Aimez-vous la Méditerranée?

PART 1- トリノへのTGVの旅

 

ここ2年、計画しては断念してきた北部イタリアへの遠征が、いよいよ本決まりになりました。思えば20062月、ドイツはケルンのホテルでトリノ冬季五輪の開会式をテレビで見てから、イタリア方面への意欲が俄然湧いてきたのですが、なにぶんフランス国鉄の誇る世界最速の新幹線TGVでも片道6時間弱を要する距離とあって23日ではかなり厳しく、今回は3泊を確保してようやく段取りをつけました。私のささやかな方針として、パリから鉄道で行ける範囲の「隣国」に入るというのを常としています。イタリアですと、かなりアプローチが伸びきってしまい、ヴェネツィアとかフィレンツェにはとうてい足を伸ばせず、ローマはなおさら無理でしょう。同じ時期にユーレイルパスを手に「1つでも多くの国に入ってみたい」と、往年の乗りテツみたいな巡業を重ねていたゼミ生U子らはしっかりローマまで遠征したようですが、駅ネやら乗りそこないやらハードな体験もしたようで、こちらはいまさらそのような旅行はしたくない。若いときはたしかにずいぶん無茶な行程を立てたけれど、いまはゆとりをもって。

ご存じのように長靴状で南北に長いイタリアは、経済的に発展した北部(脚のつけねにあたる部分)と遅れた南部(膝から下)とではなはだしい格差があり、北部などは「南の連中に足を引っ張られるのはごめんだから、北だけで独立しちゃおうぜ」なんて言い出すこともあります。北部イタリアといえば、ファッションでも知られる商業都市ミラノMilano / Milan)と、今回行くことにしたトリノTorino / Turin)の2都市が知られます。いずれも人口100万を超える大都市ですけれど、少なくとも日本での知名度は前者がはるかに高く、オリンピックがなければトリノのことは黙殺されていたかもしれません。私、幼少のころから地図マニアだったのですが、似たような名前の2都市が並列しているのを見て、何となくトリノの悲哀を感じ取り、どこかで気になっていました。ケルンで開会式を見たので、いっそうトリノへの関心が強まっていました。パリから列車で行くとなると、トリノのほうが少しだけ近いというのもあります。

 リヨン駅の正面

 

というわけで、2009年の隣国への鉄道旅行は、216日午後、パリ・リヨン駅(Paris- Gare de Lyon)からはじまります。パリには、列車の方面別にターミナル駅が6つ(リヨン駅を補完するベルシー駅を入れれば7つ)あり、この3年間は北駅または東駅を利用してきましたが、リヨン駅は2005年のジュネーヴゆき以来。いまから18年前、アヌシーからのTGVでここに到着したのがパリでの第一歩でした。リヨン駅へは、常宿ちかくからバスで1本、15分くらいと近い。

 
(左)窓口で(フランス流に行列して)ユーレイルパスに日付を入れてもらい (右)TGVで出発!

 

今回は、ユーレイルパスの2ヵ国版(フランス・イタリア)を選び、1等をセレクトしています。ユーレイルは「外国人旅行者用」で西欧では販売せず、米ドルベースになっていますので、このところの急速な円高のご利益により、昨年の同時期より1万円ちかく安くなっています。それで、強気になって1等を(笑)。TGVとその系列の西欧の新幹線(タリス、ユーロスター)には何度も乗っていて、毎度2等なのだけど、その座席の窮屈さは国際線航空機のエコノミー並みでまず感心できません。N700系のぞみの普通車なんて西欧人が乗ったらそのゆとりに感激するんじゃないかな。あれで改善されたり日本を見習ったりしないあたりは、それでいいということなのかもしれませんが。ということで、6時間も乗るならせめて1等でということですね。日本国内でのパスの販売価格は2等と4000円くらいの差。まずは窓口に行って、切符の使用開始日・有効期限を記入してもらいます。この手続きを怠るとパスは有効になりません。窓口の女性係員はスムーズかつにこやかに処理してくれ、Bon voyageといってくれました。フランスの窓口はとかく無愛想で、行列してさんざん待たされたあげくに「それは私の担当じゃありません」なんて突っ返されることもしばしばありますが、さすがに国際駅だからか、ここの対応は良好。

 ユーレイル フランス・イタリアパス(上)と、トリノゆきTGV指定券

 

そのような手続きもあるので正午ころ駅に行って、そのあと駅前のブラッスリーで肉を食らって、出発すこし前に駅に戻り、キヨスクでビールと水とスナックを購入して、ホームへ。今回利用するのはTGVミラノ、アヌシーゆきで、途中で2編成を分割する運行です。もちろん私が乗るのはミラノ便。それはいいのですが、ミラノゆきはホームの先のほうだし、1等はさらにその先頭2両なので、長いホームをえんえん歩かされました。昨年のユーロスター2等となぜか同じような展開です。1等は1列+2列のゆとりがあり、私の座席は1列側に割り当てられていました。固定クロスシートで座席が回転せず、早めに買っても後ろ向きを充てられるのは毎度のこと。日本の新幹線も欧州と同じ標準軌(線路幅が1435mm)なのに普通車は2列+3列で(TGV2等は2列+2列)、そのわりにゆとりがあるのはなぜなんでしょうね。後ろ向きは愉快でありませんが1等座席の乗り心地はまあまあで(それでものぞみの普通車並みだね)、こちらの場合は大きなテーブルを引き出せますので、6時間の長旅に備えてマイ・スペースを構築しました。

