古賀毅の講義サポート2024-2025

Programmes et cours d’étude

教育課程論


千葉工業大学工学部・創造工学部・情報科学部・社会システム科学部 教職課程
前期 土曜67限(14:00-16:00) 津田沼キャンパス 6号館 615教室


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2024(令和6)年度 教職科目における指導・評定方針

 

20244月の授業予定
4
13日 開講にあたって/教育課程・教育内容を学ぶ
4
20日 教育課程の編成原理
4
27日 教育内容と人間形成

 


次回は・・・
2-
教育課程の編成原理

教育内容(または学習内容)を時系列に沿って配置したものを教育課程course of study)といいます。実際に教員になると、すでに誰か(どこか)がつくった教育課程に乗っかって、その内容をその順序で教えるというのが普通になります。教育課程そのものを一から構築するという機会は、プロになってもなかなかありません。また、くわしくは後日の内容になりますが、日本の教育内容は学習指導要領の制約を強く受けますので、自分たちでなんでも自在に判断して課程をつくるということは不可能です。ただ、学習指導要領にしても学校ごとの教育課程にしても、なぜそれがそのようになっているかという部分を考えないと、悪質で有害なティーチング・マシンに堕してしまいます。いまは学校の現場からまだ相当に距離のある段階、言い換えると自由自在に物事を考えることが許される時期ですので、教育課程の成り立ちやつくられ方をじっくり考察する機会としましょう。

テキスト『教育原理』6.1に記したように、教育課程をつくる際にはたらく編成原理には、大別して3系統あるとされます。それぞれの特徴や傾向を、テキストを読んで事前に整理しておきましょう。ただ、「優秀な中学生」みたいな学び方だと、きっぱりと3つに分けて、さまざまなケースをその3種類のどれかに当てはめていくのではないかと思いますが、それはできませんし、するべきではありません。同時に2つないし3つの編成原理を背負うことはめずらしくないからです。また、複数の原理が入り込むとしても、どちらの割合がどれくらい多いのかなどを見通すことも、結構難しいです(なぜそうなるのかは当日解説します)。3つの編成原理のうち、学問的要請にもとづく編成というのは、親学問という存在があり、その「子」としての教科ないし科目が小・中・高の教育課程に入り込むことを意味します。みなさんがめざす中等教育は、教員が「教科の専門家」として育成されるわけですが、ゆえに学問的要請にもとづく編成が最もわかりやすく、また自身の学び方とも符合しやすいと思います。親学問そのものはおとな(プロ)仕様のものですので、それを中高生の学習のためにどのように組み立てなおすのか、実際のさまざまな単元を検討して、考えてみてください。そのためには、大学生として親学問の学修に励むことが不可欠ですね。

千葉工大では、大学の教育課程をわかりやすくするために、カリキュラム・ツリーを各学科で作成して学生に提供しています。みなさんも履修の際などに参考にしたことでしょう。小・中・高の教育課程も、あのようなかたちで整理することは可能です。ただし量がかなり多いので、こんもりして枝のルートがはっきりしない樹(ツリー)になってしまうことでしょうね。また、たとえば中学校理科などは、学びの道筋があるところで行きどまりになり、次はまったく別の枝に移るということがしばしば起こります(生物をやっていたら次回から物理とか)。社会科もそうなのですが親学問の広がりが大きい場合には、そうならざるをえません。生徒が全体の見通しを立てるのは困難ですので、全体を心得ている教員の側がアシストしなくてはなりません。「教育課程の見方、考え方」というものを、どこかで身につける必要がありそうです。

 

REVIEW 4/13

2年生になって専門科目や教職課程を本格的にまなぶことになる。いままで以上に学ぶことの意義について考えるとともに、それぞれの学問のつながりを意識することが大切だと考える。

これからの教職科目の学習は、生徒目線ではなくもう一つ外側の視点から教育内容を捉えていかなければならないということを学んだ。自ら思考し、学ぼうとする意欲を、1年次よりも強くもって学んでいきたいと考える。

この教育課程論をこのタイミングで学ぶ意義がよくわかりました。1年次の授業を通して教職がどのようなものかを理解したうえで、その内容を踏まえて教育課程論を学び、より体系的に、教育の詳細について知ることができるのだということがわかりました。

