Malte, la forteresse invincible

PART5

 


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マルタ4日目の1228日(月)は、前日と反対側、ヴァレッタのある半島部とはマルサイムシェット湾をはさんだ対岸にある地区に足を伸ばしてみます。湾の対岸はスリーマSliema)、そのもう1つ西側の地区がセント・ジュリアンSt.Julian’s)です。「地球の歩き方」によればスリーマがマルタの商業的中心、セント・ジュリアンはリゾート地というような感じらしい。マルサイムシェット湾にも€1.50のフェリーがあるのですが、また往復してしまうとおもしろくないので、まずはバスで湾岸を大回りすることにします。月曜朝のヴァレッタ市内はかなりにぎやか。マーチャント通りの朝市には一昨日を上回る人が来ていました。


ヴァレッタ市街のキヨスクに置かれた各種看板 デジタルなのかアナログなのかわからん(笑)


こちらは案内表示 必ずマルタ語/英語の順

15分くらいかけて、市内の入口にあるバスターミナルにまたまたやってきました。鉄道のない国なのでここが首都の「中央駅」にあたります。周囲には各種の食料品などを売るお店や屋台がいくつも出ていて、ここにも買い物客が早くから来ていました。一昨日ここからマルサシュロックに向かったときには目当てのバスがすぐに見つかり、しかもすぐ発車だったので周囲を観察する時間がありませんでした。スリーマ、セント・ジュリアン方面は多発しているようなので発車時刻を気にすることなくターミナルの様子を見てみます。方面別に整理されたプラットフォームには屋根がかかっており、その下には「駅の売店」に相当する店が営業していて、パンや飲み物などの軽食も売られています。おもしろいのはそれが1ヵ所というわけではなく、プラットフォームごとにあり、おそらく経営もばらばらなのでしょう、何となくそれぞれの個性が感じられます。新聞を買いにきたおっちゃんが店のおばさんと会話している様子を見ると、それぞれに常連さんがついているのだなと思えます。こだわりのある人は、同じ常盤軒(品川駅の駅弁&立ちそば屋)でも京浜東北線ホームが美味いとか何とか主張しますもんね。コンビニらしきものが見当たらないマルタでは、こうしたキヨスクのたぐいは重宝されるに違いありません。

それはいいのだけどスリーマ、セント・ジュリアン方面はどこかな? ずらりと並ぶ乗り場を端まで歩いても該当する番号が見当たりません。あれと思いかけ、さらにその先を左折して別の道に入ったら、そこにも乗り場が延々とつづいていました。いったい何番線まであるものやら。

 
プラットフォームがずらりと並ぶヴァレッタのバスターミナル


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時過ぎに13系統で出発。発車直前まで運転士が友人?のおっちゃんと談笑していて、のどかというかいい加減というか。マルタ語の音声が、やっぱりいつもの「西欧」とはかなり違う感覚をもたらします。この13系統はBAĦAR IĊ-ĊAGĦAQ行き。何をどう読んでよいやらさっぱりわかりません(汗)。アラビア語系の言語をラテン文字で表記しようとすれば当然いろいろなワザを駆使しなければならず、さようなことになるのでしょう。鳥居みたいなHはしばしば見かけます。ちなみにヴァレッタをマルタ語でいうとイル-ベルトIl-Belt)。バスはいったん半島の付け根まで行き、そこで方向を変えて、マルサイムシェット湾に沿って走りました。やはりかなりの大回りです。やがて右前方にヴァレッタが見えてきました。こちら側から見ても、要塞都市ヴァレッタは独特の景観をかもし出しています。昨日訪れた反対側では、グランド・ハーバーの内部にさらに入り江があって、それがスリー・シティーズを形成していますが、こちらにも多少の凸凹があり、ヴァレッタに向かって小半島が突き出しています。バスはその付け根を横切るようにして進みました。そのあたりがスリーマの中心らしい。海岸沿いに各種のショップや飲食店が立ち並んでいます。

このまま海沿いを走るのかなと思ったら、バスは左折して内陸(というほどでもないか)の町なかに突っ込みました。スリーマのバス停はそのあたりにありました。音声アナウンスがないのでどこで降りればよいのか、目を凝らしておく必要があります。もっとも、どこで降りなければならないという義理も目的もありませんので、そこは気楽に。

