香港2泊というのは旅程が短すぎたかな? もともと暮れの遠征は5泊が限度なので、致し方ないところではあります。もう少しだけ2日目の持ち時間があるので、中環から西行きのトラムに乗って、東邊街(Eastern Street)という電停までやってきました。電車は徳輔道(Des Voeux Road)をひたすら道なりに走ります。降りたところは西營盤(Sai Ying
Pun)と呼ばれる地区。徳輔道に沿って乾物屋さんが十数軒かそれ以上見えます。どことも同じくらいの店構えで、魚の干物、干し貝柱、見たこともないような海産物の干物といったラインナップ。昨日訪れた北角にもこのような乾物屋さんがいくつもありましたけれど、本当に誰が何をどれくらい買うのだろう。香港の中心から見ると西のはずれにあたるこの界隈は、仕事を求めて中国から移民?してきた人たちの住宅地として植民地当局が整備した地域です。香港は海に浮かぶ島でもあるため、漁業を兼業して、あるいは漁民のネットワークと連動して、たくましく商売を起こしたのかもしれません。お酒のアテの、いわゆるカワキモノとして1袋くらい買ってもいいかなと思うのですが、袋入りは巨大すぎてとても消費する自信がありません。アメ横とか中野ブロードウェイにあるこの種の店で大袋を買ったことが何度かあり、そのつど持て余していました(汗)。それに、落花生くらいならいいですが、ハードなナッツ類になると奥歯が耐えられるかどうか。今年の初めに足かけ3年に及ぶ工事が完了し、秋ごろまたおかしくなって補正したところなので、もう無理はしたくありません。「ちゃんと噛めるかしら」などという心配を真顔でするような齢になったということではあります。人造奥歯の載せものを噛みつぶさないように就寝時にはマウスピースを装着しており、その洗浄のためにポリデントを買っています。誰でもちゃあんと加齢していくんだね。

西營盤付近の徳輔道には乾物屋さんがいっぱい
陸側に1ブロック進むとそこは皇后大道のつづきで、庶民的な商店街になっていました。茶餐廳と普通のレストランの中間くらいの飲食店が軒を連ねています。例のごとく焼いた肉類がぶら下がっていて美味しそうだけど、その手は昼間に食べたし、まだ18時過ぎで早すぎるのかどの店もお客がほとんどないので、入るのがためらわれます。がらんとした食堂に1人で入るの、気分的に嫌なんですよね。あとで本を読むと西營盤の中心はもう少し陸側だったようですが、そちらには足を向けず、しばらくジグザグ歩いてから、またトラムで中環に戻りました。結局またホテルの近場エリアで晩ごはんを食べることにして、店頭のメニューを見ながら歩くと、威霊頓街のはずれ近くにザ・中華料理というようなクラシックな構えの食堂があります。蓮香樓という店で、入口付近でお土産のまんじゅうを売っている感じが横浜の大店によく似ている。ていうか横浜がコピペ先か。斜面に建っているためか飲食スペースは階段を上がったフロアでした。そういえばわがホテル・バタフライも道路面には何もなくて1階(日本式にいえば2階)にレセプションがあるけれど、同じ通りに面しているので事情は共通しているのでしょう。これも後からガイドブックを読みなおすとこの店のことは出ていますし(ただし飲茶の店として)、ネットのグルメサイト関係には日本語の記事があふれているのを知ったのですが、入店はあくまでその場のカン。それと、店頭メニューに焼きそば(炒麺)が見えたからでもあります。何が好きかって、焼きそばが三度の飯より好きなんですよね。日に3度はさすがにありませんが週に2回は必ず食べている気がします。それも、広東風あんかけの五目焼きそば、麺と具を一緒に醤油味で炒める上海風(醤油味というのは日本式だという感じもします)、関西のソース焼きそば、長崎の皿うどんに博多の皿うどん(同じ名前でもまったく別ものです。博多風は東京ではまずお目にかかれないので調べてみてね!)など何でも。袋めんの日清焼きそばは束で買って常備してあります。切ない記憶でいえば、震災の起こった2011年3月後半は東京のスーパーやコンビニから米やパンが消え、なぜか肉や野菜は通常どおりだったので、ほぼ毎日焼きそばをこしらえ、味を変えて食べていました。あのとき相当食べたのでもういいかとはならず、2014年からは横浜中華街修行をはじめて、それなりの頻度で焼きそばに手を出しています。香港に来て焼きそばを食べないのもシャクなので、ここで食べていこう。本場なのかどうかは知らんけど。

