古賀毅の講義サポート 2026-2027

Études sur la société contemporaine II: «le monde en mutation / pour la perspective et la réflexion globales

現代社会論II
変動する世界/グローバルな視座と思考のために


早稲田大学本庄高等学院3年(選択科目)
金曜34限(11:20-13:10) 教室棟95号館 S203教室

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現代社会論I:近未来の社会を(に)生きる構想と探究

 

202679月の授業予定
7
10日 21世紀の君主制:シンボル・統治・外交
9
11日 グローバル世界と宗教
9
18日 マジョリティ/マイノリティ考(2):他者と向き合う
9
25日 歴史の歴史性と今日性

 


次回は・・・
13-
グローバル世界と宗教

2学期の最初のテーマは宗教religion)です。言語のときと同じで、個別の宗教を学んでもらおうというわけではなく「宗教というもの」を捉え、現代社会の中に位置づけて、特徴や課題を見るというのが主眼です。日本国憲法203項ならびに教育基本法152項の規定により、公立学校において宗教教育をおこなってはならないことになっています。ここでいう宗教教育というのは、宗教組織ないしそこに属する宗教者がその宗教の作法に沿って教義を教え、それによって信者を増やしたり個人の内面を教化したりすることです。本庄高等学院は私立高校ですので、もとより憲法や法律に抵触するものではありませんが、たとえ公立高校であったとしても「宗教というもの」の学習が禁じられているわけではありません。むしろ、そこをきちんと学んでおかないと、おかしな宗教にやられてしまうとか、逆に宗教をまるごと傷つけるような言動に出るような誤りを招き込んでしまう恐れがあります。なにより当科目の主題である現代社会=グローバル世界の理解ということでいえば、宗教と人間・社会の関係やその今日的な動態を知っておくべきことはいうまでもありませんね。日本人、とくに若い世代には、無信仰ですとか、宗教的に中立でいます、という人が多いのですけれど、私にいわせると無知とか無関心という人が多すぎます。何かの宗派を信仰しなさいというのではなく、「宗教というもの」の学習を遠ざけないようにしましょうね、というのが、まずはみなさんに伝えたいポイントになります。

「宗教というもの」をわかりにくくしていることの一つに、「宗教」なる用語・概念が近代になって西欧から持ち込まれたものであるという点があります。ユダヤ教・キリスト教・イスラームという一神教(しかもそれらには一貫した世界観がある)の存在を前提に、信仰やその対象、人間や社会とのかかわりを捉えてきた西欧の人たちの思考枠組では、たとえば東アジアの宗教観を適切に捉えきることは難しい。私は無信仰です、宗教に興味はありませんという人の中にも、初詣には欠かさず行きますとか、「パワースポット」好きですという人はいることでしょう。イワシの頭も信心ということでいいのかどうか、祈る・おがむといった動作や、霊魂やスピリチュアルなものへの関心も、宗教的な何かではあるはずです。そして、これは授業本編でもお話ししますが、宗教の教義や信仰と科学は対立するばかりでなく、不思議に共存します。現に、地球に住む人の大多数は信仰とともに生きています。科学が発達して宗教や信仰が廃れたなどということはありません。宗教はいまもなお人々の生活や社会の中に深く根差しており、社会を動かす実態にもなっています。

受講生の中にも、特定の信仰をもつ人と、もっていないという人があるかと思います。自由権でいう「信教の自由」は信仰の対象やあり方に公権力が関与してはいけないという趣旨ですが、信仰するもしないも自由、という観念はおおむね広く共有されているのではないでしょうか。しかし、よく見てみると、ある特定の宗派の信仰について「自分の自由だ!」といって強調すると、それが別の宗派を信仰する人にとっては自由の妨げになることがありますし、「宗教なんて信じないぞ。信じているやつは××だ!」なんて公言する「自由」を認めると信じている人にとってはそれも自由の妨げになります。公共の場では宗教の話を持ち出さないことが公平(平等)でいい、と考える人もありますし、自分の信仰をおおっぴらにできないなんて不自由だと考える人もいます。当たり前すぎて決着済みだと思っている人が多いのかもしれないけれど、信仰とか信教の自由というのは、いうほど安定したものではありません。とくに21世紀に入ってから日本を含む各国で、宗教(宗派)の政治的な関与が増大してきて、信仰の自由との関係その他において、考えなければならない問題がかなり増えています。無知・無関心でいてよいはずはないと思うのですが、どうでしょうか。



REVIEW 7/10

今回の授業では、現代でも多くの国で君主制がつづいている理由について考えさせられた。私はこれまで、君主は伝統的な存在だというイメージをもっていたが、授業では、戦争や政治的混乱の中で国民を守る象徴として重要な役割を果たしてきた事例が紹介され、現在でも存在する意味があることを知った。タイでは町じゅうに国王や王室の写真が掲げられているのをよく見たが、当たり前に思っていたものが、深い信頼と国の象徴としての大きな役割の表れであったことがわかった。一方で、現在は君主個人の行動がSNSやメディアを通じて世界中に発信され、王室でさえ国民から厳しい評価を受けるようになっているというのが印象的だった。

今回の授業を受けて、君主制と民主主義は必ずしも対立するものではないということをあらためて考えさせられた。オランダやノルウェーのように君主が国民を守る象徴として機能する国もあれば、共和制でありながら実質的に世襲がつづいている独裁国家も存在しており、時代によって変化しつづける現代の君主制は、安定感を社会に与えていると感じた。制度の呼び方ではなく、その国の統治の実態がどれだけ国民に寄り添っているのかという視点で今後の国際情勢に注目していきたいと思った。

