PART 4 文芸の都フィレンツェ その1

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ローマ・テルミニ駅

 



 
1等ビジネス・クラスは革張りシート×3列でゆったり


正午すぎに預けていた荷物を請け出すと、ホテルマンは別れ際までさわやかに、ていねいに対応してくれました。本当にいいホテルだったな〜。あと1時間半ほどは油断がならないですが、スリ、置き引き、ひったくり、ぼったくり、子どもギャングなどなどロクな評判のないローマも、何ごともなく去ることができそうです。アテネも同様の悪評で知られ、南欧の古都にそういう実態があるのは残念ながら本当のようです。

さて長距離列車のターミナルといえば、欧州では方面別に分かれていることが多く、われらが東京だって新幹線がメインになる前は東京(東海道)・両国(房総)、上野(東北・上信越・常磐)、新宿(中央)と分かれていました。パリは6つ、数え方によっては7つのターミナルが高速特急TGVを含め機能分担します。これに対しイタリアでは1ヵ所に集約する場合がほとんど。ローマはテルミニ駅です。テルミニは市街地に突っ込んだような完全行き止まり式の駅。これから向かうフィレンツェも同じで、どうやら各都市で突っ込んでは折り返すスイッチバック式を採っているらしい。手間はかかるし構内の入れ替えも複雑になるが、利用者にとっては利便性が高そうですね。欧州の人は座席を進行方向にそろえるという発想がそもそもないので、しょっちゅう方向が変わっても問題はないのでしょう。


保安上の問題なのか、欧州ではオープンが普通のホームは、ここではアクリル板で仕切られて改札があります。安心は安心ですが、改札時刻までその手前で待つのだからあまり変わらないか。私は1等ビジネス・クラスのチケットをもっているためファスト・レーンを通してもらえて、なんだか特別感! 発車20分前の1330分ころ赤い車両が入線してきました。わくわく。チケットは事前にトレニタリア(Trenitalia 日本のJRにあたる鉄道会社)のサイトで手配しました。270km以上は離れた都市まで所要1時間半、ビジネスで€54.90というのは非常にお手ごろだと思います。車両のボトムにある1人掛け席をとったつもりが、その1つ前の2人席でしたが、すいているのでボトムに移りました。進行逆向きになるのは仕方ありません。


 

 

 

フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅


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分くらい遅れて発車しました。乗車したのはトレニタリアの最優等種別であるフレッチャロッサFrecciarossa)。サンフレッチェ広島からの連想で「赤い矢」だというのがすぐにわかります。西武のレッドアローとまったく同義だし、モスクワとサンクトペテルブルクを結ぶソ連以来の伝統列車Кра́сная стрела́も同じ意味で、高速列車にはそうした命名をしがちなのかもしれない。2012年まではエウロスター(Eurostar)という、英仏海峡を走る特急と同じ名だったこともあり、トレニタニアはあまりオリジナルにこだわらない? ちなみに、のぞみに対するひかりに相当する種別はフレッチャルジェント(Frecciargento 銀の矢)。この9430列車はナポリ・チェントラーレ(中央駅)が起点で、ローマ・テルミニ、ローマ・ティブルティーナ、フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ、ボローニャ・チェントラーレ、パドヴァ、ヴェネツィア・メストレと停車して、ヴェネツィア・サンタ・ルチーアが終点。まさにイタリアの主要都市を数珠つなぎにして走るわけやね。日本の新幹線と同様に、高規格線を最短距離で敷設したためか、車窓は淡々としていまいちながら走りは上々、インテリアも快適です。ワゴン・サービスが現れ、何か買おうかなと思ったら、1等客には1本無料サービスのようで、のどがかわいていたからスティル・ウォーターをもらいました。

