|
本年度の授業は終了しました。
みなさんの今後のご活躍と学びの充実を期待しています。
REVIEW (7/17)
*文意を損なわない範囲で表記や表現を改めています。掲載を省略したり、複数のものを統合したりする場合があります。
■私がいましていることが歴史の中でどういう位置にあるのか、どうしていまのような教員養成制度になったのかがわかっておもしろかった。(文)
■教育者は高等教育以降で自分が学んだようにしか教えられない。中等教育の教員になるには、大学で学部・学科の専門科目を学ぶとともに、教員になったあとも自分の専門を学びつづける姿勢が重要であると考えた。全14回の学びを活かして、今後の教育課題について考えたい。(文)
■教員養成のしくみと歴史を知ることは、教員を志望する私たちに、どのような期待が込められ、どのようなねらいをもって教育されているかを考えるきっかけになると感じた。「制度の中にいる自分」という視点に立って、自らの立場を再考してみようと思う。(教育)
■教職科目がどのように設置されているかというのは、どのような教員を採用したいのか、ということであり、それは国としてどのような公教育を国民にほどこしたいのかということと密接に関連していることがわかった。逆にいえば、どのような公教育が提供されるのかは、教職科目をいかに学ぶかということに直結している。この教職科目での学びを通じて、公教育を担うにふさわしい人間になれるよう、4年間しっかり学んでいきたい。(政経)
・・・> 惜しい。教職課程≠教職科目です。教職課程(教員養成)のメインは、教職科目ではなく学部・学科の専門課程。開放制ですから。
■専門機関型から開放制へという日本の教員養成の変化を初めて知りました。現在の開放制教員養成の端緒とされる面に、教育スキル習得の不十分さということがあったので、授業だけでなく自分から学んでいきたいです。(基幹)
■教員養成が、戦前の師範学校中心の制度から、大学で専門的な学問を学ぶ開放制へと変化したことがわかった。教員には教科の知識と教える技術の両方が必要で、大学でも学びつづける姿勢を大切にしたい。(教育)
■日本の教員養成のしくみの変化(師範学校→開放制)を知り、早稲田の教育学部で(教職課程をとらないかぎり)教育について学ばない理由がはっきりと理解できた。生徒への発問、板書の仕方などの実践的内容のほうが、学校という環境の中で表に出やすい。しかしそれはあくまでそれぞれの教科を探究していったうえで身について、学問的素養に附随するものであること、教育者は自分が学んだようにしか教えられないことと結びつけて考えると、開放制のもとで専門的に学ぶのをおろそかにして表面的な教育方法にだけ重要性を置くと、生徒に中身のあることを教えられず、それこそ生徒に「先生この科目を勉強する意味があるの?」といわれてしまう対象になってしまうと思った。(教育)
■昔と比べると教育のあり方が変わっているのだと感じました。当たり前ですが・・・。(教育)
・・・> そう、当たり前(笑)。ていうか、この科目はそういうこと(教育のあり方が変わってきた話)を学ぶ科目なんだってば(汗)。

坊っちゃんとマドンナの像(松山市)
■専門機関型の短所は、開放制の短所よりも、教員として致命的なのではないかと思った。(教育)
■いま残っている大学の中には、もともと師範学校だったところも多くあるということを知った。時代や風潮が変わるとともに教員養成のかたちも変わっていったことがわかった。(文)
■今回は師範学校や高等師範学校の話を多めにしてもらって、復習になりました。戦前のエリート教育も、のちの開放制も、学問の重視ということに集中しています。教育するためにどういう課程をつくるかということ以上に、教師は教科の専門家であり、自分の学んだようにしか教えられないのだと思います。(教育)
■高等師範学校の先生には、誰がなったのか? (基幹、類例複数)
・・・> 高等師範学校や女子高等師範学校、旧制高校などの旧制高等教育機関は、ほぼ大学と同じ。大学院で研究を修めた人が就任します。いまの「大学教員」と同じです。
■私の高校で日本史を教えていた先生も國學院大學出身でしたが、國學院の日本史における強みはどこから来ているとお考えでしょうか? (教育)
・・・> 明治期において、国史学(のちの日本史学)の路線をどのように定めるか、とくに当時は国家の公式見解ともなりうる帝大文学部の国史学講座をどうするかというのが問題になりました。雑な整理になりますが、江戸期の国学や水戸学などの系譜を引くものと、欧州から移入されたランケ流の歴史学を国史にも(国史にこそ)導入するべきだという流れがあって、後者が主流になり、前者の一部が國學院に拠って国史研究のひとつの流れになった、という感じです。最近は駅伝も強いですよね。
