古賀毅の講義サポート2024-2025

Études integrées et interdisciplinaires: connaitre le monde de manière transversale

総合学際科目:知の越境・架橋と近未来への想像力

千葉工業大学工学部機械工学科、先端材料工学科、電気電子工学科、先進工学部生命科学科2
後期 火曜34限(11:00-13:00) 新習志野キャンパス 7号館 7103教室

 

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次回は・・・
5-
鉄道にみる人間・社会・システム(2)

前回につづいて鉄道railway / railroad)を軸に交通・輸送の問題を考察します。鉄道や路線バス、もちろん旅客船や航空便なども、いわゆる公共交通機関に含まれます。公共でないものとしては自家用車(マイカー)が挙げられます。公共のつくほうは、まさしくパブリックな存在ですので、たとえば「私にとってよければ、よい」というような考え方だけではまずい。もちろん「私」を含む、より多数の人にとって「よい」ものにしなくてはなりません。交通がわかりやすいので取り上げているのですけれど、労働や消費といった普通の経済活動でも同じことがいえます。「私にとってよければ、よい」「私がちょっとでも不満であるのならば、だめ」といったバイナリ(二進法)的な思考に陥ることがないかどうか、少し振り返ってみましょう。しばしば問題となるあおり運転や、SNS上での誹謗中傷問題なども通じるものがあるかもしれませんね。

交通(traffic)だけでなく輸送(transport)もタイトルに含めたのは、自身が直接のユーザーとなる機会以外のことにも、想像力をめぐらせてほしいからです。食べたり飲んだりしているものも、家庭生活や学校生活で使用する物品も、娯楽や趣味のための商品も、国内外のどこかで生産され、なんらかの輸送手段を介して、あなたの手許に届きます。ユーザーないしカスタマーの側としては、せいぜい店頭で商品を購入するところから後のことしか知りませんし、知ろうともしません。まして昨今のオンライン購入だと、自宅にいながら買い物が完結しますので、その過程に関しては完全にスルーすることができます。多くの場合、商品が届くまでにどれほどの人や企業やシステムが介在しているのかを想像することすらないと思います。でも、ここは「社会」ですから、実際にはそうしたプロセスがあって成り立っています。「私にとってよければ、よい」と、まだ言いますか? そう言えるのは、いま大学生であるからかもしれません。社会人になるとは、生産や流通のどこかに足をつけて、活動し、賃金を得るということです。想像することすらない、といってしまいましたが、そろそろ、それでは済まない時期が来ているのではないでしょうか。

そうした問題意識もあって、首都圏の住民にとっては非常に身近な鉄道を例にしています。実は、このところ軌道系交通機関の再評価と、新たな展開が世界各地でみられます。鉄道は、道路系交通と違って線路や信号などの専用施設を充実させなければならないので、いったん廃止してしまうともう元には戻せません。せっかく敷設したものをはがすのはもったいないので、どうにか使えるようであれば、工夫して使おうという発想が生まれます。また、前回も少しみたように、鉄道ならではの優位性というものがいまもなおあります。優位性を最大化することができれば、あるいは他の交通機関よりも優位の度合いを強くすれば、鉄道の発展する余地が復活します。いまグローバル化などの影響で、日本にやってくる外国の方が本当に多くなっています。自分が外国に行くことを考えればわかるように、たいていは自家用車をもってくることができませんので、地元ではマイカーに頼っている人でも、公共交通を利用することになります(レンタカー、カーシェアなどの可能性はありますが、微妙なルールの違いがあるので外国での運転はためらいがちですね)。高齢化という文脈でいえば、高齢者になって体力や反射神経に衰えが出てきたら、公共交通に切り替えなくてはならないときがきます。今後さらに高齢者の割合が高くなるわけですから、「現役世代」本位で考えていては限界が来ます。そして、自家用車ユーザーでも、長距離の移動はちょっと、という人がかなり多いです。静岡くらいまでなら自動車で行くけれど名古屋や大阪なら新幹線だな、という人は多いことでしょう。一定以上の長距離になると、高速鉄道や航空の需要が高まります。移動のスピードでは、自動車は絶対それらにかないません。もちろん鉄道が劣位になる部分も多いので、それらを含めて総合的に考え、最適化するわけです。現在のあり方は、総合的に考えられてもいないし、最適化されてもいません(と思います)。アイデアの提示や想像だけならタダであり、元手もエネルギーも要らないので、社会人修行の一環として、学生であるあいだにあれこれ思案してみてはどうでしょうか。

 

REVIEW 10/15

私は地方出身であるため、首都圏の鉄道ダイヤとその正確性はすごいな、と思う。冒頭で触れられていたように、首都圏の鉄道の便利さは本当に異常で、地元にいたころはあまり利用しなかったのに、いまでは日常のライフラインとして欠かすことのできない存在になっている。鉄道が便利なのか自動車のほうが便利なのかは、地方と都市部ではまったく違うが、それぞれの特性を最大限に発揮できるような街づくりが実現したら、理想的な都市が実現すると思う。「鉄道のオワコン化」と呼ばれるような現状であるが、さらに発達できる未来も、考えようによっては実現すると思うので、今後に期待したい。