定刻の1522分に、フィレンツェ・サンタ・マリア・ノヴェッラ駅Firenze Santa Maria Novella)の行き止まり式のホームに到着。ルネサンスの震源地、文芸の都フィレンツェFirenze)に初めてやってきました。イタリアの観光都市としては、ローマ、ナポリ、ヴェネツィア、ミラノと並ぶ存在で、日本人旅行者の人気が非常に高いところ。それゆえなのか、なんだかこれまで足が向かなかったのだけど、今回はローマとセットで量産型の観光をしてみようと思います。10年以上前だったか、卒業旅行でイタリアなど数ヵ国を回る簡易ツアー(移動手段と宿泊だけセットされている)をとったがフィレンツェが入っていないと残念がっていた学生に、ローマから高速列車に乗れば日帰りで行けるよと、切符の取り方ごと助言したことがありましたが、口説の徒でしたね(汗)。日本人はイタリア語の読みを採ってフィレンツェと呼ぶのが普通ですが、英語ではフローレンス(Florence)、フランス語は英語と同じ綴りでフロランス。花の女神フローラに由来する地名です。現地では英語を話していますので、フィレンツェとフローレンスが混じります。


フィレンツェ市街地の概念図


赤破線 T1系統  青破線 T2系統  写真はミケランジェロ広場からドゥオーモ方向を望んだところ


 

 

ザ・スチューデント・ホテル


フィレンツェでの2泊は、駅の北東500mくらいのところにあるザ・スチューデント・ホテル・フローレンス・ラヴァニーニThe Student Hotel Florence Lavagnini)です。いつものようにブッキングドットコムの世話になったのですが、あちこちに展開するチェーンである旨は知らず、予約票にはTSH Florenceとあるので現地での開いた表記と一致せずにまごつきました。ここしかないだろうなと思って、ホテルというよりテーマパークか遊戯施設のフロントのようなところに通り、予約票を見せたら、ここで間違いないですよと。私も齢50を過ぎ、もはや児童・生徒・学生だった時期ははるか彼方に去りましたので、スチューデントの宿というのはこちょばゆい(北部九州弁でくすぐったい)ものがありますな。朝食つきプランが表示されなかったので素泊まり2€187.09で押さえました。ローマより高いですね。「フローレンスは初めてですか? ビジネス、それともヴァケーションで?」 ――ヴァケーション、オフ・コース。「グレイト。それが何よりです。でもなかなかそうはいかないじゃないですか。あなたは自由人ですね!」 ――サンキュー、グラッチェ。


エントランス付近になぜかブランコ


どうも、やや古びた建物を買い取ってホテルに仕立てた感じがします。部屋はまずまずの広さで、設備や調度品もひととおりそろっていてとくに問題はありませんが、やっぱり若者仕様のインテリア・デザインではありますね。ハンガー・ラックとセットになった妙に狭いデスクを、コーヒー抽出機などが占領しているので、それはどかせて、あとでPC台にしてしまいましょう。先日泊まったニューヨークのホテルと似たセンスですが、あちらはデスクすらなかったものなあ。もとより不快とか不便な点はないので、フィレンツェの23日を楽しく過ごせそうです。


 
ホテルや飲食店が並ぶファエンツァ通り

 メディチ家礼拝堂

 



洗礼堂(手前の八角形)とドゥオーモ(奥のドーム)


 
(左)ドゥオーモの正面  (右)ジョットの鐘楼


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時ころ外に出ました。宿泊するところは市街地の北のはずれで、中心部までは1kmくらいでしょうからまっすぐ歩いていくことにしましょう。駅からホテルに向かった際には、路面電車(トラムT1系統)も走る表通りを歩いたのだけど、地図を見るとその東にほぼ並行するファエンツァ通りVia Faenza)という道が中心部に最短でアプローチしそうなので、そちらを歩くことにしました。もとより地図では地区の表情などはわかりませんので、距離や方角だけをあてにしてその道を通ったのですが、車1台がやっと通行できそうなこの狭い道はなかなか魅力的でした。北のほうは2つ星クラスの安いホテルが並び、その先のほうには規模の大きくないレストランやトラットリア、酒屋やパン屋などが並んでいます。きょうも含めて、市街地への行き帰りに夕食をとることができるので好都合です。何より黄色い壁と緑の窓枠という配色の建物が両側に建ち込んでいて、独特の景観になっているのがおもしろい。フィレンツェというと貴族や富豪の世界というような先入観があるものの、このあたりは普通に庶民の町なんですね。