■「坊っちゃん」に出てくる、バイパス・ルートで教員になった話がとくにおもしろかった。(文)
■「坊っちゃん」は読んだことがあったが、習ったことがこんなにも出てきていて驚いた。(教育)
■「坊っちゃん」久しぶりに読みました。そういえば教師の話だったのだと思い出し、いま自分が学んでいるからこそ、作品への理解も深くなりそうだなと感じました。(教育)
■以前「坊っちゃん」を読んだことがあって、そのときは師範学校に注目していなかったが、当時の教員養成のシステムなどを学んだうえで読みなおすと非常におもしろくて、今後教職科目を学ぶモチベーションになった。(文構)
■「二十四の瞳」を読んでみます! (教育)
■「坊っちゃん」や「二十四の瞳」のような文学作品から当時の教育の様子を知るのはおもしろいと思った。以前に「坊っちゃん」を読んだときには、「昔はいろいろな種類の学校があったんだな」くらいしか考えなかったが、少し知識を得て読みなおしてみると、また新たな発見があっておもしろそうなので、読んでみようと思う。(教育)
■アンリ・ファーブルの話が出てきて、幼稚園での出来事を思い出しました。私が通っていた幼稚園では読書の時間があり、3年間で一定数の本を読むと全園児の前で表彰され、本をプレゼントされることがありました。私が表彰された際に先生からもらったのが「ファーブル昆虫記」でしたが、いま思えばなぜ昆虫記だったのでしょうか。3年間とくに虫に関する本を好んで読んでいたわけでもないし(むしろ嫌いなほうでした)、あれは何かメッセージ性のあるものだったのでしょうか。(文構)
・・・> 先生の趣味じゃない?(笑) 真意は聞いてみないとわかりませんが、ファーブル昆虫記とシートン動物記は、自然科学の書というより児童文学作品としての価値が高いとされていて、古くから日本の学校教育では好んで用いられていました。ファーブル自身は92歳まで長生きしましたが、生前のフランスで評価されることはほとんどなく、晩年になって昆虫記の英訳版がアメリカの出版界で評価され、急に印税がどかんと入ってきたというような人生を送りました。日本人もたいていファーブル好きです。身の回りに昆虫がたくさんいて、子どもの観察対象としてなじみ深い(なじみ深かった)というのが要因のひとつなのでしょう。一般にはセミ論とフンコロガシ論が人気なのだけど、私は狩人バチを取り上げた作品が大好きで、子どもながらに大いに感心したものです。実際のファーブルはその研究で世に出て、第二帝政期の教育相ヴィクトル・デュリュイ(公教育の整備に尽力した政治家で、本職は歴史学者)にスカウトされてナポレオン3世の息子の家庭教師になりかけましたが、パリだと自然観察できないといってその話を蹴り、南仏に戻っていきました。それからほどなく普仏戦争が起こって帝政は崩壊しましたので、結果オーライ。いや人生ですね。
■早稲田が高等師範部を設置して中等教員養成に力を入れていたとは知らなかったので驚いた。(法)
■師範学校は、初等教員を育成するだけでなく、向学心のある非エリート層の子どもに対して学習を継続したり身分を上昇させたりする機会を与えるという役割もあったという点が興味深かった。(文)

(左)高等師範部の生みの親 高田早苗先生の像(大隈銅像の前) (右)都立染井霊園にある高田早苗先生ご夫妻の墓所
■今回は、開放制教員養成の導入に関する部分が印象に残った。戦前の師範学校中心の制度から、一般の大学でも教員をめざすことができるようになったことを知り、教育の知識だけでなく幅広い教養や専門性が求められるようになっていたのだろうと考えた。現在にいたるまで、めざされた教師像と求められた教育の形の深いつながりがあるということを理解できた。(文構)
■開放制教員養成の意義について、戦争の反省という側面しか考えることができていなかったが、実際には人材不足という部分も大きかった。私は専門性を深めて、よりよい教員になりたい。(政経)
■高校のときの世界史の先生が学芸大出身でした。他の社会科の先生よりも群を抜いて教えるのがうまかったのですが、教育の技術を大学でずっと学んでいたからなのだとわかりました。(文構)