鉄道が自動車に客を奪われているということを知って驚いた。東京に住んでいてよく鉄道を利用していて、鉄道のほうが人気なのだと勝手に思っていたので余計に驚きました。しかし鉄道の弱点を知れば知るほど、なぜ鉄道の人気がなくなるのかを理解できました。
鉄道は便利なもので、利用者からも喜ばれているものだと思っていたが、自動車や宅配業者などの影響で、一部地域では淘汰されつつあるということに驚いた。鉄道にも弱点が多いことがわかった。

地方鉄道の廃止などがニュースで流れるたびに、いまだに満員電車が問題となる東京をはじめとする都市部との差が見られ、日本は世界有数の自動車大国であると同時に世界有数の鉄道大国でもあるという矛盾を、今回の授業を通して強く感じることができた。

私は地方出身ですが鉄道より自動車で移動する人が大半です。オワコン化が進んでいると感じていました。
私は田舎の地域で育ったため、鉄道より自動車をよく使っていた。鉄道は貨物列車をよく見ていたため、運送目的に使用するというイメージがあった。大学生活のはじまりと同時に自分の移動手段として利用することが多くなったが、こまかな目的地へのアクセスの面で、自動車に負けていると感じる。

私は大学生になってから鉄道メインの生活になりました。通学、バイト、友達などと遊ぶときなどに利用しています。出身地は地方なので、電車は1時間に1本くらいしかなく、ほとんど利用しませんでした。その地方では、学生は自転車通学で、おとなは自動車通勤になるため、おとなの数だけ自動車があるような感じでした。このように、地方では鉄道より自動車が主流であり、また現在では遠くに行くのにも鉄道より航空や自動車のほうが主流であると考えられます。鉄道は、首都圏においては主流であっても、地方では異なると思います。

鉄道が日本を支えていたのは確かだが、現在はいわゆる「オワコン化」になっているのだとあらためて思った。生まれたころから自動車のドア・トゥ・ドアでの移動に慣れていた私にとって、鉄道は古めかしいイメージであり、中学生になって通学するようになって便利だと実感するようになった。現在は、とりわけ都内の移動は鉄道で、遠出するとなると自動車一択になっている。地方では自動車が主流の世の中になっていると感じる。

札幌育ちであるので首都圏の人たちと少し考えは違うと思いますが、地方の駅の活性化はとても大事だと考えています。北海道は年々駅が減少しているため、もっと地方にやさしい運営をしてほしいと思います。鉄道はいま国が運営していないため、少し難しいですが、安定したサービスをしていってほしいと思います。
・・・> 1987年の分割・民営化で割を食ったのが三島会社と呼ばれるJR北海道、JR四国、JR九州です。本州3社に比べて経営基盤が弱く、人口や産業の面でも不利であるのが明確だったため、分割に際して基金を創設してそれでバックアップしようと考えたのですが、その後に長期不況となり金利が低落したことから基金の運用が難しくなってしまいました。そうしているうちに三島の自動車依存が強まり、高速道路も整備されて、鉄道への期待が薄れてしまったのです。とくに北海道は人口密度が極端に低く、札幌都市圏以外の産業が振るわないこともあって、「運ぶもの(旅客・貨物)」がどんどん少なくなっているのに、自然環境や気候の厳しさから維持コストが本州とは比べ物にならないほどかかるという、非常にまずいことになっています。分割してしまったことで、本州側から見て北海道が「どこか遠くの、よその話」みたいに思えてしまったのもまずいですよね。

東京近郊の都市間の移動などにおいてはいまだ鉄道が交通手段として主流になっているが、田舎に行くと自動車のほうが便利なため、鉄道がどんどん衰退していっているなと感じる。ローカル線で有名な銚子電鉄も、普段の鉄道利用者がほぼなく、最近では「ぬれ煎餅」などの売り上げでなんとかまかなったり、鉄道車両でイベントをおこなったりして、本来の交通機関という役割はほとんど死んでしまっている。
・・・> 銚子電鉄の「ネタ的経営」がいつまでもつのかは不明ですが、鉄道はコンテンツ・ビジネスとしての価値もあるにはあるんですよね。せっかくのインフラを生かす道を考える人がもっと現れるとおもしろい。個人的には、ぬれ煎餅というのは、おせんべいを食べている感じがしないのでちょっと(笑)。津田沼駅の売店でもときどき売っていますよ。

鉄道が直面している多くの問題は、社会や経済の変化に対応しきれていないことに起因していると思った。従来のシステムを維持するだけでなく、柔軟な考えで利用者のニーズにこたえることも重要だと考える。