イタリア半島は、中世前半のほんの一時期をのぞいて全体を支配した権力はなく、ノルマン人の南部侵入(シチリア王国建国)以降は決定的に分裂しました。というか、現在のイタリアという国家的枠組をもとに過去を見てはいかんということですね。このあたりはフィレンツェ共和国(富裕商人による寡頭支配→メディチ家の優位)→トスカーナ大公国と、規模としては小さな国家が統治します。その時期の中部イタリア史なんて複雑すぎるわりに欧州の歴史本体にさほど影響しないせいか日本の「世界史」の本ではまずスルーされます。しかし小国分立、教皇・神聖ローマ帝国・フランスなどの大国とのかかわりなどがあるため、フィレンツェはかのマキャヴェッリ(Machiavelli)を輩出、政治思想のほうではかなり注目されることになりました。


ドゥオーモ側面 狭い広場いっぱいに建つので全景がどぅおーも入らない


この町の最大の見どころはサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂Cattedrale di Santa Maria del Fiore 意味は「花の聖母マリア」)です。大聖堂というのは大司教座の置かれる寺院。大聖堂本体の建物は英語のドームにあたるドゥオーモDuomo)で、その隣にサン・ジョヴァンニ礼拝堂Battistero di San Giovanni)とジョットの鐘楼Campanile di Giotto)があって、3点セットでどんと構えます。真っ白な大理石と赤・緑という装飾が、なかなか他ではみられない色づかいかもしれません。


 
ヴェッキオ宮殿とランツィのロッジア


ダヴィデ像

 
 
ドゥオーモ西側の繁華街


ドゥオーモの周辺は完全なるトゥーリスティック・ゾーンで、各種のお土産屋さんや観光食堂が建ち並びます。テイクアウトの店先に「フィレンツェ名物もつ煮込みサンドイッチ」と日本語の表示があったのにはびっくり。イタリア語や英語などがいっさいなく日本語オンリーってね。もつ煮込みを好むおやじはサンドイッチとの相性がよくなさそうだけど、フィレンツェを訪れる観光客ならばいいのかな? もつ煮込みと意訳されているのはトスカーナ名物のトリッパ(trippa 牛の第二胃で、焼肉屋さんでいうところのハチノスを煮込んだもの)のこと。臓物関係はよろず好きなので、このあと晩ごはんで食べたいな。

ドゥオーモの先を右(南)に折れると、やや静謐になりましたがやはり観光地区でした。ぽつぽつと雨が落ちてきて、まずいなと思ったけど、すぐに止みました。滞在中は降らないでほしいと勝手な願い。やがてシニョリーア広場Piazza della Signoria)が見えてきます。商人の共和国だった時代にその中心広場として機能していたところ。ヴェッキオ宮殿Palazzo Vecchio)とランツィのロッジアLoggia del Lanzi)、ウッフィツィ美術館Galleria degli Uffizi)などが周囲をかこみます。ヴェッキオ宮殿は共和国時代の政庁、ロッジアはその隣の建物の回廊部分で、いろいろな彫刻が展示されています。ウッフィツィ美術館はボッティチェリ「ヴィーナスの誕生」などイタリア・ルネサンス作品の展示で知られます。ヴェッキオ宮の入り口横に立っているのはミケランジェロ「ダヴィデ像」のレプリカ。ダヴィデは旧約聖書に登場する古代イスラエルの王(シバの女王に難問を吹っかけられたソロモン王の父)で、巨人ゴリアテに立ち向かったエピソードが有名。ダヴィデ像は大国と格闘するフィレンツェ共和国のシンボルだと解釈されています。19世紀後半までここに本物が置かれていたのですが、いまは近くのアカデミア美術館にあります。