晩ごはんは大好物の焼きそば
店内に通ると、ふた昔くらい前の食堂、ないし大衆酒場の大箱みたいな雰囲気で、わいわいがやがやという音声のボリュームもすごい。パワフルやな〜。店員はたくさんいるのになかなか案内されず、ようやくつかまえるとツンケンしているのは横浜でもしばしば遭遇するパターン。ほぼ満席で、私は手前のほうのテーブルで食事中のおっちゃんと相席になりました。それはかまわないけど、おっちゃん自分が食べ終わると断りなくタバコを吸いはじめます。「吸ってもいいですか」みたいな作法とか文化はないのかも。昭和の食堂みたいだなと思ったらそのあたりも昭和ですね。あのころは喫煙席がデフォルトで、夜の飲食店ではどのテーブルでも普通に吸っていました。新幹線の禁煙車が16両中1両しかなかった時代のことです。ともあれ注文。いろいろ美味しそうなメニューもあるし、昭和の食堂と同じで壁の舌代にも魅力的なものが見えます。でも初志貫徹で肉絲炒麺をオーダー。例によって青島啤酒も頼みましたが、中年男性の店員さんはラミネートされた別刷りのメニューを見せて、飲み物を選べと。ホットまたはアイスのお茶やコーヒー、何ちゃらジュースみたいなもので、要らないといったら、This is table charge.と。なるほどドリンクを席代にするわけか。それならどうせ別注しようと思っていたジャスミン茶にしましょう。お茶は大きめの急須に入って供され、透明なガラスのボウルが添えられています。周囲を観察していると、どうやら出鼻の苦い部分をそこに捨てて、中段より下?を飲むらしい。
青島を飲みながら待っていると、炒麺が運ばれました。私のところだけでなく、どのテーブルでもお皿を置くときにがっちゃんがっちゃんと音を立てる乱暴な作法(笑)。それこそ大箱の大衆酒場みたいに担当エリアが決まっているのか、従業員はかなりたくさんいるのに動きが悪く、働きもよくありません(大笑)。ともかく焼きそば! おお、予想していたのよりもモノトーンの世界やな。細い麺をぱりんぱりんに揚げており、その上にかかっているアンはほぼ白い。もやし、黄ニラ、2種類のキノコと、まさにルースー(肉絲)というべき細すぎて食感のほとんどない豚肉が具で、とろみは薄く、味は塩味。白湯系のダシをベースにしていると思われ、味は見た目よりかなりよいです。ぱりんぱりんの麺は、5分くらいするとしんなりしてきてアンとなじむね。うん、美味しい美味しい。ビールのアテとしても優秀です。相席のおっちゃんが去った後に若い女性が案内されて着席。彼女は威勢よくExcuse me! と店員を呼び止め英語でオーダーしていますが、顔立ちから判断すると韓国人ではないかな。牛肉のXO炒めと鍋ごとサーブされる巨大なお粥を頼んで、せっせと召し上がっています。左手を器に添えないでずっと下に置いているので、われわれの感覚からすると無作法なのですが、韓国や中国ではそちらが正統。ついでにいえば、中華料理は全部食べ切らずに残すのが本来のマナーですが、昭和の日本人としてはやっぱり抵抗があります。全部食べちゃおう! で、当方の焼きそばがあと3口くらいで終わりそうになったころ、別の店員が現れ、小皿に入ったラー油を相席の女性と私に差し出し、料理を指さして「かけて食べて」という仕草をします。もっと早くもってこんかい!! 接客はともかく雰囲気がおもしろく、味もよかったのでいいことにしましょう。肉絲炒麺は75 HK$、青島大びん32 HK$、チャージのジャスミン茶が12 HK$でトータル119 HK$。1800円とかそんなものなので適正価格だなと思います。カタ焼き麺にとろみの少ない白いアンというのは、横浜中華街でも何ヵ所かで出会いました。いずれもニューカマー系ではなく戦前から横浜に定着して営業しているような老舗なので、あるいは本来の中華の味を引いているのかもしれません。長崎の皿うどんの原型といった感じもします。ただ、料理とは別に、店の昭和感と店員の手前勝手で雑な応対は、横浜の某老舗中華料理店を思い起こさせます。食べログでも賛否が分裂するその店に、最近行って、何と2400円の焼そばを食べてきたところでした。まったく老舗ってやつは。またしてもセブンイレブンでワインなどを買って部屋飲みで1日の〆とします。

