古賀毅の講義サポート 2021-2022

Méthodes et technologie pour l’enseignement

教育方法・技術論 


千葉工業大学 工学部・創造工学部・情報科学部・社会システム科学部 (教職科目)
前期 火曜910限(17:00-19:00)  津田沼キャンパス6号館 613教室  

 

 

 

 

 

講義サポート トップ
2021(令和3)年度 教職科目における指導・評定指針


2021
4月〜5月の授業予定
4
13 開講にあたって/近代教育と教育方法・技術
4
20 主体的・対話的で深い学びと授業観の転換
4
27 目的・目標に沿った教育方法の選択
5
11 発問・板書・教材作成
5
18 学習指導案の作成
5
25 ICT機器の導入/オンライン授業の経験から学ぶ


 

■■次回は・・・
4-
発問・板書・教材作成

授業技術のやや細かいところを扱います。もちろん繰り返し強調しているように、教育目的・目標が明確でないまま方法・技術ばかりをクローズアップするのは大問題ですので、あくまで「学ばせたいテーマ」「伝えたい知識」などが明確にあるという前提で考えてください。こうした授業技術の分野は、初等教育でよく研究されており、中等教育では軽視されがちであるという傾向が指摘されます。とくに教員養成系大学・学部以外の学生は、発問や板書それ自体を学び、トレーニングする機会があまりありません。専門性に裏打ちされた高度で深い知の部分こそが重要であると私は考えていて、小手先の技術にばかり囚われるのはよくないと思うのですが、さりとて放っておいてよいものでもありません。教育実習生の授業を見ると、指示や発問がはっきりしないとか、板書の仕方がありえないほど低レベルであるという場面に残念ながらよく出会います。「各自で鍛えなさい」と突き放してもいけない時代になってきたのでしょう。

発問50分の授業時間を通してたびたび発せられます。発問も問いかけもないまま何十分も教師ひとりがしゃべりつづけるという大学のような授業は、どの教科においてもあってはならないと思います。授業内の発問すべてを事前に計画することはできませんが、キーとなる部分については学習指導案作成の段階で発問計画をあわせてつくり、組み込むことが必要です。発問は音声ですから、一度発せられたら戻すことはできませんし、文字と違ってぱっと聞いて理解できる内容でなければなりません。表現力・国語力はもちろんのこと、指導内容を的確につかみ、自分のものにしていなければ妥当な発問はできないのです。授業の本体部分を引き出す基発問、メインの思考を引き出す主発問のあり方についてじっくり検討しましょう。板書にも同じことがいえます。限られたスペースを有効に用い、黒板が教育メディアであることを十分にわかったうえで用いられるべきものです。きれいで読みやすい文字を書く、誤字脱字をしない、一定以上のスピードで書く、自分の進退で生徒の視線を遮らないなど、当たり前のことばかりなのですが、慣れないうちはそれも容易にはできないことです。教育実習生や新人教師は、「書き方」の作法を心得るだけでなく、板書の内容についても事前に入念に計画しておかなければなりません。

今回は印刷教材の作成・配付についても取り上げます。「プリント」と総称されるもののことです。ICT化の進行でやや相対化された感はあるものの、それでもプリントの作成は日々の業務の真ん中から消えることはありません。私なども振り返ってみてこれまでのキャリアの中でいったい何種類の、そして何枚くらいのプリントを配ったのだろうかと気が遠くなります(不確かですがおそらく20万枚くらいは刷っているのではないでしょうか)。教科書や資料集などの書籍教材に比べると、薄っぺらで耐久性も低いですが、そのぶん機動力があり、教師の設計する授業内容や指導プロセスをストレートに示すことが可能です。ただ、カラーコピーやカラープリントというのは依然として高価であり、大半の印刷教材はモノクロですので、こんにちの生活環境の中では相当に古いタイプのメディアに分類されてしまうのかもしれません。

こうした授業技術は、数をこなすほどに向上し、より効果的なものを選択できるようになるのが普通です。いまの段階で不得意であったとしても、あまり焦る必要はないように思います。ただ一方で、結構なキャリアがあるはずなのに技術のレベルが上がらない先生をお見かけするのも事実です。観察眼や好奇心を常に忘れずにいることが肝要なのでしょう。

 

REVIEW 4/27
文意を変えない範囲で表現や用字法を改めることがあります。複数のレビューを統合したり、省略したりする場合があります。

これまでは教員一人ひとりの指導方法の工夫といった個人レベルでの改善だったが、最近は教育をおこなう空間についても、オープン・スペースなどの工夫がみられるなど変化が多い。オンライン授業ではさらに変化を求められるので、よりいっそう教育方法を考える必要があると思った。