 
セント・ジュリアン・ロス付近


スリーマ地区は、マルサイムシェット湾とセント・ジュリアン湾のあいだの半島部にあります。ヴァレッタほどのでっぱり感はないものの、湾が深いのでそれなりの幅はあります。バスはその先端部をショートカットするようなかたちで外海に面した海岸に出ました。そこからはひたすら海岸道路を走ります。バス停の名称に注目していると、すべてSliema XXというふうに自治体名としての「スリーマ」が冠され、そのあとに停留所名が記されています。スリーマがずいぶんつづくなと思ったら、どこかでSan Ġiljanに変わりました。なるほど市の名前はマルタ語表記になっているんですね。そのうちセント・ジュリアン湾らしきところに入り込み、ひたすら海岸に沿って進みます。どこが中心地区なのかわからないので、適当なところで下車してみました。ヴァレッタのターミナルから約40分かかっています。海沿いの景色もすばらしいし、€1.50でこれだけ楽しめればいうことがありません。

いま地図で調べたら、下車したバス停はロス(Ross)で、セント・ジュリアンの1つ手前だったようです。たしかに前方にショッピングビルのようなものが見えていました。ロスも町外れではなく、商店街の一角といった風情の地区。バス停にはずいぶん大勢の人が並んでいます。そこをねらってタクシーの運転手が「乗りませんか」と声をかけるけど、反応はありません。これから私はスリーマに向かって、いま来た道を逆戻りします。海岸沿いに遊歩道が延々しつらえられているのがわかったので、そこをゆっくり歩こうという算段ね。途中で疲れたり飽きたりしたときにはバスに乗ればよいだけの話です。

 
 セント・ジュリアン I am here!


日当たりのよい坂道を少し戻ると、セント・ジュリアン湾に出ました。この湾自体が大臼歯的に(またか!)二股に分かれていて、いまいるところはスピノーラ湾(Spinola Bay)というそうです。周囲が近代的なビルばかりなので、湾というよりは町なかの運河とか人工の池みたいな感じ。でも、その向こうに広い海が広がっているのが見えます。西伊豆あたりにありそうな景色だけど、「都市」っぽさがここの特徴ですね。お天気がよいので、老夫婦と十代のカップルにはさまれてベンチに腰かけ、しばし休憩。

 
 
いろんな角度から撮っていますが、要するに海岸線の複雑なセント・ジュリアン湾をぐるっと歩いてきたわけです


この避寒地に全欧からやってくる人たちは、おそらくセント・ジュリアンまたはスリーマのリゾート的なホテルに泊まるのでしょう。「地球の歩き方」のホテルリストも、ヴァレッタより前にこの両地区のものが掲げられています。私、大都会の生まれ育ちなので都市は大好き(むしろ田舎が苦手)なのだけど、リゾートというのはいまいちで、あまり興味をもてません。温泉でもついていれば別ですけどね。海岸沿いのリゾート・エリアとしては、やはり地中海岸のフランス・カンヌに泊まったことがありますけど、たぶん生活のにおいが乏しいところがダメなんでしょうねえ。ま、観光というのは日常生活を一時的に忘れるためのものというのが本筋でしょうから、それをいっても仕方ないことは承知しています。こうして散歩しながら眺めるぶんには、古めかしいヴァレッタとの対比もあっておもしろい。


こんな感じの遊歩道が延々とつづく


セント・ジュリアン湾沿いを脱出してリアル地中海に出るまでに20分以上を要しました。そこからスリーマまでのあいだには、小さな公園、海岸レストランなどがぼちぼち現れます。陸側はリゾートマンションのたぐいが多数。遊歩道は幅も広く、植え込みや街灯のセンスもよくて歩きやすいです。自転車で歩道を走ってはいけない旨の標識が出ていました。結構なことです(車道を走ればそれなりに危険ではあるけど、歩行者のほうが遠慮してよけるというのはやっぱり違うと思う)。夏には海水浴場となるFont Għadir Beachもあります。こんなに波の高い外海で遊泳していいのかねと思いますが、案内図によれば、海に突き出したでっぱり同士を仕切り板で結んでプールのような状態にするらしい。せっかくなので浜に下りてみたら、ビーチといっても砂はほとんどなく、石灰岩みたいなカタい面でした。

