Aimez-vous la Méditerranée?

PART 5- コロンブスの故郷ジェノヴァにて(後)

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ジェノヴァの中心、フェラーリ広場から東側を見やると、明らかに街の景観が違います。道幅が広く、建物も新しくて、各種ブティックやショッピングビルが林立していて、これまで歩いた地区とは比較にならないほど多くの人がいます。新市街の中心商業地なのでしょう。920日通り(Via XX Settembre)とのことで、トリノで見たような幅の広い回廊(アーケード)が特徴的です。

 920日通りのアーケード

 

そういえば、旧市街のお店は大半が日常生活にかかわるもので、ショッピングとは無縁でした。ここは絵に描いたようなショッピング・ストリート。東に向かってゆるやかな下り坂になっています。見知ったブランドのショップをいくつも見かけて、要は私たちのよく知る近代的な都市そのものの姿。近代都市こそ砂上の楼閣なのだといえばいえますが、そういう中で暮らしてきた、とくに私のように大都会で生まれ育った者にとってみれば、映画のセットのような旧市街にリアリティを感じられないというおかしな転倒があるのです。このごろの大学生は、原理的・論理的に突きつめるとか唯一の真理に全力で迫るという姿勢を端から放棄して「両方のいいところを採れればいいと思います」なんてすぐにまとめるのだけれど、そんなことを認めないのが近代、さらには現代なのだ。学問していてそれがわからんかなあ。ジェノヴァの旧・新市街が異なる時代の生活文化を反映しているように見えるのは、前者を開発の範囲外に置き去りにしたからにほかなりません。どちらがいいとは、たしかにいえない。日本の多くの地方都市や村落では、近代的な意味での開発の続行をいまなお望み、それによって歴史的景観が破壊されるだけでなく、自らの独自性とか固有のよさをも失って、かえって近代都市として存続する意義を自ら掘り崩していっているのです。


たそがれてきました 若者の集まるショッピング街のサン・ヴィンチェンツォ通り

 

20日通りの半ばで斜めに入る歩道?を発見。サン・ヴィンチェンツォ通り(Via San Vincenzo)で、小規模な小物屋さんとか靴屋さんとか洋服屋さんなどが並ぶストリート。夕方の原宿のような雰囲気ではあります。繰り返すけど、ウィンドウ・ショッピング自体は大好きで、商品の品揃えとかセンスが気になります。買う気がまったくないので価格にはほとんど注目しません。イタリア人たち、あんがい歩行スピードが速いね。

 
 ジェノヴァ・ブリノーレ駅

 

通りを抜けると、大きな駅前広場でした。さきほどのプリンチペ駅前が窮屈だったのに対して、こちらは日本のターミナル駅並みの広さで、同じように各系統のバスが出入りしていました。そういえば、トリノでもジェノヴァでも、バスやトラムなどの市内交通をまったく利用せず歩いてばかりです。ジェノヴァにはトロリーバス(無軌条電車 トラムのように架線から集電するが線路がなくゴムタイヤで道路を走る)も走っていて、けっこう本数もあるようでした。日本ではずいぶん前に撤退してしまいましたが(立山アルペンルートの一部に、トンネルに排ガスを流さないよう導入されているだけ)、環境や高齢化のことを考えればそれなりに有用な乗り物だと思います。トラムとの違いは線路の有無で、そのぶんの投資が不要なわけだから。

こちらのジェノヴァ・ブリノーレ駅Genova Brignole)は、フィレンツェとかローマに向かうターミナル。ただ、さっき確認したように、市内全体を覆うような丘陵の下を長いトンネルで貫いてプリンチペ駅に通じているため、行き止まり式ではありません。夕食をとるには少し早い気もするし、凸凹を歩いたあとですこし休憩したいこともあって、ここから1駅、プリンチペまで乗っていったんホテルで休もう。ユーレイルパスをもっているものの、都市間列車に使うばかりでもったいないと思うかもしれませんが、往年の乗りテツ古賀も西欧に来ると淡白になるらしく、そのあたりにこだわらなくなります。ま、ここで1駅ぶんくらい使っておこうね。

 

発車時刻表を見て西に行きそうな便を見つけ、その番線に行って、入ってきた列車に乗り込みました。サヴォーナ(Savona)ゆきとあり、東からやってきたので西に行くのは間違いないのですが、イタリアの地図が手許にないのでサヴォーナがよくわからない。市内地図の感じではこの駅からプリンチペ以外の方向に分岐する路線はないし、もう1つのターミナルはたとえ特急でも通過することはあるまいと考えたのだけれど、南・北の両駅には停車するタリスがなぜか中央駅を通過するというブリュッセルの例もあり油断できません。変なところに連れて行かれるのもおもしろかろうけど、まあねえ(笑)。通勤時間帯だからかデッキにも人があふれており、ようやく隙間にもぐり込んで、口ひげをたくわえた中年の男性に「プリンチペ?」と訊いてみたら「シー(イエス)」だって。短い会話だこと。

