Un petit voyage à Londre

 

 

PART

 

正直に申しますと、ロンドンというのはつい先日まで視野の中に入っていませんでした。さて今回は「隣国」シリーズをどこにするかと考えたとき、最初に思い浮かんだのはイタリアだったのですが、旅程そのものを短縮した関係でパリからの遠出が12日の範囲に限られてしまい、片道6時間もかけては行けなくなりました。で、ボルドーあたりに1泊で出かけようとも考えたけれど、国境を越えないのはおもしろくない。ふと、17年前に初めて海外の地面を踏んだロンドンを思い出し、そういえばユーロスターにも乗っていないぞと考え直して、今回の短い旅になりました。どういうわけか、私の周辺には、元住民を含めてロンドンに縁の深い人がたくさんいるのだけれど、行きますといえばあれこれサジェスチョンを受けそうでいつもの行き当たりばったりのおもしろさが半減するように思ったため、ロンドン行きの件はほとんど明らかにしないままでした。実は、正月明け早々の段階で、ユーロスターと1泊の宿はネットで確保しておりました。これまでのような「周辺」への旅行と違って、パリ以上に大都会ですからね。読者にも意外性がないことと思うし、全般に「初めて東京に来た地方人」みたいな目線になろうかと思いますが、ご寛恕を(笑)。

今回のミニトリップは、34日朝、パリ北駅(Paris- Gare du Nord)からはじまります。ドーバー海峡をユーロトンネルで貫いてロンドン・パリ間をむすぶ特急ユーロスターは、1994年に開業しました。私はといえば、1999年に北駅でその姿を見学し、その後もたびたび対面しているものの、実際に乗るには及ばないまま今日にいたります。ここ数年、北駅は遠出の足場としてすっかりおなじみになりました。2004年にはベルギーのアントウェルペンとヘント、2006年はドイツのケルンとアーヘン、オランダのマーストリヒト、2007年は往路こそ東駅を利用したもののルクセンブルク、ブリュッセルからの帰路に北駅を利用しました。とはいえ、ベルギー・ドイツ・オランダへ走る特急タリスとユーロスターでは重みが違います。ロンドンは欧州で唯一といえる、パリより格上の都市ですし、欧州各国の国境フリー化を定めたシェンゲン協定に英国が未(非)加入であることもあって文字どおり・想像どおりの「国境越え」を伴うためでもあります。

 
朝のパリ北駅 「パリ・ロンドンが2時間15に」との横断幕が出ていました


前述のようにチケット自体はネットで予約し、カードの決済も終わっているのですが、切符の実物がないとどうにも不安なのと、「国境越え」のための手続きがあるので45分前には来てくださいうんぬんと予約時の自動発信メールに書いてあったので、出発時刻97分のところ7時半ころに北駅へやってきました。せっかく両都市間が2時間半なのにもったいないと思うかもしれませんが、飛行機なら空港への移動を含めてもっとかかるものね。北駅のユーロスター区画は透明の板で他と遮断されていて、その内部にも興味がありました。北駅は、欧州のターミナル駅がたいていそうであるように、行き止まり式のホームが表の一般道と同一平面に並んでいて改札もないので、TGVやタリスに乗るなら段差ゼロのままなのだけど、ユーロスター利用には2階(欧州式の表現では「1階」)に上がらなくてはなりません。広い構内にしつらえられた広いベランダのような区画に、まずチケット売り場があります。自動発券機をいじってみたけれどよくわからないのでさっさと窓口に移動し、パスポートと予約番号を提示して往復ぶんのチケットをゲット。「往復とも30分前までにゲートを通過してください」と。

