Vers les capitales de Habsbourg…

PART3 市場・離宮・最古のズー

 

 

ウィーンの中心市街地を少しだけ南にはずれた食品市場ナッシュマルクトNashemarkt)にやってきました。ま、テーストとしては上野のアメ横みたいなものだと思えばよく、200mくらいありそうな2筋の道の両側に間口の狭い商店がぎっしりつらなっています。ウィーン市民の「台所」なのか、観光名所になってしまっているのか、見ただけでは判然としません。オーストリア料理やエスニック料理などの飲食店を見るといかにも観光客ふうの人たちがぎっしり入っていますけれど、肉・魚・野菜・香辛料なんかは日用の生モノなのでやっぱり地元向けだよねえ。海までかなり距離のある内陸国ですが、魚屋さんをのぞくと、地中海産なのかけっこういい魚が並んでいて、職人さんが出刃包丁片手に奮闘していました。

  ナッシュマルクト


私も自分で料理をしますので、本当はあれこれ買っていきたいところです。値段の相場は、まあこんなもんかなあというところで、東京と比べてすごく安いということもなさそう。コーヒー豆屋さんとかハチミツ屋さんなんかは品揃えがやたらによさそうなので、お土産にと思いかけたものの、荷物が重たくなるのも嫌だなあ。見るだけにしよう。英語を話す4人組の若者から声をかけられ、市場をバックに記念撮影したいのでシャッターを押してくれと。自分がカメラをいじっているとしばしばこのようなことになりますね。ノー・プロブレム。

 
 
(左上から)スパイス屋さん、八百屋さん、水タバコ屋さん、魚屋さん  タコ(Oktopus)はキロあたり€24.50

前述のようにレストラン方面はいかにも観光客相手のものがほとんどで、表に写真入りのメニューを掲出しています。それほど高くはないけど、名物のヴィナー・シュニッツェルは夜に食べようと思っているし、だとすれば軽食にしておいたほうがいいな。サンドイッチ屋さんないかなと思って歩いていると、2筋の道と直交する屋根つき通路に面して、ヴルスト(ソーセージ)のスタンドがありました。造りは相当に古びているし、表に出している簡易テーブルやイスなどはかなり粗末で、店のおばちゃんらしき人は常連っぽい初老の男性ふたりとそこでおしゃべり。タブロイド紙にタバコというアイテムがいかにもやな〜。アメ横というより大阪の下町商店街に紛れ込んだような感じがします。おもしろいので、ここでヴルスト1本食べて昼食がわりにしよう。おばちゃんに声をかけるとゆっくりと立ち上がり、鉄板で焼かれている何種類かのソーセージを示して、選びなさいという仕草。ウィーンにウィンナー・ソーセージというのがあるのかどうか知らんので、最もスタンダードに見えた太いやつを指さして発注しました。おばちゃんはナイフで1口大に切り分け、マスタードをどっぷり添え、スライスされたパンを1切れつけて渡しました。ビールもちょうだいといったらハイネケンのボトルが出てきたよ。値段は忘れてしまいましたが、込み込み€5もしなかったと思います。

 
  ヴルストのキャラクターも


うーん、何か知らんけどジャンキーな感じがいいですね。私の皿のにおいに誘われたわけでもなかろうが、そのあと数人の客(みんなおっちゃん)が訪れて盛況になりました。ヴルストの味は、予想と大きく違うということもないけれど、まあ普通に美味しい。おばちゃんが英語を話すふうでもなかったので、親指を立てて満足の意を示し、ダンケシェーン、チュス!(ありがとう、さよなら!)とドイツ語で。なお、オーストリアだからといって言語がドイツと大幅に違うということはないのですが、基本語彙である「こんにちは」が、標準ドイツ語のGuten Tagに対してオーストリア語ではGrüß Gott(グリュス・ゴット)になります。もとより微細な違いがわかるわけでもなく、そこはそれで。

さあ、午後はといえば、世界遺産にもなっているシェーンブルン宮殿Schloß Schönbrunn)を見に行くわけです。前述の理由で内部はスルーすることに決めており、外観とお庭だけ拝見することにしよう。ユネスコの世界遺産というのは、人類が共有し後世に残すべき価値をもつ有形のものということであり、登録されれば各国政府が(税金を使って)維持保全しなければならないというもの。大半の日本人は「世界的な権威がお墨つきを与えた一流の観光スポット」だと思い込んでいて、すぐ経済効果がどうこうと計算するのだけど、欧州流の文化概念を心得ておかないと「話が違う」ってことになりかねないぞ。まして「世界遺産だから見に行こう」とかいう発想はやめましょう。登録されようとされまいと、いいものはいいし、自分にとっていいものであればそれでいいのです。