自動扶手電梯は通勤向けに朝の時間帯だけ下りになる
若き日の孫文に目が行くか、ビルに見える楽天のマークが気になるか・・・
12月28日(水)はどんよりしています。昨日乗った地下鉄の電光ニュースで、明日は急に冷えるので長老をいたわってください、みたいな天気予報を見ました。この日はフェリーでマカオに渡ることにしています。ただ予約はしていないので、午前のうちに乗り場に行って、適当な便に乗ろうと考えています。フェリーターミナルは上環(Sheung Wan)にあります。といってもホテルからの距離は中環站までとあまり変わりません。前夜、西營盤から戻ってくるときに車窓からターミナルビルを確認しました。空中回廊的な歩道橋がビルに差さっているのが見えたので、おそらく一筋陸側の徳輔道あたりから空中につながっているのでしょう。10時半か11時ころチェックアウトすることにして、未訪の地区をもう少しだけ歩いてみよう。中環で地下鉄港島綫の西行きに乗り、終点の堅尼地城(Kennedy
Town)まで乗りとおしました。これをケネディと読ませるセンスがすごいわけだけど、旧英領ですからもちろんジョン・Fではなく、この地区を開発した1870年代の香港総督アーサー・ケネディ(Sir Arthur Kennedy)に由来するものです。


やっぱり高層住宅が目立つ堅尼地城 タクシーがトヨタ車ばかりなのは欧州では見かけない絵なので新鮮!
堅尼地城に何があると期待してやってきたのではなく、あちこちの地区に足を踏み入れておこうというのと、帰路にトラムを利用して、路線の西半分をコンプリートしてしまおうという乗りテツ的な発想によるものです。地下鉄を降りて地上に出ると、いかにも住宅街といった景観で、ここにも高層住宅が林立しています。中環を東京駅だとするとせいぜい品川駅くらいの距離感だと思うので、郊外というほどではなく、通勤は至便と思われます。むしろ高層階から地上に降りるのに時間がかかっちゃうんじゃない? 駅前広場というのはなく、広くない道路を1ブロック進んだところにトラムの線路が見えました。トラムもこの堅尼地城が西の終点です。トラムの線路に面して数軒の食堂があり、早餐(朝食)の営業中。ここに来たのもご縁なので朝ごはん食べていこうかな。角の食堂に入って窓際の席につきました。何組かのお客があって食事中。新聞を読みながらコーヒーというおじさんは、洋の東西を問わずどこにもいますね。ここはいわゆる中華料理店ではなく、洋食などを提供するレストランのようですが、麺メニューも豊富。隣のおじさんはトーストとスクランブルエッグという喫茶店のモーニングみたいな朝食、向こう側のお客は汁そばを召し上がっています。私は、香港に来たのだからというので麺早餐(28 HK$)をチョイス。トッピングは沙爹牛肉(Satay
Beef 2日前の朝食の麺に入っていたような甘辛い牛肉)、五香肉丁(Spicy Pork Cubes 香港でポピュラーな豚肉の缶詰)、腸仔(Sausage)、火腿(Ham)、餐肉(Luncheon Meat いわゆるスパム)、雪菜肉絲(Shreddes Pork with Preserved Vegetable or Fried Egg 高菜と細切り肉)のうちから2種類の選択、または豬扒(Pork Chop)、雞扒(Chicken
Fillet)、牛扒(Beef Steak)のうちから1種類の選択のいずれか。土台のほうは、配通粉(Macaroni)、意粉(Spaghetti)、米粉(Vermicelli)、公仔麺(Instant Noodle)のうちから選択、ただし出前一丁を選ぶと4 HK$加算。どんだけ出前一丁好きなんだよ! 変化をつけるために雞扒+米粉という組み合わせにしてみました。飲み物がつきますといわれ、ホットコーヒーを注文。ほどなく丼にたっぷりのビーフンとコーヒーが届けられます。テーブルにセットされているナイフ・フォーク・スプーンで食べなさいということのようですが、ラーメンですらフォークは厳しそうなのに(名古屋のスガキヤみたい)、細いビーフンは滑りまくってすくえません。当地なりの作法があるのでしょうけど、隣席のおじさんと目が合ったときに、お箸はないんですかねという仕草をしてみせたら、店員さんにいって取り寄せてくれました。謝謝。
透き通ったスープはたぶん化学調味料の味。あまり味のしないビーフンとの相性はいまいちのように思うけどどうなのでしょう。対してチキンは思いのほか大きなかたまりで、CITサービス(千葉工大の学食)2階で出てくるチキンステーキみたいな風味がします。朝食って何だろうという疑問が晴れないまま香港をおいとますることになりそうで、次回もう少し攻略してみよう。