授業では、現代の君主は政治的権力よりも「象徴」としての役割を果たしていることが何度も説明されていた。日本の天皇やイギリスの国王が外交や国際交流、災害時の慰問などで国民をまとめる存在になっていることを知り、政治家とは異なる重要性を感じた。また政治家は選挙によって立場が変わるが、君主は長期間同じ立場のため、国家の歴史や伝統が強くなると思った。一方で君主個人の人格や行動によって国民からの信頼が左右されるという話もあり、象徴であるからこそ高い倫理性が求められるのだと思った。君主は政治的中立と社会への影響のバランスをどう保つべきなのかを考えた。

王というとどこか独裁的なイメージを抱いてしまうように感じますが、民主主義の国家である日本にも天皇がいますし、王がいるから民主主義でない、王がいないから民主主義だと、単純に考えることはできないのだと思った。君主がどれだけ権力をもっているのか、政治が民主的かどうかなど、その国の政治の実態や歴史を踏まえたうえで理解しようとすることが大切だと思いました。
小学校・中学校の教科書では、たしかに「王制」は独裁的で悪いもの、「民主制」は善であるかのように書かれていたと思いますが、それは主観的な意見が入っているため、客観的に見るような思考をもちたいと考えました。

1学期に学んだ範囲の中でも、ナショナル・アイデンティティの回では、シンボルという存在の影響の大きさを実感した。今回の授業ではそれを踏まえたうえで、君主=独裁者、わがまま という偏見ではなく、君主=国民の生活や外交のシンボルでありときには国家独立や抵抗のシンボル でもあったということを理解する必要がある。たしかに、歴史を学んできた際のイメージや、ニュースを見て得たイメージでは、血筋により権力をもっている国もあり、現在の日本でも皇室典範をめぐって政治家の言葉や世論がひしめくなど、国民への強い影響力があることは間違いない。しかし日本の天皇が国内外で活動されるように、国内をまとめ、外国とつながりをもつという重要な役割を担うことができるのが君主なのである。それだけ重要な役割をもつだけに誰が君主であるべきなのかが必ず問われると思うが、そこに別の問題(血筋内の序列、勢力、能力値・・・)が複雑に絡み合って、簡単に解決できることはないのだと思った。

トランプ大統領について「王様のようだ」と喩えるメディアやデモを紹介した部分がとても興味深かった。アメリカのポピュリズムについて卒論で少し扱うので、この授業でポピュリズムの暴走と王の独裁の違いについて考えるきっかけになりました。権力の根拠が違うことはもちろん、「止めにくさ」も違うのかなと思いました。王様の独裁は革命によって止めたけど、トランプ大統領の暴走は、どうすれば止まるのでしょうか?
・・・> それは私も、いや世界中の人も「どうすれば」と考えていることです。神のみぞ知る(トランプは神様大好きだから)。政治学のテキストでは最初のほうに「権力とは何か」という話が出てきて、マックス・ヴェーバーによる「支配の正統性」の三類型(合法的支配・伝統的支配・カリスマ的支配)というのが示されるのが定番です。そのテーマということは公民の先生が指導されているでしょうから、すでに読んでいることと思いますが、まだならばぜひどうぞ。

今回の授業では、君主制について、「時代遅れの制度」「民主主義とは対立するもの」という先入観で捉えるのではなく、その歴史的背景や現代社会における役割について学んだ。とくに印象に残ったのは、イギリスや日本のような立憲君主制では、君主は政治的な意思決定をおこなう存在でなく国家や国民を象徴する存在として、外交や国際交流、国民をまとめる役割を担っているという点である。また共和制であっても必ずしも民主的とはかぎらず、ナチス・ドイツのように独裁的な政治がおこなわれた例がある一方で、立憲君主制の国でも民主主義が十分に機能していることが多いのを知り、君主制か共和制かというだけでは善し悪しを判断できないと思った。イギリスや日本のような立憲君主制の国が将来、共和制へ移行した場合、現在君主が担っている「国民統合の象徴」や外交上の役割は、大統領など別の存在が同じように果たすことができるのか?
・・・> 最後の一文は、つぶやきなのか自問なのか私への質問なのか微妙なので、歴史的あるいは今日的な事情をぜひ深く学んでいただいて、じっくりお考えくださいということにとどめます。なお日本の政体を「立憲君主制」と捉えてよいのかどうかについては議論があります。おそらく学会の多数派は「ほとんど立憲君主制的ではあるけどそうだと言い切れない」「じゃあ何制なのかといわれても微妙」というところだと思う。ですから私も授業資料では「立憲君主制的な国家」と書いています(21枚目)。

君主制より民主制のほうがよい、というような対立概念ではないということが印象的だった。また君主が象徴であるだけでなく、世界にはまだ多様な実態があるということが興味深かった。サウジアラビアやブルネイのような絶対君主制、ネパールのように王朝・独裁体制が崩壊した例まである。さらに民主主義を称していても世襲になっている国家も存在する。トランプ氏を王様になぞらえるデモの皮肉が印象的だった。王はわがまま放題、という単純化そのものが誤解であり、むしろ立憲君主のほうが権力抑制のしくみとして機能してきたという逆説的な点に、妙なおもしろさを感じた。