大規模で、ある程度完成しきったシステムに早い段階でなってしまったからこそ、いまは自動車や航空機との競争においても変更しにくく、つくりなおしもできないのだと考えた。自動車や航空機も、それに代わる新しい移動手段ができたときにオワコンになってしまうのだろうか。

鉄道や交通システムについて考える際に、自身の住んでいる場所が地方なのか都市部なのかによって状況が大きく異なり、主観や経験がシステムを考える際に制約要件となるため、広いマクロな視点で考察しなければならないということを学んだ。

国と鉄道会社は公共交通の維持と発展に向けて、それぞれの役割を果たしながら協力することが重要だと思った。首都圏に住んでいると、鉄道の利便性に慣れすぎてしまうことがあるが、地方ではその重要性が減少している現実があり、それを知ることが大切だと思った。

さまざまな視点から鉄道の問題点などを知ることができた。これからもさらに新しい交通手段が出てくると考えられるが、そのとき改善されていなければ、鉄道はどんどん廃れていってしまうのではないか。

鉄道の成り立ちやしくみを学んだ。昔は蒸気のように単純だったしくみも複雑化し、高度で専門的な世界になって、メリットだけではなくなってしまった。しかし利用者は多いため、そのシステムに穴をあけることはできなくなっている。
・・・> いや、そこではありません。どの分野にも共通する高度化、ブラックボックス化はあるけれど、それと「メリットだけでは」は結びつきません。

 
スイス国鉄の特急列車(これは「電車」ですね)
アルプスの天険を、ループ線5.5周を駆使して越えるという大迫力で、非常に満足しました

 

鉄道も含む、工学的技術のカタマリみたいなものは、もちろんよいことがたくさんあるが、そのぶん問題も多いことがわかった。
便利そうに見える鉄道だがすべてが便利なわけではなく、意外と制約や難しい面もあると知った。たとえば地形に強く制約され、川を越えるのにも土地や地盤の問題があるのだとわかった。鉄道は、実は工学的技術のカタマリで素人には扱えないと知って、カッコいいなと思いました。

日本の鉄道の特徴だけでなく、イギリスやスイスなど外国での鉄道の成り立ちや線路の種類など、さまざまなことが説明されて、わかりやすかったです。

日本の鉄道は、植民地規格の1,067mmのレール幅であり、新幹線は1,435mmなので互換性がなく、新幹線の車両が在来線を走ることができない。レールの幅をいまからでも統一していくべきだと思った。
・・・> 世界的には1,435mmが圧倒的に多いです。首都圏にはもう1種類、世界でも類例がほとんどない規格があります。1,372mmの「馬車鉄ゲージ」と呼ばれるもの。都電荒川線(東京さくらトラム)、京王電鉄、都営新宿線、東急世田谷線、そしてかなり離れていますが函館市電が採用しています。京成電鉄も戦後少しのあいだは1,372mmだったのですが、都営浅草線や京浜急行電鉄と直通運転をおこなう関係で、1959年に全線を改良して1,435mmに広げました。このとき「練習台」として利用されたのが子会社の新京成電鉄で、同路線は京成より一足早く1,435mmになっています。新京成はもともと帝国陸軍鉄道聯隊の演習路線として敷設されたものを、戦後に京成電鉄がもらいうけたもので、なにしろ資本を投下して建設したわけではないので収益がそのまま儲けになる、超優良企業です。来春、親会社の京成電鉄に吸収合併されて京成松戸線になるそうですね。

日本が鉄道を通すのに1,067mmという規格を決めてしまったのが致命的だったと知った。
・・・> 致命的まではいかないかも。ま、しかし、みなさんの専門やそれに近い分野でも、このようなことはありますよねきっと。

毎朝、東海道線(上野東京ライン)を利用しているが、数分遅れていても回復して定刻どおりに次の駅に着くので、JRなどのさまざまな努力があるということがわかる。

私も鉄道が好きなので、今回の授業は非常に興味深く、おもしろかった。いまとなっては生活に欠かせないものだが、実はデメリットが多い。一度線路を敷設してしまうと新たに敷設することが難しくなり、どうしても道路には劣ってしまうのだなと思った。
・・・> 鉄道黎明期とか、発展の時期(地域開発そのものが、まだこれからという時代)であれば、並行する別線を敷設して機能を向上させるということもありますし、明治〜大正期くらいまではライバル企業を出し抜くためにあえて競合路線を敷設するということもあったんですけどね(いま思えば無駄すぎる 汗)。歴史上よく知られるのは「満鉄並行線」問題です。日露戦争後に日本が経営権をもった南満州鉄道(旅順〜新京など)に対して、中国人の民族資本が対抗的に並行路線を敷設するという計画が本格稼働し、これがかなり直接的な原因となって満洲事変が惹き起こされています。

