古賀毅の講義サポート 2022-2023

De Société contemporaine I: Réflexion sur la société contemporaine en vue des issues et des contrastes

人文社会科学特論(現代社会論 I
:イシューとコントラストで探究する現代社会 

早稲田大学本庄高等学院 3 (文系必修選択科目)
金曜 12限(9:10-11:00)  教室棟95号館  S222教室(ゼミ室1)   

 

 

 

 

 

 

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20229月の授業予定
9
9日 読書を通してイシューを発見する
9
16日 農業と食料・食糧(1)
9
30日 農業と食料・食糧(2)



次回は・・・
14- 農業と食料・食糧(2):真のイシューはどこにあるか?

いくら食糧ではなく食料、つまり生命維持にとって必ずしも要るわけではなさそうな外側の部分が大きくなったとしても、コア(核)の部分の生命維持がなくなることはありません。歴史を振り返ればわかるように、「食う」ために、人間はあさましくもがめつくもなりますし、「より食う」ためにも盛んに活動するようになります。飲み食いというのは人間や社会の本質に、かなり直接にかかわる話です。そういう観点から、第一次産業や食料・食糧のことをあらためて考えてみると、「自給率をどうにかしましょうねえ」とか「日本の伝統的な食事はバランスがよく健康的ですよお」といった次元の話ではない、ということが見えてくるのではないでしょうか。では、真のイシュー(論点)はどこなのか。

科学・技術が工業生産のみならず日常生活にも入り込んでいます。そのため、食のブラックボックス化が進んでいます。現代人は私も含めて加工食品や外食に依存する部分が大きくなり、その結果、直接体内に入れているものなのに、いったいどのような成分の食材をどのように加工して供されているのか、わかりにくくなっています。いや、それ以前に「それが何なのか」ということへの関心が薄らいでいます。自分で材料を買ってきて料理するという作業は、危険回避のためのプロセスでもあります。毒になるようなものを体内には入れたくないからです。しかし、そうした基本的な生命維持行為すらも日常から薄れかけています。日本は中央集権の進んだ国ですが、食生活や食文化に関しては地方・地域色がかなり強くて、料理や飲み食いの地域差があります。しかし、そうした地域色も、平成に入ったあたりからどんどん薄まってきて、食の均質化・画一化が進んでいます。1960年代前半に「一日一食フライパン運動」というのがありました。まだ途上国だったころの日本人は、欧米人に比べると体格・体力でかなり劣っていましたので、油ものを意識的に摂取してガタイをでかくしましょう、というような話です。なんとうらやましい・・・ ではなく、なんという感覚の違いでしょうか。経済成長により所得水準が高くなると、食の欧米化が進みました。日本人の食生活はもともと塩分過多であったのですが、そこに脂肪分過多、糖分過多も加わって、いうところの生活習慣病が蔓延することになります。科学・技術の発達のおかげで医療や薬も水準が上がり、長生きするようにはなっているが、科学・技術の発達のせいで工業的なあれこれを食わされ(人のせいにしているが、本当に自分のせいなのかというとそれも違う気がする)、不健康になっています。ほら、ちょっと考えただけで、現代社会のもろもろの問題のど真ん中に飲み食いの話があるではないですか。

今回は、イシューそのものを見つけて、提案していただきます。大学生そして社会人になったときの学び方に、寄せていこうとしています。自給率もそうですが、一般的な見方や常識、定説などを捉えて、「そこじゃないんだよな」という見方ができるようになってくると、視野が広がりますし、学び方の質が変わってきます。身近なテーマでそれをまず体験してみることにしましょう。



REVIEW 9/16
*文意を変えない範囲で表現や用字法を改める場合があります。レビューを統合したり省略したりすることがあります。

食糧と食料の違いはよくわかっていなかったのですが、食料の中に食糧がある、そしてかつては食糧と食料の枠が一致していたのにいまはどんどん娯楽としての食料が大きくなってその枠が大きくなっているというお話がおもしろかったです。また、農業従事者を守るということが政治ともかかわっているということを学びました。

食糧と食料の違いについて考えたことがなく、その話題からここまで話が広がることに驚いた。また授業で取り上げられたイシューは、保守派など政治的な話題につながることが多いと思った。一見関係していそうにない話題から掘り下げていくと、まったく異なる分野のイシューにつながることも知った。

食糧と食料の違いがおもしろいと思いました。授業を受けて、食糧自給率が高ければ食料自給率は低くても私たちは暮らせるということがわかりました。また食料と農業の話でしたが、政党など日本の政治とも大きくかかわっていることをまったく知らなかったので興味深かったです。