 
旧ポーランド王宮(ワルシャワ)と、そこでレモンジュースを売る兄さん

 

君主と独裁をなんとなく結びつけてしまっていて忘れていたのだが、そういえば日本も君主制だったと気づけた。授業を通じて、どのような国、体制が独裁になりやすいのかということを考えていた。君主制で、王が世襲によって継承されること、王を守るための巨大な軍があること、そして最後にメディアを味方につけているということである。独裁のために他にどのような条件が必要なのか知りたい。
・・・> いっていることは適切ですが、それは君主制ではなく独裁制のしくみのほうでは? 大統領や軍人の独裁体制でも、北朝鮮でも、そんな感じでしょ。

日本の天皇は、日本のシンボルとしての役割を担っており、実際に災害の被災地を訪問して被災者を励ましたり、全国各地の行事に赴いたりすることで、私たち国民にとって精神的な支えとなる大切な存在になっていると思いました。

日本の天皇はシンボルとしてのイメージが強いが、国交の重要な担い手であるということを学び、天皇がその国のイメージに直接影響するので、やはり簡単な仕事ではないなと思った。先進国で君主が存在する場合、その君主はおおらかな雰囲気をもっているなと感じ、逆に発展途上国の君主に何かとげとげした雰囲気があるように感じた。
・・・> それは途上国に対する偏見を含んだコメントです。といいたいところですが、実際に「やばい」君主が多いのは途上国。君主のみならず共和制国家であっても「やばい」の発生率は高いので、君主制うんぬんというより民主主義の定着度合い(その背景には欧米による植民地統治の歴史がある)によるのではないですかね。

ドイツでは指導者は国民に選ばれるが独裁者になった例があり、イギリスでは世襲の王が穏健でいるという例がありました。このような例でとても混乱しました。王政=独裁、民主政=自由と解釈していたので、矛盾が生じて難しかったです。世界では君主制がさまざまな形で異なっているのを知りました。代々つづくものがもつ価値や、その存続の難しさについて考える機会で、とてもおもしろく、グローバルな視点から国家のかたちを知ることが重要だと感じました。

君主制と民主主義は必ずしも対立するものではなく、立憲君主制の国では君主が政治権力をもつのではなく象徴として重要な役割を担っていることを学んだ。私はこれまで、王や天皇などは昔ながらの形式的な制度という印象が強く、現代社会ではあまり必要とされていないのではないかと思っていた。しかしイギリスや日本では外交や国際儀礼など政治とは異なる立場にいるからこそ果たせる役割があることを知った。政治制度を君主制か民主制かの二択で考えるのではなく、その国の歴史や社会のあり方に合わせて柔軟に決めるのがよいと思った。

自由・平等・民主主義が重視される時代において、生まれながら高貴な人がいるということをあらためて考えてみて、とても不思議だと感じた。しかし授業を受けてみて、君主制は民主主義と対立するというわけではなく、立憲君主制では君主が政治的な力をもたず国家の象徴としての役割を担っていると学んだ。日本やイギリスなどでは国家を代表するシンボルとして君主が機能しており、歴史や伝統を支えるものだと思った。国家の代表とは何か、国家を統治する者とは何か、民主主義とは何かを考えるきっかけになった。

私はこれまで民主主義と君主制は反対のものだと思っていたが、イギリスや日本のように両立している国が多いことを知り、考え方が変わった。同じ君主制でも国によって君主の権限や役割が大きく異なり、歴史や文化が政治制度に深くかかわっていることが印象に残った。現代では政治的な権限をほとんどもたない君主が多いですが、それでも君主制を維持している国が多いのはどうしてか?
・・・> なくすほうが大変だからではないですかね。ずっとつづいてきたものをなくそうとすると、リスクや副作用の大きさはなかなか予測不能です。

歴史の授業で学んできた君主制は、非常に危険で、あってはならない、ダメなシステムだと思っていた。「国家を代表する」存在としての君主制と聞くと、いままでのイメージが少しだけ変わった。君主制に弱点はあるが、共和制にも独裁的な政治は起こりうる。歴史に出てくる君主制は何が間違っていたのだろうか。過去の誤りを見つけてみたい。その際には、国民の納得や、権力の分散といったことが重要になるのだと思う。
・・・> 「歴史の本」であるならばまだしも、「歴史の授業」「歴史の教科書」は量的な制約があるので、そこに固有名詞が出てくるような君主はよほどの名君か暗君(ダメ君主)、極端な例ばかりなのではないですかね。日本の高校生のほとんどが名前を知らないような「普通の君主」が、普通にたくさんいた(いる)のですが。

 
(左)オーストリア太守 ハンガリー女王 マリア・テレジア フランス王妃マリ・アントワネットの実母でもある(オーストリア ウィーン)
(右)サルデーニャ王→統一イタリア王国の初代国王 ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世(イタリア ローマ)

 

これまで私は、君主制は民主主義とは反対のものだと思っていた。しかし君主制でも民主主義が成り立っている国があることを知り、単純に制度だけで判断するべきではないと感じた。誰がどのような権力や役割をもっているかを考えることが大切だと思った。

今回は君主制について学びました。日本のように民主主義と両立している国が多いことや、今でも強い権力をもった君主がいることは知っていたので驚きではありませんでした。君主は政治的な権力をもたず、国の象徴や外交の役割を果たすのがよいと思います。なぜなら、政治家が政治に集中できることと、次の君主を誰にするかという争いがなくなるからです。また、その国の政治を理解するには、政治制度だけでなく実際のしくみを知ることが大切だと感じました。
・・・> 「なぜなら」のところが十分な説明になっていないのでは? 君主のあり方と「政治家」が政治に集中するかどうかはまるで別の話。政治家が君主のせいで政治に集中できないことって、歴史上あったのですか? また象徴君主制であっても次の君主を誰にするかという争いは起こりえます。むしろ当事者よりも「政治家」がその点で対立するのではないか。ここしばらくの、日本国内のニュース見ていないですか?

