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1 ムフタール→サン・ジェルマン・デ・プレ

 

 


常宿ちかくのムフタール通り いつもここから歩きはじめます

花の都パリの何でもない平日(226 火曜日)、滞在は翌日午前まででしたが仕事というか用向きは全部済ませてしまったので、ぽっかり空きました。どこかへ行こうかな、でもだいたいのスポットは知っているからな。メトロ(地下鉄)、バス、トラムなど市内交通を経営するパリ交通公団Régie autonome des transports parisiens: RATP)は東京の銭湯かというほど各種の運賃を毎年上げていくため、一日乗車券モビリス(Mobilis)も€6.10とおトク感がそれほどなくなりました。1回券が€1.70ですから4回でぎりぎり採算ベースで、初心者でない者がいまさら乗り物ばかり利用してもな。――ということで、この日は歩いてゆける範囲を歩いて、疲れたら帰るということに決めました。読みたい本もあったから、どこぞのカフェでのんびりしてもいいな。

なおタイトルは五百沢智也さんの『歩いて見よう東京』(岩波ジュニア新書)へのオマージュを込めたものです。「見」は補助動詞でも誤変換でもありません。私の町歩きのバイブルになった本で、ああこうやって歩いて、見て、語るのかと目を開かされた覚えがあります。


肉屋にディスプレイされた鶏のロースト
 
トゥルヌフォール通り

さっそく当ても目的もなく歩きはじめ、さすがに朝っぱらは元気のないムフタール通り(Rue Mouffetard)の商店街を登っていきました。この十数年、私にとってのパリはいつもここからはじまります。でも滞在5日目なのでさすがに景観に慣れてしまいました。少し進路を変えよう。一筋西側、住宅街(といってもパリ市街地に一戸建てはありませんのでアパート群)を南北に走るトゥルヌフォール通り(Rue Tournefort)を歩くことにします。ムフタールに気をとられすぎてか、この道を歩いた記憶はほとんどありません。カルチェ・ラタンQuartier Latin)独特の、急坂+石畳ふう+ビルに囲まれて空の狭い感じがなかなかいいなあ。日本のグルメガイドに載っていた、よさげなビストロを見つけました。ここだったのか。私、写真のたくさん載ったパリのグルメガイドとか味めぐりみたいな本が大好きで、女性雑誌の特集号なども含めてことごとく購入しますが、それを「活用」することはまずほとんどありません。最新動向とかものの見方を養うのが一義、あとは美味しそうな料理の写真を見て、美味しそうなコメントを読み、それをサカナにワインを飲んでいるのです。こちらのアテは冷奴であることが多い(笑)。

しばしば食事しに足を運ぶ鉄鍋通り(Rue du Pot-de-fer)を横目に見て進むと、やがてパンテオンPanthéon)の裏手に出てきます。この道についてはアマチュアながら、この地区についてはヘヴィー・リピーターですので東西南北の感覚はばっちり。


Aux grands hommes la Patrie reconnaissante (偉大なる人々に祖国は感謝する)
と前面に刻印されている カルチェ・ラタンの「頂上」に建てられたパンテオン

カルチェ・ラタンのランドマークともいうべきパンテオンは、カトリックの教会として建設がはじめられながらも大革命でリセットされ、紆余曲折の末に最終的には世俗化されて、祖国と人類に貢献した偉人たちを祀る国立霊廟になっています。ここの地下墓所にはルソーやヴォルテール、パストゥールやキュリー夫妻、新しいところだとミッテラン元大統領も眠っています。ミッテラン好きだったんですよね。懐の深い政治家だったなあ。

理科の先生を志す向きはぜひ一度中を見てください。キュリー夫人のお墓にお参りするのはもちろんですが、この高いドームを利用しておこなわれたのがフーコーによる振り子の実験。地球の自転は1851年にここで証明されたのです。パンテオンは思った以上にでかい建物なので、リュクサンブール公園あたりからはすぐ近くに見えるのだけど、歩くとけっこうかかります。

 