 ここから数々の「関門」が・・・


チケット売り場のすぐ横に、上の写真のようなチェックインゲートがあります。本当はこの先の様子も撮影したいのですが、おっかない顔をした係官がダメというので、ダメ。基本的には国際線の飛行機と同じ要領で、まずはチケットを自動ゲートに通します。その先(写真の奥)にパスポート・コントロールがある。ボンジュールといってチケットを提示し、パスポートを差し出すと、出国スタンプを押してくれます。ここはフランス側の出国管理デスクなのです。今度は入国カードに名前や住所や英国での滞在先を記入します。この種のカードはフランスにもあったのだけど、今回はなぜかなくなっていました(逆に日本帰国時には申請品なしでも税関書類を強制的に記入することになっていました)。わざとなのかレイアウトの関係か、斜め45度の角度に折れて今度は英国側の入国管理デスクがあり、再びパスポートを提示。中年の係官はパスポートに押された出入国のスタンプを舐めるように見回し、当方の顔を凝視してから、定番の質疑応答に移ります。「入国の目的は何ですか」「観光です」「英国には何日間いますか」「2日間です」「日本へはいつ帰るのですか」「金曜日です」などなど。ここのやりとりはすべて英語。英国は伝統的に入国時のやりとりが面倒で(フランスはボンジュールだけ!)、以前に渡英した際には「職業は何ですか」と訊かれ「ティーチャーです」と答えたところ、「あなたは東京で何の科目を教えていますか」という問いまであった。私の担当科目と貴国の治安とどういう関係にあるのか聞きただしてみたかったが、語学力も度胸もありませんでした! そういえば、ここの手続きは飛行機の場合とすこし違っておもしろいですね。飛行機は、出発する空港で出国手続きをし、到着した空港で入国手続きをするのだけど、ここは双方が隣り合っていて、要するに英国側がパリに出店を設けている感じです。たしかに以前と同じ英当局のスタンプが押されているが、PARISと書かれている。ふうん。このあと空港でおなじみの荷物チェック&身体検査で、さらに斜め45度に折れてようやく、ホームと並行する向きに設けられた待合スペースにたどり着きました。列車のない時間帯だったのでスムーズでしたが、おそらく30分前には込み合うのでしょう。待合スペースは空港と同じようなしつらえで、待機用のイスがずらずらと並べられ、一等乗客には別のラウンジがあり、両替屋はともかく意外なことに免税店も並んでいました。なるほどね。


今回のチケットは往復€106€1はだいたい160円)。欧州の鉄道運賃・料金は、事前に予約したかどうか、どのプランに乗るかなどによって極端に変わります(飛行機と同じだと思えばいいですね)。日本のエージェンシーで頼むと往復4万円ちかくになるよなんて聞いていたのですが、2ヵ月も前にネットで予約し、平日の翌日折り返しだったのもよかったらしく、相当にお得な感じがしました。新幹線で東京・大阪間を往復しても17000円では無理ですし。

 
(左)待合スペースに並ぶ免税店 (右)これから乗るユーロスター


発車20分前の847分にアナウンスがあって、ご乗車くださいと。まさに空港のような感じでガラス張りの待合区画を出てブリッジでホームをまたぎ、ユーロスター編成の停車しているホームに下ります。私の指定されたのは2等の4号車。前述のようにここのホームは行き止まり式ですから、ホーム途中に降り立ったとはいえ、4号車はかなり先のほうまで歩かなくてはいけません。何しろ18両編成(東海道新幹線は16両)で、全車駆動の日本の新幹線と違いプッシュプル方式(先頭と最後部に客席のない動力車をつけて客車全体をはさむ方式。TGVなど欧州の高速列車に多い)ですから余計に2両ついているわけです。2等客は、ホームの屋根が切れているあたりまでひたすら歩かされます。

 
(左)空港のサテライトのような廊下を抜けて・・・ (右)1等車では女性乗務員が車両ごとにお出迎え 2等はもっと先です
 2等の車内  けっこう窮屈です


車内はこれまで何度も利用したTGVやタリスと基本的に同じようなもの。片側2列のリクライニングも回転もしない固定クロスシートです。かつて新幹線0系の車内改良では3列側のシートが固定され、車両の真ん中からそれぞれ両端を向くような「背中合わせ」方式だったのですが、欧州はだいたい「集団お見合い型」です(このユーロスターの1等車やTGVだとけっこういろいろなパターンがありますが)。まあね、スピードはともかくインテリアと居住性では日本ののぞみのほうが数倍すぐれています。これでは飛行機のエコノミーと大差なく、なぜ欧州が、前後のゆとりもない固定クロスにとどめているのかいまだに解せません。十数年前に初めてTGVに乗ったとき、「京急の快特(2000系)みたいなもん」といって笑われましたが、京急のほうが先に集団お見合いをやめましたからね。それと、流線型を保つためやむをえないとはいえ、写真のように壁面が斜めにカットされていて、窓側に座ると圧迫感があります。500系のぞみがこれに近いけど、ここまでではない。私はといえば、やっぱり後ろ向きの座席を割り当てられていました。こっちの人は平気なのかなあ。でも、メトロのボックスシートに誰も座っていない場合に、わざわざ後ろ向きに腰掛ける人をけっこう見ますし、こだわりはないのかもしれませんね。車内は満席。周囲は、ビジネス出張ふうの人もいれば、ファミリーもけっこう見ます。フランス語の人と英語の人が6:4くらいの印象。

