古賀毅の講義サポート 2024-2025

Études sur la société contemporaine II: Perspectives à l’ère de la mondialisation 2024

現代社会論IIグローバル時代のパースペクティヴ2024


早稲田大学本庄高等学院3年(選択科目)
金曜34限(11:20-13:10) 教室棟95号館 S207教室

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現代社会論I:探究するシヴィックス5.0

 

20244月の授業予定
4
12日 開講にあたって/グローバル世界を学ぶ
4
19日 主権国家と国際社会
4
26日 国家の多様なかたち

 


次回は・・・
3-
国家の多様なかたち

主権国家と国際社会の回では、いきなりスケールの大きなテーマに面食らった人もあるかもしれません。ひとりの人間からすると国家というのはとてつもなく大きな存在であり、さらにそれらが集合した国際社会になると、どこから取りついてよいものか見当がつかないということにもなりえます。主権国家とは、法的に完結した国家であり、互いに対等な存在であるということを、いま一度確認しておきましょう。1648年のウェストファリア条約で、欧州の秩序は主権国家とその集合である国際社会である、それ以外の要素(より上位の存在や、国家相互の主従関係など)はない、という合意ができました。1920世紀には、その秩序が全地球に波及して、共有されます。いま世界中にはおよそ200の主権国家があります。国家なのだから「およそ」ではなく正確な数をいえばいいのではないかと思うでしょうか。しかし、実際には「およそ」をつけなければ、逆に不正確になります。これは主権国家なのかどうか微妙だというところがいくつもあるからです。また、仮に主権国家の数がジャスト200だったとしても、その200ヵ国の制度やありようは200通りあるのであり、一様であるなんて絶対にありません。日本に長く住んで、日本のしくみしか知らない人から見れば、「この国はヘン!」と思うことがあるかもしれないが、先方から見れば「日本はヘン!」となるかもしれない。みんな違いがあり、制度も運用も多様なのに、それでも互いに主権国家として認め合っているというのがおもしろいところです。

開講前の予備ワークでは、キプロスおよびボスニア・ヘルツェゴヴィナに関する拙稿をお読みいただきました。共通するのは、地図帳にははっきり描かれていない「国境」が実際にはあり、明示されていない謎の国家が実在するという点です。キプロスのほうは未承認国家、ボスニアでは内包国家という存在を確認することができます。そうした存在にこれまでみなさんが気づいていたかどうかはわかりませんが、どこにでもあるというわけではないにせよ、「めずらしい事象」というほどめずらしくもありません。世界のあちこちに結構、類例がみられます。内包国家でいえばスイス、タンザニア、アラブ首長国連邦、マレーシアなどが挙げられます。連合王国を構成するイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドも、英語ではcountryと呼びますのでその一種といってよいでしょう(このうちイングランドは微妙ですが)。最近、日本を抜いてGDP世界3位になったドイツは16の州(連邦州)から成る連邦国家です。私の専門である学校教育でいうと、小・中・高というような学校制度や、国・数・英・社・理といった教科の分け方なども、州ごとに異なります。アメリカ合衆国が州ごとに異なる制度をもつというのはよく知られ、そんなものだと思っている人が多いと思いますけれども、ドイツは意外ではないでしょうか? 「州を越えて転校したら大変じゃないんですか」などと、妙な(素朴な?)疑問を抱いたのであればぜひ質問してくださいね。

世界のあちこちにある、なんだこれはという国家のかたちを観察すると、ますます「国家って何なのだろう」という疑問が募っていきます。一言で説明してくださいとか、すぱっと答えてくださいとか、要するに正解は何なんですかと聞きたくなるタイプの人は、ここから修行が必要になります。当科目の主題である現代社会、国際社会、グローバル世界を見ていくときに、そうした問いの立て方が目を曇らせることになってしまうからです。なんだか混乱します、訳がわかりませんという感想が出てくれば、今回は私のねらいどおりということになるので、楽しみにしておきましょう(にやにや)。現地に行けばいろいろなことが直接わかるのでしょうね、というコメントを予備ワークで書いてくれた方が何人もあるのですが、今回お示しするような「世界の見方」をインストールしないまま現地を訪ねても、おそらく本当のことは見えないのでしょうね。



REVIEW 4/12

419日のレビューは少し遅れて更新します。しばらくお待ちください。

 

