古賀毅の講義サポート 2021-2022

Programmes et Cours d’étude

教育課程論


千葉工業大学 工学部・創造工学部・情報科学部・社会システム科学部 (教職科目)
前期 土曜89限(16:00-18:00)  津田沼キャンパス6号館 611教室  

 

 

 

 

 

講義サポート トップ
2021(令和3)年度 教職科目における指導・評定指針


2021
5月の授業予定
5
8 学習指導要領とその変遷(1):試案期〜昭和5253年版
5
15 学習指導要領とその変遷(2):平成元年版〜平成2021年版
5
22 新学習指導要領の要点と特色
5
29 (リフレックス)


 

■■次回は・・・
5- 学習指導要領とその変遷(2):平成元年版〜平成2021年版

ひきつづき歴代の学習指導要領。の特徴を検討します。元号が平成に変わった1989年に告示された平成元年版(戦後6代目)、歴史上もっとも波紋を呼び、世論の猛攻撃を受けた平成1011年版、そしてつい最近まで適用されていた(高等学校はいまも稼働中の)平成2021年版の3回分を取り上げます。個人的なことをいえば、私が初めて高等学校の教壇に立ったときに受け持った授業は昭和53年版の「社会」でした。その学校で2年間、3年生の社会を担当したのですけれども、それが昭和53年版の最後ということであり(学年進行で1994年度から実施)、高校・社会の終幕のタイミングでもありました。平成元年版で、小学校12年生と高校13年の社会科は消滅したのです。

昭和(戦後)と平成の違いはといえば、なんといっても日本経済の具合です。右上がりの時代が完全に終わり、1990年代に入ると株価も地価も続落、いわゆるバブルも崩壊して、のちに「失われた10年」(the Lost Decade)と呼ばれる経済不振の時代に突入しました。みんなが自信をもっている時期と、自信喪失気味のときでは、教育課程の内容もずいぶん変わってきます。グローバル化、IT化という大きな変化も1990年代に入ってから本格化しました。世界全体の急速な変化に日本社会も、日本の学校教育も巻き込まれ、この変化にどうにかついていかなければという焦りが教育課程に反映していくことになります。

平成1011年版学習指導要領(199899年告示)は、教育業界を挙げての黒歴史ともいうべきものになってしまいました。「ゆとり」と、ある種のからかいやあざけりを含んで呼ぶのは、一般にはこの版のことです。小中高に総合的な学習の時間が設定されたのがこのときですし、高等学校に情報という教科がつくられたのもこのときなので、いま私たちがよく知る教育課程の原型がつくられたときといってもよいわけです。周知のように、これは「炎上」してしまったのですが、もう20年以上も前のことですので、何が批判されたのか、どこに問題があったのか(なかったのか)という実際のところを知らない人が多くなりました。というか、当時も人々がどこまでわかって批判・攻撃していたのかという疑問が私の中にあります。平成2021年版は、この経験のもとでつくられ、「ゆとり」方針をリセットしたわけですけれども、平成1011年版の趣旨とそれをめぐる一連の論争を詳しく振り返ることで、教育課程とは何であるのか、どこに注意を払うべきなのかという肝心のところを確認することができると考えます。

昭和期の教育の変遷であれば、まあ笑い話にしてしまってもかまわないと思うのですが、平成以降つまりこの30年ほどの事情というのは、現在の社会や教育と直接つながることですので、みなさんも当事者として思考することを避けられません。公教育の担い手になるということは、今度は批判される側に立つということです。時間のあるときに両キャンパスの図書館の教職コーナーに足を運んで、このあたりの議論をじっくり読み取ってみてはどうでしょうか。



REVIEW 4/24
*文意を変えない範囲で表現・用字法を改めることがあります

教職課程をとるまで学習指導要領に何が書かれているのか知らなかったけど、学んでいくうちに、わずかだが内容を知ることができた。教員をめざすなら買うべきだと思った。

思っていた以上に学習指導要領の内容は変化していました。社会状況をもとにここまで変わってしまうということに興味があります。とくに現状から目標を立ててそれが学習指導要領に反映されていくことがおもしろいと思います。