トラックでの輸送に目が行きがちですが、鉄道輸送のほうが長距離、大量輸送、コスト効率、環境負荷を重視する場合には最適であることがわかりました。

日本の鉄道は、もともと旅客のためではなく貨物のために造られたということに驚いた。そこから旅客列車が増えていったが、その利用者が少なくなったのならば、もう一度貨物のための鉄道に置き換えてもいいのではないかと思った。トラックのドライバー不足による流通問題の解決のためにも。
鉄道は人の移動のために発達したのだと思っていたので、貨物輸送がメインと聞いて驚いた。2024年問題を解決するため、鉄道と自動運転のミックスが必要だと思った。長距離の輸送は鉄道がおこない、地域での輸送はトラック(自動運転)に変えていくべきだと思う。

いま買い物に直接行く機会が減り、オンライン上で買い物する人が増えている。それに伴いドライバー不足が生じて、バスなどのインフラの弱体化につながっているということがわかった。
・・・> 社会変化の影響は大きいですね。コロナ禍を経てリモートワークが増えていて、鉄道の利用客が禍の前ほどには回復していないという面もあります。

鉄道は、いまは人が乗るのが当然になりつつあるが、本来はモノを運ぶために造られたものであるということがわかった。いわれてみれば、地元では人の乗る列車よりも貨物列車を見ることのほうが多かった。あまり意識していなかったが、鉄道のために山を切り開いているところがあるのは、鉄道が傾斜に弱いからだというのがよくわかった。

古い時代の技術で造られた線路は、技術力の低さによって不便なものが多いことがわかった。現代の技術で造られた高速道路や新幹線は最短距離でつなげられていて、差ができていることがわかった。
気づいていなかったけれど、坂があったり、うねうねしていたりして、鉄道は遠回りになっていることがあるとわかった。鉄道のほうが楽に目的地に着けると思っていたが、少し遠い場所とかなら自動車のほうが早いと思った。鉄道は便利で、人身事故による遅れ以外は悪いところはないと思っていたから、びっくりした。

鉄道がオワコン化した原因をいろいろ考えてみたが、やはり後から誕生した自動車に後れをとってしまったのが一番かもしれない。自力で動くことができないというのが痛くもあり、石炭などの燃料を買わなければならないのも鉄道会社の負担になっているのかなと思った。
・・・> 自動車だってガソリンを買って入れないと1ミリも動けないですよ! 石炭は、かつての蒸気機関車では国鉄が購入して燃料にしていましたが、いまは電力もしくは内燃動力(軽油を燃料とするディーゼルエンジン)で走りますので、石炭を購入するのは電力会社であり、そこで発電された電力を鉄道会社が買うという流れ。JR東日本は自前の発電所ももっていますけれど、それは水力発電です。どこにあるかは調べてみてね。

鉄道がつくられた背景として、かつては船舶が輸送の主流だったが内陸のほうが盛んになってきたので、港と内陸との物流をよくするためということがあった。農業や漁業だけの時代は「時間」に囚われることはなかったが、鉄道・学校・軍隊の3つが入って、日本に定時性という感覚が染みついたのかもしれない。軍にとっても必須だった鉄道がもしなかったら、戦争も過激化しなかったのかもしれない。
・・・> どこかでお聞きになっていると思いますが、千葉工大津田沼キャンパスの敷地は、敗戦まで帝国陸軍鉄道聯隊のあったところです。大陸に行って日本側を利する鉄道をつくったり、敵の鉄道を破壊したりするための専門技術部隊でした。ご指摘のように、鉄道の有無というのは戦況や戦争の内容にも大きな影響を与えます。シベリア鉄道の開通と戦争の関係なども調べてみるといろいろ興味深いですよ。

個人的におもしろかったのは、西日本と東日本を分ける、三重県にある3本の川の土木工事を、関ケ原の戦いでいざこざがあった薩摩藩が受け持たされ、そこから薩摩藩は幕府に不満をさらにもつようになったということだ。しかしいまは東京の人たちから感謝されていると聞き、仲直りしたようなのでよかった。
・・・> 感謝しているのは三重県の人たちです。東京の人はエピソード自体を知らないのではないですかね。三重県を南流する3本の大きな河川すなわち揖斐川、長良川、木曽川のコントロールは濃尾平野の開発(工業化、宅地化)においても非常に重要な課題となり、近代的な技術が大いに貢献したと考えられます。山がちで河川の傾斜が大きい日本では、大雨などで川上の水量が増したときに平野部の洪水のリスクが大変なものになります。そこに都市があったら被害は甚大。ですから、この関東平野でも江戸時代から大規模な治水工事が何度もおこなわれ、河川の付け替えや大規模な浚渫(しゅんせつ)、放水路の建設などが繰り返されました。関心のある人は、ぜひそういう現場に足を運んで、事柄の性質を実地で考えてみてください!