大学での教職課程のあり方についてあらためて考えさせられた。近い将来、教える側になる人間として、考え方やマインドを根から変えていかなくてはと思わされたので、教員をめざす者としての行動を意識的にできるようになりたい。

教職に就くうえで大切なことをあらためて見つめなおすことができた。教師になるだけなら、それと関係のない分野は学ばないのではない、ということがあらためて理解できた。

教育課程論の位置づけを考えることができた。教員免許を取得し、教員になるために、この授業を通じて何を学び取ればよいのかを考えることができた。

1S2Sのときからいわれつづけていることだったが、生徒目線からの脱却や、大学レベルの学問を中・高で学ぶレベルに落とし込むことが必要であるということを聞いて、この授業や教職課程全体に必要な視点や考え方を再認識できた。

生徒目線の考え方からは脱却できたと思うが、物事を深く読み取り論理化する力が弱いため、多くの本を読んだり、普段から物事を深く読み取る練習をしたりしたい。

教職課程に入って1年でいろいろなことを学んできたが、まだこんなに学ぶべきことがあるのかと驚いています。これからもがんばっていきたい。

教科の違いを越えて考えるべき「教育内容」なんてあるのか、という問いに対してすぐに答えることができなかった。そして古賀先生のたとえを聞いたことで、この授業の受け方をあらためて考えさせられた。
教科の違いを越えて考えるべき「教育内容」とあったが、まだ教科の中で教えなければならない内容しか思いつかない。世界に幅広い視線を向ける必要があると思った。

時代や社会は常に変化しつづけている。そのため教育内容も時代や社会の流れや変化に合わせて考えていく必要がある。また、なぜその教育をおこなうのかを含めて考えなければならないと思った。

時代によって教育内容が変わっていくが、なぜ変える必要があったのか、何が要因で変わったのかなど、教育内容についての考察を、この授業を通しておこなっていきたいと思いました。


2020年後期、対面授業解禁時の教職科目(津田沼435教室)
背もたれに白い紙がある座席はディスタンス確保のため1つ空ける

 

中学生を教える先生も、高校生を教える先生も、幼稚園や小学校の先生も大学を卒業しなければならない。それは、大学が中学校や高校と違って、一つの狭く区切られた学問をとても深く学ぶことができるところであるため、その分野のエキスパートになれるからであるとわかった。まだ生徒側の視点で学校教育に関することを考えてしまうから、そうならないようにすることが第一の課題であると思った。

世の中の変化に応じて、自分がいままで生徒として見てきたものではなく、むしろ一から組み立てていくと考えるような教師である必要があるということがわかった。まずは意識することなく自分の過去と個々の学びを考えられるようにしていきたい。

教師として授業をするときには、集中力や理解度も考慮に入れて教えるべきであることを、身をもって知ることができました。経験をもとにするのはダメ教師の道なので、しっかりと理論を学んでいきたいと思います。

教育課程はその時代、状況によって変わっていくので、中高生時代の恩師をまねしたり、それをもとに考察したりするのは間違いであることがわかった。

出身校での教育の様子を思い出し、考えているときがあったので、反省しました。

自分が受けてきた教育を参考にしがちだが、自分たちが教えるのは新しい教育なので、別のものとして考えたい。

教師をめざすにあたり、過去の中・高での教育の様子を思い出し、それを教師の目線であらためて考えようと思っていた。しかし実際には自分が主観的に経験したことを突き放さなければならないといわれ、納得させられたとともに、自分の未熟さを痛感した。

教員になるうえで、自分の体験ではなく、そこから切り離して考えることの重要性を理解できた。実際、アルバイトで塾講師をしているが自分の経験をもとに教えていて、教師も似たものだと考えてしまっていた。

いろいろと間違っている考え方をしていたことがわかったが、とくに生徒時代にお世話になった先生に聞くというのがダメというのが衝撃的だった。
生徒目線からの脱却をしなければならないのに、私はお世話になった先生に話を聞くというのをやろうとしていました。しかしそれでは生徒目線のままなので、その考えを変えていこうと思います。
まさに私が1年生のとき、お世話になった先生に話を聞く機会をつくってしまったことがあったため、この教育課程論で自分はどのような教師になりたいのかを深めたいと思う。
・・・> 念のためにいっておきますが、中高生時代の先生に話を聞いたらだめ、などという切ない話ではありませんよ。教育のプロをめざし、教育というものを学んでいく際に、恩師の話を聞けば大いに参考になるなどと考えてはいけない、ということです。もっと広い世界に目を向けて、理論や制度や多くの実践について学ばなければなりません。それで初めて、恩師の話もどこに位置づければよいのかがわかります。