いまいる堅尼地城は香港島の西端に近いところにあります。少し前に見た旅行番組では、初心者があまり足を運ばない香港島の南岸(南シナ海側)を特集していて、興趣を誘われました。小さな都市国家ではありますが、地域や景観の多様性はむしろ狭い範囲に凝縮されているようで見どころいっぱいですね。いまは西端まで歩いていくほどの時間的余裕もないので、電停の周辺をひと回りして、町の様子を眺めておくにとどめます。海岸に出てみると、中環の高層ビル群と九龍地区が向かい合っている様子や、機場(空港)のある大嶼山のこんもりした感じが一望できました。後刻、この水路みたいな海を船で通過することになると思います。

堅尼地城付近の海岸から都心方向を望む 左が九龍、右が中環
前述したように、香港のトラムは片運転台式のため終点部分ではぐるりと一周するループが必要です。朝食をとった店のあるブロックの周囲がそれに充てられていました。始発電停なので無人の2階に上がって最前部の展望席を確保。動画サイトの「前面展望」をえんえん見てしまうことがあるくらいで、それが路面電車なら町の景観ごとになるためいうことはありません。堅尼地城を出てしばらくは小規模な商店街ふうのところを走っていましたが、全体的には地味な住宅街。香港大學が近づくと古い商店街に入り、その先で今度は海岸線の倉庫街みたいな区画になりました。基本的には徳輔道に沿って走っています。やがて前夜少しだけ訪れた西營盤の乾物屋さんゾーンに突入し、あらためて昼間の景観を楽しみます。最前部の特等席を好むのは、鉄道マニアでなければ外国人か子どもだと思います。初めのうちは華人父子が隣にいて、せんたくばさみをおしゃぶり代わりにしている小さな息子よりもパパのほうが展望に入り込んでいました。入れ替わりに白人の母子がそこに来て、3歳くらいの男児は座席から立ち上がり、ときどき揺れにあおられてふらつきながらも窓に張りついて大興奮。運転士になりきったような感覚なのでしょう。どうやらフランス人らしく、子どもをたしなめる母親の仕草や言い方が私にはなじみのあるもので、ボクちゃんのほうもエキサイトするとSuper! (すげ〜!)と声を上げていました。将来立派なマニアになるぞ。

最後にトラム・ビューを満喫!
ホテルに戻って身支度を整え、11時前にチェックアウトしました。居心地のいい宿でよかった。これから上環のフェリーターミナルに行って、マカオ行きの船に乗ります。前日トラムの車窓から下見しておいたので、フェリー乗り場のある信徳中心(Shun Tak Centre)という複合ビルまではすぐにたどり着きましたが、この下見も実は浅くて、本当はホテルのすぐそばの道から別の空中回廊を行けば最短距離で切符売り場に到達したのでした。次回は空中の攻略もぜひ果たしたいところですね。この信徳中心はフロアが広いのに表示がいまいちで、切符売り場はどこかなとうろうろしてしまいました。あ、ここだとわかってやってきたところはすさまじい行列。8つほどある有人窓口に、それぞれ30人くらい並んでいてものすごいことになっています。うわっ、これはしくじったかな。マカオまでの便は15分間隔で運航されており、何だったら新習志野に停まる電車よりも高頻度なので、すぐに乗れるだろうし下手に予約して時間の制約を受けたくないなと考えたのがよくありませんでした。年末ですし、そもそもこの路線は込むらしいとあとで知りました。ともかく行列に並んで切符を入手しないことには今日中に着きません。いろいろな人種・民族・言語の人が混在する最後尾について、腹を据えて人間観察。いらいらしてスマホで当たり散らす人もいれば、何か手はないかと相談する人もいます。そしてダフ屋。食いつきそうな人は表情でわかるらしく、行列の中からそういう人を見つけては声をかけ、手持ちのチケットをさばいていきます。何倍くらいとられるのかな。オーバーブッキングなのか仲間がキャンセルしたのか、大学生ふうの若者2人が同じように行列に声をかけ、手持ちのチケットを売ろうとしたら、プロ?のダフ屋が首根っこをつかむようにして列から連れ出し、おっかない剣幕で説教。俺のショバを荒らすなということのようですが、若者もまったく怯まずに反論します。プロは紙幣を彼らの顔に突きつけて威嚇し、残券を強制的に買い取るということにしたようですけれども、若者はさらに抵抗して粘り、プラス10 HK$の獲得に成功したようです。どっちもどっちで、オフィシャルの売り場の真横でそういう違法行為を公然とやるのだからすごいですね。
窓口には「いま販売中の便は何時何分のもの」と掲示されています。当日券にこれだけ並んでいるのだし、予約で事前に押さえているぶんもかなりあるだろうから、早い便はどんどん売り切れてしまいます。「いま販売中は12時45分です」だったのが、突然に「2時45分です」に変わりました。ありゃりゃ。考えてみれば、昼間のど真ん中がいちばん動きやすいはずなので、そんなときに当日券ねらいというのはアマチュアでした。私としたことが。


