合理化を図っているのだと思われます。いい車両に文句をいうつもりもなく、ゆったり。来るときにじわじわ登った坂道を一挙に駆け下り、国鉄駅の手前でまた勾配を登って、対岸の高所に出ました。サヴァ川の渓谷越しに旧市街の様子が見て取れ、なかなかすばらしい眺めです。リュブリャナまでは林と畑ばかりの、分岐する道路がほとんどない対面通行の一本道で、でもスロヴェニアの主要国道だろうと推測します。20代までは国内旅行をずいぶんしており、鉄道を軸にしながら地方都市の郊外へはこんなバス移動が多かったなと思い出します。その後の社会変化で鉄道も路線バスも、地方では剥ぎ取られ、そうした交通インフラそのものが劣化の一途をたどりました。北海道とか東北とか、都市部以外はずいぶんご無沙汰です。私の行動範囲も変わってしまったものね。
13時15分ころリュブリャナのバスターミナルに到着。前述のように駅の真ん前です。別のバスを見ると、ザグレブ行きはもちろんドイツのミュンヘンに向かう便もあるようで、€25からとボディに広告がありました。ミュンヘンのあるバイエルンって、オーストリアのそのまた先だからずいぶん遠いんじゃない?


リュブリャナ・バスターミナル
ややガスっているもののどうにか晴れているような空模様なので、いまのうちにリュブリャナ城に登って、町の様子を高いところから俯瞰することにしましょう。駅前広場にはバスの切符売り場や待合所のある小さな建物があり、キヨスクが営業中だったので、チョコ入りクロワッサンを1個だけ購入(€0.89)。今日もちゃんとした昼ごはんは不要で、万一空腹になったらまた何かを買ってつまめばいいだけの話です。気分の上でクロアチアとの違いは何といってもユーロが使えること。買い物するときにいちいち計算するわけでもないのだけれど、ユーロならば相場感がわかるし、お札もコインもすべて承知しているので瞬時に取り出せます。買い物に躊躇しないといったら大げさかもしれないが、「めんどくさくない」のは確か。
駅前から南にまっすぐ伸びるレスリェヴァ通り(Resljeva cesta)を歩いてみます。小学校や高校などもあって伸びやかなエリア。この道を進むとリュブリャニツァ川を竜橋で渡ることになります。首都のなじみの景観に戻ってきました。竜橋を渡った先、昨日訪れた中央市場のもう少し先に、リュブリャナ城(Ljubljanski grad)に登るケーブルカーの乗り場が見えました。単線の線路を1台のゴンドラが上下するだけのシンプルな造りで、そのゴンドラが全面ガラス張りというなかなかおしゃれなものです。2006年に開業したそうなので、お城に登るというのは最近まで長いこと体力を使うことだったのですね。スロヴェニアが独立国となり、EUにも加盟して、各国からのツーリストに向けた目玉のスポットを整備したいという願いがあったのだろうと想像します。

ケーブルカーはガラス張りのハコ
ケーブルカー久しぶりだな。2ヵ月前に、夜景観賞で有名な香港のヴィクトリア・ピークに登ろうとしたら2時間以上待つとのことで回避しています。何だったら夜景は要らないから乗り物だけ使わせてほしいくらいなんだけど(笑)。ちょうど1年前に、ドイツのハイデルベルク城に登ったときに利用したのが最後でした。あそこも急峻な崖の上でした。往復チケットを買ったら€4(片道だと2.20)。すぐにガラスの箱が下りてきて、私を含む数名を乗せて上昇しました。リュブリャニツァ川を中心としたリュブリャナの町が、スマホやタブレットの画像を指でつまんだような感じで縮小されていき、1分ほどで上の駅に到着。
PART6につづく
|