左側に窓、右側に廊下という、当たり前に思っていた教室の造りの意味を知ることができた。

教材や教室などの改良に関しては、必ず税金や保護者の負担を考えなければならず、とてもつらい。
校舎の構造は太陽の光がたくさん入るようにしていると思っていたので、税金の関係である、という現実的な理由で少し悲しくなった。

すでに造られている教室だと、その利用方法も限定されると思っていたが、バームクーヘン型に机を配置したり、壁を取り除いたりするなどの小さな工夫で効果を出せると知り、おもしろいと思った。どんな工夫があってどのような効果が期待されるのか、調べてみたい。私が高校生のときには机を移動させ位置を変えることはほとんどなかったが、今回の授業を受けて、高校でも主体的な学びを進めるために工夫することが大切だと思った。

教室は区切られているものだという考えになっていて、頭が硬くなってしまっていたのだとわかりました。学ぶ場を工夫することで、学ぶ意欲がより上がるということを考えておかなくてはいけないと思いました。

教室をオープン・スペース化することについてテレビで紹介されているのを見たことがありますが、幼稚園の扉(引き戸)をあえて開けにくくする設計というのがありました。便利にするだけでなく、苦労させ成長させるという理由でした。

学校の教室の壁をなくすなどの取り組みは聞いたことがあったが、教科ごとにスペースを設けるというのは初耳だった。

オープン・スペースはクラスという垣根がなかったり、教室を広く使えたりする利点があるが、安全面が不安だと考えた。附属池田小学校事件のときよりも被害が大きくなってしまうのではないか。安全性の担保はどうなっているのか調べてみようと思う。
・・・> 附属池田小学校事件は20016月、部外者の男が休み時間の教室に侵入して包丁で児童らを刺した事件。児童8人が亡くなり、児童・教員15名が負傷しました。実行犯はのちに死刑になっています。私が教職科目の教員になってすぐのことだったので非常に強く記憶に残っています。この事件をきっかけに学校安全ということが全国的に議論され、あらためて種々の対策がとられるようになりました。ただ、授業本編で扱った教室のオープン・スペース化という話についていいますと、教室の壁があろうとなかろうとこの種の犯人に侵入されてしまえば同じことだろうと思います。つまりは構内(校内)に入れないようにするというところでの対策こそ重要であるはず。最近でも、厳重に警備されていたはずの学習院初等科で、皇族のお子さんが属しておられる教室に外部の者が侵入したという事案がありました。公立の学校ですと全般に侵入は容易ですよね残念ながら。


ある私立中等教育学校の教科スペースに掲出されていた自由研究のポスター発表
他の生徒の学習動機になり、当該生徒にとっては自己肯定感を高める意味もある

 

ICTを用いた授業が「学んだ気にさせる」ことになってしまうのは、講義を受ける大学生として実感している。教師として有効活用できるようになるには、まさに教材研究が必要なのではないか。

教育用につくられていないものを教材に転用するとき、映像を15分流すのでは長く、生徒が眠くなってしまうというのはとても共感できた。オンライン授業等で利用する場合は、流す時間についてしっかりと検討していきたい。

動画を作成する課題があるが、教え方について考えなおさなければいけないと思った。黒板に書いていくスタイルではなく、オンラインだからこそ可能な方法を実践したい。


最近高校の授業で導入している「顔の見える」対話的なレイアウト
感染症対策のパーテーションがあるため、声をしっかり届けようとむしろ生徒は配慮する

 

教科書や資料集を使用して生徒に教える内容を学ぶのではなく、文献を読み、教えられるような内容にしていきたい。

教材研究という言葉は聞いたことがあったが、教科書についての研究とか、どの資料集を使うかの相談会のようなものだと思っていた。

教科書や資料集を研究することが教材研究だと考えていたが、そうではなく、表現や順序など細かいところを研究することだと学べた。他にもどのようなことに注目していくとよい授業ができますか?
・・・> 教材研究の意味をなお捉えそこねていますよ。本質は教育内容の研究です。いまは「よい授業」以前に「授業」そのものをできるのかどうかというレベルだと思いますので、まずは1時間の授業を成立させられるだけの内容と方法を身につけることです。「よい授業」の工夫はそのあと。

教材研究を深めることで、授業そのものの質だけでなく多角的な面から吟味してつくられた教科書をはじめとした教材を正しく活用できることにつながる。今後おこなっていく模擬授業において、さらに考えるべきことを学ぶことができた。

教師に求められることとして、学習指導案の作成、生徒とのコミュニケーション、教材研究があるが、その中でも教材研究はあやふやなものだと思う。実際に自分が学んできたことが教科書にどのように落とし込まれているのかというのは、いわれただけではわかりづらい。そのため、いろいろな教科書を比べ、それぞれの書かれ方を理解していくことが重要だと思った。
教材研究の言葉の意味を知った。教科によって内容が異なるのは当たり前だが書かれ方にも特徴がある、というのは驚いたが、その特徴も教科の根本に沿っていて、納得した。