船便は頻発しているのだが、指定された便は約3時間後・・・
香港・マカオ間の船便を運航しているのは噴射飛航(TurboJET)というブランドです。業界的には双胴型水中翼船ですが、ジェットフォイルといったほうがわかりやすいでしょうかね(ジェットフォイルはボーイング社の商標で、その型は噴射飛航でもかなり採用されている)。噴射飛航と漢字で書くとすばらしく意味が伝わります。香港とマカオがともに植民地だった時代に、マカオは香港人にとってカジノや風俗などの娯楽場といった色が強く、そうした娯楽産業の業者が就航させたのがそもそもの発端でした。両都市間は約70kmで、ツイン・シティというには離れており、しかも広大な珠江の河口をはさんで向き合っているため陸路での連絡が不可能。そこで高速船を走らせるという発想になったものです。それにしても毎時4本というのはものすごい頻度で、それだけマカオ経済が香港に従属しているのかなと思わないでもありません。行列には日本人もかなりいて、会話の内容から察するに、観光で香港に泊っているのだがついでの日帰りでマカオに行ってみようということのようです。所要60分と私の通勤時間より短いので、行ってみたくもなりますな。結局、30分くらい並んでようやく窓口にたどり着き、片道チケットを購入。「2時45分ですけどよろしいですね」とあらためて念を押されました。片道164 HK$で、なぜかマカオ→香港は153 HK$とアシンメトリーになっています。みなさん、ターボジェットを利用する際にはネット予約しておきましょうね。


出航までまだ3時間弱あります。ターミナルビルの中を一周してもさほどおもしろいことはなく、海越しの中環・九龍の眺めもそれほど長時間見ていられるものではありません。前日までと打って変わってうすら寒いのでなおさらです。これが航空移動だと、チェックインと同時にキャリーバッグを預けて身軽になりますので、時間があれば歩き回れるのですが、今回はそれを引きずっているので移動もままなりません。あまり気乗りしないけど昼ごはん食べておこうかな。切符売り場や乗り場に面していろいろ飲食店があり、フードコートもにぎわっているけれど、一等地?に構えている吉野家に入ってみました。市内各所にもかなり出店しているのを見ています。吉野家ひさしぶりだな〜。別に松屋の味が好きだというわけでもないのですが、あちらはミニ牛めしという手ごろなサイズがあるからね。ここの吉野家は食券を事前に購入するタイプで、写真つきメニューを指さして注文しました。「ドリンクはどうなさいますか?」と訊ねられたのでノーサンキュー。いわゆる牛丼は和風牛肉飯という名称で39 HK$でした。お湯がついています。見るからに牛丼で、ここに来て食べるのも味わい深いんじゃない? 周囲は華人だけでなく欧米系の人も混じっており、場所がらスーツケースの人も多い。タレは日本で食べるより少し薄味で、でもつゆだく。ショウガが利いているので、個人的にはもう少し醤油が強くてもいいような気がしますが、一般に日本の中華料理は醤油が強すぎてにおう(逆に日本人からすると中国の中華は塩味に寄りすぎ)というので、嗜好の違いということかもしれません。
切符売り場と同じフロアに乗船ゲートがあり、ブリッジでつながれた島の周囲にプラットフォームが配置される構造になっています。乗船時間になるとガラス戸が開いてお客を入れるという、さながらバスターミナルのようなしくみなのですが、その間に出国手続きがあるはずで、どうなっているのでしょうか。ゲートの前には男女の係員がいて入場規制をしています。この混雑ぶりなので、乗船する便を区切って通さないと島が乗客であふれてしまうためと思われます。ただ、何分前に通れるのかという情報がなく、訊ねてもわからないというばかりなので、様子を見てのさじ加減ということなのでしょう。ということはあまりうろうろできず、ゲート前で待機するほかありません。45分くらい待って、14時が近くなり、いくら何でももう進まないとと思ったころ、係員がいなくなったすきに、待機していた人たちが勝手にゲートを突破したのでそれにつづきます。ブリッジを渡り切ったところに荷物の預け入れ場所がありますがキャリーだけなのでこれはスルー。エスカレータでワンフロア下りたところに出国審査がありました。中国・香港間の国境と同様に、ここでも特別のカードをもつ両国の住民は専用ゲートを抜けてスピーディーに進めるようなのですが、ヴィジターは3枠しかなく大行列しています。しかも列がちっとも進みません。何をそんなにチェックすることがあるのだろう。ヴィジター列には欧米人とアジア人が半々くらいで、たしかに香港から深圳に観光で行こうという外来者はあまり多くないかもしれないが、マカオならば日帰りを含めてついでに行こうという人が多いでしょうね。ここでもたっぷり20分ほどかかってようやく「出国」しました。これだけ遅いのにぎりぎりまで入場規制するのはあまりよいことではないと思います。昨日、深圳から香港に再入境した際に発行された入境票の片割れ(出境票)をここで提出しました。ここでも旅券はチェックだけでスタンプの押印はありません。出国審査の先でさらにワンフロア下ったところが乗り場になっていました。かなり手狭で、たしかにここに人が入りすぎると大変です。14時15分ころ乗り場に来たのですが、15分発の便がまだ出航しておらず、30分発もどうやら遅れそうで、この調子だとわが45分発も定刻どおりというわけにはいかないことでしょう。年末でどの便もお客がフルに入っており、乗り降りなどに時間を要して全体に遅れ気味になっているのだと推測されます。