先生が示した3つのダメな例(恩師にいろいろ聞く、自身の過去を振り返り改善する、アンケートをとる)は、なぜダメなのか以前はあまり理解できていなかったが、いまになってすごく理解できていた。

問題の解き方ばかり学んで教師になった人と、深い知識まで理解した人とでは、後者の先生のほうが圧倒的にわかりやすかった。音楽は数学であるということをこのあいだ知ったので、教師になるまでに数学と関連のあることを学校の試験に関係ないにしても自ら学んでいきたい。

いつまでも過去に囚われていれば時代に取り残されてしまう。変化の激しい分野こそ、大学生のうちに基礎をつくっておかなければならない。

他人に自分を売っていくために大学での深い学びをし、成長する社会に自分が対応できるようになるべきだとわかった。
・・・> なんとなく舌足らずの感じはするが、まずまず言いたいことはわかる。「他人に自分を売る」というのは、あまりよい表現ではないと思いますよ。自分の何を売るのかを明示しないと。自分そのものに関心を向けさせるという意味であるならば、「自分を売り込む」という表現が妥当。よい文章にたくさん触れて、誤解のない文章を書けるように努めましょう!


おなじみの個別指導塾だが、なんか変な部分に気づくかな?

 

教育課程論で学ぶ内容、いままでの教職課程の振り返りの話があった。中等教育が大事だという話が、2Sと同じようにあった。
・・・> 中等教育が大事、というのはあまりにショートしすぎで、おそらく真意を理解してもらえていないと思う。初等教育も高等教育も同じくらい大事です。われわれの教職課程では、中等教育の教員をめざして学ぶわけだから、中等教育にフォーカスしてそのあり方を学ぶことが大事、といったのです2S3Sも。

中学校進学の時点で、単元・分野というより教科がまるごとダメという人が増えたことで、中等教育が初等教育寄りになったのだと思った。
・・・> 「増えたことで」ではなくて、「増えたことから判断して」だと思う。

私も、学びの意思・動機ともに不明瞭であるため、初等教育の要素が強いと考えた。しかし、なぜ中等教育が必要とされているのか、これから考えていきたい。
・・・> 「私も」とつい書いてしまったのでしょうが、あなたの学習動機が不明瞭で、大学生なのにまだ初等教育的なことをやっているのでしょうか? (結構とんでもない記述になってしまっていますね 笑)

教師になったときには、学習指導要領をもとに、決まった順序で教えなければなりません。その順序でやる理由をしっかり理解することが必要になるので、いま学んでいる学問を、単に暗記するのではなく過程を理解する勉強をしたいです。

どうしても生徒目線で取り組むことが身についてしまっているが、教師、その分野の専門家としての目線で積極的に取り組むことが大切であるということに気づくことができた。いままで自分にはない考え方だったので、率先して取り組んでいきたいと思う。

教育原理で、短時間で楽してレポートを書くことはできないと思い知らされたので、この科目では時間をかけて取り組もうと思った。

暗記はするなとのことですが、そのような勉強法をしているとおぼしき教員はどのくらいいましたか。また、そのような教員の生徒への影響はどれほどでしょうか。
・・・> どのくらいという数は、ちょっとわかりません。目の前の先生がどんなふうに学んできたのかというのは、本人の自己申告があったとしてもわからないですからね(だいたい、自分の経歴をダメだというはずがない)。暗記こそ学習だと信じて、なまじ高い点数を取り、問題解答能力が高くて先生になってしまった人がいたとしたら、生徒への(悪い)影響は計り知れません。

学問に王道なしといったのは、アリストテレスではなくユークリッドだと思います。
・・・> すみません、間違えました。このエピソードは、かつてアリストテレス(先生)→アレクサンドロス(王様)という説が日本で伝わっていたのですが、エウクレイデス(英語読みだとユークリッド)→プトレマイオスが正しいというふうに修正されていたのを忘れていました。