■専門機関型の教員養成は、偏狭性という問題から戦後の開放制教員養成に変容し、大学で教員が育成され、高度な学術的学びとなったことを学んだ。広い視点と人間性の観点から、学問としての能力は向上した。しかし教員としてのスキルの低下という短所もあることを学んだ。これからの私の教育の学びが、教師として教える形をつくる。このような意味で、自分が学んだようにしか教えられないということをあらためて学んだ。(教育)
・・・> ということであれば、少しだけ軌道修正しましょう。「○○がわかった」「○○を知った(知ることができた)」「○○を学んだ」でまとめるクセは早めに抜け出そう。ここにクラスメイトのレビューをずらずら並べているのは、ひとつには自分以外の受講者が何を考え、それをどう表現しているのかを見ていただくためです。大学レベルの学問って(本当は高校もそうなんだけど)○○を、というような個別の知識をため込んでいくことではありません。それを足場にして、途中まではみんなと同じように、その先は自身の独自の視点で掘り下げ、追究していくことです。そのような学びが「教師として教える形をつくる」のです。
■90代の祖母はお茶の水女子大の数学科を卒業して雙葉で先生をしていました。50代の母は早稲田の応用化学科を卒業し、教職で中・高理科の免許をもっています。彼女らすごいんだと思いました・・・。彼女らは見方によればめずらしいタイプだったのですね。私が教員免許を取るのも運命だったのかもしれません。(教育)
・・・> 教員免許を取るくらいだと「運命」としては安すぎるでしょ。本当に教員になりませんか!。
■男子大学がすべて共学化されたのに女子大学はなぜまだ残っているのか。(基幹)
・・・> 女子高校もそうですが、一定のニーズがあるからです。以前ほどではなく、どんどん目減りしているとはいえ「一定の」ニーズはあります。男子校というニーズはほとんどありません。女子校があるので、そのカウンター・パートみたいなものです。ただ生徒数全体が減っているので別学だと募集の質が悪くなるのは必然で、女子校や女子大もぼちぼち消滅危機というところでしょうか。
■現代の視点から見れば「ゆがみ」として捉えられるような社会のあり方(男女の社会進出の差や、生活水準の差)に、日本の公教育が支えられていたという歴史の捉え方があって、興味深かった。一方で、その中で成立していたしくみが現代社会の実態とのズレを生み出しているのではないかとも考えたりした。(文)
■社長とかになる人が小学校教員になっていたため教育の質がよかったという話があったが、小学校は将来あらゆる分野に進む人が共通して通う場所なので、本来そうあるべきではないかと思った。(教育)
・・・> それはそうなのだが、男性ほどの就学・出世ルートを得られないという社会的な問題から、「優秀な女性」がそうなっていたという点を強調したわけなので、そこをスルーしてはまずいでしょ。
■国立大学は格上で、私立大学は国立よりも格下だと思っている生徒がいます。そのような考えは、教育における選択肢を狭めて、教育のよさを見失っているように見えるのですが、どう思いますか。また、そのようにいっている生徒がいたら、何というべきでしょうか。(商)
・・・> 狭い意味の身内(同居家族)でないのであれば、好きなように考えさせてあげましょう。早稲田の学生だってそのへんの価値を適切に理解しているかどうか、怪しい面が多々あります。進路や生き方の選択は、その結果も含めて、当人と家族が引き受けるべきものです。レビュー主がいっているのは親類とか後輩、あるいは塾の生徒あたりでしょうが、仮に中高の教員としてそこの生徒と向き合う場面でも、ある地点から先に関しては、いま申したようなスタンスで臨むべきだというのが私の考えです。
■現在の大学の優劣というのがどのようなものなのか理解していないのですが、都会のほうでどんなに評価されていても田舎では私立というだけでよい顔をされません。それでも早稲田と慶應だけは別で、私立ではありますが周りにも認めてもらえます。今回の話を聞いて納得するとともに、大学に対する偏見も、地方と都市部で格差があるのかと感じました。地方のおとなはとくに、実際に自身で外へ出ていた人が少なく、ずっと地方にいる人は情報をつかめずにいて、私立=落ちこぼれ的な考えになっているのだろうかと考えていました。中等教育に着眼した高田早苗さんの先見の明がいまの早稲田をつくり上げているのだと思と、より教職に力を入れたいと感じました。(教育)