近鉄特急が揖斐川(写真右)と長良川(左)を長い橋梁で一気にわたる場面
この河川から写真右(西)のほうがビーフカレー地帯になる、らしい

 

よりよいものをつくろうとして、その時期にはとても便利なものであっても、時が経ってみると暗の部分が見えてくることもある。そのときだけよいものをつくればよいというわけではない。鉄道は、ダイヤグラムが設定されており、利用者側はある程度時間に縛られるため、それを避けようとする利用者たちは自家用車に移り、輸送手段のメインは鉄道だという考え方がなくなっていった。会社の組織が中央集権的だと、サービス意識の低下など、利用者への配慮が少なくなるのでよくないと思った。

国鉄が廃れてしまった要因のうち、石油危機とモータリゼーションに関してはどうしようもないことなので仕方がないと思ったが、労働争議で、ストライキはまだしもサボタージュまで起こしてしまうのは、商売としてどうなんだと思った。廃れるべくして廃れたのだと思った。
・・・> 「商売」だとは考えていなかったのではないですかね。「公務」か何かだと。実は、占領期のGHQによる指令(政令201号)によって公務員の争議行為が原則的に禁止されています。そのため「国鉄」の労働者がストやサボタージュをおこなってよいのか、そもそも問題になっていました。1975年には国労などの労働組合が「スト権奪還スト」を大々的に実施。ストライキ権を完全に取り戻すためにストライキをするという、ユーザーからすればどうでもいいような争議の結果、いよいよ国鉄は見離されてしまうのでした。

JRは交通の需要の理解にもとづいた決定をおこない、それにより国鉄の赤字を解消し、市民生活のいろいろな面で促進効果をもたらしました。全体として利益が弊害を大きく上回り、人々が欠点を指摘することさえ難しくなっている。

私は関東に来てから鉄道に興味をもったが、今回の授業で、歴史やさまざまな路線の特徴を知ることができて、さらに興味をもった。国鉄が民営化してJRができたということだが、郵政民営化など、民営化によって起きるメリット、デメリットが気になったので調べようと思う。
・・・> 鉄道のように、超広域(国全体というようなスケールが対象)で、整備や維持に桁違いのコストを要し、かつ公共性の高い分野は、国家(政府や政府系)が一元的に運営するというのが、わりと最近までの世界の常識でした。国防・安全保障上の要請でもあります。しかし、時とともに考え方が変わってきて、いまは民営化ないし官民共同のようなかたちが世界の主流になっています。また、次回少し取り上げようと思いますが、上下分離という方式も考えられます。下すなわち線路や設備などを国や自治体が管理し、上すなわち列車の運行やサービスを民間企業が担当するというもので、道路を走る路線バスみたいなイメージに近いかもしれません。現に、一部の地域では上下分離がおこなわれていますし、英国や合衆国の鉄道は基本的にそのようになっています(ドイツは部分的に上下分離、フランスはいまも国営ベース)。空港の民営化や官民共同化については別の回で紹介しましょう。国営事業の民営化は、1970年代以降に新自由主義(neo-liberalism)という思想にもとづく政策によって、世界的なトレンドになりました。日本では2度の大きなムーブメントがありました。1回目は1980年代の中曽根康弘政権のときです。中曽根政権は、公共事業体だった三公社の民営化(日本電信電話公社→NTT、日本専売公社→JT、日本国有鉄道→JR各社)や、国際電電の民営化(現在のKDDI)、日本航空の民営化などを手がけました。2回目は2000年代の小泉純一郎政権のときです。このときには、レビューにもある郵便関係事業の民営化(日本郵便、かんぽ生命、ゆうちょ銀行に整理)、日本道路公団の民営化(NEXCO各社)などが取り組まれています。小泉首相はことあるごとに「民間でできることは民間で」というセリフを口にしました。このフレーズが、新自由主義的民営化政策を最もよく言い当てています。

なぜJR西日本と東日本を分けているのかと思う。
・・・> 東海は?

鉄道は便利でとてもいい乗り物だが、コスパ、速さ、時間にやはり問題があると思う。国に、もう少し便利なダイヤで走行することを考えてほしいと思った。
・・・> 国って、もう鉄はありませんですよ。