学習指導要領は国家や社会の情勢に合わせて変化してきたことがわかった。そのことから、最新の学習指導要領ではどのような事象が影響を与えているのか、関心をもった。

学習指導要領の内容は時代や、そのときの世界の情勢などによって全然違っており、本当にその当時の特色を表しているなと思った。

戦後の日本を、歴史として覚えるために学ぶのではなく、教育や社会の面から観察するのは初めてなのでおもしろいです。当たり前ですが先生によって話される立場が異なるので、高校までとはまったく違うものを学べています。
今回、自分たちの学習指導要領と歴史上のものとの違いに驚き、少し理解できた。先生の思い出話がおもしろかったです。

学習指導要領というものが誕生してから、その時代の背景に合わせて何度も変わってきているのだとわかった。時代状況によって学習指導要領を変えていくのは大事だと覆うが、昭和434445年版から昭和5253年版への転換のように、急に内容がいろいろ変わってしまうと、教師も生徒もそれに対応するのが大変なのではないだろうか。
・・・> 人ごとではないぞ。教師になったら、キャリアの中で34回の改訂がありますからね。

高校は単位制のため学習指導要領の実施が学年進行だとありました。では、留年した場合や留学による休学などがある場合、どのような解釈になるのでしょうか。
・・・> ケースにより多少の違いはありますが、多くは該当する生徒への配慮をほどこした内容・構成を新課程に組み込み、単位の読み替えという措置をとります。旧課程の要件を満たす部分を新課程の中から取り出して組み合わせるイメージですね。大学も単位制なので同じような措置がとられます。千葉工大の旧工学部は2016年度で募集停止になりましたが、いまも旧学科に学生が在籍していますので、現在の科目を旧課程に読み替えて対応することが多くなっています。

 

歴代の学習指導要領を古い順から見ていったのだが、どの年代のものもその時代の特色が出ていて、おもしろかった。昭和33年の学習指導要領は、アメリカからやっと解放されたぜ、やったー感がみられてかわいいなと思った。今回の授業の、古い順から見ていくというのも系統的なものなのかなと思った。

道徳と社会科が連動していた時代があったことに驚いた。歴史があるせいなのか、そんなつながりがなかったように思われるが、生活という概念で考えたら、わりとあるんだなと思った。
・・・> そう、日本人の普通の感覚だと、社会科は国語・数学・理科・英語などと並べる「教科」であり知識の教育、道徳はその外側にある非知識の教育であるということになりますよね。でも、私が専門にしているフランスでは伝統的に公民・道徳教育(instruction civique et morale)というくくりにしています(etは英語のandで、対等なものの並置を表す)。デューイ流の社会科教育も、観念的な道徳教育を完全に置き換えるものとして当初は期待されたのですが、どうも教育勅語的なものこそ道徳だという日本人の思い込みが強すぎて、別の考え方を受け入れがたかったのかもしれません。テキスト『教育原理』 p.102のコラムも読んでください。

学習指導要領の初代は、アメリカの新教育、アクティブ・ラーニングそのもので、少しおもしろいと思った。途中の知識重視もアメリカを追いかけるかたちで失敗していて、日本はガンコなんだなとも思った。最も意外に思ったのは、全面主義道徳教育がつづいていること。いまでも倫理がないと思うおとなも一応、小・中学校で教育は受けている。個人の問題と考えるが、いじめなどのことを考えると何ともいえない。
・・・> 君たちのときも全面主義道徳教育だったんですよと申しましたが、現在は微妙。その話は次回いたします。

試案のころは経験主義の分権型、ボトムアップだったことを知って、日本はずっと系統主義だと思っていたので驚きました。

教育と戦争(国力)の関係はこれまでもよく題材に上がっていたので知っていた。今回それを具体的に細かく見ていったので、その関係の深さにさらに触れることができた。
日本では富国強兵により教育の強化がはじまったが、アメリカも冷戦により新たな教育が出てきていたのだなと思った。戦争は多くのことを変化させるのだなと思った。

理系教科は抽象的なものが多く、専門家になる人だけが学ぶといわれがちだが、科学・技術の力≒軍事力という図式が成立し、多くの国民に共有されるべきものになっていく国もあった。


1903年に初の有人飛行を実現したライト・フライヤー号(ワシントンD.C. 航空宇宙博物館に展示された現物)
この成功から10年あまりで、航空機は実戦投入されている

 