立憲君主制も民主主義、とあるが、もし国民の大多数が君主制に反対しはじめたらその国は民主主義国家といえるんですか?
・・・> なぜその問いになるのだろうとしばらく悩んだのですが、だいたいわかりました。レビュー主は「立憲君主制も民主主義」という資料の文言を、立憲君主制イコール民主主義 というふうに等価のものとして解釈し、民主主義の特徴である多数決が立憲君主制に反対意見なら定義が破綻するのではないか、と考えたのですね。両者はイコールでも等価でもありません。世襲君主のいる君主制は、本来的には君主が強い政治権限をもつのですが、それを薄めていってシンボル的な地位に押し込んだあとの体制を立憲君主制といいます。より正確には、憲法という社会契約を、国民と君主が結ぶことによって、君主の権限を国民の意思で制限することが同意されている体制が立憲君主制(Constitutional Monarchy)。政治史的には、公民の教科書にも載っているように1688-89年の名誉革命によって英国で成立し、のちにそれが欧州各国に広まりました。立憲君主制国家において国民の大多数が君主制に反対したら、民主主義(多数決)の手続きに従って君主制が廃止されます。「民主主義国家といえるんですか」ではなく、それこそが民主主義です。多数決による君主制廃止には最近でもいくつか事例がありますが、大きなものとしては1946年のイタリアの王制廃止があります。ムッソリーニのファシスト政権を国王が支えたという批判もあって、戦後に主要政党が王制廃止でまとまり、国民投票をおこなって、55 :45で廃止が決定されました(これは直接民主主義的な決定)。実質的に最後の国王となったヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は身の危険を感じてエジプトに逃亡し、息子のウンベルト2世が即位しましたが、この国民投票の結果を受けて在位1ヵ月で退位を余儀なくされ、ポルトガルに亡命しました。ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世はまもなくエジプトで亡くなり、ウンベルト2世は長くポルトガルで過ごして1983年に亡くなっています。

今回は君主制について学びましたが、いままでの授業よりも少し内容が難しく感じました。それは、日本では君主制というものを聞き慣れていないからだと思いました。また君主は象徴的な存在だと思っていましたが、他の国の王とくにエスワティニのムスワティ3世を見ると、この考えが大きく変わりました。日本にはない制度だからこそ、深く知る必要があると思いました(君主制と民主制は対になるのか)。
・・・> 「日本にはない制度」というのはエスワティニ風の君主制のことですよね。ドキッとしました。「君主制というものを聞き慣れない」のはレビュー主の不勉強。「日本では」なんて、自分を日本人の代表にしないでください(笑)。いや本当に、これだけ連日、天皇に関する報道が流れているのに「君主制」を考えていなかったのだとすると、「文系の大学生」への道は遠いぞ。

主権国家は対等であるが君主どうしのステータスには差がある、ということは、その国のもつ力や、国民からどのくらい慕われるか、などで他国から君主が見られるレベルが変わってくるのかなと考えた。
・・・> これは、そうではありません。歴史的に、とくに主権国家体制が確立される前からの流れで、その君主がもつステータスが皇帝なのか王なのか大公、公なのかというランクがあって、それを現在も引きずっているということです。授業で説明したように、現在ではステータス(称号や敬称)がどうであっても、世襲君主であれば対等であり、在位年数の長い方を上席にします。

国王と国は一対一の関係だと思っていたため、カナダとイギリスの国王が同一人物であることを知り驚いた。

ある国の皇帝(王)の父は別の国の王の家系、祖父もまた別の家系であるのに、皇帝(王)として君臨できることを不思議に思った。日本だったらありえないと思った。サウジアラビア王国で、2代目から現在の7代目まで全員が初代の息子だということに驚いたが、子どもが何十人もいるなら納得。王国の成立が1932年で、わりと最近だというのも意外でした。
・・・> これは現代ではなく歴史の話ですが、欧州とアジアでは君主位の継承の考え方に大きな違いがあります。欧州では、ゲルマン法やキリスト教の影響で、正嫡(せいちゃく:正しい跡継ぎ)という考え方にかなりの縛りがあります。「神に祝福された正しい婚姻を結んだ夫婦のあいだにできた子ども」でなければ、王の実子であっても継承権をもちません。イングランド女王エリザベス1世の父ヘンリー8世は、それがあるので王妃と離婚して愛人を新たな王妃に立てようとし、ローマ教皇に叱られてカトリックを離脱しています(エリザベス1世の母が王妃に一時的に繰り上がったおかげで彼女は即位できた)。アジアの帝国や王国は、前近代の日本の天皇制も含めて「側室」が制度化されていますから、跡継ぎの子どもが生まれる確率は高くなります。そのために後宮とか大奥など「跡継ぎを生みうる女性を集めた空間」が制度としてつくられていました。欧州はそれがありませんので、むしろ外国の王室と婚姻関係を結んで「欧州の高貴な血筋」をなるべく残そう、難しければ女系でもいい、という感じになりました。連合王国国王チャールズ3世の父フィリップ殿下はギリシア王家の出身ですが、ギリシアの王制はとっくに崩壊しています。でもそのギリシア王家はデンマーク王家の分家で、ノルウェーの現王家もデンマーク王家の別の分家ですから、みんな親戚関係。第一次世界大戦を戦ったドイツのヴィルヘルム2世、連合王国のジョージ5世、ロシア帝国のニコライ2世は、いずれも連合王国女王であったヴィクトリアの孫であり、同大戦は「いとこたちの戦争」ともいわれました。

