古賀毅の講義サポート 2025-2026
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Principe de l’éducation 教育原理 千葉工業大学工学部・創造工学部・情報変革科学部・未来変革科学部・情報科学部・社会システム科学部 教職課程 |
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2025(令和7)年度 教職科目における指導・評定方針
2025年11〜12月の授業予定
11月29日 近代の教育思想
12月6日 新教育思想
12月13日 日本の教育思想
12月20日 社会変動と教育
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この種のことを表現する際には、社会変化というのが一般的かもしれません。私があえて(テキスト『教育原理』第1章のタイトルを含め)社会変動という表現を用いているのは、その規模の大きさに加えて、一つ一つの要素が単体で進行するのではなくカタマリとして動く、地学でいうところの地殻変動のようなものではないか、という問題意識によるものです。歴史編では、前近代/近代という2つの時代を設定しました。お気づきかどうか、これは近代の特徴を際立たせるための仕掛けです。「いま」が近代の中に含まれるという認識に立っています。その「いま」が大規模な社会変動の中にあるということは、もしかすると脱・近代の動きなのかもしれませんし、変動が本当にすさまじいものなのであれば、それが落ち着くまでは全体像すらつかめないのかもしれません。教育は次世代、近未来の人間と社会をつくっていく営みです。だとすれば、社会変動の中の教育は、何にもとづき、どこをめざしていけばよいのか、非常にわかりづらくなってしまいます。いまがまさにそのような状況なのかもしれません。もちろん正解を出せるようなことではないのですが、これまで歴史・思想を学んできて、時代状況・社会状況と教育との関係を(後知恵ですが)俯瞰してみてきたわけなので、その手法を近未来にも援用してはどうだろうかと思います。したがって教育原理の最終回は、この先の未来を展望する話になります。 受講生のみなさんが生まれた2000(ゼロ)年代以降、こんにちまでにみられる変化の最たるものは、高度情報化とグローバル化の2つではないかと思います。ただ、いずれもゼロ年代はじまりというよりは、起点は1990年代前半にあったと考えるべきでしょう。東西冷戦が終結した西暦1989年は、たまたま日本の平成元年にあたります。いまはおおざっぱに「平成以降が高度情報化とグローバル化だ」と考えておけば問題ないでしょう。共通するのは、問題が国家に閉じていないということ。インターネットは地球全体に張り巡らされた文字どおりのネットワークで、遠隔地の情報も瞬時に同期できます。インバウンドがかなり増えていますけれど、休みがあると外国に出かけて散策する私などはアウトバウンド(先方の国からすればインバウンド)です。国境を越えた移動に対する心理的なハードルやストレスがかなり下がっているために、それまで外国に行くことなどなかった層が国境を越えるようになりました。インターネットの発達、そして高度情報化がそのハードルを下げた主要素であることは疑いありません。インバウンドが多すぎるとか外国人はどうなのかねというネット民がこのところ目立つのですけれども、ネット大好き、ネット無しには数分ももたない人たちが、同じ口でそのようにいっているのを見て、なんだかなと思うところが大きい。当科目の、主に前半でみてきたように、公教育というのは国家が国家・国民のためにつくったものでした。そしてその範囲は、特定の階層や地域だけでなく、一国内のすべての子どもにまで拡張しました。国家・国民・全国。これらは、英語の形容詞でいえばすべてnationalです。公教育というのはナショナルな限界をはじめからもっていたのかもしれません。社会的な課題がとっくにオーバー・ナショナルになっているのに、それで大丈夫なのだろうか。現に、いま次期学習指導要領を審議している中教審では、多様なオリジンをもつ児童・生徒の教育をどうするのかということも主要な議題になっています。 高度情報化というと、ハードもソフトもネットワークもますます充実して便利になり、生活を大きく(よい方向に)変えてくれるものだと、シンプルに捉える人が多いかもしれません。情報系の学科に属する人であれば、そうした改善や進歩を自分たちが支えるぞという意気込みもあることでしょう。ただ私は、2つのことが気にかかっています。(1)大半の人はユーザーとしての便利さや快適さをいうばかりで、あちら(業者)が提供するしくみを消費するばかりです。スマホの画面を操作すれば誰でも(アレな人でも?)容易に動かせるというのはありがたいが、その中身やしくみに対してあまりに無知ではないか。情報の真贋(ほんもの/にせもの)を見分けなさいと、学校の先生方はいうわけだけれども、デジタルのしくみに無知な人がどうやって真贋を見分けることができるのだろう。そういうツールやシステムにとりまかれて生活している一般人も、新たなしくみを構築していくデジタル専門家も、みんなにとってふさわしい情報系の教育というのが望まれるのではないか。(2)物知りはたいてい「AIにはできない、人間ならではの部分」が大事になってくるといいます。人間ならではの部分って、理系ではなく文系の知識やスキルなのではないか。デジタル人材育成もいいけれど、国は文系をどんどん削れといっています。なんだか国民全員を情報の奴隷にしてしまうような懸念をもってしまいます。そういう政策を立案している人の過半は文系出身者であるはずなのに、もしかすると高校や大学でまともに学んでいない(「学歴」は取ったけれども)のではないか、とか・・・。そう、学校教育にまず求められるのは「学びの手ごたえ」であるというのが私のいまのところの認識です。教職課程1年生のみなさん、あなたが考える「学びの手ごたえ」は、どういうものでしょうか?
