Bienvenue à Paris! 2007別冊

西欧三都市
はやあるき


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III- 唯一の「大公国」へ

II へもどる

 

さてパリから遠出して2日目の金曜、ロレーヌ地方メス駅前のバラダン・ホテル・ガールでめざめ、レセプション横の明るい部屋に降りて別建て€ 6.50の朝食を。例の明るい若女将がこの朝もほがらかに現れ、セルフサービスの作法を指示してくれます。ホテルの朝食は、日本も含めてこういうところが多くなりましたね。西欧では、レストランを併設していない小規模のホテルでも朝食ルーム(salle de petit déjeuner)があって、朝は出してくれる。ここはぎりぎりフランスですので、当然コンチネンタル(パンと飲み物だけ)ですが、チーズやボイルドエッグがあったり、シリアルがあったりと、微妙に隣国テースト。温かい飲み物だけは係がサーブするところも多いなか、このホテルはコーヒー&ココアマシーンを備えていました。前日から見ていると、基本的に夫婦ふたりで切り盛りしているらしく、フロントまわりは簡潔で機能的にみえます。

国鉄メス駅までゆっくり歩いても1分かからない距離ですが、それでも希望の列車の30分くらい前にチェックアウトしました。「メスは気に入りましたか? それはありがとう。また来てくださいね。よい旅を」と、マダムは最後まで愛想よく送り出してくれます。メルシー。

さて「隣国」です。昨2006年のドイツ・ケルンで、トリノ冬季五輪の開会式をテレビ視聴したのを思い出し、TGVミラノ便に乗って1年後のトリノに行ってみようかなと当初思いました。2泊すればジェノバあたりまで行けそうだったし、地中海はしばらくご無沙汰なのでいいかなとも思ったのです。しかし、3週間前の時点でたしか2等車の復路だったかが満席ご免と出てしまいました。新宿のエージェンシーは1等を売りたがり、差額は6000円ほどなので考え方しだいだけど、係の態度が気に入らなかったのでキャンセル。「え、片道はとれるんですよ」と驚かれましたが、どうして片道だけで行けようか。前年パリ〜アーヘンのタリスの手配をしてくれた女性は非常に親切だったなあ。

 メス駅の壁面に刻まれた、第二次大戦で死亡した国鉄職員の名(一部) ロレーヌ人は仏独どちらの・・・

 

隣国シリーズは、2003年がスコットランド(隣りでもないか)、2004年がベルギー、2005年がスイス、2006年がドイツとオランダだったので、イタリアがだめとなると、スペインか、モナコか、アンドラか、ここしかありませんね。目標は定まりました。ルクセンブルク大公国le Grand Duché de Luxembourg / Groussherzogtum Lëtzebuerg)へ行くことにしよう。実は2004年のベルギー旅行では、当初帰りにここを経由するつもりが、あとで記すような体調破壊によりパリへの帰路を急ぐことを余儀なくされて断念した経緯があります。面積で神奈川県ほどの小国ですが、欧州統合の要として非常に存在感があり、かつベネルクス(ベルギーBelgium、オランダthe Netherlands、ルクセンブルクLuxembourg)と一括していわれるためその意味では取り上げられる機会も多いのですけれど、観光で訪れたという話はあまり聞かないし、実際に何があるのか考えたこともありません(・・・)。かつて、同国代表のアルペンスキーヤーでマーク・ジラルデリという選手がいてけっこう応援していたのだけど、この人はオーストリア出身ながらコーチ陣と対立して国籍変更したことを承知しており、純粋にルクセンブルクの話となるとあまり聞かないですね(常識的に考えて、この地方で山スキーができるとも思えないし)。

ていうか、この国では、何語を話しているんだ??

 
青い電車で国境を越える (メス駅)

 

メス駅のチケット売り場で少しだけ行列してルクセンブルクまでの片道乗車券を購入すると、€ 12ほどでした。今回も機関車の引く客車かと思えば、流線型の青い電車が止まっています。これは近郊型だね。フランス国鉄の3両編成のオールダブルデッカーで、1両が1等。先頭車両の2階に上がれば、西欧に多い(残念ながら成田エクスプレスまでそうなってきてしまった)集団お見合い方式の固定シートだったので、中央の向き合わせ部分を占領しました。この感じだと、お客が増えても半分も乗るまい。国境越えのローカル列車は乗りとおすお客があまりいないというのを、ベルギー→フランス、ドイツ→オランダ→ドイツで経験しています。

934分、メス駅を出発。ルクセンブルク中央駅までは1時間弱です。フランスの車窓は、町でも畑でも牧草地でもない平らな「原っぱ」をひたすら走ることが多くて、はっきりいえば退屈なのだけど、ロレーヌ地方は畑や森林、郊外の工場など多様でけっこうおもしろいです。日本のローカル電車に乗っているような感覚になりました。鉄道はモーゼル川にほぼ沿いながら北へ伸びています。駅名標識などの意匠が明らかに変わった地点があり、ああ国境を越えたのだなとわかる。強烈なアンチナショナリストのくせに、こういうときだけ「行ったことのない国に行こう」とかいうのだから勝手なものですが、人生初のルクセンブルク大公国でございます。