 
ハンガリー ブダ王宮 ドナウ川を見下ろす高台に建つ

 

共和制・君主制についてはよくわからないことが多かったのですが、君主制について少しわかりました。いろいろな国の事例を聞きましたが、すべての国で違うことが起こっていて、すごくおもしろいと思いました。日本に住んでいると、世界史で勉強しそうなことだなと感じることが多いとも感じました。

国のトップのあり方が国によって違いすぎて訳がわからなかったです。ヨーロッパに見られる、家督を継いでいく王制があると思ったら、首長が父を追放してしまった国もあれば、二重王権やら「共和国(笑)」もあるなど、いろいろな支配者がいますね。ぶっ飛んだ方法で国のトップになった人は外交のときに信頼されるのでしょうか。世襲においても、バカ息子の話があったように、その人がトップとしてふさわしいかどうかが疑問視されそうですね。
・・・> ウェストファリア・システムのもとでは、主権国家内部のありようは自分たちが決めるものであり、他国や「国際社会」が干渉することはできません。ただ、国家承認とは別に政府の承認というのもあって、あまりにめちゃくちゃな方法で政権を乗っ取るようなことがあれば、各国はその政府を承認しないことがあり、信頼度は大いに下がります。とはいえ、軍事力がとくにある国や資源をもつ国でもなければ、たいていは「まあ、どうぞ」ということになるのではないか。

君主制国家についての話題だったが、どの国の君主制にも個性があり、興味深い内容でした。サウジアラビアの君主がいまだ2世代目であることに加え、何十人も子どもがいたことに大変驚きました。メディアが発達したがゆえに君主・王族にも厳しい目が向けられることを知り、日本はどちらかといえば少ないような気がしました。ブルネイの例を見ても、経済が安定していないとできないことだなと思いました。

カタールやエスワティニなどの君主に衝撃を受けました。さまざまな国と地域の王を見てきて、ひとくちに王といっても本当に多種多様の形があるのだと思い、そのようなことについて調べてみるのもおもしろそうだと思いました。サウジアラビアやタイのように先代が築き上げたものが、あまりよくない跡継ぎによってどう変化していくのか、悪趣味ながら少し興味深く感じています。北朝鮮が、国名のわりに民主主義でも人民でも共和国でもないということにいまさらながら気づきました。これほどまでに名が体を表していない国家は他にあるのだろうかと思いました。
・・・> サウジアラビアのムハンマド皇太子についての見立ては「出来がよくない」のではなくて、「やっていることがやばそう」ということです。君主独裁は変わらないのだけど、独裁のあり方、手法などがずいぶん(よくないほうに)変質しているなという印象。ただここ23年の様子を見ると、ムハンマド皇太子の姿勢が少し穏健になってきた感じはあります。信用はできませんが・・・。朝鮮民主主義人民共和国の国名の話には、実は元ネタがあります。1019世紀のあいだ継続したドイツの神聖ローマ帝国(英語でHoly Roman Empire)に対して思想家ヴォルテールが「あれは神聖でも、ローマ的でもなく、帝国ですらない」と批評したことがあり、そのひそみに倣ったものです。「朝鮮」は合っていそうなのが救い?

サウジアラビアは石油産出国というイメージだけだったのですが、ものすごい独裁国家であるということを知ってびっくりしました。それを放っておく理由も、産油国なので安定させたほうがよいということで、なかなかいえない関係なんだろうなと感じました。
サウジアラビアがかなりの独裁国家であるのは驚きでした。しかも産油国であり、サウジアラビアの判断ひとつで恐慌に陥ったり不況になったりしてしまうということを考えれば、各国の君主が「独裁」であることを口にしないのは正しいのかもしれないと思いました。

カタールやサウジアラビアの状況はなんとなく知っていましたが、そのような私たちの価値観から見ると「めちゃくちゃ」といえるような国々がいまもあるため、「王政よりも民主政のほうがよい」というような教育を受けるし、そういったイメージをもっているのではないかと思いました。

サウジアラビアでクーデタが起こるかも、という話がありましたが、他にもそのような国はありますか。
・・・> もちろんありますよ。選挙を通じた「民主的な政権交代」が制度上あるいは実態として困難な国家において、社会的な矛盾が安定を望む声を上回った場合や、ある野心的な人物や勢力が権力の空白をねらって(明智光秀を想起してください)決起するようなことがあると、クーデタは成功する可能性がそれなりに高くなります。国名をここに挙げるのは控えますが、わりとメジャーなあの国とかあの国とか。