朝日新聞を選んで読む理由を知りたいです。
・・・> 朝日新聞を選んで読む理由を知りたい理由を知りたいです。「数ある新聞の中でどれを読むべきか迷っているので参考にしたい」のか、「朝日新聞みたいなトンデモ新聞をなぜ読むのかを知りたい」のか。朝日新聞はわれわれインテリの必読紙です。あ、ちなみに13日の授業で朝日新聞の実物を見せましたが、それは私が購読しているものではなく(購読しているけど)、隣の講師控室にあったやつです。教員の給特法改正の記事が1面に載っていたのでね。

 

学校で学ぶことは「役に立つ」のか、という問いについて、生徒時代はそれを思うこともあった。教える側になるにあたって、そのように思われないように教えないとだめだと思った。

学校で学ぶことは、家庭では教えられることのないような教育を受けられ、役に立つといえるが、「何の役に立つのか」と考えている人にいまあらためて説明するのであれば、私は、自分で好きな学校や教科を選択し、人生に価値を生み出せる学校での学びはとても役に立つというだろう。

学んだことが役に立つ、とは? 「あっ、これやったやつだ」ってなること?
・・・> それは、ある。それだけではない。

現代社会の知識とそれを踏まえた広い視野をもった教員になりたいと考えて入学したが、教科の専門性に優れている先生のほうがよいのかもという考えもあった。そんな中で、社会システム科学部で教員になる「利点」があるということを聞けてよかった。
いま大学で学んでいる専門分野は、ほかの学科と比べて、高校などで教えることとあまり関係ないことだと思っていたが、数学の使い道などで考えると、関係があるのだと気づくことができた。教職も専門もどちらもがんばろうと思った。

1年生で学んで忘れていたところを復習し、覚えているところを再確認できました。最後にいわれたとおり、おのれの大学での学びを見直さなければいけない部分があるので、教職課程を受ける者としてしっかりと考えていきたいです。

去年はまだ生徒目線での意見や考えをもっていました。しかしそのままではいけないと思いました。学び=暗記 という考えを捨て、経験や体験を通して自分の中に落とし込む。また教科専門性をはぐくむために専門科目を深く学び、その教科の全体像を見ることができるように学んでいきたいです。すぐに実用できないものほどすぐにすたれることはないので、そのようなものを大切にしたいと思います。

教採について詳しく知りたい。いつごろから何を勉強したらよいのか、どのような試験内容か、など、まだ教採という存在が身近にないため、もっと現実味のある教採の話が聞きたい。
・・・> 2年次の科目なので現実味のある教採の話は、たぶんしないと思います。津田沼図書館に『教員養成セミナー』(月刊誌)があるので熟読してください。

教育課程の構造に、いったいどの観点から根拠をもたせているのか、とても気になる。
私は、勉学のタイミングが決まっているのは、その年齢に応じた特徴があるからだと考える。幼い時期に決まったことを順々に学ぶのは、吸収力が高いためである。また大学生になると、自分の学びたい専門科目を学ぶ。幼いころから下積みして、中等教育で自分が何をしたいのかを考え、高等教育で専門的な知識を学ぶ。この流れのために、学ぶタイミングが決まっているのではないかと考える。
・・・> いま手持ちの知識や感覚で考えてくれたわけですよね。残念なのは、2S教育原理での学びの成果がいまいち反映されていないことです。初等・中等・高等教育それぞれの成り立ちがあり、それに由来する性質の違いがあるはずなので、そこを整理しておきましょう。そして、考えてくれたことは部分的には正しいが、あまり大きな「部分」ではありません。この点を次回じっくり扱います!

 

 