冷戦が、アメリカや日本の教育方針を大きく変え、破綻させたことに驚いた。
冷戦時代にソ連がアメリカより先に人工衛星を打ち上げて、アメリカにショックを与えたという話は興味があったので知っていたのだが、その裏で教育にも影響があり、相対性理論だって教えられる!と教育していたのは初めて知った。歴史をいろいろな面から見るととてもおもしろいと思った。

ソ連が人工衛星の打ち上げに成功したことで、アメリカは詰め込んで失敗した。何か焦ることがあったとしても、いきなり真似をして大きく変えると失敗するから、気をつけなくてはいけないと思った。

冷戦時代にロケットをいっぱい飛ばしていたのはなんとなく知っていましたが、制空権を得るためだと知りました。お金いっぱい使っていたんですね。
もう月には行ってくれないんですかね。悲しいです。次はどんなときに行ってくれますかね。
・・・> 千葉工大の松井孝典学長は、その方面では日本でいちばんの権威ですし、いまも日本の宇宙研究に対して大きな影響力をもっています。お話をうかがってみてはどうでしょう。

人工衛星でロシアに負けてアメリカが焦って、無理しはじめるというのが、なんだか間抜けでおもしろいと思った。
・・・> まあ若い世代にはありがちなのだが、ロシアではなくソ連。国名が変わっただけだと思って、ソ連という情報があるとなんでも「ロシア」と勝手に変換してしまう人が多いのは困りますな〜。バイコヌール基地(スプートニクを打ち上げたところ)は現在のカザフスタン共和国にありますが、当時はそこもソ連だったのです。

昭和33年版学習指導要領では、初代・2代目のアメリカからの指導に反発したのに、昭和43年版ではアメリカの真似をしようとした理由がわからなかった。
・・・> あ〜、わかりませんかねやっぱり。説明してもいいですけど、戦後の歴史と、右・左のイデオロギーみたいな話を組み込まないと理解できないかもしれません。

アメリカの失敗から何も学ばずに失敗したことには正直吹き出してしまいました。なぜ失敗を見ているはずなのに、日本はアメリカの真似をしてしまったのでしょうか。

アメリカの真似をして失敗する日本はバカだと思った。(類例複数)

大勢を巻き込むような改革では潔さも大事だと思った。
アメリカの現代化運動の挫折とほぼ同時に現代化カリキュラムを開始してしまった日本の対応は本当によくわからなかった。なぜアメリカの潔さも真似しなかったのだろうかと疑問に思った。

昭和44年版の中学校数学の内容に、高校の数学IAIIBIIIでやったような内容が入っていて驚いた。これだけ詰め込んでいて高校・大学の数学は何をやっていたのか気になった。
昭和44年版の中学校数学で、1年生に「関数の意味」を教えていたことにとても驚いた。学習指導要領は、学問的・発達的・社会的要請によって決められるが、発達の部分が少しないがしろにされていたと理解できた。ただ少しばかり中学校の段階で標準偏差などの高度な内容に触れることができていたというのは、うらやましくも思う。

アメリカが10年で失敗した教育の現代化を日本がおこない、同じように失敗している話を聞いて、残念に思いました。教育の難しさを再認識しました。
昭和434445年版のとき、アメリカの現代化運動の強い影響で日本も現代化を開始するが、アメリカが10年で失敗しているというのに、日本のプライドなのか? それともアメリカの圧力なのか? 当時の先進国のアメリカが失敗しているのに、日本も失敗するとみてなぜやめなかったのかと、疑問と、日本への不安を残される内容だった。

自らの間違いを認められない日本は、本当に無駄な時間を費やしているなと思った。間違いを経て成長するのかもしれないが、アメリカが失敗して日本が成功すると思うのは、愚かだなと思う。
・・・> まあ後知恵ですからね。いまのコロナ対策など、あとから見てどう思われるのかね。

教育の方針が歴史的背景によって変わってきた様子がわかりおもしろかった。とくに昭和434445年版は、アメリカの失敗を日本でも繰り返していて、「日本の認識甘すぎでは」と思い、リスク対策をもっととるべきだと思った。もし教育現代化に対応できる生徒がいたとしたら、その生徒のみを集めて実施することも可能なのか、疑問に思った。
・・・> 教育としては一部の優秀な生徒を取り出して別プログラムを充てるというのは邪道であり、そんなことを言い出すことが反則。と、当時はみんな信じていました。昨今は少し情勢が変わってきています。