 
ブラチスラヴァ城 ブラチスラヴァはいまはスロヴァキア共和国の首都だが、20世紀初めまでハンガリー王国の一角にあり
歴代のハンガリー王(一部をのぞき神聖ローマ皇帝と兼任)もしばしばブラチスラヴァを訪れている
さかのぼって13世紀にはモンゴル帝国の西征軍の猛攻を数ヵ月にわたって籠城でしのぎ(オゴタイ・ハーン死去で包囲解除)
キリスト教圏を防衛したという意味でもシンボリックな城砦となった(城は復元したもの)

 

各国の君主というのにはここまでさまざまなタイプがあるのかと驚いた。頭がパンクしそうだけど「そういうもの」と思っておけばなんら問題はなさそう。なんだかんだ伝統やら通例やらというのは手堅いのかもしれない。

タイに住んでいたのですが、タイの人たちは本当に王族のことを敬愛していて、国王や王妃の写真があらゆるところに飾られており、そのような国はあまりないのではないかと思う。

タイではいろいろな店で国王の写真を飾りますが、いまでもラーマ10世よりラーマ9世の写真が多いと思います。

去年タイに行く前に、タイでは国民が王を尊敬していると聞いていたが、現地で聞いてみると「好きではない」と返答された。そのときは反王制になったのかと軽く捉えていたが、ラーマ9世からラーマ10世に代替わりした事情がかかわっているのかと勉強不足を反省した。君主制だからといってみんながすべての王をよいと思っているわけではないという事実が、まだ自分には身についていなかった。一元的に捉えるくせを直したい。
・・・> そんな毎度毎度、反省しなくていいよ(笑)。いやそれくらい謙虚に、でも積極的に学んでいるからか、期末の課題はすばらしい内容でした。お気づきかどうか、王制や帝制といった君主制の支持・不支持と、生身の君主に対するそれとは必ずしもリンクしません。王制を熱烈に支持するという人でも、前王は尊敬してやまないが現王はどうも尊敬できないということは普通に起こりますし、それ以上に、「君主制というもの」(概念・しくみ)こそが大事なのだといって、抽象的なところにばかり関心を寄せる王党派?も多いです。昨今の日本の右派にもそういう人が結構います(いうほど「多い」とは思っていない)。現在の陛下や上皇陛下へのリスペクトはさほどではなく、まして女性皇族への関心は薄くて、観念としての「天皇制」「皇室」の維持(というか自分たちが理想だと考えるあり方の構築)をとにかく尊重するのだという感じに、私には見えますけどね。そういう人たちでも、明治天皇と昭和天皇は別格で、われらが君主として仰ぎ見るのだというケースが多かったようですが、もう昭和天皇を直接知らない世代も増えていますし、ネット右派であればなおさら観念に走るのかもしれない。

タイを訪れたとき道路の中心部に王家の写真があったことや、シンポジウムに王妃が参加してくださり全員で決まったお辞儀をしたことを思い出した。ことしはスペインで年越し予定なので、スペイン王家の話を、とくに関心をもって聞いていたが、ボルボン家の復活の部分がよくわからなかった。またフランス・ブルボン家とスペイン・ボルボン家の違いも理解できなかった。解説があったことは覚えているのだが、疑問にとりつかれてしまい、最後まで理解できなかったのが悔しい。スペインを訪れる前に歴史や国家体制、経済などの基礎知識を学んでおきたい。
・・・> 今回は「いろいろな君主制」をずらずら並べるのが中心だったので、一つ一つを丁寧に解説することができず、理解が追いつかなかったものと思います。ボルボン家の話は、「理解」するというほどのことではなく、わりにシンプルですのでスペイン近代史の本を1冊読めば大丈夫でしょう。私もマドリードに行く予定なのですが、W杯優勝の直後だけに町の人たちがハイテンションになっていないかどうか心配(笑)。

溥儀が小さいころから皇帝であったということは聞いたことがあったが、まさか2歳で即位していたとは。2歳で皇帝なんて何もできないだろうし、わからないだろうし、国のトップが2歳でいいのか(笑)。
・・・> いうほど笑いごとでもなくて、君主が乳幼児であるというケースは、世襲王朝である以上は宿命的にありえます。どうせ権限がないのだからという場合と、操りやすい君主を誰かが必要とする場合、あるいは本当に血筋の関係でその子しかいない場合などがあります。日本の古代の大王→天皇は、神性をまとった存在であったことや諸氏族の上に立って調停する立場にあったことから、おおむね30歳以上を要件としていて、若すぎると諸氏族の支持を得られませんでした。天智天皇(中大兄皇子)がなかなか即位しなかったのもそのためではないかといわれています。日本の歴史上、幼帝が普通に出現するようになったのは平安中期で、摂関政治のはじまりと同時です。平家一門とともに壇ノ浦に沈んだ安徳天皇は有名ですが、いたずらで女官を転ばせようと廊下にロウを塗ってふざけていたらご本人が転倒して亡くなってしまった四条天皇(1232年に数え3歳で即位し11歳で崩御)の逸話も、なんともいえぬ気の毒さを覚えます。中華王朝の場合、儒教の考え方によって、実子がいない場合の継承は世代を下げるのが常識でした。つまり皇帝が死ぬと、そのいとこではなく、いとこの子ども(死んだ皇帝の1世代下にあたる)に継承するのが通例。もちろん例外はたくさんありますが、なにしろ科挙合格を経て官僚になった者ばかりなので、平時にはそれが強く意識されました。1908年、徳宗光緒帝が死んだとき、弟の醇親王載灃がいましたが、世代を下げるということで(おそらく袁世凱あたりの思惑もあって)載灃の子である2歳の溥儀(つまり前帝の甥にあたる)が即位しました。映画「ラストエンペラー」では、即位式で幼帝・溥儀がコオロギを追いかけて走り回る場面が最初のほうに出てきます(これがラストへの長い伏線になる)。ラストで晩年の溥儀が少年(紫禁城の守衛の息子)に語る「おじさんは昔、中国の皇帝だったんだよ」というセリフは、フィクションですが見事な造形でした。