列車は音を立ててトンネルをゆっくり進み、プリンチペ駅に着きました。しかし、数時間前に降り立ったのとは印象が違い、ほとんどがトンネルに覆われた半地下駅。むむ? 階段を上がってみればどうやら勝手口で、見覚えのない坂の上を自動車がたくさん行き来しています。見当をつけて何方向かに歩いてみたが感覚がつかめないので、用心して先ほどとは別の階段から半地下駅のホームに戻ります。コンコースらしい方向をめざして階段を上ると、かなり入り組んでいてややこしい。まあターミナル駅の構造というのは、どうしてもあとから継ぎ足して造る関係で複雑になりますね。けっこう歩いてようやく昼間のコンコースにたどり着き、ホテルに戻って一休み。

 人通りのない夜の旧市街その1(バルビ通り)
 人通りのない夜の旧市街その2(ガリバルディ通り)

 

小一時間ほど休憩して、夕食をとろうと街に出てみましたが、すぐ失敗に気づきました。日没後の旧市街はがら〜んとして人通りもなく、石造りの壁と路面のライトアップがかえって不気味です。何より、開いている飲食店というのがほとんどありません。飲み食いするならさっきの新市街だったな。いまさら引き返すのも面倒なので、4時間前と同じルートで都心方向に進みましたが、カイロリ通り、ガリバルディ通りと歩いてもレストランの影もなく、むしろ暗さが増していく感じ。たまに歩いている人も怪しい感じに見えてしまい、路地に入り込む度胸が失せました。先生でもおっかないことがあるのと訊かれそうですが、そりゃそうです。

やむなく引き返して、バルビ通りの中ほどに1軒だけ確認できていた小さなリストランテに入りました。軽食をとれそうなところすら他にないんだよね、この一帯には。それに、イタリアの夜はこれで終わりなので、前夜につづいてだけどイタめし食べたいじゃない!

 こんな雰囲気のリストランテ

 

応待した若いおねえさんがメニューをもってきました。例によってイタリア語は意味不明。ガイドブックをホテルに置いてきたので、典型的な料理名を照合するというワザも使えません。常設メニューのほか、手書きをコピーした1枚の別紙がインサートされていて、本日のメニューとのこと。常設がどれも€1020くらいするのに対して日替わりは€ 514くらいでわりに安いようです。隣席は夫婦2組の4人でしたが、英国人かアメリカ人なのか英語で話していて、メニューの意味を一生懸命おねえさんに訊ねていましたので、同類がいたと意を強くします。こちらも同じように、ミートなのかフィッシュなのか、とにかく簡単な英語で。フランス語はまったく通じません(ワインのピシェpichetだけは通じた。ただしvin rougeではなくてvino rossoと知っているかぎりのイタリア語で告げています)。おねえさんのお勧めにも従って、今宵もテキトー注文です。一昨日から何軒ものレストランやバールに入ってきましたが、対応してくれる店員の大半は女性で、老若にかかわらず一見無愛想でつっけんどん。フランス人がやるように、突然真顔とスマイルを切り替えるようなテクニックも使わないし、外国人を歓迎しないのかなと思わぬでもありませんが、見ると誰に対してもだいたいそうで、そういう感じなのだと思うほかありません。イタリア全土を旅したわけではないし、トリノやジェノヴァを制覇したわけでもないので、印象以上の突っ込んだ寸評はやめようね。

イタリアワインの知識はまったくなくて、今宵もハウスワインだけれど、もう10年も日々赤い液体と向き合ってきたのでフランスとイタリアの違い(ブドウの種の違い)なら飲んですぐにわかります。このまえ高田馬場のフランスレストランで出された赤、銘柄は当然わからないながら「これイタリアですよね」と当てたもんね。ここのハウスワイン、いかにもイタリアのロッソ(赤)だけど、コクがあってすごく美味しいよ。実のところハウスワインのよしあしというのは店のセンスにかかわるので、ちゃんとしたレストランなら安くて美味しいやつを出すんですよね。ハーフボトルくらい飲めそうな気がするが、自重。

 

 