学習指導要領の変遷について学んでみて思ったのは、日本はアメリカの影響を受けていることから、アメリカの失敗を日本でも繰り返してしまったことについて、いま思うとアホだと思った。何かを教えるときにはたくさんの知識を一方的に与えるのではなく、一つのことを説明するために必要な知識を集めて説明することができるよう、自身が一つの知識についてあらゆる角度から見て、子どもたちにわかりやすく説明しなければならない。それを実現するには、私自身が学びを深めていくべきであると考えた。

いままでのさまざまな挑戦と失敗のうえで、いまの教育があるので、私たちは恵まれていると思いました。


学習塾というのは東アジア的な文化で、どことも雰囲気はよく似ている(マカオ特別行政区)
「中心」は「センター」の意訳なので、補習センターということなのでしょう

 

環境科学概論でちょうど水俣病を扱ったばかりなので、話が出てきて興味深かった。水俣病の時は、多くのかかわった人が判断を間違えていたなあと思います。

経済を成長させるのはいいけど、周りも確認することが大事(環境破壊とか)。環境に配慮したものづくりをする!

冷戦時代に求められたこと、その後の社会で求めるようになったことが時代により変化しているのは、教師にとっても負担であり、その不利は生徒にも伝わってしまうため、時代に合ったカリキュラムを適時にとることも大切であると思う。
・・・> 負担というけど、変わるのは当然です。教師の負担の都合で教育を緩めるのは、やっぱりだめでしょう。

ゆとりの本来の意味をはき違えていた。ゆとりによいイメージをもっていなかったが、別に悪いものではなかったのだとわかった。

ゆとり教育の結果(当時の時代背景も含め)進学競争が本格化したのは、子どもの勉強意欲が増すというよい面もあったのではないかと考える。
・・・> この前後のコメントもそうですが、「ゆとり教育」というと平成1011年版のことで、昭和5253年版は「ゆとりカリキュラム」と、表現を分けるほうが安全です。大いにつながっているのだけれど、それこそ時代も違いますのでね。で、そこを「ゆとりカリキュラムの結果」というふうに書き替えたとして、「結果」ではないのではないか。進学競争が本格化した時期に(たまたま)ゆとりカリキュラムを実施してしまったというのが授業の趣旨でした。勉強意欲は、それは現在なんかとは比べものになりません。子どもの数が違いますからね(ピークは1973年生まれの新ベビーブーマーの世代)。

ゆとり教育について調べようと思った。
・・・> これしか書いていないのね。どうもここを読んでくれないような気もするのだけど、絶対に調べないでください。君が「調べる」って、まず間違いなくネットでググるわけでしょ? 複雑なクロス検索をかけるわけでもなく、ただ「ゆとり教育(とは)」と入れて、上のほうに出てきた記事をざっと読むんでしょ? 教育にも教職にもほとんど知識のない一般人の無責任な(しかも恨みつらみや、あざけりを含んだ)コメントを読んでそんなものだと思われたら私は困る。教職課程を続行する意思があるのなら、学びの姿勢、受講態度を意識的に改善してほしい。

ゆとり教育は悪で、その教育を受けてきた生徒・学生は能力が低いという印象が世間に根づいてしまったと理解しています。しかしそんなゆとり教育(ゆとりカリキュラム)は、子どもたちが自ら考える力を育成するために、現代化カリキュラムの失敗を得てつくられたものだと知ることができました。
私がいままでとくに意識してこなかった「ゆとり教育」。世間ではいろいろいわれていたが、その裏では多くの人のさまざまな考えがあったということをあらためて実感した。

現在のように、学力調査などで世界各国を比較するだけでは足りないのではないかと思った。経済力や科学力の差を痛感したことで自分のモチベーションが上がった。(実際に行動に移せたことはない ここをどう突破するか)

古賀先生が受験したころの教科構成、とくに数学と理科に関しては非常によい構成だと思った。アメリカに近い気がする。先生の受験生エピソードを教えてください!
・・・> 入試とか受験なんて○○だと思っているのでとくに無いなあ。まあ、第一希望の学部が倍率30倍だったところ一発で合格していますけどね(自慢?)。

ここまでの紆余曲折を経たうえで、なおいまの教育はあまりよろしくないのではないかという評価を受けるのだから、なかなか難しいものだなと思った。

 