REVIEW (12/13) ●今回の内容は、欧米思想の受容と「日本らしさ」の模索、大正自由教育の意義と限界を結びつけて論じられており、戦後教育の影響まで見通せる点が有益だと思った。自由教育が限界を迎え、子どもの思考や経験を引き出すようになり、現代の教育に近づいてきたと感じた。(都市) ●日本の教育思想が、欧米の影響を受けつつ、日本の価値観との融合を模索してきたという話に、教育の近代化を実感しました。明治期は教育思想家の名が多く挙がりますが、それほどの人たちが教育に厚みをもたせたことは大事だったと思います。読んだ文章からも教育に対する熱い気持ちが伝わってきました。(経デ) ●近代日本における、思想家たちの教育に対する熱量がかなり高く、すさまじいなと思った。教育が、社会や国家に影響されて変化してきたことがわかり、また自由教育での児童の成長を第一に考えた教育の重要性も感じられた。(応化) ●明治時代に西洋の思想を取り入れるようになり、大正自由教育へとつながっていったが、教育が社会に与えた影響をとても感じた。また大正自由教育は子どもの個性を大事にする考え方で、現在の教育にもつながっているが、あまり普及しなかったことについても理解できた。(都市) ●新教育を、大正時代の日本で実践したものが大正自由教育だとわかった。ただ、新教育は理論や思想を含むが、大正自由教育は実践的な色が強いのかなと感じた。授業を受けて、新教育や大正自由教育といった子ども主体の教育の魅力に気づくことができたが、教師の力量に大きく依存することや、それによる学力格差の拡大、評価の難しさなどの問題点を解決するのは容易ではないと考えた。(応化) ●日本の教育思想は、近代化、国家形成、個人の自由といった要請の中で揺れ動いてきたのかなと思った。大正自由教育の考え方は、大学などで求められている主体的な学びと重なる部分が多いなと感じた。(高度) ●欧米の教育思想を日本社会に取り入れたのは、すごくよかったと思った。結果的には、いまによいつながりになっていると考えた。(応化) ●日本をつくりあげたのは江戸時代よりも前の話だけれど、現在の日本をつくったのは明治あたりの人だと思った。本質をつくった人たちは、調べれば調べるほど、知れば知るほど新しい実績が出てきて、偉大だと思った。(応化) ●今回は日本の教育思想について学習した。授業で扱われなかった人物について、自分で調べて詳しくなりたいと思った。(応化) ●津田梅子が女子ではじめてアメリカに留学した人だということは知っていた。しかし8歳で渡米し、しかも日本語を話すのに苦しんだというのは初耳でびっくりした。(高度) ●津田梅子の話は、個人的におもしろかった。自分の子どもだったら行かせない。逆になんで行かせたのだろう。子どもに新しい時代に活躍してほしかったのか、それとも「この子を行かせる判断をした私すごい!!」という見栄のためなのだろうか。後者ならば時代を超えても人の本質は変わらないのだなと感じる。(応化) ●明治期の慶應や津田塾は高等教育だったが、大正自由教育で出てきた成城学園などの私学は、小学校がもとになっていることを知り、意外に思った。(高度) ●いままでは、公教育を批判する目で話を聞いていたが、なぜ公教育が必要なのかを理解できた。すべて公立学校だとしたらたしかに窮屈だ。いろいろなやり方の教育を受けた人が混じり合った社会のほうが、うまく回りそうだなと思った。(認知)
●詰め込み教育への批判が100年前からあり、子ども主体の教育が考えられていたにもかかわらず、現代でも詰め込み教育や反復練習等の教育が主になっていると思う。教育のよりよい仕方とは何か? 子どもたちにとってベストの教育法や環境づくりの難しさをあらためて感じた。私たちもしっかりとこの問題に取り組んでいかなくてはならないと思う。(機械) ●教科書どおりの教育だけでなく、生徒一人ひとりの個性や強みを大切にするという教育方法に興味をもった。また教師の資質や教育が自己責任になってしまうリスクがあるということを知り、これらの教育方法が現代の教育にも通じている部分があるとわかった。(高度) ●大正自由教育は、公教育が定着したあとに「やるなら、ちゃんとやろう」という意識のもと生まれたということが理解できた。