いままで自分からこのような学問を勉強するとか、興味をもったことはほとんどなかったけれど、この1年で少しでも自分の視野を広げたいと思います。

いままでになかった考え方をたくさん得ることができ、興味深かったです。もっと国際関連のニュースに注目したり、自分でも調べたりすることで、理解を深めたいと思います。これからは目の前の情報をただ受け取るのではなく、自分でよく考えるようにしたいと思いました
先生の話が、いままで考えていた社会とはまったく違ってとてもおもしろかったです。
さまざまなたとえ話がわかりやすく、おもしろかったです。今回の2時間だけでも、世界の幅広いお話がありましたが、すべて、いままで考えてきたことを覆される感じで、常識の捉え方が変わってきたような気がしました。

質問しやすいタイプの授業でとても楽しかったです。

スライドにいろいろ仕掛けがあっておもしろかった。

グローバルな知識には全然自信がないですが、授業を通して考え方の幅を広げられればと思っています。
国際的なことには少し苦手意識があるので、これからがんばっていきたいと思います。今回の授業では、グローバル化など抽象的に考えていたものが少し具体的に考えられるようになりました。

この授業を通して、国際社会で実際に起きていることを自分なりに考察できるレベルまで、知識を身につけたいと思っています。

自身の思考力の乏しさに気づいたので、知識だけでなく、考える力も身につけられるようにがんばりたいです。

興味のあることだけではなく、まったく知らなかったテーマにも積極的に触れていきたいです。

先生がおっしゃっていたように、自分の生活している場所が日本だけであっても、毎日着ているものや使っているもの、日本で働いたり生活していたりする外国人とともに生活していることなど、自分と世界は切り離せないものであるとあらためて実感した。世界や人の役に立つというのは簡単ではないとも思った。これからはまず世界に関心をもっていきたい。

 
(左)新宿区新大久保のアジア食材店  (右)新宿区の広報誌(韓国語・英語)
私の地元である東京都新宿区は、住民の2割弱が外国オリジンというグローバル・シティである

 

2人の親から1人の子どもしか生まれないと人口減少する、ということに気づいていなくて、危機感をもった。(類例複数)

日本のお店、食などは、すごいと思っていた自分が恥ずかしくなりました(半分合っているとはいっていましたが)。

世界、この地球において日本、自分たちの住む国がどれだけちっぽけだったかを思い知らされた。世界は広く、日本を中心としてはいないから、言語学習を渋るのは日本語、英語の学習を渋っているのと同じだと思った。国の中でも文化の差は存在していて、強制的に同じだというのはバカバカしいと感じた。

恥ずかしい話ですが、「世界の人が世界に行く」結果、日本にも外国人が多く来るというのは目からうろこでした。私は日本から出たことがないのですが、本当に自分(自国)本位の見方だったと痛感しました。
世界の人が日本に来ている、のではなく、世界の人が世界に行っている、のだという言葉に感心しました。現在のグローバル化をとてもわかりやすく表現しているなと思いました。世界の国(外国)から見て自国は外国であるという視点をあらためて得ることができました。(類例多数)
海外の方が、日本好きで来ていて、日本が人気!というわけではなく、すでにグローバル化が進んで、普通に世界中の人が自国以外に移動しているだけ、私たちは日本に中心をおいているだけであってどの国も同じ、という意見を聞いて、そういう客観的な見方もできるなと思いました。(類例多数)

いままで私も、日本の技術が評価されているから海外にも日本企業があると思っていた。しかし今回の話を聞いてから少し考えが変わった。私たちが日本人の立場にいるから、海外に出店している日本企業に目が行くが、他国の人の立場から見たらまた異なる視点になるのかなと思った。
初回の授業を受けて、自分が「世界」と呼んでいたものがどれほど狭く、小さなものであったかを知りました。当たり前に思っていたこと、たとえば、日本はみんなから愛されているから世界各地に店がある、などが間違っていたことを知り、自分の中の常識が覆されつづける2時間でした。

今回の授業で、もっと自分の外側の世界に目を向けないといけないと感じた。毎日同じような生活を送って、それに満足しているふしがあるので、1年間のこの授業を通じて視野を広げたい。

世界の中の日本の中の埼玉に住んでいて物事を見ているだけでは、世の中の常識だと思っていたことも本質は見えていないのかなと思った。ぜひ小さな世界に閉じこもらないで、さまざまな世界を知りたいと思う。


香港 香港仔(ホンゴンジョイ 英名アバディーン)にて

 

国家と宗教の関係について、手を合わせたり、宗教の言葉や表現を使ったりすることさえも、人によっては強要される感覚になってしまう。たとえ国家が確立されていたとしても宗教に浸ってしまう恐れが大きい、ということに納得しました。