古代からこの海を無数の船が往来して歴史をなしてきたのだなと思います。いまいるのはマルタ島の北岸、イタリア側ですが、この島の西と南にはアフリカ大陸があります。真南は大混乱のリビア。カダフィ独裁体制が2011年に倒されたあと、トリポリとベンガジの勢力が対立し、その間隙を縫うかたちで自称イスラム国の影響を受けた集団が中間地域を実効支配しています。ここからトリポリまでは、ローマまでよりもずっと近いんですよね。何だろう、この平和すぎる絵は。平和で平穏なのを承知で、だからこそ来ているのだろうといわれればそのとおりですが、客観情勢をみるに、あと3日ではじまる2016年に情況が好転するとはとても思えない。シリアでの混乱が長引けば(長引くに決まっていますが)、さらに大量の難民が欧州に押し寄せることになるでしょう。ある意味では「手前」側にある島国マルタも、そうしたことに巻き込まれていくのでしょうか。

 


スリーマの中心部が近づくと道路幅も広くなり、商店が増えてきました。海岸なので多少の風は吹いているけれど、寒いというほどではありません。遊歩道にキヨスクが現れました(下の写真)。ヴァレッタでは「ロンドンの朝刊あります」という看板を見たけど(このページの最上部)、ここでは英語、スペイン語、フランス語、ドイツ語、オランダ語、イタリア語で「今日の新聞あります」となっています。全欧から観光客が集まるところなので、こうしたサービスが当然だったのでしょう。でもいまはインターネットがあるからなあ、紙の新聞売れるんですかね。ガイドブックはマルタ当局自身が作成したもので、いくつもの言語に対応しています。これは立派。いまどき自国のいいところをアピールしたいなら多言語に対応しなければね! とかいいつつ、マルタに来てからほとんど英語の表示で足りていることにも気づきます。最近まで長く英領だったという歴史は、現在のマルタをして観光立国となるのに有利な条件(英語が通じる)をも形成せしめているといえます。

 


セント・ジュリアンを出発しぺたぺたと海岸を歩きはじめてから1時間ちょっとで、スリーマの中心部に出ました。道路は小さな半島を横切り、外海からマルサイムシェット湾へと景色が移ります。この半島横断部分は少しだけ標高が高くなっていて、そのあたりに小ぶりなショッピングセンターとかカジュアルショップが並んでいました。年季の入った小物屋さんとか時計屋さんなんかもあります。生活のにおいがする地区はしかしあまりなくて、坂を下りてマルサイムシェット湾岸に出ると、陸側にマクドナルドやバーガーキング、各種の観光レストランなどがずらりと並び、海側には小さな桟橋に各種の観光船が停泊しています。要塞都市ヴァレッタが切り立った崖の上みたいなところに展開しているのに対し、ここスリーマ海岸は海面とほぼ同じ高さのところに町が広がっており、しかもモダンなビルばかりです。景観としておもしろいかといえば微妙。各種観光船というのは、湾内巡航もあれば海岸をあちこちめぐるようなものもあり、複数の業者が競合しています。競合しているがゆえに、客引きさんがさかんに声をかけてきて、「うちの船は○○を回りますよ」と乗客募集に励んでいる。正しい資本主義のあり方?でしょう。

13時近くになっているのでどこかで昼食を、とも思ったのだけど、大型の観光レストランもファストフードも好きじゃないんですよね。といってサンドイッチの歩き食いではなあ。海岸を含めて周辺をぐるりと一周してみたもののぱっとしません。それならフェリーに乗ってヴァレッタに戻ろう。

 
 スリーマ


グランド・ハーバー(スリー・シティーズ側)と同様にこちらの渡船も毎時2本の運航で片道€1.50、往復だと€2.80。船体は共用ではなく路線別の専用船のようです。前日と同じ要領で切符を購入し、ベンチの置かれているデッキというか屋上部分に進みます。大半の乗客は見るからに観光客。カメラまたはスマホを構えては前後左右を撮影しています(俺もか)。何といっても、スリーマから見える対岸のヴァレッタの景観がすばらしい。好天ともあいまって、中東を思わせる土色の建物がびっしり並び「立体展示」みたいにこんもり盛り上がっている景観は、なかなか他では見たことのないものです。撮影者として欲をいえば、この時間帯は逆光で、町をきれいに写すとせっかくの海の紺碧色が抜けてしまう。修整してもいいけど、いずれにしても自分の眼で見た景観のすばらしさをそのまま残すことはできません。