いま、毎日電車を利用して通学しているけれど、朝89時くらいはほぼ満員で、かなりきついと思う。どうしてもっと本数を増やしたり車両を増やしたりしないんですか。
・・・> 車両数や運転士・車掌の人数を増やそうと思えばそれだけ費用がかかります。それ以上に、線路容量というのがあって、一定以上の列車(便)を同時に走らせることが技術的にできないのです。たとえば京葉線でいうと、新習志野や海浜幕張はホームに面した線路が4本あるので、折り返し運転が可能ですが、折り返しをしようとすれば駅での滞留時間が長くなりますし、ポイントを渡って反対側に転線することになるので、そこを走ってくる列車とぶつからないようにするには、一定の間隔を空けなくてはならないことになります。また、たとえば幕張豊砂、南船橋、二俣新町、市川塩浜などの駅は折り返しができませんので、とにかく先へ先へと列車を進ませなくてはなりませんが、カーブがあり駅停車の前後の加減速もあるので等速直線運動というわけにはいかないですよね。それらの要素を加味すると、どうしても一定の限界というのが生じてしまいます。京葉線は全駅で最大10両の停車ができますが、武蔵野線は8両までなので、西船橋方面に直通する列車はたいてい混んでいますよね。そういう事情もあります。最後に、列車本数、車両数、運転士などの数を増やすとなったとき、どの路線を優先するのかという経営判断があります。おそらく山手線、京浜東北線、中央線、上野東京ラインなどが優先されるはずで、京葉線は後回しではないかな。

普段電車を使っているので今回はおもしろい内容だった。メリット、デメリットをあまり考えてこなかったが、交通手段それぞれに特性がありそのとき次第で変えるとよいと思った。
・・・> 後段の「そのとき次第で変える」というのが、どういうことなのかわかりません。ユーザー側からみた「交通手段の選び方」だとしたら、今回のテーマからはズレてしまいます。またメリット、デメリットという言葉を使っておられますが、今回はその話ではなかったと思う。長所・短所の意味で使っているのだとしたら、言葉の誤りです(この誤りに気づかない、というか知らずにいる人は非常に多い)。


愛知環状鉄道の電車
路線が環状ではなく棒状なのに環状鉄道とは?としばしばネタにされるが意味はお調べください
トヨタ自動車の本社工場が沿線にあり、鉄道の大敵であるはずのトヨタさまが社員に電車通勤を促したため
朝夕の通勤時間帯はトヨタ関係の従業員で満員になる(元は国鉄のお荷物赤字路線だったのが見事に再生した例)

 

ちょうど中央線にグリーン車が増えたが、無料ということで有象無象がごった返している。サービスの向上がおこなわれてもユーザーの質の低下があるいま、どのような施策をとるべきかは難しい。
・・・> 中央線のグリーン車は、本格実施を前におためし乗車の期間ということですね。その間に利用の様子や問題点などをモニターするものと思われます。基本的には、いま首都圏で盛んにおこなわれている着席有料化というのは、質の低い「有象無象」を切り離そうとする試みであり、無料サービス期間中にはその点のチェックはできないことになります。

国鉄が三郷に大きな貨物駅を造ったのに、すぐ石油危機などが起こったのは気の毒だと思った。

なぜ西九州新幹線が全線開業できないのか気になり、調べたところ、在来線の利便性低下や多額の費用負担を理由に佐賀県が強く反対しているからだとわかった。なるほどと思ったが、その佐賀県や周辺の住民の交通弱者の視点で見ると、移動が困難であるため、その他の移動手段の整備が必要だと考えた。
・・・> これはもう本当にシンプルな問題だと思います。調べてくださったように、佐賀県にとってはお金だけ取られてほとんどメリットがないという、とんでもないことになっています。民営化後に造られる新幹線は、国ではなく民間企業であるJRが運行しますので、赤字をJRに押しつけることになってはまずい。そこで、新幹線を通したら並行在来線は廃止(実際には県などへの移管)することが法的に決まっています。佐賀県の在来線は線形もよく、また特急列車がかなりたくさん走っていて、九州の中心都市である福岡(博多)まで40分くらいで行くことができます。新幹線が開通しても時短は15分もなく、特急料金が高額になり、場合によっては乗り換えの必要が発生します。そして並行在来線が県に移管されると、高齢者や高校生の足が大打撃を受けます。当初、車輪間の幅(=線路の幅)を切り替えることのできるフリーゲージ・トレインを開発して、佐賀県内は在来線を高速走行するという案があり、それで建設をはじめたのだけれど、フリーゲージが技術的に難しいという結論になって、じゃあフル規格にしますと方針変更したのも、佐賀県側を怒らせることになりました。長崎県内だけ先に開通させているため、現状だと佐賀県がじゃましているように見えて悪者扱いされるようなのだけれど、本質的には国(政治)のマネジメントの失敗が原因です。フリーゲージ・トレインは欧州でも採用実績があり(フランス・スペイン間など)、200km/hで走ろうと考えるから技術的に困難なのであって、そこは低速でもいいよというふうに考えを改められるのなら、その技術は全国で役立てることができるのに、頭カタすぎるなと。

鉄道の特性とその明・暗から、鉄道に限らず物事には常に二面性があり、誰かにとっての明は別の誰かにとっての暗になることがあると思った。人間と同じようなものだと思った。コロナなどの感染症のことを考えると、自動車、鉄道などあらゆる交通手段を選択できるのがベスト。

鉄道は効率的な輸送手段であり、定時性や環境への配慮が際立っていると思った。マイナス面では建設時の多大なコスト、環境への影響、遅延など利用者に不便を強いることが多くなっていることなど。今回の授業で、メリットとデメリットが相互に関連していることを理解した。