 
(左)1等車の車内 (右)さっそく、自分の「デスク」を構築する

 

さてTGVについてはあらためて説明するまでもないかもしれませんが、一応ね。正しくスペリングするとTrain à grande vitesseで「高速度列車」を意味し、日本の「新幹線」同様に、鉄道網にもシステムにも車両にも包括的に用いられる名称です。ティージーヴイでもちろん通用しますが、最近は日本でもフランス語読みのテージェーヴェーが一般的になってきました。1981年にパリ〜リヨン間の高速専用線が開通し、以後フランスの各方面と周辺諸国に路線網を伸ばして大いに発展しています。当時、鉄道少年で、(お国が求めるような意味での)愛国心をちゃんと持ち合わせていた私は、「世界一」だと誇ってきた日本の新幹線がスピードで敗れるという事態にショックを受けました。しかしそれ以上に、広大な大陸を駆け抜けるオレンジの車体の映像がまぶしく映り、いつか乗ってやろうと思ったものでした。初乗りは1991年に初めて渡仏した折で、そうした経緯からして絶対に乗ろうと思ったわけです。前述のように、これでパリ・リヨン駅に降り立ちました(ややこしいのだけど、リヨン方面に向かうパリのターミナルがリヨン駅なのです)。日本の新幹線網は、田中角栄さんの大風呂敷から40年も経つのにさっぱり広がりませんが、フランスの場合、土地が広くて線路用地を確保しやすいことに加え、高速専用線と在来線のゲージ(線路幅)が標準軌で等しいため、末端部分で在来線に乗り入れればたいていのところへ行けてしまうというメリットがあります(もちろん、信号方式とかホームの有効長などを確保しなくてはなりませんが)。現在、リヨン駅からの路線はマルセイユまで伸び、モンパルナスからの大西洋線はトゥールおよびル・マン、北駅からの北・ヨーロッパ線はリール、東駅からの東・ヨーロッパ線はロレーヌ地方まで開業していて、スペイン方面へもまもなく高速線が通ります。北・ヨーロッパ線はタリス(Thalys)という別名でベルギー、オランダ、ドイツへと走り、ロンドンと結ぶユーロスターもこの路線を経由します。リヨン駅からの南東線経由の国際便としては、スイスのジュネーヴへ向かうものがあり、前述のように2005年に利用しました。北部イタリアへは、ミラノゆきが日に3往復。本当は午前中の便がよかったのだけれど、ユーレイルぶんが売り切れたとかで午後イチになりました。私の乗る1350分発の便は「アレクサンドル・デュマ」号というネームが付されています(が、それは時刻表だけのことでアナウンスも何もありません)。


奥のミラノゆきは1階建て、手前のアヌシーゆきは2階建て車両です

 出発!

 

1350分の定刻に発車。パリ、というか西欧の都市はどこでもサイズが小さくて、15分も走ればもう田園地帯に出ます。いま、のぞみで博多まで行っても片道5時間ですから(この正月にも往復しました)6時間ちかくも列車に乗りつづけるというのはめったにないですが、学生のころは夜行列車とか長距離鈍行などに乗るのが当たり前だったし、「それでアルプスの向こう側まで行くのならすごいんじゃないの」という感じです。

 窓の外は田園

 

このデュマ号9247便は、途中数駅に停車して、トリノ・ポルタ・スーザ(Torino- Porta Susa)に1945分、終点ミラノ・チェントラーレ(Milano- Centrale)に2120分着。高速専用線はリヨン郊外までで、そこからはアルプスを越える在来線ルートになります。新幹線のように通過駅が専用線上にもたくさんあれば、「ただいま新富士駅を通過」などと案内があってだいたいの位置を把握できるのですが、ここではどこからが在来線という感覚がないままです。リヨン駅で購入した缶ビールが空いたので、隣りの車両に併設されたBar車へ。1等はこの距離がすこし有利かも。ハイネケンが€ 2.80で、パリの駅構内(€ 3.10)より安いって不思議ですが、レシートを見るとイタリアの業者のようだし、カウンター内で働くお姉さんも基本的にはイタリア語を話していますので、イタリア相場なのかもしれません。飛行機の機内食ラックみたいなジュラルミンの車を押した売り子さんもいて、このおばさんもイタリア語で呼ばわっていました。私、ある種の自己規制として、たとえばのぞみの博多〜東京間で飲むビールは4本までとか決めているのですが、もちろん計画どおりに行かないのが人生と飲酒のペース。片道6時間のトリノまでなら3本かな。(4つ上の写真を見るとわかるように、パリで飲み残した赤ワインをペットボトルに入れてきていて、これは別勘定!)