文法が大事という意見に私も賛成です。私は文法が苦手で、それがわからないからライティングはできないしスピーキングもできません。日本にいる中で、暗記した文法をどこでアウトプットできるでしょうか。これは甘えでしょうか。先生のアドバイスがほしいです。
・・・> まず、古賀流のスパイシーな話の展開に慣れていないファースト・コンタクトであるため、「英語は文法が大事」というのが、公民で国際社会を学ぶ際にも文法(のようなもの)があるよ、という本題のキッカケとして打ち上げているだけのものだ、ということは申しておきます。「そこに引っかからなくていいよ」ということ。でも、まじめでまっすぐなのは人として大切なことですから、イカれたほうに合わせる必要はありません。さて、英語ないし外国語のことでアドバイスが欲しいということですよね? いまはアウトプットする機会や場面は、以前に比べれば相当に増えました。SNSで世界中の人とつながれるようになりましたし、遠隔トークもずいぶん楽になりました(当初はSkype、昨今はZoom)。早稲田大学に入ったら英語(外国語)そのものや、国際交流、多文化交流をテーマにしたサークルや団体がたくさんあります。東京の飲食店でバイトすればお客さんの何組かに1組は外国人で、英語での応対が普通になります。多くの日本人が「英語を話せない」という自覚ないしコンプレックスをもっている要因は、一つには指摘したように構文をとる(文法を心得る)という基本作業を会得できないこと、いま一つはチキンすぎて度胸がないことです。「話せるようになりたい」なんていいながら、実際の場面が来ると目が合わないようにする人が多い。間違ったらどうしよう、発音がおかしかったら笑われるかな、とか、どうでもいいことで足踏みする。母語ではないのだから下手で当然なのに、何を躊躇しているのだろう。と、いつも思います。ま、手っ取り早い突破法は、外国旅行に行くことです。日本語の通じない世界に行ってしまえば、もう話すしかないのでね。

いままで学習してきた「国際関係」の量が圧倒的に足りていないという点に驚きました。これからは知識の量ではなく、事と事とをつなぐ、応用力が求められているのかなと考えました。

グローバル化について学び、世界を広い視野で見られるようになりたいと思った。同じ食べ物でも国によって違い、おもしろいと思った。それぞれの国の特産品や国の文化が反映された、オリジナルの料理を食べてみたいと思った。
・・・> 同じ食べ物が国によって違う話ってしたかな? ポッキーの名前が変わる話? 初回だから激励のつもりでいいますが、食いつくところがそこだというのは、浅いし弱いです。本編に入ったら歯が立たなくなる恐れがあります。「料理を食べてみたい」というのは、授業を受けなくても誰でもいえてしまうことです。そのレベルにとどまらないようにしましょう!

インドのお話を聞いて、実際に足を運んでみないとわからないことも多いのだと思いました(衛生面の話など)。

香港ドルの存在を初めて知った。広東語ってどこで使われているのですか。
・・・> 香港など。

おすすめの夜時間帯のニュースは何ですか?
・・・> ワールドビジネスサテライトかな?

カップラーメンが、世界ではあまり人気ではないことに驚いた。

インドネシアに住んでいたことがあるのですが、ファミリーマートと、日本ではなくなったサークルKがありました。ただ、どちらも名前だけで、店内は日本式でもなんでもありませんでした。
・・・> おおすごい。それを授業中に発言してほしいわけですよ。

ピクトグラムは世界に進出しているのでしょうか。東京オリンピックの開会式でピクトグラムの演出があり、もし海外に進出するととても便利なのではないかと思います。
・・・> ピクトグラムはもともと欧州の文化です。東京五輪で披露されたから日本の文化だと思ってしまったかな?

幼いころから、わけもわからずに父に連れまわされたおかげで、なんとなく旅行が好きです。先生は、どのような目的やマインドセットで旅行に行くのですか?
・・・> いぬはかけまわり ねこはかわいいし 青い鳥は飛ぶし、古賀は遠くに出かける(元ネタはググってください)。存在に内包された本質的機能というやつです。はい。

20ヵ国近くを訪れている中で、コミュニケーションは英語でとっているのですか? 私が海外に渡航するとなったら言語の壁が大きいように感じるので、それをどう解決しているのか知りたいです。
・・・> ちなみに40ヵ国です(笑)。英語を話す機会が圧倒的に多いですが、フランス語を話せますので、フランス語圏ではそのようにしています。言語の壁なんて、海外に行って見知らぬものを見るおもしろさに比べればどうということはありません。本当です。