・・・> 優劣というか世評の相場の話ですよね。どの地方のご出身か存じませんが、ごく一般的な「地方の人たちの考え方」だろうと思います。高等学校の話はひとまず置いておいて、大学ということになると、各ブロックの旧帝大>各県の国立大学>それ以外 というヒエラルキーがあります。これはある意味で当然であり健全であるとも思う。地方には地方の社会があり、未来があります。首都圏で育った人がなかなか名前すら意識しないような各県の国立大学は、しかしその県では最有力であり、役所や銀行や地元メディアといったステータスへの道であり、親の自慢の種であり、お見合いの際の最強ツールです。それでいいと思います。県の規模にもよるのですが、実際には地域の産業やエッセンシャル・ワークを支える二番手校としての私立大学の重要さにもう少し気づいてほしい。いま少子化などの流れの中で、国がそこをつぶそうとしているのは、本当にまずいです。それはそうと、私が大学に入ったのは昭和末期なので40年近く前、現在とは状況がずいぶん変わっているのを承知で申しますと、そのころの福岡市では九州大学が圧倒的にエラいのは当然として、「九大が無理なら熊本とか鹿児島を受けんしゃい。国立受けんげな信じれんバイ」というおとな(先生 笑)が多くてまいりました。早稲田が「いい大学」なのは知っていても、いまの東京人がケンブリッジとかスタンフォードの名前を聞いたときと同じように、はるか彼方の別世界の話だと思っているふしが見て取れました。「本州に行ってもよかばってん、二度と関門海峡をまたがせんぞ」とか「そんならお前は東京でがんばれ」とか、要らんことをいうおとな(先生 笑)結構いましたね。余計なお世話です(大笑)。でもね、1つ上のレビューへのコメントにも書きましたが、進路や生き方の選択は当人と家族のものです。むきになって早稲田信者に転向させても、それは不健全というものではないでしょうかね。
■開放制の教員養成は早稲田入学前から知っていたが、いまも残っていることのすごさを今回知った。教育学部なのに教育について学んでいない理由を、やっときちんと知れた気がする。(教育)
■現在受講している教職課程の全体を俯瞰することができたため、とても興味深かったです。教育学部の友人が教職関連の授業を受講していないことを不思議に思っていた。しかし今回の授業を受けて完全に理解できた。現在は開放制であるからこそ教育学部の学生全員が教職を学ぶことにはつながらないのである。戦後、文学部に吸収されることに猛反発した先生方はすごいと思った。(政経)
■教育学部に国語や英語の学科がある理由がわかってよかった。(教育)
・・・> ていうか教育学科が戦後の後付けで、ルーツは国文と英文ですね。私立の高等師範部仲間で、日本大学文理学部(@下高井戸)が同じような学科構成なので見てみてください。
■開放制教員養成が採用されている現在、教育学部が前時代的なシンボルとして(教育学部で教職をとらない人もいるから)残されているから、人気度に悩まされているのかなと考えた。学問に目的意識をもって入学するはずの大学で、教育学部が教員免許取得を卒業要件としないのはなぜだろうか?
(基幹)
・・・> えーと、よくわかりませんが教育学部は教育(学)に特化するほうがいいということ? 私も、助手だった2000年ころを最後に教育学部の「中の人」ではなくなって、週1日の授業を担当するだけになっているので(指導教授はとっくに退職していていない)、最近のようすはよくわかりません。ただ、少なくとも1980年代くらいから、教育研究と教員養成に特化するほうがよいという「教育学部」派的な主張と、種々の学問をそれぞれ深めて盛り合わせるべきだという「総合学部」派的な主張があって、学部長選挙のたびにもめていたような印象はあります。早稲田大学出身者であっても教育学部以外で学んでこられた先生にとっては、教育に特化するなんておかしいよということになるのでしょうね。私の見方は、レビュー主の主張とはちょっと違っていて、教員免許状取得をセットにする専門機関型(目的養成型)のほうが「前時代的」で、そうしてしまうと人気は落ちると思います。

(左)リトアニア カウナスの駅ホームに掲出された杉原千畝のレリーフ
(右)杉原による「命のビザ」(カウナス 杉原記念館蔵)
■古賀先生がご活躍されはじめたころからの教職課程の変遷がすさまじくて驚きました。(基幹)
・・・> ご活躍なんて、そんな(一応謙遜する)。
■平成10年の経験をとても楽しそうに話す先生が印象的でした。情報・技術科がつくられ、AIリテラシーを学ぶということは、教育にAIを導入する一歩手前のようにも見えます。国産がないので現実的なのかはわかりませんが、AIとともに生きていく子どもというのは、どんな人間に育つのでしょうか。先生はAIの導入についてどう思いますか? 私は賛成ですが、子どもの将来に責任をもてません。(政経)