このマルサイムシェット湾自体が細長く奥深い湾なのはバスで海岸を通ってわかったとおりですが、その湾内に小さな島があります。マノエル島(Manoel Island)というそうで、そこの突端部分に、ずいぶん立派な城郭らしきものが見えます。フェリーはそこをかすめて走り、ヴァレッタに向かいます。あとで調べると、このお城は18世紀にマルタ騎士団が築いたマノエル城(Fort Manoel)で、函館の五稜郭と同じタイプの星型城郭。ここも英海軍が1964年まで使用していたそうです。生活感はあるものの旧市街そのものという感じのヴァレッタ、モダンなスリーマにはさまれて、生活感がまったくないお城が堂々とした風格で建っているというのもかなり強烈な印象ですね。

 
 
フェリーに乗ってヴァレッタへ 左下の写真がマノエル城


スリーマ・フェリーの乗船場には2日前に接近していました。それなのにちょっと別ルートから進もうかなどと色気を出して、海岸沿いの道を半島先端部のほうに歩いてみたら、広い駐車場があるだけでどうやら市街地(崖の上の世界)には登れないらしい。仕方なく来た道を引き返し、知っているとおりのルートでリパブリック通りに出ました。ヴァレッタ要塞は基本的に「崖の上」オンリーで成り立っていると考えたほうがよさそうです。

パレス広場の2ブロック付け根側、聖ヨハネ大聖堂の前に広場(St. John’s Square)があり、そこにテントを張り出した飲食店が数軒出ています。到着したクリスマス当日には1店以外は開いていませんでしたが、それ以降はいつ通りかかってもにぎやか。レストランやカフェのテラス席というのは間違いなく欧州各都市の景観を特徴づけるものの1つです。パリ・デビューしたころお世話になっていた教授に昼食をごちそうしていただいたとき、当たり前のようにテラス席に座って食事となったのにはちょっとびっくりしました。ハトとかスズメなんかが平気で足許に寄ってきますもんね。東京並みかそれ以上に排ガスがすごいパリで、何だったら冬場でも「外食い」なのはいまもって不思議です。私自身は、冬場の渡欧が多かったこととタバコが苦手なのとで(現在のフランスの法律ではテラスのみ喫煙可)、基本的にはsalleと呼ぶ室内を選択することが多いのですが、それでも夏場などは外で、ということが増えてきました。湿度が低いのでむしろ気持ちいいというのはわかります。ここヴァレッタの市街地は自動車の乗り入れができないゾーンですので空気は悪くないはず。それにしても1228日にテラスで普通にというのは考えたこともありませんでした。


 


そのうちの1つ、軽食堂ふうの店先でやる気の有無がいまいち見えないベテランの店員が客引きらしきことをしていました。目が合ったので、今日も暖かくていいですねとかどうでもいいことを話しかけて、二言三言。ぜひ座ってお茶でもという自然の流れで、一応テントが覆っている席につきました。昼食だからまたパスタでいいな。早いもので明日の昼にはもうマルタを発たなければならないので、今日の夜は本式に何かを食べようと思っているわけです。サーモンのペンネ(Penne al Salmone€9.95というやつにしよう。日ごろ自分でつくることはあっても外でパスタ系を食べる機会はないので、地中海ならではの傾向だということにしておきます。地中海にかぎらず英独仏どこでもイタリア料理店というのは普通にあるので、こういうときの軽食の選択肢としてピザというのがあるのですけれど、私自身があまり得意ではありません。あれを1切れ以上食べる心理になったことが生まれてこのかたないので。メニューのドリンク欄を見ると、例によってビールはパイント表示ですので、お飲み物はという問いにパイント・ビアと告げました。ややあって運ばれたビールはやっぱり英国式の1パイントではなくメートル法準拠の0.5L、しかも缶のまま供されました(€3.50)。たしかに「生ビール」(draft beer)であるとは書いていなかったから間違ってはいないけど、ボトルでなく缶というのはお祭り屋台みたいでそれはそれでいいかもしれない。店先の看板にもなっていた1565 Victoryという銘柄。この国の人たちが誇りとするマルタ包囲戦勝利の年号が冠されたものですね。いまネットで調べたら、ドイツのメジャー蔵元であるレーベンブロイがマルタで生産していたものの2012年に撤退して、現在ではドイツで醸造されているものらしい。そうなったとしてもこの年号を残したかったのでしょう。