(情工、類例複数) ●今回、印象に残った人物は成城学園の澤柳政太郎である。従来のように子どもに知識を注ぎ込むだけの教育から、個人の意思を尊重して、自由な活動を通じて学ぶスタイルは、現在の教育と似ていると感じた。一方で、すべての児童に適用することは難しく、設備費や人件費を考えると、仕方ないことなのかと考えた。(機械) ●大正自由教育は、児童中心教育の理念に価値があった一方で、社会状況に左右されやすいという限界もあり、教育の難しさを感じた。(電電、類例複数) ●大正自由教育は、初等教育を新教育の理念にもとづいておこなうことで、子どもが学ぶ方法としてはよいものであったが、エリート依存であることや、中等教育以降でそれができるのかなど、多くの限界があった。このころは国家情勢もあり、新教育と旧教育を行ったり来たりしているという印象をもった。また、その2つのよい面、悪い面がわかりやすいと思った。(認知) ●新教育の発想や構えを、抽象的な内容を扱う中等教育に取り入れるとしたら、本題に入る前の、学びの下地を整えるような場面なのかなと思った。いまはまだ思いつかないが、理念を反映できるように、思考をつづけたい。(情工) ●生徒の興味ということでは、自分自身が好きなことに興味が向くこともあり、逆に嫌いな教科だからこそ批判的に考えるという一種の興味が生み出されることもある。だから大正自由教育のような生徒主体の学習も必要であるが、教師中心の、知識を入れる教育も必要であると思う。型ではなく理念にもとづいた教育をおこなうべきである。(認知) ●いままで、なんで予習なんかするのかなと思っていたが、興味のない生徒に興味をもたせる一つの方法だということがわかった。(電電)
●手塚岸衛の「受動注入打破」にある、答えを教えてはいけない、まずはやらせてみよ、という趣旨の一節に心を動かされた。教科指導において、最初から答えを教えるという行為は相手の思考を奪う危険があり、最悪の場合、無駄な時間を与えることになるため、教え方には十分に気をつけるべきだと思った。(認知) ●自由教育と聞くと自由に学べるものかと思うが、そうではなく、逆にたくさんのことを実践したり、考え方があったりすることで、自由とはいえないようにも感じた。また大正自由教育は差があることで児童全員が同じ教育を受けられないことに違和感を感じてしまった。(応化) ●『窓ぎわのトットちゃん』を読んだことがあり、小林宗作については少し知っていたが、教育思想の点から見ると、個人の尊重や人間性を育てる教育など、自分が教員になったときにお手本にしたい考え方だと思った。(経デ) ●『窓ぎわのトットちゃん』では自習の形式が多く、わからなくなったら教えてもらい、また自習に戻るというスタイルだった。この方法は時間の無駄がなく、しっかりと自分の学習に集中することができて、よいと思った。(機械) ●『窓ぎわのトットちゃん』は、以前祖母から勧められて一度読んだことがあります。今回の授業を受けて、もう一度読んでみようと思いました。映画化もされたことがあるので、時間があったらそちらも見ようと思います。(高度) ●トモエ学園の教育方法は、子どもたちの興味を引き、学ぶことの楽しさを知ってもらうのにはとてもすばらしいと思ったが、たしかにこれを中等教育で全員に適用できるかというと難しいと思った。(情工) ●初等教育では興味をもたせる教育をして、中等教育はそれらをどのようにもっていくのか、抽象的なことをどうするのかを考えなければと思った。(認知) ●黒柳徹子の教室の授業では、好きな科目を個人でやっていいということだが、音楽をやったらどうなるのか気になった。(電電) ●黒柳徹子さんの話を見て、この時代に習熟度別の授業のさきがけのようなものがあったことに驚いた。いまの教育でも、知識よりも興味を先に引き出すほうが学習にはよいだろうが、生徒がそう簡単に興味をもつとはかぎらないので、難しいと思った。(情工) ●黒柳徹子さんのお話は、本当に教育のひとつの理想であるのではないか。それを子供たちの成長に生かせるような方法がもし見つかっていれば・・・ と考えたが、家庭環境や時代などで、人々のあいだに差が生まれるなど、どうしようもないこともあるのだなと思った。子どもに興味をもたせることの大変さと、教育方法などに囚われて自分が本当にしたいことを見失わないようにしなければならないこと、生徒であろうと先生であろうと自分自身で次のステップに進み、行動できるように、与えられたものの中でできることをすることが大切なのではないかと、歴史を通して考えることができた。(認知) ●トモエ学園は、現代の大学に近いことを、つらら型で落とし込んだ形なのかと考えた。(高度) ●『窓ぎわのトットちゃん』は見たことがあったけれど、日本の歴史を初めて伝えたことは知らなかったので、とてもおもしろかったです。(情工) ●今回の授業で、黒柳さんがどのくらいすごい方なのか知ることができた。(高度)