・・・> 平成10年って何だったかな。助手時代に金城庵の出前をとった話?(笑) いや、いまでこそ笑い話ですし、あの膨大な作業に従事したおかげで、非常に複雑な教職課程のしくみを会得することができて、いまの職務にも存分に生きているのでありがたいかぎりですが、助手は教授と違って別枠の手当てがあるわけでもなく、単なる超過勤務のブラック労働でした(汗)。そのころの先生方はもう全員、退職されていますね。金城庵もとっくに出前をやめてしまっていますし。て、なんの話ですか? AIの導入といっても、AIそのものはすでに社会のあちこちに入り込んでいます。「導入」という意図を伴う作業は、学校教育でもどこでも、ある目的や機能のためのものですから、その事柄の性質によるのではないですかね。AIやAI社会と向き合えない公教育は、その使命を終えてオワコン化まっしぐらです。
■高度な専門知識をもった教員は重要だが、中学校や高等学校が、明治・大正期と違ってエリート的な側面をなくしている現在、教え方というのも重要なのではないかと思った。(文)
■これからの教育は、単に「知識」を教えるのではなく、問いの立て方や探究のプロセスなども教えなければならないのではないか。要するに、総合的な学習の時間の立ち位置が上がりそうである(教職専門性が必要だから)。教員という仕事が単に「教育」のみから、「社会」との接続にかかわる部分も含むようになってきた、というのが教員という仕事に変化を与えたのだろうと思う。(社学)
■最近では教員になる人が減ってしまっていて、質が落ちていると聞いているので、専門性をもった質の高い教員が増えたら、よりよい学びが増えると思うのでそうなってほしいと思った。(スポ)
■昔は今よりだいぶ教職科目が少なくてうらやましいが、大事なのは生徒を教えるのに足るだけの高度な専門的知識を身につけていることだと思った。教員としてどう在るべきなのか、この授業で教わったように感じる。(教育)
■開放制教員養成について理解を深めることができました。教職に関する科目の変遷に関しては、1990年代以降における科目数の激増に衝撃を受けるとともに、現行の教職課程が制度的には開放制でも感覚的には開放的といえないのではないかと考えました。(教育)
■授業前は、教職科目が卒業単位に含まれないことに対して、とてもしんどいと感じていたが、今回の授業で、単位化すると本来の学問がおろそかになるということを聞いて、とても納得することができた。これから、どちらもがんばろうと思った。(基幹)
■大学1年目で初めて学期末を過ごしているが、教職科目もレポート提出が義務づけられている場合が多いので、正直、学部の科目の勉強に割くことのできる時間がそれで削られている気がする。開放制の強みを生かすためにも、教職科目は試験中心にしてほしいと思う。(文構)
・・・> ごめんね(涙)。でも試験にはしないし、おそらく他の教職科目もそうだと思う。学部の専門がメインだったとしても、教職科目が周縁であるとか二番手であるとか、優先順位が低くてよいということではありません。大学は学ぶところですから、学ぶ時間が足りないくらい学んでいるのならすばらしいことです。
■教職科目の増加は教員としての質を上げる一方で、教科の専門性とのトレードオフになりうる。最善は、教職と専門を両立できる人なのだろうが、教員への道を厳しくしすぎると、教員不足を起こしかねないのではないか。(政経)
■開放制の教員養成は、本業の専門教育をおろそかにせず教職課程も履修できる、能力・意識の高い学生が受けることを期待しているのだろうか。最近は「教職を取っているから他のテストの出来が悪くても仕方ない」なんて考えが頭をよぎってしまうが、教職を取っているからこそよい成績を修めなければいけないのだろう。気持ちが改まった。(教育)
■戦前の反省を踏まえて開放制教員養成を導入したが、現在の教職の制度では実質的に専門機関での教育とあまり変わらないので、今回の制度変更について私はよいと思う。これからよい人材によい教育をほどこす方法を見つけられるといいなと思った。(基幹)
■教職で学ぶ授業が増えている中で、教員の質がそこまで上がっているのかどうかが気になった。大学で専門的な学問を学んで質の高い教員がどれほど生まれているのかと思った。また、そのような学びをしつつ、学びつづける人材をどう育成するのか?