 Bar車 背後の窓側に立席カウンターがあって、景色を見ながら飲み食いできます

 

カーブを走る場面が増えてきて、やがて湖のほとりを走るようになります。フランス南東部の地形や地名がもう一つ頭に入っていないので固有名詞を知らなかったのですが、帰ってから地図で調べるとブルジェ湖(Lac du Bourget)とのことです。この北のほうで、ジュネーヴ付近のレマン湖から流れ出るローヌ川に合流し、リヨン方面へ流れ下ります。フランス北部の車窓はだいたい原っぱ系統でつまらず、本を読んでいるわけですが、こうなってくると車窓が楽しい。お天気がもう一つなのが残念です。湖に近いエクス・レ・バン(Aix-les-Bains 直訳すると「温泉のお風呂」?)でアヌシーゆきの編成を切り離し、身軽になって、さらに標高の高いゾーンをめざします。

  ブルジェ湖

 

これも固有名詞を知りませんが、雪をかぶった高い山が見えて美しい。進行方向右手なのでアルプスではないはずです。そろそろ日没で、アルプスそのものは真っ暗で見えないのがもったいないですね。1820分、モダーヌ(Modane)停車。聞いたこともないし、山の中の小さな駅だなと思ったのですが、地図で見ればここが仏伊国境の町(フランス側)でした。おそらく乗務員の交代などもおこなわれていることでしょう。1845分のバルドネッキア(Bardonecchia)がイタリア最初の停車駅。そのころイタリア側の車掌さんが回ってきて、この列車で2度目の検札をしました。1855分、ウルクス(Oulx)停車。

例によって予習とか事前調査の類はほとんどしていません。それにしても、手にした日本のガイドブックでトリノに充てられているのはホテル情報なども含めて3ページ弱で、掲載された市内地図があまりに貧弱。「ポー川が何々」と記してあるのに地図の範囲にポー川が含まれないくらいなのです。観光都市でないから仕方ありませんが、「ローマ」「ロンドン」などと違って「イタリア」という国レベルのくくりのガイドブックしかなく、イタリア自体初めてですから一般情報はほしいので、仕方なく1冊丸ごともってきました。もしやと思い、パリの大きな書店でトリノを含むガイドブックか地図がないかと見回してみても、「レバノン」やら「ヨルダン」といったおっかなそうなものはあってもトリノが見当たらない。現地に行けばあるかな?

このミラノゆきTGVは、どうやらトリノの中心駅であるポルタ・ヌオヴァ駅(Torino Porta Nuova)には入らず、ポルタ・スーザに停まるようです。列車に乗って、検札の折にあらためてチケットを見たらSusaの文字があって、初めて気づいた次第。これは西欧の鉄道では多いパターンなのであわてることもありません。ガイドブックの地図にかろうじて一部が載っているポルタ・ヌオヴァ駅は行き止まり式のターミナルのため、ミラノ方面にスルーする際には本線上のスーザ駅になるのでしょう。新幹線が梅田の中心街にある大阪駅に入らず淀川右岸の新大阪駅で東西をスルーしているのに似ています。新大阪〜大阪間は在来線でリレーするのですが、それと同じようなことをしないといけません。かつて訪れたベルギーのアントウェルペン(アントワープ)がそうだったし、前々日のオルレアンもそういうパターンでした。それにしても、スーザ駅からの乗り継ぎ情報はなく、どうしたものか。

 トリノ・ポルタ・スーザ駅に到着したTGV(イタリア国内に入っているのでEurocityか)

 

1945分の定刻を少し遅れて、50分ころポルタ・スーザ駅に到着。ホームの反対側にポルタ・ヌオヴァへのリレー列車が待っているというふうでもないし、多くの下車客はそのままコンコースに出て行くようなので、ひとまずその流れに乗ってゆくと、何ともかわいらしい、東京でいえば中央線国立くらいの駅と駅前。あとで地図を見れば、ここは都心部の西のはずれで、予約したホテルまで行くならここからのほうが一本道で近かったのですが(いったん南へぐるっと回り180度方向を変えて都心南端のヌオヴァへ進む)、何しろ位置関係がわからないし、真っ暗なのでやはりターミナルのポルタ・ヌオヴァへ行きましょう。どこかから到着した急行列車の最後の1駅をおともする感じで乗り込み、数分でポルタ・ヌオヴァ。

たしかにたしかに、人々の話す言葉がイタリア語になっていて、全般にサルバトーリ!ペスカトーレ!みたいな調子。声でかいしなあ。そういうわけで、ゼミ生に遅れること1週間、アラフォーにして初めてイタリアに入国したわけですけれども、読者のみなさんはもうおわかりのように、EU圏内は入国チェックとかパスポート・コントロールの類はいっさい無しです。当然ながら両替もございません。ブオナ・セーラ!Buona sera! こんばんは)

 

PART 2 へつづく


*この旅行当時の為替相場はだいたい1ユーロ=118円くらいでした。

 

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