ロンドンが好きだとおっしゃっていましたが、ごはんはどうでしたか。
・・・> パンでしたよ? (「ごはん論法」です)

グローバル化と国際化は、結局どう異なるのですか?
・・・> この手の発想は克服しましょうね。「結局」といって、プロセスを省略して結論だけを得ようとしても何にもなりません。どう異なるのかを、1年かけて学ぶのではないでしょうか。

 
有名なグローバル企業が運営する博物館やテーマパークも多い
(左)メルセデス・ベンツ博物館(ドイツ シュトゥットガルト) (右)ハイネケン・エクスペリエンス(オランダ アムステルダム)

 

「アメリカの技術力がすごい」 これはたしかに間違っていると思います。アジア人が率先してITをやっているなら、「アメリカの採用力がすごい」。これは合っていますか? 
・・・> 合っていませんねええ。まず「合っていますか」という問いは、いってしまうと「小学生語」なので卒業しましょう。シンプルな正解を導くような小学生の演習問題の「こたえあわせ」の聞き方です。ちなみに、「アメリカの採用力がすごい」は合っていません。おそらくこのテーマの大事な部分を理解できていないのだと思います。恥ずかしいことではありません。これを直感的にわかるのは結構レベルの高い人に限られます。だから初回のフリに使ったのです。技術力にしても採用力にしても、すごいのは「アメリカ」なる国家ではなく、アメリカのどこかにある企業とか、そこで働く誰かです。TikTokがカワイイとしたら、それはTikTokがカワイイか、それを開発した人がカワイイのであって、中華人民共和国とか同国政府とか中国共産党とか人民解放軍がカワイイわけではないのです。

毎朝、家を出るまでにニュースを見ても、得られる情報は限られているので、新聞を読むくせをつけたいです。
ネットニュースはよくないとよく聞きますが、なぜよくないのか実際に考えたことがありませんでした。新聞は興味のない記事にも目が行くというのはすごく納得しました。

一言で感想をいうと、自分の無知を感じた。最近新聞もちゃんと読まなくなったことを反省。スポーツ欄を読むつもりが他の記事を読む、というのはよくあったなあと思う。Gではないので読売新聞は取っておらず、東京新聞を読んでいるが中日ファンでもない。
・・・> 私は朝日新聞を購読していますが高校野球は好きではありません(笑)。

私もニュースを読むようにしようと思ってRSSリーダーを使っていたが、信頼できるソースがわからないので、新聞の中でもどれなのか、ニュースでもどのチャンネルなのかを教えてほしいと思いました。まずは家で購読している新聞を読んでみたい。
・・・> RSSはニュースや情報を整理して配信する仕掛けのことであり、メディアとはまた違います。ネットで読むにしても、オリジナルのほうを読むようにしましょう。ヤフーニュースなんかも同じで、出典元を読むほうが確実ですね。その手間を惜しむと、物事の筋や論理を識別できない情報弱者になってしまいます。

最近、SNSでいろいろな世界の「サブカル」をゲットすることはできる(なんなら勝手に出てくる)が、国の政治や社会情勢、文化は、自分から能動的につかみにいかないといけないので、今回の授業を聞いて、あらためてサブカルの世界だけにとどまっていてはいけないし、もっと世界への知見を広げたいと強く思った。
・・・> 私はSNSのアカウントだけもっていて自分では1文字も発信しません。アカウントをもっているのはアイドルの情報を見るためです。しかしGoogle検索やYouTubeの視聴動画の傾向などから私のクセが認識されているため、アフィリエイト広告や関連情報などでは、サブカルではなく各国の情勢や文化がむしろ出てきます。これがまた困ったもので、そういうところに出がちな外国情報というのは、近隣諸国の悪口やでたらめな国際情勢分析、ネット右翼的な記事、ネトウヨ広告なんかが多くて、むしろ辟易します。サブカル出してよ!と思う。ま、サブカルの世界だけにとどまっていてはいけないのは確かですね。

いずれ海外で過ごしたい。日本はまるでみんな同じに感じて、おもしろみに欠けるから。この授業で少しでも世界を知りたい。

世界を知ることによって日本のこともわかるのだと感じました。
・・・> て、いう人が結構いるのですが、私はあまりそのようには感じません。比較して、わかったようになるだけのことで、むしろ些末な部分や変な部分に目が引き寄せられ、本体部分を見失うリスクがあると考えています。別の話ですが、「日本のことを知るために世界(外国)を知ろう」という呼びかけも、話半分くらいに聞いておいたほうがよいです。世界(外国)は日本のための踏み台や経由地ではありません。