(スポ)
・・・> 制度(本来の目的、あるいは建前)と実態をごっちゃにして考えていないか? また、教職科目という「外側」の部分と「専門的な学問」という「内側」の話を混線させていて、肝心のところを取りそこねている可能性もあります。精進しましょう。
■日本の大学進学率の上昇にもかかわらず、あまり変わっていない教職のしくみは、先生に何が求められているのかを表しているように思った。とはいえICT活用といった、時代に合った最低要件は更新されており、よい先生・悪い先生を、生徒ではなく教育委員会はどのように考えているのか。(教育)
・・・> 教育委員会は人ではなく組織ですし、全国すべての都道府県と区市町村にあって、それぞれ中の人がたくさんいますので、「どのように考えているのか」なんていえないのでは。

オリジナル・キャラクター 千門瀬つよみ さん
ちなみに右は、タブレットに苦戦中のつららちゃん(もはやつらら要素がない 笑)
■開放制の当初の姿を体現する存在として、学びつづけることをやめてはいけないと思った。教職科目の構成が変化することによる教育の変化を、ひとりの教育を学ぶ者として見つめていきたいと思う。(教育)
■師範学校は閉ざされているから戦時中に国家への批判意識をもてないということが、なるほどなと思った。教職課程へらしてほしい。学びつづける教員になりたい。(教育)
・・・> ポエムっぽくてかわいい?けど、この3つの文が同じ呼吸から出てきたのだとすると、ちょっと待てよという感じもする。学問も教育も甘くないぜよ。
■教職課程の変遷を見てみて、教職課程を2年生から学び科目数も少なかった時代があったことを知り、いま減らす方向に進んでいることによる問題はさほど大きくないように感じた。国のやりたいことが教職課程に組み込まれ、大学を理系にしたい、減らしたいというのを聞いて、やはり裏があると思った。(社学)
■いま日本の政府が文系をつぶして理系を増やしたがっているという思惑があって、教員養成制度を修正しているのではないかという点が驚きでした。今後本当に大学の文系がなくなっていくのか見守りたいと思います。(文構)
■教え方か、中身かと問われたら、それは中身だと思います。だから「強み専門性」という、自分の学部での学びが教職単位に含められる新しいしくみがうらやましく思えました。もう少し詳しく調べたいと思います。(文構)
■教職課程を学びはじめるにあたって取らなくてはいけない授業が多すぎて、正直とても驚きましたが、それが「大学に入るやつはエリートだから」という理由なのが少し悲しかったです。しかし私は授業が増えてよかったと思っています。古賀先生含め多くの教師経験のある方の話を聴くことができ、自分はどのような教師になりたいのかを少しずつ具体化、言語化することができるためです。最後の質問にはなりますが、増えつづける教職科目についての先生自身の意見をお聞きしたいです。(文)
・・・> 2ヵ所、ポイントがズレているようなので(できれば課題を作成する前に 笑)修正しておいてください。大学に入るやつはエリートといったのは明治〜戦前の話。それは、教職科目が多い理由ではなく、教職科目がそもそも「ない」理由として申しました。また、エリート(élite)の語意を取り違えていないか、これもおさらいしておきましょう。意味をきちんと受け止められていれば、前述の取り違えはないはずです。ご質問のことですが、教職科目が増えつづけること、かなり個人的な感触をいってよいのであれば、大歓迎です。お仕事が増えまーす(^^)。
■高い専門性のある知識を備えた教師になりたいとは思うが、とくに体育科では体を動かすことが苦手な子どももいるので、教育法をおざなりにしないよう励んでいきたい。(スポ)
■開放制の話を聞いて、専攻している学問を深掘りして中身をつけていくことが重要だと考えた。同時に、人間科学部で扱う学問(私の場合は心理学)は教育にどうつながっていくのか、今後考えつづけていくべきだと考えた。教科とは直接結びつかない。そのため、私にとっての学問と教育のつながりを見つけ出すのは困難だが、だからこそ他にはない特異性や心理学ならではの視点があると考えるので、考えつづけていこうと思う。(人科)
・・・> 中教審の例示だと、心理学は「強み」になりうると書いてありますよ。心理学が少し特殊なのは、学習心理学・発達心理学・臨床心理学などの分野が、教科専門性ではなく教職専門性のほうに組み込まれてきたという経緯ゆえでしょう。そして、レビュー主は人間科学部ですが、早稲田を含めて多くの大学で文学部に心理学が置かれているのを不思議に思う人があるかもしれません。いまの心理学は実験科学や医学に近いとすら思えますが、もともとは哲学から分岐した人文系の学問でした。ゼロ年代までの旧・第一文学部には専修の上に「哲学科」というくくりがあり、哲学・東洋哲学・社会学・教育学・心理学がそこにくくられていました。この並び、不思議に思いませんか? それに哲学科心理学専修って、おや?と思いますよね。学問の歴史を反映した構成を最近まで残していたため、そのようになっていたのです(ついでのことに、社会学は典型的な社会科学なのにたいていの大学で文学部にあるのも、同じ事情)。そうした心理学の歴史がありますので、実は戦後一貫して社会科の教科専門性を支える重要な学問として機能していました。いまも心理学系統の学部・学科で出される免許状は、特別支援学校教諭でなければ社会科系です。重要な役割を果たしているのに教職課程ではいつでも脇役扱いの心理学系を盛り上げようと、昨年12月に開催した業界団体のシンポジウムで「教員養成に対する心理学の貢献」という企画を私の提案でやったんですよね。私自身は心理学の門外漢ですけれど、この企画は超おもしろかったです(と自画自賛)。