 Uバーンのシェーンブルン駅


カールスプラッツには3系統のUバーンが乗り入れています。そのうち緑色のラインで描かれているU4の西行きに乗車。車両はわりに新しく、欧州のあちこちのメトロで見るのと同様に、金属にモケットを貼りつけただけの安っぽいクロスシートです。座席がすべて埋まってけっこうな立ち客がいます。それこそ老若男女、多様な人種が乗り合わせている模様。電車は地上に出たり地下にもぐったりを繰り返し、下車駅であるシェーンブルン付近は川沿いの掘割でした。架線がなく、線路に並行して敷かれた第3レールから集電する丸の内線タイプですね。カールスプラッツから5つ目のシェーンブルン駅でかなりの乗客が降りました。その大半が観光客と思われます。駅を出てすぐのところに宮殿の敷地が見えているのですが、何しろ広大なもので、メインエントランスまでは78分くらいかかります。キーホルダー的なお土産を売る店や屋台のアイス屋さんがいくつか出ていて、お天気がよいのでけっこう繁盛していました。

 シェーンブルン宮殿 正面
 
シェーンブルン宮殿と庭園  坂を登りきったところにグロリエッテが見える

おお、高校生のときに世界史の資料集か何かで見たまんま! こういう感想がいちばんよろしくないんでしょうね(笑)。エントランスから横長の宮殿に入り、その向こう側に広大な庭園という造りはヴェルサイユ宮殿とまったく同じ。それはそうで、シェーンブルンはヴェルサイユへの対抗心、ブルボン家に対するハプスブルク家のライバル意識で造られたようなものです。ただ、その過程でいろいろあって、完成するのは18世紀半ばのマリア・テレジア朝のことでした。ウィーンを歩いていると、何かとマリテレさんの話がからんできます。人生の大半を妊婦として過ごしたおねえさんという下世話な印象が強いですが(何しろ16人の実子を生んでいる)、剛腕にして賢い君主だったらしい。マリテレさんは「女王」と一般には呼ばれますが、実はちょっとややこしい地位にあります。父である神聖ローマ皇帝カール6世からハプスブルク家の当主の座を継承し、その地位に付随するオーストリア大公(例の「天領」の支配者)の座には就いたのですが、皇帝には即位していません。その地位を得たのは彼女の旦那さん、フランツ1世で、いわば婿養子みたいなかたちで襲位しています。したがって神聖ローマ帝国に関していうなら彼女は皇后。ただ、ハンガリー王国とボヘミア王国の王を兼ねているので、これらについては紛れなき「女王」でした。そもそも女子の当主相続すら認められるかどうか怪しく、そこに言いがかりをつけたプロイセンなどがオーストリア継承戦争を仕掛けたわけで、これに敗北したのちに外交方針を一転させ、マリ・アントワネットをブルボン家に嫁がせたという話につながるわけね。

シェーンブルン宮殿が世界史の舞台になった最も有名な出来事は、ナポレオン失脚後のウィーン会議181415年)でしょう。各国の思惑が衝突してなかなか結論を得られないあいだに、エルバ島に閉じ込められていたはずのナポレオンが復活、パリを奪還して皇帝に返り咲くといういわゆる「百日天下」(les Cent-Jours)があり、この間に妥協が成立して、ナポレオンの最終的な敗北後にウィーン体制として結実しました。「会議は踊る、されど進まず」というよく知られたフレーズはこの会議のときのもので、外交には欧州の普遍語であったフランス語が用いられていたため、実際には« Le congrès danse beaucoup, mais il ne marche pas » と表現されています(訳はそのまんま)。このへんでみんな踊っていたわけやね。

