古賀毅の講義サポート 2020-2021

De Société contemporaine I: Éducation civique que nous recherchons ver.3.0

人文社会科学特論(現代社会論 I
:探究するシヴィックス3.0 

早稲田大学本庄高等学院 3 (文系必修選択科目)
金曜 12限(9:10-11:00)  教室棟95号館  S205教室   

 

 

 

 

 

 

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20207月の授業予定
7
3 交通・輸送(1):空港を造るということ A
7
10 交通・輸送(2):空港を造るということ B
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17 交通・輸送(3):高齢化と公共交通
7
24 交通・輸送(4):モータリゼーションの光と影
7
31 「私たちの現代社会」を考えるために(中間まとめ)


■■次回は・・・
8-
交通・輸送(1)(2):空港を造るということ

去る2月にボスニア・ヘルツェゴヴィナを訪れた際、往復の便とも、航空機に乗り慣れない人たち、悪口をお許しいただければ「いちいち騒ぐ田舎のおっちゃんたちの団体」が乗っていて、妙におかしくなりました。ひところ日本の国内線にもそういう傾向があったからです。最近だとソウルや香港に向かう便をよく利用するのですが、海外に行くこと自体に興奮しているのか、田舎もん丸出しの言動・行動で乗組員さんを悩ませる集団に出会う確率が高いです。ボスニアも、欧州では相当に田舎ですし、長く戦争などの困難の中にありましたから、まだまだこれからなのでしょう。

いまや航空路線(エアライン)はなくてはならない、地球で最強の交通機関になりました。国内線に限っても結論は変わりません。南北に細長く離島も多い日本では、エアラインがなければまともに移動できないといっても過言ではありません。近年ではLCCLow Cost Career:格安航空会社)の人気が高くなっています。ただ、航空というのは他の交通機関、たとえば鉄道や自動車などと違って、(1)スタートとゴールしかない、(2)ひとつの車両がばかでかい、(3)「駅」「停留所」にあたるところに広大な用地が要る、という性質があって、その制約をかなり受けます。いまの旅客・貨物輸送の主力となっているジェット機の場合、3000m級の滑走路が絶対に必要です(できれば有効長はもう少し長いほうがいい)。かつての香港・啓徳空港のように、ビルの隙間を直角に曲がって着陸するといったアクロバティックな飛び方を避けようとすれば、進入・進出のコースもまっすぐの空間が必要です。そんな場所なんて、この狭い国土にそうそうあるわけではありません。これから新設する大型空港というのは、日本では予定されていませんが、空港の建設というのはなかなか大変だということがわかります。

私がこれまでに利用した回数の多い順に並べると、羽田→福岡→成田→パリ・シャルル・ド・ゴール→フランクフルト国際 となるのではないかと思います(検証していませんが)。このうちドイツ・フランクフルト空港に関しては他の3空港と異なる利用方法です。フランクフルト市内に宿泊するケースもあるのですが、たいていは欧州の他地域(他国)への出入りに際して、乗り継ぎ地として利用しています。途中下車というのがないエアラインで、乗り継ぎ地というのは非常に重要な考え方です。日本人の多くは「空港を整備する」→観光客やビジネス客にたくさん自分たちの地域に来てもらう、という発想を抜けきられないのですが、いまの世界のトレンドはそうなっています。「足場を貸す」というやつですね。ヘルシンキ・ヴァンター空港(フィンランド)やアムステルダム・スキポール空港(オランダ)も、そのような思想のもとで造られています。

エアラインの「駅」にあたるのが空港ですが、これも鉄道の駅やバス・ターミナルと大きく異なり、さまざまな施設・設備が必要になります。また、たいていは町はずれに立地しますので、市内中心部とを結ぶアクセス交通機関も同時に整備しなくてはなりません。日本の「空の玄関」といわれる成田国際空港(NRT)が、どのようなディスアドバンテージを抱えているか、おわかりでしょうか。そして、それにはどのような原因・背景があるのでしょうか。エアラインとか空港というのはかなり限定的なテーマではあるのですが、そこに現代社会のいろいろなものが反映している、とお考えください。


いよいよ分散登校で通学再開ということになります。健康と安全に注意して、元気に登校してください!