 
歴代のフランス王はローマ教会(カトリック)により特別の祝福を受けて即位、「神のもとで別格の存在」という権威を帯びた
百年戦争で英軍に押され気味だったなかシャルル7世を誘導して、権威の象徴であるランス大聖堂で祝福を受けさせた
ジャンヌ・ダルクの行為は、したがって信仰と愛国心をともに満たす壮挙だった(というのは後世のフィクション)
(左)パリ パンテオン内の絵画 旗をもって立つのがジャンヌ・ダルク (右)その舞台となったランス大聖堂(シャンパーニュ地方)

 

天皇はほとんど男性なので、世界には女王がそれなりにいて少し驚きました。

いままでは学校教育において、民主主義と社会主義や共和制と王制という対比で教わりましたが、それらを比較することにあまり意味はなく、その中身や実態がどのようであるのかという点が重要だと思いました。君主制の国は意外と危ないような国がたくさんあり、日本の皇族のすばらしさが世界から尊敬されている(もちろん国内外に嫌っている人はいるが)理由を理解できました。いま日本では皇位継承に関する話題が盛り上がっています。先生が聞かないでくれとおっしゃっているので質問はしませんが、私は1500年つづいた男系男子の流れを、いまを生きる私たちの浅はかな知識で変えるということには少々疑問が残ります。

スポーツの天皇杯や開会宣言などで、君主制が人々の意識の中に刷り込まれているのだとわかった。古代からずっとつづいてきて時代とともに役割を変えてきたが、いつも日本を象徴する存在であることから、天皇の必要性が見えてくるし、いまも各地に君主制が残っていることの最大の理由だと思う。日本には男系男子しか天皇に即位できないという決まりがあり、1500年以上つづいてきたけど世襲が確実でないことから、伝統を守るためにも寛容になってほしい。

臨機応変な対応で一時的に領土の主権を放棄することができるというのが驚きだった。それができるならば悪用もされそうだと思った。

王政と聞くと独裁政治のイメージに引っ張られてしまいがちですが、実際には民主政治が優れているわけではないことがわかりました。今回とても印象に残ったのは、オランダ女王一家がカナダへ亡命した際に、出産のときだけ病室をカナダでないというふうにしたことです。国のルールは非常に堅いものではありますが、このように柔軟な対応を取ることがあるのだと驚きました。授業を通して、カナダはさまざまな人種が集まっていることをアイデンティティとしていて、また寛容なイメージがあり、好感をもちました。同じ君主国にもかなり違いがあり、今世紀ではありえないようなことをしている君主から、気さくな人柄の君主まで、時代や国に拠ることがわかりました。
・・・> ユリアナ王女(のち女王)の出産時にカナダ政府がとった措置は、第二次世界大戦=ファシズムとの闘いという大きなテーマに全力で乗るという姿勢を示すものです。ナチスの人種迫害や不寛容との対抗が、カナダの優位性を示すことにもなったのでしょうね。ところで「民主政治が優れているわけではない」と書いておられますが、そのままだと誤解を招きます。王政と民主政を対立させて後者をよしとする発想(中学校の教科書)がよくないのではないか、という問題提起でした。民主政治は、最良とはいえずバグもたくさんありますが、いままで存在した政体の中では「まし」なのではないか、と考えられています(チャーチルの言説に乗っかっています)。

民主主義でありながら特定の人物や家系の人が選ばれることがあるのは、裏で操作されているのか、それともそのリーダーを圧倒的によいとする教育がおこなわれているからか、といった理由が考えられる。
・・・> 裏で操作うんぬんというと陰謀論めいてしまうので、そこはきちんと社会科学的な筋道で考えましょう。2学期にも少し出てきますが、どうも日本の児童・生徒の学び方を見ていると、本来は複雑で立体的であるはずの社会構造に、子ども目線のシンプルな善悪観念を当てはめるところをなかなか抜け出せない感じが見て取れます。途上国や外国の話ではない。自分たちの国についても同様です。

比喩として用いられる「王様」像というのは、中世以前に王家や皇帝といったイメージがあったが、当時の欧州はローマ教皇の権威もあり、「王様」に対するイメージと実態との差があった。君主制の弱点として跡継ぎ問題が挙げられていたが、戦前の日本における君主制の弱点は、権力があるからこそ国民にとって何か不都合なことが生じた際に一番に不満が向き、国家内の政治体制の立てなおしが難しくなるという点もあると感じている。独裁や世襲問題について、まだ知らない国もあり、現在の世界の利益重視の方針も垣間見られるような気がした。

