Vers les capitales
de Habsbourg…
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PART4 待望のシュニッツェル! |
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環状道路リンクの内部がウィーンの旧市街、いまから歩こうというマリアヒルファー通り周辺は新市街の様相です。もともと名所旧跡をめぐるよりも、普通の住宅街や普通の繁華街を歩くほうが好みです。アルコールの発散を兼ねて、しばし歩きましょう。西駅付近からリンクまで1.5kmくらいかな。
元来が鉄道マニアで、「乗る」ことに主眼を置いていた私が、線路から離れて町なかを歩き回るようになったのは、20代前半のころでした。古い都市ほど、目抜き通りは駅から少し離れたところにあります。当時はひとりで酒を飲む習慣がなかったので、ときどき喫茶店でコーヒーを飲む程度のきわめて健全なお散歩でした。そのころ、1990年代といえば、東京風の消費文化が地方都市にも浸透して、よくいえばどこへ行っても同じような消費生活をすることができるようになり、悪くいえばどこへ行っても同じような景観になって、日本中が均質化されたような気のする状態になってきつつありました。町歩き初心者としては、そうした地方色の薄まりを切なく思いつつも、でも自分こそ消費文化のど真ん中を愛好しているんだよなあと複雑な感覚でおりました。そうして日本各地を歩き回ったあと、30代になると行く先は欧州へと変わります。日本で心得た作法は欧州でも使えます。こうして各都市の個性を見ながら、でも何となくグローバル・レベルでの均質化が進行している状況を感じながら、初めての町をうろうろすることにしています。 先を急ぐつもりはなく、もとよりこの先の予定もないので、日よけのついたテラスの一席に腰かけて、エスプレッソを一杯。各店舗の道路に面した部分の延長線上がその「領地」というわけでもないらしく、私が座ったところも洋服屋さんの目の前で、お店の本体がどこにあるのかよくわかりません。でも、すぐにスマートなボーイさんがやってきて注文を受けました。2つくらい向こうのビルにお店があるらしい。ワインのフルボトルを頼んでゆったりしている人、ごっついアイスクリームを食べている人、一心にノートPCのキーボードを叩いているビジネスマンふうの兄さんなど、いろいろです。 ゲルングロス(Gerngross City Center)という大型デパートがあったので入ってみました。路面点の場合は、すぐに店員さんにつかまり、買うんでしょうねというプレッシャーをかけられるので(そういう気分になるので)、基本的にセルフサービス?のデパートやショッピングセンターはその点で気楽。こういうところに来たら自分用のネクタイを買うことにしています。高級品から安物まで各種そろっていますけど、安めの赤いやつを1本、購入しました。ネクタイを買うときって、国内も含めて、ほとんど迷わないんですよね私。「迷ったらやめる」ことにしています。あとであてがってみたら直感が外れたということもあるけれどねん。なぜネクタイなのかといえば、そこそこの値段なのと、何より軽くてがさばらないからです。お気づきかとは思いますけど、「授業」で学生・生徒の前に立つときにはネクタイを外したことはありません。いちおう私なりの矜持なのでございます。
毎度おなじみスターバックスが見えたあたりから、マリアヒルファー通りは緩やかに左カーブを切りながら、緩やかに下っていきます。この付近には各種の飲食店が多いですね。ここは、リンクの1筋外側で、マリア・テレジア像のあったミュージアムクォーターの裏手にあたります。数時間前に歩いたナッシュマルクトはここから2筋ほど東に行ったところ。ウィーン新市街の目抜き通り散歩はこれで終わりです。紳士用整髪料だったかの試供品プレゼントを丁重に断り、地下のミュージアムクォーター駅からUバーン2系統に乗り込みます。とはいってもこの路線は次のオーパー(Oper)つまりオペラ座前で終点。歩いたってよいし、さほど疲れてもいませんが、せっかくチケットをもっていることでもあり、地下鉄ももう少し乗ってみたい。 マリアヒルファー通りの「終点」ちかく オーパー駅はUバーン3路線が集まる要衝です。