 

 


開講にあたって

現代社会論は、附属高校ならではの多彩な選択科目のひとつであり、高大接続を意識して、高等学校段階での学びを一歩先に進め、大学でのより深い学びへとつなげることをめざす教育活動の一環として設定されています。この現代社会論(2016年度以降は2クラス編成)は、教科としては公民に属しますが、実際にはより広く、文系(人文・社会系)のほぼ全体を視野に入れつつ、小・中・高これまでの学びの成果をある対象へと焦点化するという、おそらくみなさんがあまり経験したことのない趣旨の科目です。したがって、公共、倫理、政治・経済はもちろんのこと、地理歴史科に属する各科目、そして国語、英語、芸術、家庭、保健体育、情報、理科あたりも視野に入れています。1年弱で到達できる範囲やレベルは限られていますけれども、担当者としては、一生学びつづけるうえでのスタート台くらいは提供したいなという気持ちでいます。教科や科目というのはあくまで学ぶ側や教える側の都合で設定した、暫定的かつ仮の区分にすぎません。つながりや広がりを面倒くさがらずに探究することで、文系の学びのおもしろさを体験してみてください。

選択第7群の現代社会論IIでは、設定いらいずっと「グローバル」なものを副題に掲げてきました。グローバル化(英語でglobalization=地球化、フランス語でmondialisation=世界化)という用語や概念は、1990年代あたりに一般化したものであり、2000(ゼロ)年代にはそれがすべてかのように猛威をふるい、2010年代には逆風にさらされ、グローバルに関する言説は総じて批判的なものになりました。2020年代ももう半ばですし、高校3年生のみなさんが実社会で活躍するのはさらに先の2030年代でしょうから、そのころグローバルという表現自体がもう陳腐化している可能性は、なくはないと思われます。ただ、いったんグローバル化してしまった以上、もとの世界に戻ることはありません。私たちは知らず知らずグローバルの恩恵を受けています(もちろん、ダメージも食らっています)。グローバル時代だから外国語を話せるようになりましょう、といった単純すぎる(アホみたいな)発想が陳腐化するのは間違いない。では、これからの時代に社会で活躍する人として、いかなる思考、どのような構えを心得るべきなのか。その答えを出すには、週2時間、1年弱の授業ではとても足りませんが、そのヒントや土台くらいは提供できればなという思いでいます。とくに、これまでの社会系(公民・地理歴史)の授業では、どうしても日本のことが中心であることが多かったと思いますので、当科目ではあえて焦点や対象を日本の外側に設定して、「世界」「国際社会」を展望するための見方を共有していくことをめざします。「展望するための見方」を端的に表現しようとしたのが、副題にあるパースペクティヴです。実はこれまでに「グローバル時代のパースペクティヴ」の副題を2度、使ったことがあります。最初は2016年、2度目は2020年です。偶然ではなく、意識的に合衆国大統領選挙の年に当てています(夏季五輪開催年、うるう年であることは承知していますよね)。2016年には、英国のEU離脱投票がおこなわれ、その開票速報をこの授業内で、みんなで見つめました。トランプがよもやの大統領当選を果たしたのもその年です。2020年はコロナ禍で、1学期の途中までオンライン授業を余儀なくされ、ただでさえ社会・世界がイレギュラーな状況になる中で、合衆国ではまたしても政権交代が起こっています。「パースペクティヴ」を掲げる年には、世界で何かが起きるのかもしれません。2024年は、どうでしょうか。

話題の大半が、なじみの薄い外国ないし世界のことになります。これまでの知識や考え方では思考が及ばないだろうと思います。少しずつでよいので、「見方」(「知識」ではない)を心得て、それを介して世界を見渡すようにしてみましょう。新聞やニュースで、これまであまり注目しなかった分野にも目を向けることを習慣化し、意識的に視野を広げるようにしましょう。18歳の視野はやっぱり限られています。いま広げてみると、それは間違いなく自身の成長につながり、将来の可能性を広げることにもつながります。本物のグローバル思考に向けて、歩みをはじめましょう!

*地理の授業で使用した地図帳を毎回、持参してください。別種類のものを買い足してもよいと思います(違った視点を得られるかもしれない)。

 

 

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