●千葉工業大学には、戦前からの歴史と、熱き思いをもった先人がいたことを知り、歴史を知ると考え方も見方も変わると思いました。(機械) ●自由教育の話から、小原國芳、千葉工業大学の創立者の話になるとは思いもしなかった。(認知、類例複数) ●私の思う「理想の教師」は、小原國芳の考え方に加えて、生徒のことを尊重し、理解しやすいように工夫したりする人だと思った。(機械) ●千葉工業大学の創立者のあり方が他大学とは大きく異なるため、少し驚いた。「夢」という漢字の話にあるように、千葉工業大学での4年間で、一つでも多くの夢を見つけられるようにしたい。(機械) ●小原國芳さんが千葉工大をつくったということにとても驚きました。入学式で「夢」の話を聞いて以来、図書館に行くたびに見ています。それが直筆であったとは思いませんでした。(認知)
●新教育によって、はたして真の知に子どもたちはたどり着けるのかという話題がありました。私は、そこを理解できる子どもは多くないのではないかと思いました。しかし、新教育をもっともっとつづけることで、より多くの子どもがよりよい学びをできるのではないかと思いました。(高度) ●どのように教育するか、といった、方法にこだわりつづけている教育が目の前にあると思った。(応化) ●理念が方法の先に立つということは、よく覚えておきたい。(高度) ●いままで私は、教育方法にしか目を向けていなかったが、教育方法はあくまで方法であり、それを用いて教育理念や教育内容について生徒自身に興味をもってもらい、学んでもらうべきであったと気づいた。(認知) ●理念が失われてしまったのに生徒がしっかり学んでしまう方法が、軍国主義教育につながったという話を聞いてとても納得した。教育の理念や思想を学ぶことは、そのようなところにもつながっているのかなと思った。(都市) ●現在の新教育と近代の教育思想に深い関係があることがわかった。しかし近代の教育思想には、現代に合っていないと考える。現代の教育や社会の中で、生徒はより高いパラメーター(たとえばテストの点数、成績、模試の結果)を得ることに必死で、勉強の過程はその最短ルートを行きたいと思っている。そのため現代の生徒に自由教育を受けられる余裕があるのか疑問である。(高度) ●新教育の導入の部分はすばらしいものであるが、最終的に中身が伴っていかないのはよくないと思った。中等教育も新教育のよいところを引き継いでいくべきだと考えました。(経デ) ●なぜ戦後の教員養成が大学卒業を前提にしているのか、ということに対する理解が深まった。新教育の思想や方法を中等教育に工夫して導入する方法を考えるべきなのかなと思った。(認知) ●How toを重視する教育によって「手堅く」軍国主義を学ばせてしまった。この反省から、師範学校ではなく、大学まで進んで十分に力をつけた者が教育者になるという現在の制度になった、という話が印象的だった。新教育の方法で、子どもが興味・関心をもてるようにしてから中等教育段階の深層的な学びへ接続することが重要であるということは感じたが、具体的なイメージ(何を考えながら向き合うべきか、実際どのように接続するか、どうすれば子どもが学びに興味をもつか)という部分がまだ難しかった。「教育とは自己深化、自己開拓」とあったように、やはり「考える」という点で、自分自身学ばなければならないことがたくさんあると感じた。(応化) ●ヘルバルトの、多面的な教育の上に道徳的な陶冶があるという考え方が浸透せず、量的に注入していくことに焦点が当たってしまったのと同様に、新教育も、子どものためという軸がブレて、本来学びの導入や興味を抱かせるための教え方のワザばかりが注目されていると思った。(情工)