14時45分発になるはずの船体がプラットフォームに接岸したのは25分ころでした。マカオからの乗客がわっと吐き出されます。そのあと船内点検と清掃が入りますので、かなり遅れそうですね。スタッフはきびきび動いて船内を整理し、岸側からホースで水をかけて船体を洗っています。航空機のボーディングゲートと基本的には同じような場所にいるのですが、船体はすぐ真下にあるので、作業の様子がすべて見えておもしろい。50分ころになってようやくゲートが開き、そのあたりにいた人たちがわっと動きはじめました。列に並んでいるつもりだったけど、そんなのまったく無意味なんですね(笑)。ゲートのそばで座席表を整理している係がいて、1人ですというと「じゃあ○番」と指示し、切符を回収して、座席番号の書かれた紙片を手渡しました。発券するときに座席指定すればよかろうと思いますが、たぶん職人芸でさばくほうがトータルでうまくいくのでしょう。

当然ながら船内は満席です。新幹線普通車程度の座席が横に12列ほど並んでいて、私の番号は右を作業用の小部屋にはばまれた物陰みたいなひどい席でした。隣は昔の中国人みたいなおばあさんで(おばあさんなんだから昔の人には違いないか)、こんな席には誰も来ないと思っていたのか大きな荷物を置いています。私はこの席ですと2度ほどいって、どかせてもらいました。船員が来て、キャリーバッグは前方の収納コーナーに入れるよう指示します。全体にラフなしくみで、大丈夫かね。オレンジの水中翼船は15時ころあわただしく離岸しました。しばらくは今朝ほどトラムでたどった香港島北岸に沿って進みます。香港島が切れたところで舵を切って南へ。香港周辺の海域は小島が多く、空港のある大嶼山が海に向かって突き出していることもあるので、高速船といえども直進できません。いったん南の海上に出て、西に方向転換して進むようです。ジェットフォイルは船体を浮かせて航行するため、高速で進むわりに横揺れはほとんどなくて快適です。それはいいけど、窓側の人たちはスマホいじりまくるんだったら席替わってくれよな(涙)。実際そんなやつらばかりです。どの国でも。