■次代が変化していく中で、大学の教職課程で学んだことだけで教員は務まらないのだと思いました。新しい技術や新しい考え方が次々と登場してくる中で、大学で学んだことを基盤としつつも、柔軟に時代に合わせて更新していく必要があるのだと思います。(教育)
■先生のおっしゃるとおり、現代では大学を卒業したことが、教養のある入ステータスな人を意味するわけではないため、だんだんと教職課程の科目が増えてきたということに納得しました。「強み専門性」という教職課程に新しく組み込まれるものに関して、それぞれの学部での学びと連携させる科目が増設されることには賛成だ。国際教養学部では、英語の教え方に関する科目は3つほどしかなく、それで十分とはいえない。教科の専門性を高めるために、政府が求める教師像が明らかになったと考える。今回の内容とは関係ないのですが、公教育において宗教を学ばせる必要はあるとお考えですか? 教え込むのではなく、あくまで多文化理解のためです。私は、日本での在日ムスリム増加に伴い、日本人の柔軟な思考が必要だと考えています。(国教)
・・・> 賛成、同感です。私がパリに通いはじめたころ(四半世紀くらい前)に現地で見たあれこれが、いま日本でも起こってしまっていて、わちゃー、となっています。SNSでは(ていうか国会や地方議会でも)可燃性の高そうな尊王攘夷論が飛び交っていて、わちゃー、ですねええ。宗教を教えるのではなく「宗教というもの」を教える必要があります。ただ、教えられる先生がどれくらいいるかな。私は毎年、特集コーナーをつくってやっているんですけどね。政治教育や性教育にも共通するところがあります。中立を保ちつつ教えるというのは厄介で難しく、保護者や校長から文句をいわれそうで、じゃあやらない(そのほうが安全だから)というふうになりがち。わちゃー。

公教育の父 二コラ・ド・コンドルセ先生の像(パリ 学士院前)
■大学には「単位」があり、気を抜くと単位を取るために勉強してしまうことがある。しかし授業内で示されたように、教員とは高度な専門性を大学で身につけた人がなることを前提としていて、教職の単位に関しても「受ければいい」というものではない。私は将来、研究者になりたいと考えている。だからこそ専門科目について、単位を取るだけではいけないという思いをもっている。しかしこれは教職科目についてもいうことができる。大学院生になったときに中・高で教える際には、少しでもよい授業を提供できるように、教職科目もひきつづき熱心に取り組んでいこうと思う。(政経)
■(私にとって)学びは永続的なものである。教育において中身が大事であり、教育の技術より優先して学ぶべきだと述べられていた。学生に対して、教育者になるために要求される学びの水準は大学卒業程度、という客観的な基準以外に、何かご意見があれば教えていただきたい。(政経)
・・・> 「昨今の学生に対して」という限定で、わりに短期的なことを申します。SNSばかりしなさんな。ていうかスマホから指を外せ。そこに人生や社会の真実はありません。教育(者)は自他の自を突き放す度胸が求められるのに、それらの装置や機械はむしろ自への執着を増幅します。
■社会が変わっていく以上、教員として求められることも変わりつづけるのだということを自覚して、常に学びつづける姿勢でありたいです。(教育)
■教員には、専門知識だけでなく学びつづける姿勢や幅広い視野が大切だと感じた。将来に向けて私も成長しつづけられるように学んでいきたいと思った。(スポ)
■開放制の教員養成課程は、教職にとらわれず広く学んだ経験を教育現場で生かせる(可能性がある)という意味で意義深く、そのおかげで私のように大学入学後に年数を経てから教職をめざす選択が可能になる。しかし同時に、教員にならない人が早稲田では非常に多いように、教職課程を取り免許をもっていつつも、教員をめざさないということもできてしまう。(社学)
■今回はスピンオフだとおっしゃっていましたが、今につながる話が多くてとてもおもしろかったです。この授業は本当に毎回時間が過ぎるのが早く感じられて、取ってよかったと思いました。(教育)
■先生がおっしゃっていたように、早稲田の教育学部は教職課程を取らないと教育についてまったく学ばない。それでいいのか?と思っていたが、開放制教員養成は広い視野を身につけることができるという説明にはとても納得できた。春学期の間ありがとうございました。先生の話術がすごくて毎回とてもおもしろかったです。もう授業がないのが悲しいくらいです。(教育)