  庭園とネプチューン噴水


ヴェルサイユ宮殿の庭園はひたすら平べったいのだけど、こちらのは途中からかなり急な登り坂になっていて、頂上部にグロリエッテGloriette)という建物(楼閣?)があります。大きな花壇と、ネプチューンの噴水Neptunbrunnen)がすばらしいアクセントになっている。当シリーズ、西欧あちらこちらは、以前は毎年2月の寒い時期に固定していたのですが、ここ数年は出動頻度が上がり、仕事の隙間があれば渡欧というふうになってきました。真冬だったらきれいなお花も見られなかっただろうし、広大な庭園がただ寒々しく見えたことでしょう。あとでガイドブックを見たら、ネプチューン噴水は夏季限定で、9月いっぱいで停まってしまうらしい。

で、ここまで来てお庭を散策しておしまいというのもアレなので、広大な庭園の一部をなす動物園Tiergarten Schönbrunn)を見ることにします。いい齢をした学者がシェーンブルンまでやってきて、宮殿内部を見ないで動物園ですかと突っ込みたい方はどうぞ。絶対にこっちのほうが楽しいもん。ご存じの方も多いと思いますが、これは世界最古の動物園なのです。マリテレ女王の旦那さん、フランツ1世が宮殿内にめずらしい動物を飼育させたことにはじまりました。世界中の珍獣を集めて見せるというコンセプトがそもそも帝国主義との親和性が高いものであり、19世紀になるとアフリカ系の動物が続々ここへやってきたそうです。欧州の人たちの優越感と「世界」への関心を高め、さらにはそれを実現させてしまうハプスブルク家への敬意をも喚起したと、まあそういうことですね。

 お天気もよくにぎわう園内(正面はカイザーパヴィリオン)

  
  
哺乳類だけでなく、鳥類も水生動物もいるよ (中下は日本から贈られたタンチョウヅル)


€15
と、なかなかの値段のするチケットを買って入場すると、順路上にいきなりアップダウンがあってけっこう運動になります。グロリエッテにつづく斜面に造られているわけですな。平日なのですが子連れの若夫婦がけっこう多い。サル山やペンギン池など上野でもおなじみのやつはもちろん見ていておもしろく、熱帯雨林を再現した超暑い温室も(不快だけど 笑)見ごたえがあります。ペンギン池の隣の区画は造成中で、ホッキョクグマの展示スペースになる模様。旭山動物園みたいに人気者になるんでしょうかね。動物園って、たまに来ると思いのほかおもしろいですね。当たり前だけど表示がドイツ語と英語(と学名のラテン語)だけなので、日本でいう何なのかがわからない箇所があったりもしますけど、知らねばならんことでもない。

用地の3分の1ほどは同心円−放射状のレイアウトになっていて、パンダやライオン、キリンなどの人気動物はだいたいその界隈にいます。ライオンの展示スペースが意外に狭くて、ゆえに数頭のライオンが本当に間近で見られてよかった。ライオンのオスってイケメンだよね。放射状になっている円の中心部にはカイザーパヴィリオン(Kaiserpavillon)なる正八角形の楼閣があり、この動物園のシンボルになっているみたいです。

 
 猛獣シリーズ(トラ、ジャガー、ライオン)


カイザーパヴィリオンはレストランとして営業中なのだけど、英語版のマップを見たら、ライオン舎のすぐそばにBiergartenという飲食店がある! これくらいの単語ならばドイツ語ができなくてもわかります。もろ直訳して「ビアガーデン」ではないですか! さすがドイツ語圏、子ども向けと思いきや動物園にまでこういうのをぶっ込んでくるね! さっき売店で缶ビールを1本買って飲んだばかりではありますが、けっこう暑いのですぐ蒸発するじゃろ(かね?)。英語版マップに添えられたコメントは“Enjoy a cold beer and traditional Viennese cuisine while observimg our Lions”とありました。ウィーンの伝統料理は置いといて、コールド・ビアをエンジョイしようではないですか。ライオン(ズ)を眺めながら。おすすめに従ってライオンの見える場所に座り、生ビールを発注。ドイツ語圏では英語でdraft beerと注文すればその土地(ないしその店)のスタンダードを出してくれます。ここではオタクリンガー(Ottakringer)という銘柄のものが供されました。500ml€3.90と、観光地価格ではないらしい(そうなのかもしれないけど、ずいぶん安い)。味わいは普通のピルスナーながら、天気のよい日の昼間から仕事もしないでかっ食らうビールは美味いねえ。私、認めたくはないものの人からはオタクだといわれることが多く、リンガー(とあるアイドルグループのファン)であることは間違いないので、この銘柄は実にフィットするねえ。もう1杯いっておきたかったのですが、朝から飛ばし気味だったため自制するかー。