マカオのアウターハーバーに到着 後方にタイパと結ぶ長い橋が見える
船は16時10分ころ接岸しました。ここはマカオの表玄関といえるフェリーターミナルで、正しくは外港客運碼頭(Terminal
Marítimo do Porto Exterior / Outer Harbour Ferry Terminal)。まずは例によって入国審査です。今度は到着したばかりの船1隻ぶんなのでさほどの人数ではなく、すぐに通過できます。ここでも入国審査はなくシートを渡されるだけ。それにしても出国だとか入国とか、忙しいことではあります。月曜の深夜に羽田を出て早朝に香港入国(日本→香港)、火曜に香港→中国、中国→香港、きょう水曜に香港→マカオ、木曜だけは何もなくて、金曜にはマカオ→日本の予定なので、5日間の旅程で合わせて5回も国境を越えることになります。私がいつも行くのは、別々の主権国家間を移動するはずなのに国内と同様に移動できる欧州のシェンゲン圏ですので、同一国家の主権下にあるといいながらも毎度出入国管理をおこなう珠江デルタはやっぱり特異に感じられます。ただ、アジア大陸(マレー半島)とボルネオ島北部にまたがって国土があるマレーシアでは後者に入る際に旅券審査がありますし、アフリカのタンザニアでも、歴史的経緯から大陸のタンガニーカとザンジバル島のあいだでは出入国管理がおこなわれています。各国それぞれの事情があるので、どれが正解というわけではありません。
このマカオ(Macau 中国語では澳門(オーメン) フランス語やスペイン語ではMacao)の国際法的な地位は中華人民共和国マカオ特別行政区(中華人民共和國澳門特別行政區/Região Administrativa Especial
de Macau da República Popular da China)と称し、香港と同様に、中国の主権下にありつつ制度や法律、言語を異にする一国両制の地域となっています。公用語はいまもポルトガル語と中国語で、両言語の併記が義務づけられています。香港から遅れること2年、1999年にポルトガルから中国に「返還」されましたが、アヘン戦争という近代的惨禍の末にもぎ取られた香港に対して、ポルトガル人のマカオ支配は16世紀にまでさかのぼりますので、両者の事情にはかなりの違いがあります。それは後述しましょう。フェリーターミナルでまずするべきは現金のキャッシング。マカオの通貨はマカオパタカ(MOP)で、香港よりさらに小さなこの都市国家内の独自通貨になっています。香港ドルにペッグしていて、つまりは香港ドルをブリッジにして米ドルに連動しています。マカオ国内では香港ドルが通用するとは聞いていますけれど、現地通貨を使わないのもおもしろくないので、ターミナル内のATMコーナーに行って1200 MOPを引き出しました。後日届いた融資明細書によれば日本円で17,682円借りたことになっていて、年利17.94%を載せて17,942円。ということは私のレートは1 MOP=14.95円ということになります。なお1 HK$=1.03 MOPで固定されているため、通用するとはいえ香港ドルで買い物すればうっすら損することにはなっています(両替手数料や利子などを考えるとどうでもいいほどの差分ではあります)。いくつかあったATMのうち手近なものにVISAを入れてパタカを引き出したのですが、シートを見るとICBC工银澳门とあり、いまや国際的に有力な金融機関になっている中国工商銀行のマカオ分行の世話になったわけですね。

100 MOP紙幣 大西洋銀行発券のものと、中国銀行(澳門)発券のものとでデザインがまるで異なる
マカオ特別行政区は、中国大陸に接するマカオ半島と、そこと2km以上隔てた南のタイパ(氹仔 Taipa)、タイパと地続きのコタイ(路氹城 Cotai)、その南のコロアネ(路環 Coloane)という地区で構成されています。もともとタイパ、コロアネは独立した島だったのですが、とにかく土地が足りないというので間を埋め立てて1990年代に完全に陸地化したのがコタイ。ですからコタイというのは「国立」(国分寺と立川の間)みたいなネーミングであるわけです。今回は、帰国時に利用するマカオ国際空港(タイパ地区)をのぞいて島方面には行かず、マカオ半島だけを歩くつもりでいます。半島部にかぎっていえば、長方向でも4km足らずという極小の領域ですので、何だったら本当に歩いても回れそうなほど。ただ、いまいるフェリーターミナルはマカオ半島の東岸、予約したホテルは西岸で、キャリーバッグもあるため、バスに乗って向かうのが無難なところです。でもキャッシングしたばかりのパタカは200 MOP紙幣ばかりで路線バスでは受け取ってもらえそうになく、何かを購入して崩すのも面倒。それもあって、そこはマカオらしく、カジノの無料送迎バスに乗って近くまで運んでもらうことにしました。このワザはマカオの情報では必ず出てくるもので、何かのテレビでも見ました。ターミナルビルから地下道を通って道路の反対側に出ると、そこにちょっとした駅前広場のような空間があり、大小さまざまなサイズ、色とりどりのバスが来ています。観光地へは鉄道利用が当たり前だったころ、駅前に温泉旅館などのバスやバンが迎えに来て、法被を着た兄さんが荷物をもってくれた光景を思い出します。事前に地図で確認したところでは、西岸の十六浦(Ponte16)というカジノつきホテルが私の宿に近そうなので、そこの世話になろう。
地図出典 http://www.freemap.jp/

外港客運碼頭の外観 緑色のマカオ旗に比して、堂々とひるがえるのは中華人民共和国の五星紅旗
十六浦の送迎車はすぐに現れましたが、思いのほか小型で、並んでいたお客を全員乗せられません。次の便をお待ちくださいといわれて、さらに20分くらい待たされました。ケチらずタクシーに乗ればよかったかな。でもカジノ送迎車というマカオならではの設定を試してみたい気分です。17時を回ったころ次の便、というか1台でピストン輸送しているらしい車がやってきて、今度は乗ることができました。連想ゲームでマカオといったらカジノを答える人は多いでしょうね。マカオに行きますといったら「アレやるんスか」みたいに聞かれました。わが推し箱が生んだ唯一?のメジャーリーガー菊地亜美嬢は大のカジノ好きらしく(そういうガラの悪そうなところがイイ 笑)、ちょっと休みができるとソウルやマカオのカジノに出かけて打つと公言しています。ま、彼女はPonte 16に行くとしてもケチらずタクシーなんでしょうね。元16号なんだけど。