■春学期ありがとうございました。教職課程で取る単位数を減らす話し合いの進捗など、先生の授業を取っていなかったら聞けない話を聞けて、本当によかったです。まだ数単位しかとっていませんが、先生くらいおもしろい教職の授業見つけます。(文)
・・・> おもしろい授業や先生はたくさんあります。でも教育漫談は私のオリジナルの芸風(じゃないか)なので、唯一無二です。わはは。
■素人ながら教員になりたいという想いが強くなる授業だった。ありがとうございました。(文)
・・・> 逆に玄人っているのかね(笑)。専門機関型(目的養成)ということかな? 古参(オタ)でも最初はみんな新規、というアイドル業界の格言があります。教職も同じではないかと思います。
開講にあたって
教職課程へようこそ。この教育基礎総論Iは、その名のとおり教職課程の基礎として位置づけられるものであり、教員免許状の取得要件を規定する教育職員免許法施行規則において「教育の理念並びに教育に関する歴史及び思想」とされている分野にあたります。当クラスの受講生は、中学校 and/or 高等学校の教員免許状の取得をめざす学生です。中高の免許状には「教科」名が明記されており、たとえば「国語の先生」「保健体育の先生」というように、特定の教科の専門家として指導にあたります。大学入学前のみなさんは、「国語の先生」「保健体育の先生」になるためには、国語や保健体育の関係科目を学べばそれでよいと考えていたでしょうか? 実際には、担当教科を問わず全員が受講し、単位を修得しなければならない科目がたくさんあります。これが「教職科目」と総称される一群であり、基本的には卒業単位の外側ですので、みなさんは教職課程を履修しない学生と比べて、おおむね2割増しくらいの授業を受けなければならない(もちろん授業を受けるだけでなく、それ以上に頭を動かして思考しなければならない)ことになります。それにしても、中高の教員になるにあたって、教育の理念、歴史、思想の学習がどうして必要なのでしょうか? 不思議に思われるかどうか、この分野は、1949年にいまの教員養成の制度ができたときからずっと、基礎の基礎として設定され、ただの一度も揺らいだことがありません。端的にいって、未来の教育者になるためには、教育の理念、歴史、思想を学ばなければならないというコンセンサスができているのです。
理念はともかく歴史や思想というのは、文系の一部門であり、高等学校でいえば世界史、倫理あたりに相当するものですから、これを全員が共有するというのはなかなかわかりにくいところがあります。その答えらしきものは当科目の最終回(第14回)で回収できるはずですが、開講にあたって一つだけ申しますと、現代教育の基本理念というのは歴史的に形成され、それには思想が内包されているということです。なぜ、どのような経緯でそうなったのか。そしてそれは時代の変化や地域の違いなどによってどのような実態をもつのか。課題や矛盾は何か。そうした点を知るには、歴史や思想の学びが不可欠です。忘れてならないのは、みなさんがこれから教員になるとして、その数十年のキャリアのうちに、また社会は変化し、教育も変移します。いま、この瞬間の教育だけを知って、わかったようになっていても、動体視力は養われず、化石のような認識を振りかざすどうしようもない先生になってしまいます(そういう人は残念ながら少なくありません)。
このクラスでは、最初の2回で問題意識を共有して、第3回以降の歴史・思想編で順次、問いへの答えを回収していくというプロセスを踏みます。本年度は他所での業務の関係で、スケジュールが若干入り組んだものになりますが、おおむね欧米教育史+教育思想史→日本教育史という流れになります。最後の2回がこの先の学びへの展望を含む、整理・まとめです。「卒業単位外だし資格モノだから、テキトーにやる」という人は向きません。おそらく脱落します。最終回で明示するように、中学校・高等学校の教員になるために(実は幼稚園・小学校・特別支援学校も同じです)なぜ大学を卒業する必要があるのか、という点をよく考えてみてください。大学での学び、大学ならではの学びこそが、教員に必要不可欠だからです。大学での学びとは、要するに学問です。みなさんには14回にわたって「学問」をしていただくことになります。でも、それはなかなかおもしろく、有意義な作業でもあります。教育者としてのしっかりとした足腰を備えるためにも、週の最後のほうの授業になりますが、万全の態勢で臨み、大いに思考し、深めてください。
<使用するテキスト>
古賀毅編著『教育原理 第二版』、学文社、2026年
*大学生協ブックセンター扱い 主に第2章〜第4章を扱います。
<評価>
●複数回の課題の内容によって評定します。
●課題作成における生成AIの使用に際しては、適切なルールを定めます。
●出欠は評価の対象としません。
|