パリの地下鉄コンコースは、通路が狭い上に天井が低くて圧迫感があります(私は慣れているのでむしろ居心地のよさを感じます)。フランクフルトの地下鉄は日本の平均に近い感じではないかなあ。オーパー駅も、けっこう駅ナカが発達して多くの人が往来していましたが、間接照明を生かして上品に造られており、さすがというべきか、こじゃれた感じがします。コンコース内にオペラ・トイレ(Opera Toilet)なる怪しい一隅がありました。Mit Musik(mitは英語のwith)とあるので、何かすると音楽が聴こえてくる仕掛けなのかな? 用事を欲していればのぞいてみるところながら、ここはスルー。音楽の都にしては下世話じゃね? オペラ座
さて、そろそろ夜ごはんの場所を探そう。今宵はちゃんとしたところで、ちゃんとしたものを食べようと最初から決めています。そして、いつものとおり、レストランに関する予習や事前調査はおこないません。自分のセンスと勘を頼りに、これと思ったお店で食事するというのが私の基本方針です。ウィーンのような観光都市だと、観光レストランふうのところが多くなってしまうので、そこが難しいところ。とはいえ、どのへんがレストラン街なのかもよくわかっていません。いつもの町歩きの作法に従えば、目抜き通りと直交する路地みたいな道路に飲食店が並んでいるケースが多いので、今回もそうしてみよう。オペラ座前からシュテファン寺院へと伸びるケルントナー通りは、前日にも歩いています。シュテファン寺院方向をめざしつつ、横(東西)の道をジグザグ歩いてみればいいんじゃないかな。すると、さほどジグザクしないうちに飲食店エリアに到達しました。ケルントナー通りから東へ入ったあたりで、アンナガッセ(Annagasse)という通りらしい(gasseは小規模の道路)。きのう歩いた別の飲食店エリアは、全般にぱっとせず、ぱっとしたお店がめちゃ込みだったこともあって回避したのだけど、ここはわりに静かですね。
添えられたレモンをしぼって、さあ一口。 なにこれ、まぢうめー!!! 旅先で料理を食べて本気で感激したのはいつ以来だろう? 心のどこかに名物に美味いものなしという思い込みがあって、まあせっかく来たのだから話のタネに食べておこうという気分があったことは否めません。いやしかし、美味いもんは美味い。さくさくで、肉のいい香りがします。私、好きな食べ物ランキングがあるならトンカツがトップ5に入るだろうと思います。そちらのほうはちょいちょい口にするので感激はないけれど、でもあんな美味い料理を考えた人はエライなあと思う。いうまでもなく、フランスのコートレット(côtelettes)が明治期の日本に入ってきて、大量の油で揚げる天ぷらの技術が応用され、カツレツと訛って定着したのがトンカツの発祥です。そんなトンカツ好きの舌に、このシュニッツェルはどんぴしゃだなあ! 子どものころ、宮中の主厨長(シェフ)を務めた秋山徳蔵をモデルにしたテレビドラマ「天皇の料理番」というのがありました。福井に住む秋山少年は、いいにおいに誘われて陸軍の軍営地に紛れ込み、そこでカツレツを食べさせてもらって大感激、西洋料理の道を歩みはじめます。パリで修行し、大正天皇即位の晩餐を担当することになったのを機に帰国、宮中で活躍するだけでなく、日本におけるフランス料理の第一人者になっていきました。ドラマの最後には、年老いた秋山(堺正章さん)が思い出のカツレツを食べて目を潤ませるというシーンがあったように記憶します。どこまで実話なのか知りませんが、本当だとすれば、カツレツは日本の西洋料理に大きな影響を与えた料理だったことになりますね。明治時代の北陸にいた少年がカツレツを口にすれば、その感動たるや想像を絶するものだったはず。 Bio-Kalbだからバイオな仔牛肉を使っているということね!(ワインもビオだそうです)
満腹したので、まだ明るいけどホテルに戻ろう。シュテファンプラッツからUバーンに乗ってプラーターシュテルンへ。駅ナカのスーパーで寝酒などを購入。こちらはずいぶん大衆的な店で、品物も大衆的な価格のものばかりでした。缶ビールが€0.89、ハーフの赤ワインが€1.19、1リットル入りのミネラルウォーターが€0.65。こういうところに住んでいたら、肉と酒の摂取過多で早死にするんだろうなあ。いや逆に、さほどには肉や酒を欲しなくなるのかな? |
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