鉄道は、何も考えずに見れば便利でしかないが、よく考えてみるとその限りでない場面がいくつもあった。ただ移動するだけなら便利で、時間どおりに来るからその時間に行けば必ず乗れる。しかしこれを日常の一部とすると、自分の好きな時間には乗れないため、駅に向かう時間に拘束されるし、遅延すると思いどおりには動けなくなって、とたんに不便になると思った。鉄道のような画期的なものは、当初から多く開発され、進化しやすい。よってのちに不便な面があらわれたり、開発が遅れたりすれば、できたころには時代遅れになり使い物にならなくなる。このようなことを考えていろいろなものを開発する必要があると思った。

武蔵野線を日ごろ使っていて、乗り換えが大変で不便だと思っていたけど、貨物線として使用されていたのを旅客用に変えたからだとわかった。たしかに地元ではほとんど自動車での移動で、家族も11台もっていて、電車は使わなくても生活できているし、東京でしか利用しないと思った。

武蔵野線がもともと貨物列車の路線であるから、ダイヤルが乱れるということを知って、本数が少ないのも納得できた。
・・・> ダイヤルは乱れないと思うよ! それにしてもダイヤルって最近あるんですかね(汗)。時間を横軸、距離(駅の配置)を縦軸にして折れ線で列車の運行を示した図をダイヤグラムdiagram)といいます。鉄道やバスの話題で頻繁に出てくる「ダイヤ」というのはこのダイヤグラムのこと。ダイヤグラム上に示された、ある列車の運行予定を示した折れ線のことを業界用語で「スジ」というので、ダイヤを組むことを「スジを引く」なんていったりします。ここだけの話、千葉工大のスクールバスの出発予定表に「バスダイヤ」と記してありますが、本当は間違いで、あれはタイムテーブルですね。ダイヤグラムは運転手さんの手許にあるのを見ることができます。

私は田舎の出身だから、景色の変化が鉄道の魅力のひとつだと思っています。でも都会に来てから景色<スマホの人が多く、せっかくの魅力を感じられなくてもったいないと思います。

鉄道の利用率が昔よりも減少しているが、自動車よりも環境によく、輸送力があり、大規模イベントが開催された際には便利だという点を前面に打ち出せば、利用者を増やせるのではないか。


茨城県を走る関東鉄道常総線のディーゼルカー(「電車」じゃないからね!)
東京方面への通勤輸送でとても混雑するのにいまも電化していないのは、石岡の地磁気観測所から半径50キロ以内は
直流電化が禁止されているため 常磐線みたいに交流電化するのは私鉄には大きな負担となるのだ

 

鉄道と電車は同じ意味だと思っていたが、鉄道はシステム、電車は車両を指していることがわかった。

普段「電車」と呼んでいるものが、正式には「鉄道」であることを知った。
・・・> 違うよ!

蒸気機関車以外はすべて電気を用いて運行していると思い込んでいたので、ディーゼルカーの存在を知ることができた。東京に住んでいるのでディーゼルカーにはなじみがなかった。どのような乗り物なのか乗ってみたいと思った。
・・・> 都内にはもうディーゼルカーの定期列車は走っていません。首都圏だと、小湊鉄道、久留里線、鹿島臨海鉄道、水郡線、関東鉄道(常総線、竜ヶ崎線)、真岡鐡道、わたらせ渓谷鉄道、八高線がディーゼルカーによって運行されています。独特のエンジン音と、惰性走行に切り替わったときの軽快な感じが私は好きですね。

なんでもかんでも電車というのは間違いだというのは知らなかった。言葉の意味をしっかり理解しないまま使っていた。「鉄道」「列車」「電車」を区別していきたい。
・・・> 架線から電気を受け取って走るのが電車、といいたいところですが、電車というのは電気を動力にする車両のうち客車(お客さんが乗る車)にモーターがついていて自走が可能なものを指します。自走能力のないただの「客車」を、お客さんを乗せない動力車が引っ張るパターンもあり、そちらは「電気機関車」。かつてはあちこちに走っていて、とくに床下音をセーブしたい夜行列車には重宝されたのだけど、もう夜行列車そのものが日本からはほとんど消えかけています。工学系の人はよく想像できると思いますが、電気機関車が客車を引っ張るパターンだと、機関車だけが重く、線路や路盤への負荷が分散されません。このため列車の運行頻度が高い路線には不向きなのですね。首都圏では自走式の「電車」ばかりになるのは、それもあります(あと運転が比較的易しいらしい)。

私が普段使うのは高崎線や秩父鉄道だが、2つとも電車であることがわかった。
・・・> 秩父鉄道も、もともと旅客ではなく貨物を運ぶために造られた路線であり企業ですね。もちろん秩父の石灰石を運んでセメント工場に運ぶのが目的。だからいまでも、電気機関車が引っ張る貨物列車がたくさん走っているのを見るでしょ? あれは「電車」ではない。ついでのことに、秩父鉄道が観光用に走らせているパレオエクスプレスは、蒸気機関車が(自走能力のない)客車を引っ張る、最もオールドファッションの列車です。

103系のイラスト上手でした。一目見てわかりました(笑)。
・・・> 恐縮です(笑)。規格化といえば103系なんて典型でしたね。あんな、のっぺらぼうみたいな顔+一色塗りばかり何百編成もこしらえていたんだから!

