古賀毅の講義サポート 2021-2022

De Société contemporaine I: Études pour la Publicité à travers les médias

人文社会科学特論(現代社会論 I
:メディアで探究する公共 

早稲田大学本庄高等学院 3 (文系必修選択科目)
金曜 12限(9:10-11:00)  教室棟95号館  S325教室(ゼミ室4)   

 

 

 

 

 

 

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20214月の授業予定
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16 開講にあたって/公共と探究のコンセプト
4
23 メディアを見てみよう(1):教科書を読む
4
30 メディアを見てみよう(2):新聞を読む


■■次回は・・・
2-
メディアを見てみよう(1):教科書を読む

メディア(媒体)で探究するといいつつ、最初に取り上げるのが「教科書」というのは、なんだか拍子抜けのすることかもしれません。しかし教科書も立派なメディアであり、結構な影響力、情報伝達力をもつメディアです。とくに社会系教科(公民・地理歴史の各科目)では、「社会のさまざまな事実を整理して生徒に伝えてくれているのだ」という妙な安心感や信頼感があって、そこに書かれていることを書かれているままに受け止める、ということがかなり多いようです。本庄高等学院は附属高校ですので、いわゆる検定教科書の水準や範囲を超えた授業も多いですし、何より大学入試がないので、そこに書かれていることを覚えなきゃという切迫感はあまりないかもしれません。しかし一般の高校3年生、とくに社会系を苦手とする生徒にとっては、悪魔の本みたいに見えるのかもしれませんね。個人的な話ですが、高校生だったころの私(古賀)は社会系の教科書が大好きで、何だったらマンガを読むよりおもしろいと思っていました。世界史の教科書なんて本当に愛読書だったな。

しかし、どんなメディアもそうなのですが、そこで伝えられている情報はすべてではありませんし、そのメディア固有のフィルターが作動して、情報を取捨選択ないし編集して、送り出しています。世界史の教科書が好きでしたなんていったばかりだけれど、オリエント古代文明以降だけでも5000年あり、古今東西あらゆる地域のあらゆる歴史を数百ページの本に押し込むなんてできるはずもありませんよね。そして、日本史であればまだ1本の筋として展開できるかもしれませんが(そんなことはないのだが)、世界史となると、同じ時代の中国とインドとヨーロッパならどれを先に載せるかとか、この話とどの話を結びつけて編集するか、といったところにかなり気を配ります。それでも、すべてを満足させうる解があるはずはありません。往年の私のような教科書好きの生徒がいるとすると、その人はその教科書の筋立て、文脈にはまり込んで、案外固定的な思考に陥ってしまうかもしれないのです。

公民の教科書はさらに複雑です。政治・経済・国際関係と、大学に進んだらすべて別々の学部学科ですよねという広がりのものを「現代」というだけでくくって、歴史よりも薄い1冊に仕立てています。法律や制度などの「事実」の部分を載せるのは当然として、それをどのような文脈で説明するのかということになると、教科書ごとにずいぶんと個性が出ます。歴史と違っていま進行中のことでもあるので、書き手の解釈や見解がけっこうストレートに反映します。それも、文字数の上限がなければいくらでも言葉を尽くして書けるが、教科書ではそれぞれのテーマの文字分量が相当に限られていて、松尾芭蕉クラスの表現力でもなければそんな数行で社会のあれこれを言い当てることなど困難です。

私は高等学校公民の教科書を書いている側でもありますので、そんな裏話ないし苦労話を添えつつ、教科書のメディアとしての特徴を、みなさんと考えてみたいと思います。高3のみなさんは、あと数ヵ月でそうした教科書とは付き合いが終わるのですが、これまでさんざん世話になったメディアの特徴を知ることで、今後の大学生としての学びのありようをリアルに考えることにもなると思うのです。

 

REVIEW 4/16
*文意を変えない範囲で表現や用字法を改める場合があります。レビューを統合したり省略したりすることがあります。

今回受講するまでは、人文社会科学特論、現代社会論と聞いてもぱっとイメージが湧きませんでしたが、2時間の授業を受けてなんとなくイメージをつかむことができました。社会という教科自体には苦手意識をもっていますが、今回お話してくださったように、「学びの本体は授業の外」であり、「社会」というのは単なる教科ではなく、この私たちが生活している「社会」全体のことだと考えると、いままでと異なった考え方ができると思いました。

