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2 モンパルナス地区を歩こう
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Laverieはコインランドリー、Pressingはクリーニング店
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リュクサンブール公園西門を起点とするフルーリュス通り(Rue Fleurus)に入って西へ数十メートル進むと、アサス通り(Rue d’Assas)と交差します。パリは縦横のブロックを構成する街区を斜めの道路が横切っていることが多く、それが主要道路だったりするため、しばしば方向感覚が狂います。アサス通りは、老舗デパートのル・ボン・マルシェ付近から南東に向かって斜めに進む道路で、そのまま歩くとオプセルヴァトワールの噴水(リュクサンブール公園南端)に出ます。
蛇口屋さん?
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ラスパイユ通り
アリアンス・フランセーズ
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そのまま進めば、すぐに見事な並木の分離帯を有するラスパイユ通り(Boulevard Raspail)に出ます。日曜になると有機市(biomarché)が開かれる道路ですね。南に折れてすぐアリアンス・フランセーズ(Aliance française)の立派なビルが見えます。フランス語のほか英語とスペイン語で表示がありました。フランス語を対外的に普及させようという準国家機関として出発し、いまも日本を含む世界各国でフランス語やフランス文化の講座を開いている大きな団体です。その歴史については拙稿「フランス語の対外普及政策とフランス・アイデンティティ」(『比較教育学研究』37号所収)をお読みくださいな。都会の一隅ではありますが、わりにゆったりとした地区です。
さて、1ブロック進んだところでモンパルナス通り(Rue Montparnasse)を右折してみましょう。ラスパイユ通りも北西から南東をめざす斜めの道路であるのに対して、こちらは南北方向の道路。ただし道幅は狭いです。折れてすぐのところにパリ高等電気研究所(Institut supérieur d’électronique de Paris)が。さらにその先にはコレージュ・スタニスラス(Collège
Stanislas)がありました。教育の専門家としてはコレージュなる名称には気をつけなければ。一般の中学校のほか、歴史的にはエリート中等教育機関(古賀流にいえばつらら学校)や、大学ではない高等教育機関に用いることもあります。ここは、小・中・高そしてグランゼコールの準備級までをもつ一貫教育のカトリック系私立学校らしい。ちょうど下校時間で、若者たちがにぎやかにトークしていました。スタニスラスというのはポーランド語の固有名詞だと思ったのですが、近くに立てられていたパリ市の歴史ガイドによれば、ルイ18世のミドル・ネームのようです。また出てきやがったな18世。
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ノートルダム・デ・シャン教会とモンパルナス大通り
モンパルナス×モンパルナス
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モンパルナス通りは学校の前を通る普通の狭い道で、しばらく歩けば、幅広の幹線道路であるモンパルナス大通り(Boulevard du Montparasse)と直交します。フランスの道路(車道)には、並木大通り(boulevard)、大通り(Avenue)、普通の通り(rue)があるのですが、基準があってないようなものだし、日本語の表現感覚にも合わないため、私はすべて「通り」と記しています。ただ、ここだけは固有名詞が重なってしまうのでboulevardを「大通り」と訳さなくてはなりませんね。ブールヴァール・デュ・モンパルナスのほうは、常宿ちかくから91系統のバスに乗ってちょいちょい通り抜けます。藤田嗣治を含む著名な芸術家たちが、この界隈のカフェにたむろしていた話がよく知られますね。この一帯がモンパルナス地区ですが、市北部のモンマルトルと同じで、もともと市街地から離れた田園地帯だったからこそ、喧騒を嫌った芸術家たちがアトリエを営み、思索にふけりながら散歩したのでした(時代・世代的にはモンマルトルよりあとで、第一次大戦後が最盛期)。いまはすっかり市街地に飲み込まれ、よくある雑然としたビジネス街になってしまっています。
大学3年生だった1991年、私は友人とふたりで初めてパリにやってきたのですが、そのときたしかガイドブックで探して、このあたりの宿を取ったような記憶があります。南仏ののんびりしたところを歩いたあとだったため、大都会の喧騒がわずらわしく(エコール・ド・パリの時代とは違うからね)、パリは手に合わんなあと思ったからか、記憶が怪しくなってしまいました。レンヌ通りからモンパルナス・タワーを見上げたことは憶えているのですが・・・
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クレープは、パリの食べ物にしては高くないですね
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欧州の大都市にあるターミナル駅は、だいたいどこでも方面別を旨としています(東京だって東京駅・上野駅・新宿駅とありますからね)。モンパルナスには、ボルドーやレンヌ、ブルターニュ方面をめざす鉄道のターミナルが昔からありました。このため、モンパルナス大通りを渡り越した南側のモンパルナス通りの両側には、十数軒かそれ以上のブルターニュ料理店が並んで、郷土の味を提供しています。ブルターニュといえばクレープ。小麦粉を使う普通のやつに加えて、そば粉を使うガレットというやつも有名です。肉や魚介類を載せて四角く折りたたんだ、主菜としての食べ物ですね。もちろんデザートに甘いやつもあります。もう10年以上も前に、姉たちに誘われてクレープを食べたことがあるよ。シードル(cidre サイダーの語源)というリンゴの発泡酒を独特のマグカップで飲むのがブルターニュ流だそうです。この通りのどこかだったことは確かですが、どの店だったか、いまもあるのかははっきりしません。偏見込みでいえば、男ひとりでクレープ屋に入って(いくらスイーツでなく食事だとしても)クレープを食べるというのは、ちょっとねえ。それと、最近では観光客めあてのダメな店が多くなって、地区そのものの評判を落としているという話をどこかで聞きました。
