Théorie et pratique des périodes d’études intégrées

総合的な学習の時間の

理論と実践


千葉工業大学工学部・創造工学部・情報科学部・社会システム科学部 (教職科目)
前期後半 土曜67限(14:00-16:00)/夏期集中  津田沼キャンパス6号館 615教室  

 

 

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2021(令和3)年度 教職科目における指導・評定指針

 

202178月の授業予定
7
3日 中等教育段階における横断的思考の展望
7
10日 総合的な学習(探究)の時間の実践に向けて:科学的でグローバルな視野の獲得のために
8
2日 演習・実践編(614615教室)
8
3日 演習・実践編(614615教室)

 

 

82日・3日は演習・実践編です。
2
クラスに分け、グローバル・サイド(三村先生・木島先生)、サイエンス・サイド(引原先生・小林先生)をそれぞれ1日ずつ学びます。メンバー編成は後日manabaにてお知らせいたします。

総合的・横断的・探究的に学んだことのない教師がそのような指導をすることは考えられません。自ら身を乗り出して深めていくという姿勢で臨んでください。



REVIEW 7/3
*文意を変えない範囲で表現・用字法を改めることがあります

学びの入口が「おもしろい」とはかぎらない。地歴ではしばしば暗記派と思考派に分かれるが、東大の世界史模試で1位だった人いわく「覚えるから考えることができるようになる」と。社会に出たら、おもしろくなくても必要なものは学ばなければ稼げない。でも夢が叶ったら、学びの出口はおそらく死ぬほどおもしろい。・・・とわかったのは私も最近。中高生には難しいなぁ。
・・・> それは非常に重要な問題であり、いま取り組んでいる作業を計画するうえでも、十分に悩んでおかなければならないことだろうと思います。できれば教室でそのことを発言してほしいな。A (暗記などで他律的に注入して)知識を得るそれらを駆使することで初めて「おもしろい」「思考」になる、という立場と、B 他律的に注入しても身につかないし、そのこと自体を嫌いになって結局何にもならない→入口を感得させるために「おもしろい」をちらつかせる、という2つの立場があります。教育(学)的にどちらが正しいのかというのはなくて、人によるし、段階によるし、教科やテーマによります。私が教えている高校生(文系の、わりと「できる」ほう)に聞いてみても、両様の答えが出てきて対立します。総合的な学習(探究)の時間のコンセプトはもちろんBが中心なのですが、Aタイプは現状のままでも自力でいいところまで行ける、ただしそのタイプの割合は低い、という前提に立っています。私は昭和末期の世界史の模試では毎回のように景品のテレフォンカード(なつかしい)をもらっていた人で、覚えようとしなくても頭にどんどん入ってくるというAタイプに近い感じでしたが、それを基準にはできないね(笑)。

私たちからあえて離れた、あるいは関連が薄いテーマを設定し、広い視野をもってディスカッションをおこなう場合と、関連が濃いテーマを設定し、興味・関心をもたせるやり方では、そのテーマを文化的に見るのか、身体的に見るのかといった見方によって、その方法の選択しだいではテーマがかすれてしまって思うような成果を出すのが厳しいと思った。

いまは若者なので中高生の考えがわかる気もするが、年を取るのは自分のほうだけなので、そこを当てにしないようにしたい。

中学生・高校生という青年期の生徒が、心身ともに大きな変化のある時期であると同時に、急速に成長しつづける技術が彼らに与えられることでその技術のもつ意味について深く理解できないことがたくさんあるのではないかと思った。総合という授業では、教科以上に社会や日常生活とリンクしやすいぶん、そのようなテーマを設定するのもよいのではないかと思った。

青年期には発達課題が複数ある。そのため中等教育は複雑化している。教科教育だけではこの発達課題に対応するのが難しいため、総合を通して、学びのおもしろさなどを認識させる、ということですか?
・・・> そういうことです。「対応するのが不可能」ではなく「難しい」というご指摘のとおりです。次回の予告に書いたように、本来は教科で対応できるはずなので、そこを思い出させる契機にもなってほしい。

他の人と話していると、全然違う意見でおもしろかった。自分はあまり得意ではないと思っているので、身の回りのさまざまなことに興味をもってみようと思う。そこから話題を見つけることができると思う。

自身の専門と組み合わせて取り組むようなテーマを考えたが、ひとりではあまり出すことができなかった。他の人の案を見ると、おもしろい内容や、こんなことがあったかとびっくりするような内容があった。
自身の専門と他の教科をミックスさせるときに、考える対象が少ないとやれることも少なくなるから、周りの人と協力する大切さをあらためて感じた。ひとりで悩んでだめならば周りに助けを求めようと思った。


紛争の跡、ではなく現場(キプロス レフコシア)
キプロスは1974年に起こった紛争で国家が二分され、こんにちにいたるまで「2国家並立」の情勢にある
手前がキプロス共和国、奥の石垣の向こうが北キプロス・トルコ共和国で、鉄条網の先は国連管理の緩衝地帯

 

専門の数学と3つのテーマをクロスさせてみると、歴史やグローバルの視点があまり思いつかなかった。グローバル視点のテーマを一つでも多く出せるようにしたい。

身体・健康、歴史、国際・グローバル と自身の教科を組み合わせたテーマを考え出すのは難しく、どこまで深く入れるか、またどこまでなら考えやすいか、生徒の家庭環境(宗教や先祖)も考えて、できること(レベル)も気にしなければならないと思った。