オンデマンド動画で拝見した時よりも、先生がやわらかい方だなと思いました。主体的に考えることがどの授業よりも多くあるので、いままで受けた授業とは毛色が違って、楽しみな面と不安な面を両方もちました。私の実力を把握するにも有意義な時間にしていきたいです。

言葉の意味、本質までさかのぼると、いままでにないものが見えてきました。言葉遣いによって全然違うように捉えられてしまうし、捉えさせることも可能だとわかりました。小さなことでも声に出すことで、自分で考えた見方とは違った見方が得られると思います。

思考することがメインの授業になりそうで、すごく楽しそうだと思いました。事前学習や、他者の意見を聞いて知見を広げたり見方を広げたりしたいです。

この授業はプレゼンや参加者のコミュニケーションをとることを目的にしているので、このくらいの少人数で正解だと思った。普段気にしていないところに着目する訓練で、人の前で自分の意見を堂々と説明する訓練が、この授業ではできそう。
・・・> それは目的ではなく「手段」。コミュニケーションはSNSでやって(笑)。

今後の授業の進め方を理解できた。次回の授業で発言に困らないよう準備をしっかりしておきたい。

私は普段の授業では発言が苦手です。周りの目が気になるからです。でもこの授業ではそういう部分を直していけたらなあと思います。たくさん発言したいです。

私はあまり積極的に話せないので、がんばって自分の意見をいえるようにします。ニュースも最近はあまり見ていないため、意欲的に、周りの社会に目を向けてみようと思いました。ことしは18歳になるため、一人のおとなとして社会を知ろうと思います。


教育学部のゼミの様子(2006年)

 

メディアの捉え方によって、頭に入ってくる内容も異なってしまうので、正しい情報と誤った情報などをしっかり見分ける力が大切になってくると思った。フランス語を話しているのをいつか聞いてみたいです。
マス・メディアには偏りがある(とくにテレビ)ということを自分で思っていたので、その考え自体に偏りがあったんだなと思って、自分が恥ずかしかったです。公民は文章が難しくて苦手意識があるけれど、逆にその苦手を切り口に自分なりの見方で社会のさまざまな事柄について考えていこうと思います。

初回の授業を受けて、これからは自分の意見を明確にもち、それに自信をもって発言できるようにがんばろうと強く思いました。人文学と社会科学では、私は社会科学に興味をもっていますが、自分の興味ある分野について深めるだけでなく、知らないことも勉強して視野を広げていけるようにしたいです。従来の勉強法に固執することなく、ディスカッションを通してさまざまな視点から物事を観察していく勉強法も積極的に取り組んでいこうと思いました。

好きな中華料理は何ですか?
中華はおいしいですが、毎日とか食べているとすぐ飽きると思います(笑)。
・・・> ほぼ毎日、中華的な何かを食べているような気がするなあ。中華丼が好きです(これは中華ではなく東京で発祥したやつね)。

小学校の教員になると鬱になる、とある人から聞いて、将来教員になろうかどうか迷っています。先生は、小学校の教員という職業はどう思いますか。
Twitterの「#教師のバトン」についてどう考えていますか。「文科省が財務省にお金をもらえないからブラックな実態を明らかにするために意図的にやった」などという意見もちらほら出ていますが、文科省は何のためにやったのか、先生の意見が聞きたいです。
・・・> 学校教育に関心がありますか? 小学校の教員の早期離職率というのがけっこう深刻で、1年目の離職が1割強です。どこも大変で、ハードですけれども、学校種によって大変さやしんどさが少しずつ違います。いま教員の「ブラック化」が強く指摘されています。どこまで本当なのですかと聞かれるのだけれど、けっこう本当であり、でもそういう一言で決めつけてもいけないと考えます。おそらく医療従事者のほうがいまは大変ですし、低所得・悪条件で過酷な労働をされている方はたくさんいます(自分より大変なほうを見ろ、という意味ではない)。授業でちらっと触れたように、中学校・高等学校の教員免許はたいていの大学で取得できますが、小学校の場合は、初等教員養成課程のあるところに行かなければなりません。つまり18歳の時点で「小学校の教員になる」と決めなければならないのですね。私は、そのストーリーに問題があり、そろそろ限界ではないかと考えています。この話は深くて、このスペースではちょっと足りません。来年、金曜5限の「教育基礎総論1」を受講してくれたら回収できます(笑)。