モンパルナス通りはここで終わり
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(左)モンパルナス・タワー (右)国鉄モンパルナス駅
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「ブルターニュ街」とでもいうべきクレープリー密集地区を歩くうち、このあと13区の中華街に行って晩ごはんを食べようという気分になってきました。いま18時ちょっと前だから、あと1時間くらいぶらぶらしよう。フランス人のディナータイムはどういうわけか欧州最遅の20時半〜21時くらい。「18〜20時は定食の値段が割引になります」などという、われわれにはありがたいサービスを目にするほどなのです。ただ中華料理店は早めに店を開けるし、中国系のお客は19時前後に食事しにきますから、フランス基準がグローバルじゃないわけね(笑)。
モンパルナスには、それこそ毎度のようにやってくるため、とくに見たいところがあるわけでもありません。よし、お天気もいいし、4年ぶりにモンパルナス・タワー(Tour Montparnasse)の展望台に行ってみるか。1973年にできたこのオフィス・タワーはとにかく評判が悪く、パリの景観とあまりにマッチしないとか、うすら汚くて陰気な感じがするとか、何とか。町全体が整った基調なのでそういわれてしまうんでしょうね。アジアの大都市なら何でもアリなんだけどね。ま、モーパッサンがエッフェル塔について語ったのと同じで、登ってしまえばタワーそれ自体は見えなくなりますから、敬遠するほどでもありません。展望台は3回目ですが、私はなかなか好き。というのは、エッフェル塔よりも市街中心部に近いのでいろいろなスポットを手近に見られるというのと、ほかならぬエッフェル塔を真正面に見ることができるからです。
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チケット売り場はこの左
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モンパルナス・タワーは全体が業務用なのですが、56階にヴィジター向けの展望室があり、さらに59階相当の屋上部分も開放されています。登り口というかチケット売り場は地味すぎるところから入るので、イチゲンの観光客はきょろきょろしながらビルを一周しかねません。タワー東側の、ギャルリー・ラファイエットとの接続部分にある階段を上ったところにチケット売り場があります。おとな1名で€14.50。東京タワーやスカイツリー、森タワーなどを思えば妥当な価格だと思いますが(エッフェル塔の最上階は€15.00)、2010年2月に登ったときは€10.50だったのでずいぶん上がりましたね。私とほぼ同年代の、やや古びたオフィス・ビルですので、内装も地味ですし、エントランスを抜けても気分を高揚させるような仕掛けなどはいっさいありません。エレベータ前に陽気な整理係のおじさんがいて、私たちヴィジターたちに英語で何かと話しかけてくれるのはいいですね。フランス人は全般に公務員体質といわれてきましたが、グローバル化の時代、さすがに最近はやわらかくなってきました。
初めてここを訪れた1999年、エレベータに乗って「近所のビルと変わらんやん」と不遜な?感想を抱いたことを思い出します。2010年に再訪すると、エレベータの箱全体がブルーになって自動放送のガイド(仏・英語)が入るなど、少しばかり仕掛けができていましたが、それでもセンスが昭和のサンシャイン60(笑)。私のほかは、スペイン語を話しているおばちゃんのグループが乗っています。
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ものの2〜3分で56階展望台に到着。一周ぐるりではなくて、四角形の1つの角付近のみ開放しているようです。前は一周だったような気がするけど記憶ちがいかな? おみやげ屋さんとカフェがここにあります。ま、しかし、このタワーの見どころはさらに上の「屋上」ですから、そちらへ行ってしまおう。ここも登り口がはっきりしないので、予備知識がなければ上に行きそびれてしまう恐れがあります。注意ね。普通のビルみたいな階段を2階ぶん登り、さらに外階段を登って、59階相当の屋上展望台(Terrasse panoramique / Panoramic
Terrace)へ。
ところでこの展望台、初めて来たときにはSky Domeと呼ばれていて、なかなかシャレたネーミングだと感心したのですが、のちに「パリの屋根」(Le Toit de Paris / The Roof of
Paris)と改称されました。う〜んいまいちと思っていたら、このたびは単純に「テラス」だと。だんだんありがたみが薄れる感じがするね。
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モンパルナス・タワー屋上展望台
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18時を回っていますが夕方の感じはまったくありません。いやいいお天気ですね。屋上に登ってびっくりしたのは、ウッディな敷板に代わったのはよいとして、周囲にガラスの壁と屋根が張りめぐらされてしまったことです。何と無粋な!
初めてここへ来たとき、何の造作もない「屋上」であることに感激し、パリの建物という建物に西日が当たって白く輝く長めに、さらに感激したものです。個人的な思い出レベルの話で申し訳ないけど、あまりいい変化ではないなあ。(2010年の様子はこちらをごらんください)。ま、以前のはあまりにシンプルだったため、事故が起きてしまうリスクはたしかに感じましたけどね。
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3へつづく
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