オランダのハーグを、定冠詞をつけてデン・ハーグと呼ぶことを知らなかった。
・・・> 授業でこの話をしていないのに、不思議に思ってネットかAIで調べたのかな? 立派立派。その調子でいきましょう。そのとおりで、オランダ語ではデン・ハーグ(Den Haag)、フランス語ではラ・エ(La Haye)、英語ではザ・ヘイグ(The Hague)と必ず定冠詞を付します。正式の都市名はシュフラーフェンハーヘ(’s-Gravenhage)と、これまた意味不明のもので、発音が難しすぎるためナチスのスパイをあぶりだす際に言わせたそうです。ついでのことに、オランダの国名にも、オランダ語以外では定冠詞がつきます。フランス語ではレ・ペイ・バ(Les Pays-Bas 「低い土地」の複数形でネザーランズと同意)、英語ではザ・ネザーランズ(the Netherlands)です。定冠詞だけでなく複数形にすることもお忘れなく。

 


開講にあたって

現代社会論は、附属高校ならではの多彩な選択科目のひとつであり、高大接続を意識して、高等学校段階での学びを一歩先に進め、大学でのより深い学びへとつなげることをめざす教育活動の一環として設定されています。当科目(2016年度以降は2クラス編成)は、教科としては公民に属しますが、実際にはより広く、文系(人文・社会系)のほぼ全体を視野に入れつつ、小・中・高これまでの学びの成果をある対象へと焦点化するという、おそらくみなさんがあまり経験したことのない趣旨の科目です。したがって、公共、倫理、政治・経済はもちろんのこと、地理歴史科に属する各科目、そして国語、英語、芸術、家庭、保健体育、情報、理科あたりも視野に入れています。1年弱で到達できる範囲やレベルは限られていますけれども、担当者としては、一生学びつづけるうえでのスタート台くらいは提供したいなという気持ちでいます。教科や科目というのはあくまで学ぶ側や教える側の都合で設定した、暫定的かつ仮の区分にすぎません。つながりや広がりを面倒くさがらずに探究することで、文系の学びのおもしろさを体験してみてください。

選択第7群の現代社会論IIでは、設定いらいずっと「グローバル」なものを副題に掲げてきました。グローバル化(英語でglobalization=地球化、フランス語でmondialisation=世界化)という用語や概念は、1990年代あたりに一般化したものであり、2000(ゼロ)年代にはそれがすべてかのように猛威をふるい、2010年代には逆風にさらされ、グローバルに関する言説は総じて批判的なものになりました。2020年代ももう後半ですし、高校3年生のみなさんが実社会で活躍するのはさらに先の2030年代でしょうから、そのころグローバルという表現自体がもう陳腐化している可能性は、なくはないと思われます。ただ、いったんグローバル化してしまった以上、もとの世界に戻ることはありません。私たちは知らず知らずグローバルの恩恵を受けています(もちろん、ダメージも食らっています)。グローバル時代だから外国語を話せるようになりましょう、といった単純すぎる(アホみたいな)発想が陳腐化するのは間違いない。その程度の知識やコミュニケーションは、もうAIがやってくれます。では、これからの時代に社会で活躍する人として、いかなる思考、どのような構えを心得るべきなのか。その答えを出すには、週2時間、1年弱の授業ではとても足りませんが、そのヒントや土台くらいは提供できればと考えています。

みなさんが小・中・高で学んできたことの中には、たとえば算数・数学の公式や定理や問題の解法、あるいは国語や英語の文法など、数値や単語を入れ替えることで広く使えるような知識と、個別の用語や概念を自分の中に取り込み自分で説明できるようにしておくという、知識それ自体の、両方が含まれていました。社会系教科といわれる地理歴史や公民は、どうしても後者のイメージが強いようです。社会科=暗記 という認識が、ほかならぬ「社会」の側でも広く共有されているようです。でも、社会なる対象が不動のものであればそれでいいかもしれませんが、実際には絶えず動いており、形を変えています。私(古賀)は社会系教科を教えるようになってもう30年以上になりますが、初期のころと現在とでは知識それ自体がまるで変ってしまっている、ということも多いです。ということは、暗記してなんとかなるような部分はさほどでもなく、むしろ公式や定理や文法に近い部分こそ、いまのうちに取り込んでおくべきなのかもしれません。いま世界は、ちょっと想定を超えるスピードとベクトルで変化しています。合衆国のトランプやロシアのプーチンの振る舞いが注目されており、みなさんもそこに目を奪われているかもしれませんけれど、より本質的には、18世紀ころから世界を覆ってきて標準(standard)とみなされていた西欧的な考え方や価値観が、非欧米世界の経済成長につれて相対化され、動揺しているというところが重要です。トランプやプーチン、そして彼らを支える勢力には、そうした動揺の反動として動いているという側面がかなりあるのですね。当科目では、いま私たちがいる日本という国家や社会については大半を対象外としています。学ぶのは日本の外、いうところの海外とか外国という部分です。公民はどうしても日本にかかわる部分をかなりの割合で扱い、余白みたいなところで世界を学ぶという構成になりがちですが、この現代社会論IIは、3年生選択科目というコンディションを生かして、あえて日本の外に照準を当てます。おそらくそうした視野で学び、思考する経験は初めてなのではないでしょうか。1年間の学習を終えたときに、「世界の見方」の一部くらいは獲得できて、成長を実感できるのであればいいなと考えています。

*地理の授業で使用した地図帳を毎回、持参してください。別種類のものを買い足してもよいと思います(違った視点を得られるかもしれない)。

 

 

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