フィレンツェの中心部(地区名はセンターを意味するチェントロ Centro)はわりあい条里的で、大筋で方向を迷うこともなさそうなので、地図をあてにせずにぶらぶら歩きました。いかにもフィレンツェらしい景観はアルノ川沿いにあり、そこまで2ブロックくらいなのだけど、それはあすの午前に回します。シニョリーア広場の西側は各種ブランドが並んでいるほか、ホテルやレストランなども目立つ地区。掲出されているメニューをのぞくと、だいたい15%のサービス料をいただきますと書かれており、イタリアの観光都市全般にいえることなのでしょうか。そのままドゥオーモ西側に出て、さらにサンタ・マリア・ノヴェッラ駅のほうに向かって進みました。こちらはトゥーリスティックな要素に加えて生活感もかなり見えています。

 


 

 




まだ17時台なのですが、具体的に見たい場所があるわけでもないので、ぼちぼち夕食会場を見つけよう。ドゥオーモから駅に向かう東西の道と、ホテルを出て歩いてきたファエンツァ通りの交わるあたりに小規模の飲食店をけっこう見たので、そのあたりで食事して、ゆるゆる戻るという段取りがいいな。フランス人は20時くらいにならないとディナーをとらないのですが、それは欧州でも例外的で、ここは観光都市ということもあってノン・ストップ・サービスのところが多いようです。18時ころ、ファエンツァ通りに面した間口の狭いトラットリアに入ってみました。表に掲出されているメニューにトリッパの文字があったので、これだと。まあ名物料理なのでたいていの店で供するでしょうけどね。

入口に近いカウンター前の2人席に案内されます。ここはちゃんとイタリア式に、前菜としてパスタ、主菜にトリッパということだな。さすが本場だけあってパスタもいろいろ。ペンネ、スパゲティ、ラザニア、ラヴィオリ、ニョッキ、ピチ、クレスペッレ、タリアテッレ・・・ 毎度同じようなことをいうけれど、スパゲティのことを「パスタ」と言い換えるのは間違いですからね。スパゲティが哺乳類だとすればパスタは動物です(それでいいのか?)。ローマのところで少し触れたけれども、ピチというのはここトスカーナのパスタで、太麺だと聞いています。ならばそれを選ぶことにしましょう。Pici cacio e pepe(チーズ味のピチ、ブラック・ペッパー)を。主菜はもちろんフィレンツェ風トリッパ(Trippa alla Fiorenzina)。グラスのワインが€3なのに対し1/4リットルが€4とお値打ちだったので赤のピッチャー(ハウスワインですね)にしよう。いつもはフランス、しかもボルドーの赤ばかり飲んでいますが、イタリア・ワインはかねてより好きで、2009年に初めてイタリアを訪れたときにはハウスワインの味にすら感激したものです。美味しいワインを舐めながら、込んでいるわけでもないのに10分以上かかるんだねと思っていたら、なんと2皿同時にサーブ。ここではそういうものなのか、トリッパは主菜扱いされていないのかわかりませんが、欧州ではめずらしいパターンですね。ま、いいか。一応の作法にのっとってピチから手をつけると、たしかに太麺ながら茹で加減はやわらかめなので、しっとりしています。チーズ味のパスタなんていつぶりだろ。でも最後のほうは飽きてきたので、試しにトマトソースのトリッパをまぶしてみたら意外にいけました。新宿のさるスパゲティ屋さんでは、カルボナーラにトマトソースをかけるという謎の構成なのですが、そんな感じで美味しい。トリッパも美味しいのだけど、味は100%トマトソースのもので、食感も胃袋を細かく切りすぎているため白いんげんに負けそうになっているのが惜しい。18時半ころ現れた3人の女性店員(おそらく夜の担当)が客に目配りするでもなく大声で私語をはじめたので、エスプレッソはやめて勘定を頼みました。ピチ、トリッパとも€9、ワイン€4で合計€22、サービス料なしと明朗会計! こういう場合にはちゃんとチップを置くからね。ごちそうさまでした。近くのスーパーでお水とビールとイタリア・ワインを買ってホテルに戻りました。

 

PART5へつづく

 

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