 

授業回ごとにフォーラムを設定します。事前・事後に、自由にスレッドを立てて議論してみてください。

 


開講にあたって

当科目は公民科に属します。高等学校の公民科は、現在のところA現代社会、B倫理、C政治・経済の3科目から成っており、Aのみ、またはBCの履修と単位修得が高校卒業の要件になります。これは各学校で定めるのではなく国の法令なので厳守しなければなりません。本庄高等学院がBCを採っていることは経験上おわかりのとおりです。ところが20183月に学習指導要領が改訂され、2022年度入学生からは「公共」という新設科目が全員必修となり、倫理と政治・経済は科目名こそ変わらないものの選択扱いとなり、しかも探究科目という位置づけに変更されます。現在の理科で、物理基礎、化学基礎など「基礎」のつく科目がゲートウェイとなり、物理、化学といった科目が本格的に内容を深めるという構成になっているのに似ていますが、探究というからには課題について関心を深め、思考を自ら掘り下げていくような能動的な態度が求められることになります。小中高の全体を通して、受身で他律的な学びへの反省から、主体的、対話的で深い学びが求められるわけですが、その最後の段階にあたる高校23年生では探究科目をたくさん設定して、知識を得ることはもちろんですが、学び方を学び、視野を広げ、学校を卒業してからの長い人生でさらに学んでいくための構えを身につけることに重きが置かれるようになります。

前述のような国の方針は、グローバル化する世界情勢やそこにおける日本の産業とのかかわりが非常に強いものですが、生徒たちはもちろん少なからぬ教員にとっても「上から一方的にいわれた話」であり、長年のしくみや習慣を変えることへの反発や拒絶反応があちこちでみられます。ことに、学習というのは試験で点数を取る(そして上級の学校に合格する)ためのものだと信じて疑わない人にとっては、いまさら能動的に学べといわれても困るのでしょう。しかし、世界情勢や政府の方針の是非は置いておいて、学びは能動的なほうがよいに決まっているし、探究はするほうがよいに決まっています。そのよさを知れば、受身で他律的な学びに戻りたいとは思わなくなることでしょう。さらにいいますと、社会科というのはもともと知識の詰め込みでも暗記でもなく、まさに探究するために設定された教科でした。国家やおとなにとって重要なことがらを詰め込み、暗記させ、むしろ思考させないようにしてしまった戦前への反省から、1947年に学びの大転換を期して新設されたのです。それがいつしか社会科こそ知識偏重、詰め込み暗記の元凶だとみなされるようになってしまいました。社会科・公民科を長年指導してきたひとりとして、その現状が残念で仕方ありません。ですから私は常にアクティヴ・シンキングを生徒に求めてきました。知識は詰め込むものではなく使うものです(暗記するくらいならフォルダかクラウドに入れておきましょう。あるいはAIに任せましょう)。当科目では、現代社会を覆う大きなテーマ――人権保障、軍事・安全保障、交通・都市計画、社会保障、食料問題、エネルギー政策などなど――を提示し、公民あるいはその他の教科・科目の知見をどこにどう当てはめて思考することができるのか、を実際にやってみようと思います。正解はあるようでなく、ないようであります。探究型で学ぶとどうなるかというのをみなさんに経験していただきます。探究型と一口にいってもさまざまな形態やプロセスがあります。教育技術みたいなものに凝りすぎても仕方ありませんので、そこは気楽に構えて、しかし

ものごとの上っ面をなぞり、もっともらしくまとめる
政府や経済界や教師が喜びそうなことをいう
「みんなで考えましょう」「バランスをとりましょう」といった紋切り型に走る

ことを厳しく戒めていきたいと思います。「考えて、話し合った結果わからなくなった」くらいのほうがよいと思います。専門家のおとながあれこれ考えて正解がわからないのだから、そちらのほうが普通なのです。探究型のひとつの特徴であるオープン・エンドを、前向きに援用していくことにしましょう。


 

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