パンテオンからリュクサンブール公園へとまっすぐ伸びるのがスフロー通り(Rue Souffelot)。スフローはパンテオンの設計者です。文教地区ですので古書店、文具店、最近ではビジネスコンビニなども目立ちます。まだパリ初心者だったころこの近くにあったINRP(国立教育研究所)の図書室で文献探しとか資料読みをガチでやっておりました。ノートとかボールペンなどよく買ったものです。このへんのカフェもだいたい使ったことがあるんじゃないかな。パンテオンを背にしてリュクサンブール方向を見ると、ゆるい下り坂になっていて、公園の緑の向こうにエッフェル塔の頭が少しだけ見えます。


ソルボンヌ広場のカフェで小休止 左下はオーギュスト・コント像
 

スフロー通りから2筋北に進んで、ソルボンヌ広場Place de la Sorbonne)に出てきました。教育史の授業でおなじみの通称ソルボンヌ大学、今はパリ大学の一部をなしています。カルチェ・ラタン(英語でいえばLatin Quarter)は「ラテン語地区」という意味で、中世いらい大学の教授や学生たちが普遍語(lingua franca)であるラテン語でコミュニケーションしていたことに由来します。ソルボンヌあってのカルチェ・ラタンなのは昔も今も同じ。こっち(西欧)の大学生は本当によく勉強しますよ。

さほど広くないソルボンヌ広場を取り巻くように、古書店やカフェが並んでいます。78年前まではこのへんのカフェをよく利用していたのだけど、最近とんとご無沙汰だなと思い、大学の斜め前の1軒(L’Ecritoire)に入ってみました。窓際の席でカフェ・クレム(いわゆるカフェオレのこと €3.90)を飲んで、知的な景色を眺めながら1時間半ばかし読書。東京から持参した「ソ連」がらみの本です。文教地区で読書すると賢くなる、わけでもないのは、20年も文教地区に住んでいて一向に賢くならない私自身が証明しているね! ちなみに、ソルボンヌの南側、レ・ゼコル通り(Rue des Écoles)にあるモンテーニュ像の右足を触ると試験合格のご利益があります。西欧人もけっこう現世利益好きなんですね。世界の知性を集めるソルボンヌの学生にしてからがそれでは(笑)
 つま先つるんつるん


サン・ミッシェル通り
 

いままで歩いてきたところはすべてパリの5区に含まれるエリアです。5区と6区の境界は南北の幹線道路であるサン・ミッシェル通りBoulevard Saint Michel)。6区にはリュクサンブール公園やサン・ジェルマン・デ・プレが含まれます(ご存じの方も多いでしょうが、パリの区割りはコンコルド広場を1区として時計回りのカタツムリ状に20区まで割り振られています)。

サン・ミッシェル通りはナポレオン3世のもとでパリの近代化に尽力したセーヌ県知事オスマンの都市計画に沿って造られました。衣料品やアクセサリーなどのわりに上品な路面店がならぶ並木道で、シャンゼリゼのような派手さはありませんがいかにも大都会の大通りといった風情。ソルボンヌからずっと下り坂になっていて、直進するとサン・ミッシェル橋でセーヌ川を渡ってシテ島に向かうことになります。いまどきのファストファッションもあるし、マクドナルドとそのライバルであるクイック(Quick)、スターバックス、東京にも支店のあるパン屋チェーンのポール、そして「坂下」に近づくと小中高大の教科書や料理本を売り叩く古書店が現れます。シャンゼリゼは銀座のような意味でのザ・目抜きなので圧倒され落ち着いて買い物できんという方も多いでしょうから、左岸のこの界隈を押さえておくとカジュアルな気分でショッピングとか飲み食いできると思う。写真のモノップ(MONOP’)はフランスじゅうどこにでもあるスーパーマーケットチェーンのモノプリ(Monoprix)の一業態で、一人ぶんに小分けした惣菜とか飲み物をイートインできるので、レストランに入る度胸とか予算が不足しているというコンビニ世代はぜひご利用くださいな。


サン・アンドレ広場(上)からサン・アンドレ・デ・ザール通りへ

サン・ミッシェル通りから左に折れるとサン・アンドレ広場Place Saint André)に出ます。広場というにはかなり狭く、単なる変形五叉路というところ。写真に見える左のカフェと右のブラッスリーは毎度のように利用する店で、このシリーズにもやっぱり毎度のように載せていますね。お茶はさっき飲んだので今回はスルー。