 園内ビアガーデンで
  ジャイアントパンダとレッサーパンダ


海外旅行に出かけて、貴重な1日を充てるほどのものかどうかは価値観しだいながら、動物園見物というのも悪くはないですね。園内をほぼ一周して、15時半ころに見終えました。入ったときとは逆側の、北辺の門から出ると、Uバーンでいえば先ほど下車したシェーンブルン駅から1つ西側のヒーツィンク(Hietzing)駅に近いようで、そちらをめざします。その昔の王侯が上品に散策し愛を語らったであろう(かな?)広大な緑地を抜け出せば、そこは庶民が闊歩する日常生活そのものの世界。やー、こちらのほうがぴったり来ますですね。Uバーンの駅入口は広場の「島」みたいになっていて、その外周部分がトラムとバスのプラットホームになっています。郊外型の総合駅として機能しているのでしょう。例によってホーム上にはアジアンフードのインビスがあって、いいにおいを漂わせています。醤油のこげたようなにおいを心地よく感じるわけだから、私もいちおうアジア人だということか。

同じ路線で戻るのはおもしろくないので、トラムを利用することにしました。乗り放題チケットがあるので行き先がぶつ切れになっても問題ありません。やってきた58系統はウィーン西駅Wien Westbahnhof)行き。西駅はオーストリア鉄道の西行きのターミナルで、位置としてはシェーンブルンとリンクのちょうど中間あたりです。西行きというけれど、東西に長いオーストリア共和国全体の中で首都ウィーンは東の端にあるわけで、東南北方面というのがそもそも限られますよね。昨冬のベルリンがそうだったように、方面別に分かれていた長距離列車のターミナルを統合すべく、ウィーン中央駅Wien Hauptbahnhof)を市街地の南に建設中だそうで、そのうち情勢も変わってくるのでしょう。

 ヒーツィンク電停から


電車はさほど広くない道路に敷設された軌道を順調に進みます。何でもないような住宅街ながら、初めての路線というのはやはりおもしろい。前夜だったかこの夜だったか、夜中にヒマで観ていたテレビで、「ウィーンのトラム○○系統 起点〜終点」みたいな番組がありました。前面展望カメラでただひたすら前方の景色を映すだけというもので、ナレーションも文字情報も入りません。鉄道マニアの出入りするショップにはこの種のDVDがけっこうな値段で売られていますが、田んぼとかトンネルとか山林なんかはしばらく見ていると飽きてきます。町なかのトラムから見る景色というのがいちばんおもしろいんじゃないかしら。15分ほどで西駅のすぐ脇に着きました。思ったよりも立派なターミナルで、地下化されているミッテ駅よりも「駅」の感じがします。ここにもトラムや路線バスの系統が集約されていて、人があふれていました。そういえば、西欧あちらこちらといえば鉄道(TGVなどの長距離列車)でやってきて、中央駅で降りて第一歩を印すところからスタートするのが通例でしたが、このところ飛び道具(airlines)を使うことが多いので駅とは無関係に話が進むきらいがありますね。昨冬のベルリンにはフランクフルトからICEで入ったのですが、今春のリジュボーアへはパリからエールフランスで入っており、今回のウィーンも同じくエールフランス。成田に着いた外国人観光客が成田エクスプレスに乗れば東京駅に運ばれますが、羽田に着いてモノレールで浜松町に行った人はたぶん東京駅の赤レンガと対面しないままホテルに直行するでしょうねえ。

  ウィーン西駅


気温は25度くらいで、東京の残暑のような湿気はほとんどないので、町歩きにふさわしい気候ということになりますか。ここ西駅からリンクへとまっすぐ東をめざすマリアヒルファー通りMariahilfer Straße)はショッピングストリートだと事前に読んだガイドブックに書いてありました。ショッピングストリートとか○○街といった言葉で表現される状況は、実は多様で、行ってみないとわからないことが多いです。だから行ってみましょう。「ショッピング」にはさほど興味がありませんが、買い物できるような地区は大好物です。

 

PART 4へつづく

この作品(文と写真)の著作権は 古賀 毅 に帰属します。