カジノつき高級ホテルの送迎車でマカオ半島を横断
フェリーターミナルを出てしばらくは友誼大馬路(Avenida
da Amizade)という大通りを直進します。ここはかつての海岸線だったところで、これより海側は埋立地。ずいぶんがんばって地面を造り出したのですね。カジノや大規模ホテルが建ち並ぶ景観は独特で、このあたりには生活のにおいはほとんどありません。しかしマカオの中心部しいところに進入し、方向を変えて走り出すと、かなりカジュアルな商業地に変わりました。亞美打利庇盧大馬路(Avenida
de Almeida Ribeiro)、別名は新馬路で、これがマカオ半島の目抜きであることは知っていましたが、対面通行の狭い道で、何だか旧道沿いの町の市街地に入り込んだような感じです。それにしても、母音の発音が日本語に近いポルトガル語に対する当て字はいよいよ万葉仮名か暴走族ですね亜美ちゃん。15分かからずに終点です。十六浦はかなり大きな施設で、白亜の殿堂といった造り。送迎車はスロープを駆け上がって上階にあるホテルのエントランスに横づけしました。本格的なホテルマンが出てきて誘導しますが、それをすり抜けてエスカレータで下る。きっとこの手の人がたくさんいるはずなので、とくに反省するわけでもありません。あとで調べたら、フランスのソフィテルが経営しているらしいこのホテルは1泊5万円を超えるようで、下手すると東京からの片道航空運賃を上回ります。夕方のカジノの開場を待つ人たちがメインエントランスに並んでいました。
十六浦があるのはマカオ半島の西岸で、その海岸に沿って巴素打爾古街(Rua do
Visconde Paço de
Arcos)という片側2車線の道路が走っています。道なりに南へ歩くと火船頭街(Rua das Lorchas)と道路名が変わり、ちょっとした児童遊園のような区画に面して、予約したベストウェスタン・ホテル・サンサン(最佳西方新新酒店 Best Western Hotel Sun Sun)が見えました。ベストウェスタンはアメリカに本拠を置くグローバル・チェーン(というかフランチャイズ)で、私は2年前のロンドン以来です。いつもの予約サイトで探し出し、2泊€150(1246 HK$ 別建ての朝食が75 HK$×2回)とかなりエコノミーなつもりでしたが、部屋に通ってみたら相当に立派で、今朝までの香港の部屋よりも広い。ずいぶんゆとりがあり快適です。お、電源は英国式のBFタイプ(角型3つ穴)です。ガイドブックには、西欧式のCタイプ(丸型2つ穴)だったがBFに移行しつつあるとありました。Cのほうが汎用性があると思うのだけど、社会的・経済的・文化的に香港への従属性が高く、旧英領香港の仕様に合わせる方向なのでしょう。ちなみに道路も香港と同じで左側通行です(中国は右)。部屋にたどり着いたのは17時40分ころで、船に乗っている時間が1時間ほどなのにずいぶん移動に時間がかかってしまいました。もう暗くなりかかっているので本格的な町歩きは明日に持ち越し、先ほど車で通り抜けた新馬路の前後を歩いて感覚をつかもう。


最佳西方新新酒店 窓から見えるマカオの町に息を飲む・・・
それにしても、10階の窓から外を眺めて、動揺に近い感覚を味わいます。先ほど通ってきたカジノやホテルの林立するゾーンが遠くに見えて、それはもちろん立派な建物なのですが、宿の周辺は大半が低層建築で、ぼろぼろの屋根ばかり、こういっては何ですが一瞬バラックなのかと思ってしまいました。香港も薄汚れた町並が印象的でしたけれど、こちらはほとんどの建物が低く、「アパート」とか「町工場」のように見えるものが大半です。これまで欧州では見たことのない光景で、もしかするとすごいところなのかも。そして海側を見ると、これがまたやばい。川のように見える湾をはさんで対岸は中国領(珠海市)ですが、そちらは深圳と同様に現代的な高層ビルが海岸沿いに建ち並んでいます。中国の繁栄を見せつけようという意図はここにもはたらいているのでしょう。このコントラストのインパクトは2016年イチかもしれません。
PART6につづく
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