 


開講にあたって

現代社会論という科目名は、実はさほど中身のない、ジョーカー的なタイトルです。文系の学問であればたいていの内容を「現代社会論」と称することができそうだからです。したがって、科目名そのものにはプラスもマイナスも感じないという人が多いのではないでしょうか。しかし留意すべきことが2つあります。(1)現代社会の「現代」には、時間的・空間的な幅があるということです。例年、当科目を受講する人の中には「歴史は好きではないが公民(現代社会)に興味がある」という人が含まれていますが、歴史や地理とかかわらない現代社会などありえないし、常識的には、少なくとも過去50年くらいは視野に入れておかないと「いま」の理解に進めません。歴史が不得意だという人は要注意。(2)仮に「現代」というものの時間幅を最小化し、「いま、まさにこの一瞬」というふうに捉えたとしましょう。その「いま」を十分に理解したとなれば、現代社会論という高3の科目の成績は確保できるでしょうが、その内容は数年も経てば劣化し、陳腐化します。これだけ変化・変動の激しい時代です。真に心得るべきは「いま」の事象ではなく、そのつどの現代社会というものを認識し、思考するための「構え」のほうであるはずです。
公民(現代社会論)を学ぶのは自分が生きていて、これからも生きていく社会のことを知るためではなく、そんなことには関心がなくて、それよりも高校卒業に必要な単位を得るために当科目を受講したというのであれば、「構え」のことは考えなくても結構です。ただ、もったいないですし、学院生がこだわりがちな「学歴」ってたいていは神話のたぐいですし、当科目の成績(点数)は大いに目減りするのでそのつもりで。

さて2021年度は、メディアで学ぶ公共という副題を掲げました。公民の学びで一般的なメディアmediumの複数形mediaで、日本語では「媒体」)といえば、教科書、資料集、参考書、新聞やテレビなどのマス・メディア、そしてインターネット上の種々の記事というところでしょう。この現代社会論などで社会の実相に深く入り込んだことを扱うと、「教科書に書いてあることが絶対に正しいと思っていました」「教科書も正しくないことがあるのだとわかりました」といった反応がしばしばみられます。しかしそれらは誤解や誤認を含みます。教科書の内容は、「絶対に」正しいということはないが、種々のメディアの中ではまあまあ高精度で、正しさの度合いが高いものです。問題は、教科書にも余白や行間があるということを知らずにいることだろうし、そもそも教科書自体をちゃんと読んでいるのか、読み取れているのかが怪しいと私は思います。各教科の中でも、社会・地理歴史・公民はとくに「用語の暗記」=学習という誤った考えになりやすいものであるため、そもそも用語やそれに付随する1行程度の意味というところから一歩も出ないという人が多いのです。それでも点数は取れてしまいますから、社会科が得意だという人ほどこの罠にはまりやすいという問題があります。そして、メディアによって読み方、読み取り方、考え方も異なってきます。「マスコミ(マスゴミ)は適切に伝えない。偏っている」などと信じている人は即刻修正しましょう。そんなふうに信じている人がアクセスするインターネットの情報のほうが、はるかに不正確で不適切、そして偏っているからです。

社会科で扱う「社会」というのは、この、リアルな社会のことです。高校生の学習素材として別の社会が存在するわけではありません。受講生全員が、種々のメディアを持ち寄り、思考や解釈を持ち寄って、この、リアルな社会を捉える切り口のようなものを確認してみようと思います。そしてそのほとんどすべてが、中学校・高等学校の社会科や公民科の内容の「実写版」です。ここで「現代の社会を学ぶ」という見方・考え方そのものを心得ておけば、社会が変わろうと、時代が変わろうと、それなりの構えでそのつどの「社会」に向き合うことができるのではないかと考えます。

もう暗記は不要です。お願いですから絶対に暗記なんてしないでください。もちろん1点にもなりません。当科目では、授業に「参加」することが大前提です。脊髄反射的に発言し、積極的にコミュニケーションするばかりが能ではないし、沈思黙考し熟考してこそ文系の学問ではありますが、さりながら、当科目では「しゃべらない人」には成績がつきませんので、そのつもりで臨んでください。

 


 

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