この広場から西に伸びる狭い道路がサン・アンドレ・デ・ザール通りRue Saint André des Arts)です。道なりに進むと左岸の商業的中心であるサン・ジェルマン・デ・プレSaint Germain des Prés)の裏に出ますので、左岸散策の際にはぜひどうぞ。おしゃれなカフェ、美味しいレストラン、ケバブ屋さん、サンドイッチ屋さん、クレープ屋さん、なにげに渋いスターバックス、ケーキ屋さん、ショコラチエ(チョコレート屋さん)、お花屋さん、カバン屋さん、帽子屋さん、パリみやげ屋さんと、飽きずに歩けると思います。日本のガイドブックで紹介されることはまずありませんが。

おお、シーフードをならべたレストランがある。パリのレストランやブラッスリーの中には、冬場になるとこんな台を店の外に出してカキ、ホタテ、エビなどをディスプレイするところがあります。そういう店にはカキを剥く専門の職人、エカイエ(écailler)がいて、独特の前掛けで寒い中をがんばっています。シーフードの総称としてフリュイ・ド・メール(fruits de mer)というのがあります。海の果実ね。盛り合わせを頼むと氷を敷き詰めた大皿の上にどっかんどっかん載せて供します。基本的にモヤイ用なので、一人旅を旨とする私は試したことがありません。冬場のカキはちょっとおっかないですしねえ。いずれ学生を連れて行って毒見させようかなと。

 
マビヨンのディドロ像(百科全書の主ね)と教育書店

サン・ジェルマン・デ・プレにやってきました。私にとって実質的に初パリだった30歳のとき、空港から地下鉄で市内に入り、交差点ちかくにあるマビヨン(Mabillon)駅で地上に出てきました。おおここがパリか。花の都か。とか何とか。マビヨン駅の真上に教育関係の専門書店があります。国民教育省の教育資料センター(CNDP- CRDP)の直営店で、以前は毎度訪れていました。てかそっちが本職! 今日はたまたまここに来たのだけど少しは仕事するかな・・・。ということで30分くらい立ち読みしたけど購入にはいたりませんでした。このごろ英語教育関係の文献がめっぽう多くなったなあ。この裏手には若い女性に人気の小さなブティックがいくつもあって、しばしば日本の雑誌などでも紹介されます。ウインドウショッピングしながら歩くだけでも楽しいですよ。


サン・ジェルマン・デ・プレ教会
 

サン・ジェルマン・デ・プレ教会Abbaye de Saint-Germain-des-Prés)の周辺は五叉路になっていて、ゆとりのある空間。もっとも交通量は大変なものなので、パリジャンみたいに信号無視していると事故るよ。この教会は古代末期に創建され、キリスト教がこの地域に進出する際の拠点として機能しました。いつでもウソみたいに多くの人がいるノートルダムと違って、ここはいたって静か。伽藍もさほど広くないので、窓から差した光がやわらかく内部を包む感じが非常によいと思います。

交差点に面して、カフェ・ドゥー・マゴCafé Deux Magots)、カフェ・ド・フロールCafé de Flore)という2軒のカフェが並んでいます。カフェだらけのパリでもトップ5を挙げよといわれれば必ず入る2つが隣り合っている。教会により近い緑のひさしがドゥー・マゴ、白いひさしがフロール。ちょっとお高いですけど銀座のもっともらしい喫茶店で800円のコーヒー飲むと思えばはるかに経済的で、居心地のいいひとときを過ごせます。サービス一流ですし。

フロールの横の小路を入ってすぐに同店のショップ(上の写真)。カップやお皿、ショコラやお茶などさまざまなグッズや食品を売っています。もう何年も入っていなかったのですが、ウインドウにあった五徳缶切りみたいなワインオープナー(フランス語ではtire bouchon)が気になって、お土産に購入しました。店員のおじさんは「飛行機で帰るのなら機内手荷物に入れたらダメですよ。セキュリティに引っかかるので」と念押し。そりゃそうだな、気をつけよう。これはオマケといいながらお店のマッチを3つもくれたけど、これも持ち込み禁止じゃなかったっけ?

2へつづく

 

この作品(文と写真)の著作権は 古賀 毅 に帰属します。