日本の食料自給率が低いことに対して、社会では「高くするべきである」という意見が、風潮としていわれている。しかしそれらの意見には、食料自給率に関する問題をどこか遠くの、自分たちとは無関係のものとして捉えているものが多いと感じる。今回の授業を通して、この問題を自分の身近なものとして認識できたので、よい学びとなった。

食糧管理制度は知っていたけれど、歴史や情勢、気候の影響で長くつづけられてきたことや、パンの普及などについても詳しく知ることができた。朝・昼・晩なにかしらおいしいものを食べて生活しているのが当たり前だから、なぜ、どのようにしてごはんを食べられているのかなんて考えたこともなかったけど、人々の生命維持や幸せな生活のために食べ物は欠かせないので、昔、いま、これからの食べ物と社会の関係についてよく考えたいと思った。

学校給食が農村を守るために利用されていて驚いた。減反政策が農家を守るための政策であると初めて知って、学びになった。外食産業がもともと娯楽ではなかったというのが意外だった。食べることが大変だという意識はなかったが、今回の授業で、このイシューは大切なことだと気づいた。

 
(左)ノルディック・サーモンのスモーク(スウェーデン ストックホルム) (右)サーモンを二枚おろしにして鉄板で焼く、どことなく関西風の屋台(フィンランド ヘルシンキ)

 



開講にあたって

現代社会論という科目名は、実はさほど中身のない、ジョーカー的なタイトルです。文系の学問であればたいていの内容を「現代社会論」と称することができそうだからです。したがって、科目名そのものにはプラスもマイナスも感じないという人が多いのではないでしょうか。しかし留意すべきことが2つあります。(1)現代社会の「現代」には、時間的・空間的な幅があるということです。例年、当科目を受講する人の中には「歴史は好きではないが公民(現代社会)に興味がある」という人が含まれていますが、歴史や地理とかかわらない現代社会などありえないし、常識的には、少なくとも過去50年くらいは視野に入れておかないと「いま」の理解に進めません。歴史が不得意だという人は要注意。(2)仮に「現代」というものの時間幅を最小化し、「いま、まさにこの一瞬」というふうに捉えたとしましょう。その「いま」を十分に理解したとなれば、現代社会論という高3の科目の成績は確保できるでしょうが、その内容は数年も経てば劣化し、陳腐化します。これだけ変化・変動の激しい時代です。真に心得るべきは「いま」の事象ではなく、そのつどの現代社会というものを認識し、思考するための「構え」のほうであるはずです。
公民(現代社会論)を学ぶのは自分が生きていて、これからも生きていく社会のことを知るためではなく、そんなことには関心がなくて、それよりも高校卒業に必要な単位を得るために当科目を受講したというのであれば、「構え」のことは考えなくても結構です。ただ、もったいないですし、学院生がこだわりがちな「学歴」ってたいていは神話のたぐいですし、当科目の成績(点数)は大いに目減りするのでそのつもりで。

2022年度のテーマはイシューとコントラストで探究する現代社会です。イシュー(issue)は論点・争点、コントラストは対称・対照・対比といった意味です。実際の社会には、いうほどわかりやすい論点や対比があるわけではありません。世の中を二元法・二分法で理解しようとするのは悪しきデジタル思考で、何かにだまされるリスクを相当に負います。ただ、そうはいっても「とっかかり」がなければ社会を思考するということ自体に着手できなくなりますので、ひとまずの、とりあえずの便法としてイシューやコントラストを設定しましょう。その作業を繰り返すうちに、テーマの設定ということ自体の精度が上がってくるものと思います。社会人になったときに求められる能力は、すでに定められている課題や命題に答えるのではなく、課題や命題そのものを創案し、設定することではないでしょうか。当科目では、これまで公民や地理歴史で学んだこと、さらには日常的に接する報道内容や各自の経験などを織り込んで、社会的なテーマのイシューとコントラストをいろいろと考えることにします。

もう暗記は不要です。お願いですから絶対に暗記なんてしないでください。もちろん1点にもなりません。当科目では、授業に「参加」することが大前提です。脊髄反射的に発言し、積極的にコミュニケーションするばかりが能ではないし、沈思黙考し熟考してこそ文系の学問ではありますが、さりながら、当科目では「しゃべらない人」には成績がつきませんので、そのつもりで臨んでください。


 

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