 朝のルクセンブルク中央駅(正面奥)

 

1032分にルクセンブルク駅に着き、まずは駅構内のインフォメーションを訪れて市内の地図をもらい、ついでにこの夜のホテルを予約してもらおうと思いましたが、女性の係員は「予約はやりません。リストをさしあげますからご自分でどうぞ」だって。フロムAみたいな体裁の分厚い冊子をもらったところで、電話していちいち交渉するのも何ですよね。旧市街のインフォメーションだと予約をやってくれるとガイドブックにはありましたが、そこまでは歩いて20分以上かかりそうだし、安いホテルの大半が駅周辺に集まっているらしいので、荷物をもってうろうろしたくないし・・・。そこで、ホテルが集中しているらしい駅から2筋目のストラスブール通りを折れてみると、なるほど高級なのから低級なのまでさまざまなホテルがあります。欧州ではタリフ(料金表)を表に張り出すのが常識だから、それをのぞいてみて、1軒のホテルのドアを押しました。ホテル・ブリストルHôtel Bristol)というその宿は、入口からして相当にくたびれていますし、入ってすぐのところにフロントとかレセプションというより「帳場」といった雰囲気の小さなカウンターがあって、要するに駅前の商人宿といった感じなのです。ホテルマンというか若い兄さんに「今夜の部屋は空いていますか」と訊ねると、OKですとの答え。40ユーロという格安の部屋もあったのだけど、このボロビルの格安部屋はかなわないので、朝食つき€ 65の部屋で即決しました。前夜のメス駅前ホテルが朝食込みだと€ 61なので、場所柄を考えればそんなものかな。大きなバッグを帳場に預け、身軽になって、これで心置きなく初訪の国ルクセンブルクの見学ができそうです。

 お部屋はこんな感じでした

 

国鉄駅から旧市街のほうへまっすぐ伸びるメインストリートはリベルテ通り(Avenue de Liberté)。目黒区にも「自由通り」というのがありますが、ルクセンブルクのほうがずっと大きいです。この周辺はいわゆる新市街で、商店も多く、栄えている感じもします。西欧の古い都市はたいてい旧市街と新市街がくっきり分かれていて役割(機能)分担をおこなっているのだけど、ここはどうなんだろう。しばらく行くと、アドルフ橋(Pont Adolphe)にさしかかります。予備知識があったにはあったものの、なるほどかなり深く刻まれた渓谷に架橋されていました。新旧市街のあいだに、これほどの谷間がある都市なんてそうめったにはないはずです。ルクセンブルクは、アルゼット川(l’Alzette)に、いま渡ったペトリュス川(le Pétrusse)が合流する地点の崖上に築かれた中世の要塞がもとになって発展した都市で、「陸のジブラルタル」の異名もむべなるかな(海のジブラルタルに行ったことがないけど)。どんな地質の土地を削り込んだものか興味があります。崖の周囲はどこもお城の石垣だと思えばよい。街全体が大きなお城、ないしとりでなんですね。

 
アドルフ橋を渡って旧市街へ (左)旧市街側から新市街を振り返る (右)橋上から見た旧市街 この都市は崖の上に築かれた要塞に由来します

 

橋を渡りきると旧市街。まだ午前中なので若干けだるい感じもするけれど、狭い道の両側に商店が並ぶ様子などは西欧の都市の典型的な景観。旧市街の中心に、メスに同じ名もあったダルム広場(Place d’Arme)があり、周囲をレストランやカフェなどが取り囲んでいました。旧市街の中心部をぐるりと一周して様子をつかんでからもう一度ダルム広場に戻り、すでに昼食の準備をはじめつつあった上品なカフェに入る。パリのカフェとはだいぶん印象が違って、高級ホテルのラウンジのような雰囲気で、店員さんも非常に上品な人ばかりでしたが、窓際へどうぞとよい席を勧められ、午前中の1カフェなのでカフェを注文。ここまでのやりとりはボンジュールからはじまってすべてフランス語です。近くの席で何やら話している2人連れは、どうもドイツ語っぽい言葉。フランスで「カフェ」といえば日本でいうところのエスプレッソ、ドイツでは日本と同じタイプの「コーヒー」が供されますが、ここではドイツや日本に近い大きさのカップにエスプレッソが入ったものが運ばれました。結局カフェはこの1杯しか飲んでいないので、これがルクセンブルク流なのかは不明です。

 