開講にあたって

この科目は、教員免許状の取得をめざす学生を対象に、教育課程(学校教育の内容とその構成を時系列的に配置したもの)の観点から学校教育を検討して、教職専門性(担当教科にかかわらず教員に共通する専門職業的な専門性)の枢要な部分を養うことを目的としています。私たちは、ともすれば学校教育の内容=固定的なもの、不動のもの、というふうに考えがちです。教員をめざそうという場合にも、自分が過去に生徒として学んできた内容を不変の前提として、その枠内でどうにかしようと考えるのが普通です。しかし、歴史的過去や外国の事例を少しでも学べばわかるように、学校で学ぶ内容というのは絶対に不動のものではありません。その学習を経ることで学習者(児童・生徒)にどのような変化を期待するのか、どんな人間像に向かわせるのか、ひいては次世代の社会をどのような姿にしていくのか――といった見通しが不可欠となります。

これまでずっと児童・生徒の立場で教育を受ける側だったとすれば、学校での学習は、多くの場合「いわれたからやる、そういう決まりになっているからする」ものだったのではないでしょうか。各教科で学ばれる内容や事項ひとつひとつに目的とか意味があるというふうには考えなかったはずです。当科目では、その部分をプロの視点から考えます。学校の教育内容がどのような目的・意味をもって選定され、配列されているのかということです。同時に、学ぶ側の身体的・心理的・社会的条件をも視野に入れなければなりません。IT化が進んだあとの世代(大半の受講生もそれに含まれますが)は、それ以前の世代とは思考のパターンや順序が変わっている部分があるようです。また、社会の高度化に従って、学校時代に学んでおかなくてはならないことは量的に増大し、質的にも深くなりました。そうした変化を織り込んだ教育課程とは、どのようにあるべきでしょうか。

ご存じのように、学校教育には教科(subject)というものが設定され、みなさんが取得をめざしている免許状も教科ごとのものです。ですから、自分が教える教科の内容や教え方を心得ていればよいのだと短絡することがしばしば起こります。他のことは知らないでもよい、という誤った認識になっています。また、自分の免許状にかかわる学校種(本学の教職課程では、中学校または高等学校)のことだけ知っていればよいというのも短絡です。学校教育というのが人間や社会の全体にかかわることであるならば、そうした区切りは便宜上のものでしかありません。生徒の成長と社会への巣立ちを支援しなければならない立場の教師が、「私は自分の専門に閉じこもります」という態度をとってよいものではありません。当科目では、したがって教科や、その下位区分である分野(中学校)・科目(高等学校)、さらには各教科に属する単元(学習内容のまとまり)をも、固定的には捉えず、可変的なもの、流動的なものとして考えます。そうすることで、「そもそもこの教科では何を学ばせるのか」という大事なところに意識が行くことになるのです。なお日本の学校教育のうち幼稚園・小学校・中学校・義務教育学校・中等教育学校・高等学校・特別支援学校については、文部科学大臣の告示する学習指導要領が教育課程の基準となります。当科目でも当然のことにこの学習指導要領の分析が重要な位置を占めますが、これからの約10年を規定する新しい学習指導要領のうち、中学校のものは2017(平成29)年3月、また高等学校のものは2018(平成30)年3月に告示されました。今回の改訂は非常に大規模なもので(とくに高等学校)、現場で実際に指導にあたっている先生方であっても、その理念や内容・構成を一から学ばなければというほどですので、大学生のみなさんが「自分が中高生だったころを思い出して」などという姿勢であるのが許されないことは論を待ちません。

当科目は3S2年次前期)の配当科目です。2年生のみなさんは、教職課程での1年間の学びを経て、いくらかでも専門的な視点で教育を捉えるということに慣れてきたころだと思います。2Sの教育行政学および教育原理では、学校教育をひとつ外から捉えるという観点が主でしたが、この教育課程論では学びの内容そのものを対象としますので、いよいよ本体部分について意識を向けなければならないことになります。あらためて、生徒目線、経験を根拠とする考察ではどうにもならないという点を心得てください。ここでの学びのあり方が今後の教職課程全体の学びにもつながっていきます。

<使用するテキスト>
古賀 編著『教育原理』(学文社、2020年) *主に第7
中学校学習指導要領
(平成29年版) 
高等学校学習指導要領
(平成30年版) 
*文部科学省のサイトには全文が掲載されていますが、PDF版であり「めくる」必要が生じます。書籍版を購入することを検討してください。


 

講義サポート トップ