開講にあたって

教育課程論は、教職課程のうちいわゆる教職専門性(担当教科にかかわらずすべての教員に共通する専門性)の形成にかかわる科目のひとつです。おおまかにいえば、2S教育原理が教育の目的・目標、この3S教育課程論が教育の内容5S教育の方法・技術とICTが教育の方法を学びの対象としますので、目的・目標を踏まえた教育内容educational contents)を考える、ということになります。ただ、教育の内容といってもピンとこないことが多いかもしれません。学校種によっても、教科によってもさまざまですし、広がりがかなりあります。また、生徒目線で考えると、教育の内容というのは初めから決まっていて(決められていて)、個々の教師はそれを順に教えていくだけだ、というふうに捉えている人もあることでしょう。たしかに生徒としては、先生が繰り出してくる内容を順に学び、消化していくのが常で、そこにどんな論理や特色があるのかなど、考える余地はほとんどありません。しかし、教育内容というのは自明でも不動でもなく、常にリフレッシュされるものです。グローバル化の進展とともに英語の学習が強化され、ICT/AI時代の本格化とともにプログラミング学習がカリキュラムの中心に入ってくるということからもわかるように、社会のあり方が変わることに伴い、教育課題・教育目標も変化ないし拡張して、それに伴って教育内容も再編成されます。時代とともに不要になる部分ももちろんあり、「私が中学生のころは普通に学んでいたのに、いつの間にか教科書から消えている」といった項目も、思いのほかたくさんあります。社会科とくに公民の内容が、社会状況に応じて変化するのはわかりやすいですが、みなさんの専門である理系教科もまた、科学や技術、そしてそれをとりまく社会状況の変化などに伴って、内容をリフレッシュしていきます。

学校の教育内容を時系列に沿って配置したものを教育課程course of study)といいます。したがって、教育課程論という名の当科目では、教育の内容だけでなく、それをどのような順に配置するか、どのラインに配置するかといった点も重要になります。とくに高等学校段階では、教科のサブカテゴリとして科目があり、教科そのものはめったに変わらないものの科目のタイトルや切り分け方、必修パターンなどは約10年おきに変動します。自身が中高生だったころの経験に依拠して考えるのがナンセンスであるのはいうまでもありませんが、プロの教師になってキャリアを重ねるあいだに何度も科目構成などが変わりますので、そもそも何のためにそういう配置になっているのかという点を適切に理解しなければ、その時々の生徒に対して指導することはできなくなります。1年生のとき以上に、プロ寄りの視点が重視されることになります。

当科目は3部構成をとります。第1部は、教育課程とは何か、いかなる論理や原理に沿って編成されるのかということを考察します。かなり重要で、基礎的な内容ですが、ゼネラルであるぶん抽象的で、ふだんそのような頭の使い方をしていない人にとっては難解で混乱するかもしれません。しかしこれを突破して自身の頭で思考できるようにならなければ教育者の道は相当に厳しいと考えてください。第2部は、教育課程の基準として国(文部科学省)が示している学習指導要領の内容とその変遷、そして現行の(最新の)学習指導要領の要点を学びます。現行の学習指導要領は、中学校が2021年度、高等学校が2022年度から実施されているもので、すでにみなさんが中高生時代に学んだ内容、構成から変わっています。自分が学んだ内容が過去のものである、と考えると、学習指導要領の歴史(歴代の要点)を整理しつつ、最新のものの新しさや従来のものから受け継がれている部分などを検討することの意味や重要性がわかるのではないでしょうか。第3部は、現在の教育課程を構成する教科以外の領域を一つずつ取り上げて、教育課程上の位置づけやその特色、課題などを考察するブロックです。道徳教育、キャリア教育、総合的な学習(探究)の時間、特別活動、特別支援教育を取り上げます。これらに関しては、それぞれ個別の教職科目があり、4S以降で順次学んでいきますので、そのあらましを紹介するインデックスの意味を含みます。教育課程の全体像を捉えるために、あえて個別の内容を考えるという試みです。当科目では、教育用語が頻出します。「学校の先生」であれば誰でも普通に知っているが、生徒を含む一般人は知らない単語が毎回のように出てきます。意味は調べればすぐにわかりますが、位置づけや「意義」は一筋縄ではいきません。2年生になって、いよいよ教職課程の学びも本格化していきます。心と頭のギアを切り替えて臨むようにしてください。


<当科目で使用するテキスト>
A
古賀毅編著『教育原理』、学文社、2020
B
古賀毅・高橋優編著『教育の方法・技術とICT』、学文社、2022
Aは教育原理で使用したものです。主に第5章〜第7章の内容を学びます。B5S教育の方法・技術とICTでも使用します。当科目では主に第3章の内容を学びます。

学習指導要領および学習指導要領解説は随時紹介します。下のサイトから各資料にアクセスできます。書籍版もありますので希望者は購入してください。
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/1384661.htm

 

<評価>

提出物(レポート)の内容により評定します。
出欠はとりませんし、評定には組み込みません。ただし欠席がちの学生が当科目で単位を修得するのは相当に困難であると心得てください。

 

 


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