クロステーマでもグローバルなテーマでも、難しく考えすぎて、いろいろなテーマを考えつくことができなかった。また情報共有することで、このテーマはできそうだと思ったり、思いつかなかったようなテーマを共有したりできた。もっとテーマを考え出せるように、幅広く興味をもち、専門の教科やグローバルな視点に結びつけていきたい。

グローバルな視野にかかわるテーマを考えてみたが、23しか挙げることができなかった。日常生活でテレビやニュース、新聞などに注目して、多くの視点から物事を見るように心がけていきたい。また薬物やアルコールが身体にどのような影響を与えるのかを化学的な視点から分析することは可能だと思うので、テーマの選択肢としてもっておこうと思う。

総合として意義のある、深い学びのためのテーマを考えるのは、自分の専門教科であっても難しい。総合を他教科の人と連携しておこなうのはもちろん、テーマを考案する段階から他教科の視点を取り入れていくことも大切だと思った。また個人的に国際・グローバルなことについての知識が少ないと感じたので、海外の情報を積極的に知っていきたい。

自身の専門教科では他教科とのかかわりのあるテーマをわりと考えることができたが、専門とはかかわりのないグローバルなテーマを考えるとき、ほとんど考えられなかった。専門とかかわりのないところでは自分がもっている視野がまだまだ狭いと実感した。

どうしても自分の教科(理科)を中心に考えてしまうので、グローバルな視野はしっかり詰めておく必要があると思った。工業とは絡むことができたが、他の教科ともかなり広げられることがわかった。とくに環境や身体、他の生物の問題と絡めやすいと考える。

 
(左)ニューヨークのリトル・イタリー(イタリア人街) (右)パリのインド人街

 

グローバルな視点をもとに「移民」「難民」についてテーマを設定してみようと思います。国内の意識や問題を取り上げ、国外ではどのような理由や要因があるのかを調べ学習で導いていくかたちを考えています。

日本ではさまざまな宗教を自由に選べ、どの場所でも制限されることは少ないが、外国では制限されることがあり、宗教によってはつらい思いをするというのは大変だと思った。
・・・> おっと、教職課程の学生ならばそこを甘く考えてもらっては困ります。日本国憲法20条および教育基本法15条に示される原則により、国公立学校において宗教的な教育・指導・活動はほとんど制限されます。たとえば遠足や修学旅行で仏教寺院に行くことは問題ないが(歴史・文化の学びとして)、そこで「さあ掌を合わせて、お参りしましょう」と指示したり、学校が企画して座禅体験させたりするのはアウト。違法というより憲法違反になります。

1つの教科で世界を語ることは難しく、必ず他のテーマと接点があるはずだが、なかなか見つけるのが難しかった。

担当教科と他教科を横断する学習テーマを考えるとき、中高生が青年期の発達段階にいることを考慮して、テーマ設定することが大切だと思った。来年41日より改正民法が施行され、成人年齢が18歳となる。それを受けて、18歳を成人年齢とすることに賛成か反対か、商業科の科目であるビジネス法規やビジネスマネジメントを学んだうえで意見をぶつけ合うのはおもしろいと思った。

グローバルな視野の一つとして、楽器の類似性などを見ると、異文化に親近感が生まれるのではないか。このようなテーマを実践するには、担当教科以外のことも学ばなければと考える。

先週、科学未来館に行きました。興味のない人に興味をもたせる場合に、デザインというのが大切な要素だと思った。教材をつくるときにはデザインについて考えようと思った。

仏教の「空」という考え方とゼロの考え方が近いという話はとても興味深かった。この話を西洋の考え方と組み合わせるだけでも、数学的な考え方を養えるのではないかと思った。
・・・> おなじみ「般若心経」の最初の部分にその枢要な主張が含まれています。
観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄 舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識亦復如是 舎利子 是諸法空相
観自在菩薩さまは般若波羅蜜多(はんにゃはらみった=完全なる智慧をめざす修行)をおこなって、こうお悟りになりました。人間の本質は五蘊(ごうん 形あるもの、感覚、感受、意思、認識作用)の集合体ということであって、本体部分というのは実は存在しない。空(くう)なのである。色(形あるもの)とはすなわち空であり、空とはすなわち色である。・・・ というような感じで説明されています。人間の本質が「空」であるというと「なんで?」と思うかもしれませんが、身体を構成する細胞もそのうちすべて入れ替わり、いっときも「一定の組成」ではありえませんから、「認識がそこにあるだけ」というのもわからぬでもありません。大乗仏教では、苦(迷いや苦しみ)の原因が存在しないはずの部分=空であると知れば、そこを抜け出してステージ・アップできます、といっています。

テーマを考えるのは今回も苦労した。日常生活の中でさまざまなことに関心を向ける習慣は、テーマを考えるうえで大切なことだとあらためて思った。
専門教科でもテーマを出すのが難しかった。また範囲を広げられても表面で止まってしまい、そこから先に拡大していけない状態になってしまう。日常の中で気になったことを、カテゴリ等は気にせず一度書き出しておいて、そこからつながりを探してみるのもいいかもしれないと思った。
・・・> それをじゃんじゃんやってください。ポストイットでもスマホでも結構です。一文字でも思い浮かんだら書き出すこと。

 

 

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