教育原理は、同じく2S配当の教育行政学とともに、最初に教職専門性に触れる機会となる科目です。学校教育というあまりにおなじみの対象に対して、自身の経験や思いではなく、歴史的・社会的な文脈からアプローチするのがこの両科目。教育行政学が、法・制度・政策といった面から学校教育を考察するのに対し、教育原理は、教育の理念・歴史・思想を扱います。1949年に現在のような教員養成のしくみ(授業本編で紹介する「開放制教員養成」)が成立した当初からあるのは、この教育原理と教育心理学(本学では4Sに配当)だけです。教育の歴史や思想って、後ろ向きというか、もう終わってしまった過去を学ぶので、なぜこれが教職専門性の最初に来るのかよくわからないという人もいることでしょう。真の意味は学んでいく中で自ら感じ取って(体感して)いただかないとどうしようもないのですが、逆にこの部分の知識や見識が欠けてしまうと、場当たり的で根拠の薄い教育を連発するようなダメな教員になってしまうかもしれません。そもそも、いま私たちが知るような学校教育がはじまって、200年になるかどうかです。学校教育がはじまって、よかった(進歩した)と思いますか? 副作用も起こったと思うのだけど、それを上回るだけのプラスが生まれたといえるでしょうか? それは今後もずっとつづくのでしょうか? 歴史的な思考は、そうした未来へ向けての展望に直結します。 千葉工業大学の教職課程で取得できる教員免許状は、中学校と高等学校のものです。これらは教育段階でいう中等教育(secondary educaction)に属します。いま大学生であるみなさんは、初等・中等教育を経て高等教育の入口にたどり着いたところですね。では、初等教育や高等教育と比較した場合の中等教育には、どのような特長や特質があるでしょうか。また、どのような弱点や欠陥があるでしょうか。特長は生かし、弱点はそれを意識して回避すべきですね。学校教育の「中の人」になると、そうした性質を熟知したうえでの役割を求められます。中等教育は、二つの面で複雑さ、ややこしさを抱えています。一つは、そこで学ばれる(私たちを主語にするなら「教える」)内容が高度で専門的だということです。高等教育ほどではないが、かなり抽象度が高く、量もそうですが質がとにかくハード。いま一つは、そこで学びの主役となる中学生や高校生の年代というのが、発達段階でいう青年期という時期である点です。子どもでも、おとなでもないその過渡期。この青年期は、子どもやおとなと違って、まるごと把握して理解するのがきわめて難しい対象です。そんな相手に、抽象的で高度な内容を教えるのが私たちの任務ということになります。この教育原理では、中等教育の成り立ちにとくに注目して、その特長や弱点をじっくりと観察します。日本でいえば、第二次大戦後の改革の中で、初めて中等教育がすべての人に開放されました。それまでは「中等教育は任意なので、受けたい人だけどうぞ」だったのです。なぜその時期に中等教育がすべての人に開放されたのか。それは「よい結果」だけをもたらしたのか。歴史の中から、そうした重要なものをすくい上げていってください。 当科目のもうひとつの重要な内容が教育の思想です。教育は人類につきものですし、誰もが学校教育を(児童・生徒として)受けていますので、理想の教育とか、教育の問題点というものに対する意見を各自それなりにもっているのではないでしょうか。しかし主観や経験だけから導かれる教育観は、しばしばハイリスクなものです。独りよがりで、およそ自分以外には通用しない論理なのかもしれません。学校教育がはじまってから現在までのあいだに、無数の人が経験した教育の中から特徴的な要素や側面を取り出し、適切な言葉で表現した教育思想は、私たちの教育観を立体的で「使える」ものに鍛え上げてくれます。いずれも典型的な文系のアプローチですので、理系のみなさんにはちょっと面食らうところもあるのでしょうが、教育者をめざすのであれば避けては通れない思考法といえます。ゆえに、大半の教職科目に先立って、この科目が設定されているのだとお考えください。
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