お店には何組かの客が続々入ってきて、急ににぎやかになりました。運ばれた前菜はペンネの・・・ふう。生クリームと挽肉を使った写真のようなやつ、これ何ていうんですか? 東京でもイタめし食べる機会がほとんどなく、ほとんどないのでたまに行ってもテキトーに発注し名称を覚えない。で、わかりません。そこそこ美味。メインは、何となく昨夜とかぶっている気もするが、これはわかります。フランス料理でいう牛肉のワイン煮込み(bœuf bourguignon)で、ビーフシチューの原型みたいなやつですね。そういうものなのかこの店の流儀か、マッシュポテトがたくさん添えられていました。5日前に欧州に来てから、本当に牛肉ばかりよく食うなあ。満腹して会計してみたら、€ 16.20と非常にリーズナブル。前菜が€ 6、主菜が€ 8、ワインが€ 1.20にサービス料が€ 1とのことでした。パリのムニュ(定食)ならそれだけでこれくらいして、ワインは外付けだからね(グラスワインでも€ 4は下らないし)。料理の質量からすればそんなものかもしれません。家庭のお惣菜に近い感じでしたので(でも味はよかったですよ!)。西欧諸国での晩飯用に重宝する€ 20紙幣と€ 0.20硬貨を出したら、おばさん(なぜか交代していた。でも無愛想は変わらず 笑)がもってきたおつりの皿には、€ 1硬貨が4枚と、なぜか20紙幣1枚?? お勘定まちがえるくらいならありがちだけど、ごちそうになった上にチップまでいただいては気の毒なので、「マダム! マダム!」と声を上げて引っ込んでしまったおばさんを呼び返し、にやりと笑って小皿の€ 20紙幣を指さしました。失敗に気づいて照れくさかったのか、おばさんは初めて笑顔になり、サンキュー、グラッチェと繰り返しました。

駅裏のガラタ・ホテルの部屋は、かなりゆとりがあるのですが床はコンクリの打ちっぱなしだし、暖房はどうやら懐かしい電熱ヒーター(ただ首振り機能はついていました)だけのようで、かなり寒い。この日の昼間は暖かく、かるく汗ばむほどだったのだけど、夜中は冷え込みました。冷暖房をつけて寝るのが嫌いなのでヒーターのスイッチは切ってあったのですが、限度を越えたので夜中の3時ころにスイッチオン。窓の外は自動車がかなりの頻度で走ってうるさいし、こりゃ安宿にしてもレベルが低いなあ。

 

218日の朝、テレビをつけるとドラえもん。水田わさびでなく大山のぶ代にかぎりなく近い声優が吹き替えていて、ジャイアンのママとか担任の先生なども雰囲気をよく出していて感心。それはいいのだけれど、前夜と今朝のニュースで中川昭一財務相の会見?らしき映像が何度も流れ、何ごとかと思う。彼のセリフにすぐイタリア語の吹き替えがかぶされてしまうので聞き取れません。いくら不人気の麻生首相とて、中川サンに劣るということもあるまいし、イタリアのニュースに取り上げられるほどのネタがあるのかな? と、パリに戻ってからネットで真相を知って合点しました。ほかならぬイタリアでやらかしたのね、中川サンは。睨みつけるような酔っ払い口調は以前からだけど、やっぱり限度があるわけだ(大笑)。

 コロンブス像(プリンチペ駅前)

 
(左)通勤通学客が目立つ朝のバルビ通り (右)「王宮」

 

朝食はカットして7時ころ駅に出向き、855分発のヴェンティミリア(Ventimiglia)ゆき急行の指定券をゲット。こんどは€ 5で、乗車時間はトリノ〜ジェノヴァよりも多少長いのに価格は3分の1と不可解だけど、前日のはEurostar City、今回はInter City Plusとどうも格下のよう。ヴェンティミリアというのは知らない地名ですが、フランス国鉄と接続する地中海沿いの国境駅ということがトーマス・クック時刻表でわかりました。1時間弱のゆとりがあり、旧市街を少しだけ散歩して、こんどは旧港付近も歩いてみました。前日迷ったプリンチペ駅の構造は、明るくなってあらためて見ればよくわかる。トンネルでブリノーレ駅とむすぶ側は地下構造になっており、西ゆきの行き止まりホームは地平面にあるのね。上野駅と逆のパターンでした。迷ったあたりを1つだけ曲がれば宿だったのに。

荷物を引き取ってチェックアウトすると、津島雄二ふうの旦那は妙に別れを惜しむ。「ところであなたは、なぜフランス語を話すのですか」とおなじみの質問が(英語で)あったので、これこれの事情でと説明しました。毎度のことなので答えは用意してあります(笑)。旦那がいうには、「私は以前にミラノでホテルをやっていて、そのあとジェノヴァに来たのですが、多くの日本人と出会ってきました。でも英語ばかりで、フランス語を話す人にはほとんど会いません」と。そりゃそうでしょうけど、ミラノあたりに出没する日本人はショッピングめあての強引な?英語使いじゃないのかね。さらに、「このところの経済危機は深刻ですね。日本はどうですか? ああ、やっぱりクライシスは全世界なんですなあ。ホテルの経営も最近急に厳しくなってまいりましてね、いつまでやっていけるのか本当に心配になってきました。ジェノヴァの経済も先行きが不安です」といった話。英語ですが、この旦那もきっと、同じような英語の繰言を何度も話すうちに、よどみなくなってきたのでしょう。部屋の粗末さを改良するよう訴える気が失せ、旦那と握手して(前日と逆パターン)なぜか励ましてジェノヴァを去ります。

 


PART 6 へつづく

 

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