 
(左)鳥取駅に停車中のキハ47系気動車 このあたりの山陰本線は非電化なのでディーゼルカーが使用されている
キハ47など40系シリーズは国鉄末期に投入され、性能はアレなのだがとにかく頑丈で長持ちするため、いまも全国で重宝されている
(右)英国ウェールズの田舎町バリーの駅で このあたりも架線が張られていないので非電化だとわかる 写真の車両はディーゼルカー

 

鉄道と道路交通とを比較すると、後者のほうが便利だと思う。鉄道はj悲観に縛られるし、他の人もいるから周りの目を気にしないといけないが、自分で運転しなくてもよいので楽ではある。自動車が好きな人は、運転する人はうれしいし、他の人の目や時間を気にしなくても済む。そのため、いまの社会は道路交通が発達しているのだと思う。まあそのときの気分や体調、状況によって変わってくるけど・・・。将来的に空飛ぶ車が普及するかもしれないけれど、その影響は他の交通にも及ぶのだろうと思った。でも鉄道はなくならないだろうと思う。

普段、鉄道に乗ることが多いが、鉄道の弱点や特性などはあまり考えずに利用していたことに気づいた。少し考えると、貨物を運んでいる列車を見ることが多いなと思った。夜中に走っている場合もある。いまではなくてはならないものだとあらためて感じた。鉄道がない時代に生きることは想像できない。車もコンビニもそう感じる。ChatGPTも当たり前の時代になり、自動運転もそうなるのかもしれない。これからの時代に追いつける人でありたい。

すごい長所だったところも時代に連れてよりよいものが生まれ、それが短所になってしまうことがわかり、明が暗になってしまうことは他にもあるのかと考えた。鉄道は通学で利用するので、長所を長所のままでいられるような進化をつづけてほしい。

明の部分が暗になってしまうという話から、将来就職するときにはなるべく明の部分が暗になりにくい仕事を探そうと思った。しかし時代の進化としてはしょうがないことだなと思った。
・・・> それはさ、理工系(の就職)の宿命ってやつです。どのみち知識や技術をアップデートさせなければ、学んだことの賞味期間は短いよ。

普段なにげなく乗っている鉄道の歴史、明・暗について学ぶことができた。日本の地形や地勢を読み解くと、なぜそこに鉄道があるのかを理解できた。当時は鉄道の利点だった面が、その後ずっとつづくとはかぎらないという点が、技術者として大切な考え方だと感じた。また、このような感性は、理系の専門性だけではない分野横断的な学習の姿勢によって得られると思った。

今回は鉄道という視点から人間や社会のシステムについて考えた。鉄道は古い時期につくられ、古い技術でつくられているものは現代の人にとっての不便につながる。現代に合わせたインフラ整備が必要になると思った。そのためにも、いま学んでいる生命科学からの越境思考、その分野だけでなく少し離れた考え方や、少し離れた分野のことも視野に入れつつ物事を考えていくことが大切だと考える。授業の中で、地図を使って鉄道の過去や現在について示していた話はとても興味深かった。

今回の授業を通して、鉄道が弱体化していると感じました。鉄道は、私たちの移動手段として生活を支えてきた重要なインフラでしたが、他の交通手段、たとえば飛行機や自動車の登場により、人々の意識がそれらに向けられることが多くなりました。とくに田舎に住んでいる人は、バスも電車も少ないため車を運転する人が多いです。しかしどちらにもメリット、デメリットがあり、その状況に応じて使い分けることが大事だと考えます。鉄道が人や経済に与える影響は大きく、よって負の面を踏まえた持続可能で安全な鉄道がこの先も重要であると考えます。

鉄道は私にとって必要不可欠のものではあるけれど、よく考えてみると、鉄道は工学的技術のかたまりであり、素人には扱えない。すなわち人手不足になったときに替えが利きにくいと思った。また大量輸送に優れていて、1人のドライバーでたくさんの量を運ぶことができるが、線路の建設が地形に大きく左右されることを考えると、飛行機のほうが優れているのではないかと思うこともあった。いままで「便利なもの」という明の点しか見えていなかったけれど、今回の授業を通して暗の点が見えたことで、自分が鉄道を表面上でしか見ていなかったということをひしひしと感じた2時間だった。

 

 


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