一息ついて、お昼ころ、ダルム広場からほど近い大公宮Palais Grand Ducal)へ行ってみました。ベネルクス3国はいずれも立憲君主国で、ベルギーやオランダの君主が「王」(Roi)であるのに対し、ルクセンブルクの君主は「大公」Grand Duc)です。中世以来の爵位を継承した名で、この国自体がかつての封建領邦の生き残りですから、19世紀まではこのクラスの国がたくさんあったと思えばいいですね。現在の君主はアンリ大公殿下(Henri 1er de Luxembourg)。現役の王様関係では、日本の皇居と英国のバッキンガム宮殿にしか行ったことがないので、ルクセンブルクのはどうなのだろうと思えば、広場も何もなく、石畳の道路に面したかわいい建物が宮殿でした。若い近衛兵がひとりだけいて、銃を担ぎ、決まった動きを繰り返して儀式的な「警備」をしています。中国人の団体が遠慮なく写真を撮りまくりますが、まったく動じることなく、きりりとした動作を繰り返す。バッキンガムの衛兵は、宮殿の見事さとあいまって見るからに華やかだけど、こちらはいたって地味でした。

 
(左)右側の建物が大公宮 実に簡素でフレンドリーな感じです (右)ひとりだけ配置された近衛兵

 

またまた旧市街をぐるりと回り、今度は洋服屋さんなどにも入ってみて、若干の買い物を。気の利いたレストランでもあれば入ってみようかと思ったのですが、なかなか出会えないうちに最初のダルム広場に舞い戻りました。さきほどのカフェの向かい側にもいくつかお店が出ており、11つのぞいて品定め。お昼どきなので各店ともランチメニューを表に掲出しています。中華やメキシカンなどのエスニックもあります。アカデミー(L’Académie)という、古賀先生にふさわしい?名のレストランが€ 12.50のランチメニューを出すようなので、ドアを押しました。13時近くなので大変なにぎわいで、静かに食事というよりはわいわいがやがやと楽しそうな雰囲気。中年の店員さんがすぐ出てきて入口近くの席に案内してくれました。ここでもボンジュールからはじまってすべてフランス語。街中で観察していると、ルクセンブルク語(ドイツ語の方言だけど、国民国家的な意味合いで独立言語だということになっている)を話している人がけっこういて、フランス語の人も同じくらいいます。どうやらお店などはフランス語を第一言語にしているのではないかな。客がルクセンブルク語だとわかるとそちらに合わせるバイリンガルだと察しました。私は、ドイツ語はまったくわからず、英語も苦手、フランス語は旅行会話程度ならどうにかなるので、非常にありがたい状況です。さて、そのフランス語で、1種類だけだった例の€ 12.50メニューを注文し、何か飲みますかという決まり文句に、こちらも決まり文句でプレッションPression 生ビールですね)!

  € 12.50とは思えぬ充実のランチ
 

 

出てきたビールは、Diekirchという銘柄らしく、これはドイツ語(ルクセンブルク語?)だなあ。フランスの生ビールは25センチリットルが普通で、タンブラーの上のほうに「25」という小さなめもりが打ってありますが、このビールグラスには「0.3」の刻印。ドイツの地ビールはところによって1杯あたりの分量が違いますが、ルクセンブルクで30センチリットルが普通なのか、この銘柄ゆえなのか、それはわかりません。味は非常に美味しい。ドイツが近いからね〜。この日のメニューは、隣接する地域にちなむのか前菜がキッシュ・ロレーヌ、主菜はコック・オ・リースリングCoq au Riesling)とあります。この料理名は初見だけど、コックは鶏肉だろうし、リースリングは前夜すこし舐めた白ワインなので、鶏のワイン煮込みあたりかなと予想しました。混雑しているせいか料理はなかなか運ばれず、待たされたのでキッシュはすぐ胃に収まりました。主菜の登場がまた遅い。そのうち店員さんが現れ、「このように込み合っておりますのでもう少々お待ちいただけますか」と低姿勢でした。別に急ぐ予定もなく、店の様子を観察しながら待てば、直径25センチくらいの金属の鍋に入った料理が運ばれました。店員さんが、その中から鶏肉の塊をふたつ皿に取り、ソースをかけてサーブしてくれました。私たちがいう「クリームシチュー」のようなソースで、ベルギーの料理にはこのクリーム煮込みが多いと聞いていましたから、その類だなと思います。このソースに白ワイン風味があったかといわれると、微妙。別皿にきしめんのようなヌードルが盛られていて、これをソースにからめて食べるようです。このコック・オ・リースリング、身がしまっていてなかなか美味しい。ソースがまたいい味です。日本人がほっとする味かもね。それにしても、ナイフとフォークで骨付き肉を解体しながら食べるのにはいつも難渋します。手づかみでむしゃぶりつきたいなあ。鍋の中にはまだ鶏肉があり、ヌードルも存分にあるので、時間をかけてとにかく食べつくしました。ケンタッキーふうに数えて3ピースぶんなので、相当な量です。キッシュも食べているし! デザートに2色のアイスクリームが出ました。いや満足っす。

陸のジブラルタル、恐るべし。

 

IV へつづく

 

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