ペンネはとにかく大量、味は普通の普通。サーモンのパスタなのにイクラではなくトビっ子みたいな魚卵がトッピングされています。そういえば前日もサーモンのパスタが気になりながら、ちょっと前に東京で食べたというので回避したばかりだったですね。食べていくうちに味に慣れて単調になってしまったので、白ワインのグラス(€3.95)を追加してゆっくり飲み食いしました。やっぱりヴァレッタの凸凹が体力を消耗させている面は否めません。ワインまで飲んで歩きつづけるのは危険なので、いったん宿に戻って仮眠することにしよう。もう15時近くになっています。

仮眠というか、高い天井を見つめながらベッドの上でごろごろして過ごします。日常がさほどハードであるという実感もないですが、ゆるやかでリフレッシュするねえ。暗くなった18時過ぎに再び表に出ました。無人の宿で誰とも会わないため、何だか自分の家から直接出かけているような感覚になります。まずはリパブリック通りに出てお土産を物色。最もにぎやかなあたりにお菓子屋さん兼カフェがあり、何だか昭和のパーラーみたいな雰囲気だなと思った店だったので入ってみました。ケーキなどの生菓子はもちろん無理ですが、チョコレート関係もけっこうあります。マルタのチョコってどうなんだろうと思うものの、欧州土産として説得力があるのはやっぱりコレか(笑)。

 


それからディナー。初日に食事したマーチャント通りのあたりか、パレス広場の裏手あたりか。黒板メニューなどを見ながら歩いていると、マーチャント通りの角地に特設テントみたいな野外レストランが見えます。位置的には、実は昼食をとった店の1ブロックだけ南。白いテントにストーブが焚かれているところなんて初詣の仮設本部みたいな感じがしなくもありません。マーチャント通りをはさんだLucianoという向かい側の店が出しているアネックスらしく、店員さんがひっきりなしに往来しています。メニューも豊富だったので、メガネをかけた知的美人の店員さんに声をかけて、高めのイスに腰かけました。英語をお話しになりますかと訊ねられ、イエスと答えると、こんなメニューがあります、軽いのも重たいのもなどと、ざっと紹介。物腰がソフトでいいですね。別の若い男性店員さんも実にスマートな応対でした。メニューに載っていた鶏肉の何とかという料理をオーダーしようとしたら、おねえさんは「本日は日替わり料理(daily special)として鶏の半身を使ったローストをご用意しています。そちらもおすすめですが」と。それならばそうしましょう。英語では1/2 Roasted chicken with Rosemary Sauceとなっています。グラスの赤ワイン(€3.50)と、飲みすぎ予防のためスティル・ウォーター(€1.50)も注文。隣のテーブルは男性3、女性4の中高年グループで、イタリア語で会話しており、実ににぎやか。誰かが飲み物にコーラを頼むと、「コーラはないだろ!(笑)」とかでいちいち盛り上がっています。件のおねえさんとは全員、英語でやりとりして料理のオーダー。あのフランス人だってここに来れば英語を話すと思うよ。

運ばれたデイリー・スペシャルはなかなかすごいボリュームです。いうとおり鶏の半身を使っており、香辛料をまぶしてオーヴンで焼いたものらしい。皮はぱりぱり、中はしっとりで実に美味く、添えられたソースなしで十分に食べられます。何だったらケチャップとマスタードももってきてくれています(こちらは主にフライドポテト用でしょう)。初め、ワインとともに小さなパンが2つ供されたのですが、それはアテという意味だったらしく、あらためて大量投入?されました。ガイドブックによれば、マルタでは夜でもパンとバターが普通にサーブされるとのことです。ポテトやグリーンサラダもあるし、肉が大量なので、パンまでばくばく食べていたら胃袋がおかしくなりそうです。それにしても、ウサギ、シイラにつづいてマルタで3度目の解体ショー。考えてみれば、動物には骨がつきものであり、たんぱく質を食うというのは本来的に骨をしゃぶるということです。そういう「作業」を免じられている現代社会がおかしいのです。なんちゃって。すっかり満腹したけど、メインが€13.50、込み込み€18.50とリーズナブルなのはすばらしい。おねえさんにお礼をいって、少しだけ寒くなってきた道路に出ました。ごちそうさま。マルタ・ワインの残りがあるので、あとは部屋で動画サイトでも見ながらのんびり過ごすことにしましょう。

 

PART6につづく


この作品(文と写真)の著作権は 古賀 毅 に帰属します。