教材研究をおこなううえで、自身が理解していることを、どのような手順を踏んで何を学んでほしいのかを考え、何を利用していくかを事前に明確にするということを意識したい。

中学校や高校の教科書を見る機会があまりなかったので、大久保問屋に行って、年代や出版社ごとの表現の違いのようなところに注目して見てみたい。

教科書は必要ないといっている教師は公教育のシステムを否定している、という話を聞いたとき、まだ自分は公教育への関心が足りないと思った。
高校の商業の授業で教科書をいっさい使わず、問題集(副教材)を使って授業する先生がいた。私は、教科書を使用しない授業は検定取得のためだと思っていた。しかし、検定のためなら仕方がないのか、いま授業を受けて疑問に思った。
・・・> 私も商業科のそのような授業を実際に見たことがあります。基本的には、学習指導要領に準拠した公教育の正規授業が特定の試験の対策に特化した内容になるというのはナンセンスというか、法令違反になると思います。ただそうしないと簿記なんて学んでくれないんですよね。

教師が生徒と足並みをそろえるのに教科書を使ったりするのはよいが、教師が教科書で学ぶのは違う。教科書に沿って教科書どおりに教えるのではなく、その他の教材を使うのが効果的になることもあるので、うまく使えるようになりたいと思った。

国語便覧をずっと見ていられると古賀先生がいっていたが、私は化学や地学の資料集ならずっとみていられた。捨てる予定だった教科書、妹の教科書、自分の教科書をしっかり見比べる時間を取ろうと思う。

授業におけるおもしろさは一方的なおもしろさではいけない。授業は学びのきっかけであり、生徒に自給自足のおもしろさを教えなくてはならない。生徒が自分で学びのサイクルを構築できれば、授業外で勝手に学んでくれる。こうした学びをさせなければいけないと思った。模擬授業のことを考えると胃が痛くなった。

 



開講にあたって

教育方法・技術論は、取得する教員免許の種類にかかわらず全員が学ぶべき教職科目です。科目名のとおり教育の方法(method)や技術(technic)を扱うのですが、(1)学校種や教科の違いを超えて共有される方法や技術というのはあるのか、(2)教育方法・技術と教育目標や教育内容ではどちらが優先されるのか、あるいは教育方法・技術がそれ単体として存立しえるのか、といった問いが想定されます。これまでの教職科目で学んできたように、学校教育の実践には、そもそも何を学ぶのかという原理的な問いがあり(教育原理)、学習者の発達段階や学習過程についての理解があり(教育心理学)、さらには各教科の目的や特質についての考察(教科教育法)が前提となります。教職の学生を見ていると、残念ながら少なからぬ人が、そうした教職課程での学びの経験を踏まえずに、自身の生徒としての経験にのみ依拠して授業プランを構成します。いろいろなコンディションが変わってきているのに、それでよいはずはありません。

これまで、初等教育では非常に意識される教育方法・技術が、中等教育段階になると弱まってしまう傾向がありました。教育内容が圧倒的に優越していたわけです。「教科の専門家」としての教師の専門性もその背景にあったはずです。しかし一部のエリートだけが中等教育に進んだ時代はとうに去り、いまや大半の人が後期中等教育段階(高等学校)に進みます。高校生を小学生のように扱うべきだというのではなく、高校生の発達段階に見合った、しかし往年のエリート教育のようなものではない、方法・技術を想定しなければならないのではないでしょうか。またこの数十年での最大の変化といえばIT化の進展です。児童・生徒が完全なデジタル・ネイティブ世代になっているだけでなく、そのシステム、デバイス、ネットワーク自体が日々進化して、かたちを変えています。そうした環境の中で育ってきた生徒たちにふさわしい(いろいろな意味で)方法・技術というのが、もっと深められなくてはなりません。ただしIT化は生徒たちの学習というよりは、コミュニケーションや遊びにひたすら費やされ、せっかくITスキルをもっていながらそれを通して適切に「学ぶ」ということがなかなかできません。現代の教師は、そこに適切な指導を加え、彼らの学びをアシストする責務を負っています。

当科目は3名の教員によるオムニバスです。教育学を専攻し、中等教育の実践者でもある古賀は、中等教育段階における授業観の変化(多様化)に注目して、発達段階や学習課題に沿った教育方法・技術の選択というテーマを設定します(第1回〜第6回)。そのあと心理学が専門の市川洋子助教(第8回・第9回)、教育工学を専門とする山崎治准教授(第10回〜第13回)とリレーして、みなさんの教育観の立体化を促します。3年前期というタイミングでもありますから、意識的・自覚的に教育方法・技術を思考するようにしましょう。

<評価>
担当教員3名で案分します。古賀の担当部分(50%を予定)は、複数の提出物によって成績を評定します。


 

講義サポート トップ