定刻97分、静かに走り出しました。「メダームゼメッシュー(Mesdames et messieurs)」と定番のあいさつから入って、ユーロスターへようこそ、何かありましたら乗務員へお訊ねくださいうんぬんとフランス語の放送です。そのあと「レディーズ&ジェントルメン」と英語で。この9015便は、ユーロトンネルを抜けイングランドに入ってからアシュフォード・インターナショナル(Ashford International)にのみ停車し、ロンドン・セント・パンクラス・インターナショナル(London- St.Pancras International)駅には1038分に着きます。一瞬おやと思うのだけれど、英仏のあいだには1時間の時差がありますから、所要2時間半というところ。こちらも時計を1時間戻しておきます。11時前に着くなら日昼を長く使えて、お得な感じがしますよね。

列車はものすごいスピードで北フランスのTGV線を駆け抜けます。日本の新幹線がトンネルと高架部分ばっかりなのに対して、基本的にまったいらな畑や田園を走るフランスのTGVは地平走行ですから、そのスピード感はすごいですよ(ただし家も建物もないところが多く、対象物がないので実感できないこともある)。ちょうど1時間、フランス時間の107分にリール・ユロプ(Lille Europe)駅に運転停車。荷物扱いだけしますとアナウンスがありました。リールはフランス最北部の工業都市で、以前ベルギーからの帰途にリール・フランドル(Lille Flandres)駅を利用したことがありますが、ユーロトンネルへの拠点としてユロプ(ヨーロッパのフランス語読み)駅がその隣りにつくられているのです。ここからしばらく走り、1035分にユーロトンネル突入。こちらの人にとってはいまさらめずらしくも何ともないでしょうけど、ドーバー海峡をトンネルでくぐるなんて、やっぱりすごいことです。トンネル部分はスピード感がよくわからないのですが、ちょうど20分で抜け出し、英国時間(冬時間なので、要は国際標準時)955分にブリテン島の景観と出会いました。行ったことのある人ならおわかりのように、欧州大陸とブリテン島では、土地利用の仕方や建物のカラーがかなり違うので、いわゆる「英国らしさ」はすぐに実感できるのです。なお、こちらの国に入った瞬間から車内アナウンスは英語が先になります。乗務員は同じなので、妙な感じがします(タリスでも同じパターンでした)。

 セント・パンクラス駅に着いたユーロスター9015


10
3分、アシュフォード・インターナショナル停車。ところで、英国の電車および電気機関車は、架線からパンタグラフで集電するのではなく、東京の銀座線などと同じように線路に並行して敷設されたレールから集電する方式(第三軌条集電)で、ユーロスター開業時にもこれが1つのネックでした。ついでにいうと、ユーロスターはパリだけでなくベルギーのブリュッセルにも乗り入れていて、ベルギーとフランスの両国鉄は電圧方式が異なるため、3種の方式に対応するような電車を開発しなければならなかったのです(首都圏でいえば常磐線やつくばエクスプレスが2種類の電圧区間をまたいで走ります)。さらに、ユーロトンネル・ロンドン間の大半は在来線区間だったため、スピードを出せず、これが長年のボトルネックになっていたのです。それが2007年秋、ついに架線方式を導入した高速専用線(High Speed 1)が開通し、ユーロスターは英国内で大幅なスピードアップに成功しました。「あれ、ロンドン側の拠点はウォータールー(Waterloo)駅じゃなかったの」と思った方もいるでしょうが、高速線開通と同時にセント・パンクラスに移転したばかりなのでした。歴史に強い人ならおわかりのように、ウォータールーというのはベルギーのワーテルローの英語読みで、ナポレオンが最後に惨敗を喫した戦場の名。フランス人が英国に降り立つ最初の駅名がウォータールーだったため、何かと物議をかもしていたようです。他意がないというにはありすぎる感じ(笑)。今回の移転でなし崩し的に解決したのかな。

 
(左)国際駅になってにぎやかなセント・パンクラス駅の構内 (右)五輪対応なのか、大規模工事中の駅前 左はキングズ・クロス駅


列車は定刻1038分にロンドン・セント・パンクラス・インターナショナル駅に到着。従来はイングランド中部に向かう便が発着する、さほど規模の大きくないターミナルだったのですが(このすぐ東に隣接するキングズ・クロスKing’s Cross駅はエディンバラへの長距離便で知られる)、ユーロスターの開通で一気に一大ターミナルになり、「インターナショナル」の冠が付されました。2012年にはロンドン五輪が開かれますので、大陸からやってくる人たちの受け入れ拠点として急ピッチで整備がつづきます。

パリ北駅で入国審査を済ませていますので、こちらではノータッチ。乗客が逆流しないようスタッフが見張るだけで、すぐに明るいコンコースに出てきました。

さあ1日、何をしよう。いつものようにノープランだし、いつものように予習もほとんどしていないのだけど、それが一人旅の醍醐味だもの。そうそう、ドイツやベネルクスへの旅行と違うのは、入国審査と時差の有無だけではありません。英国は欧州連合(EU)加盟国ながら統一通貨ユーロに加入していないのです。東京で用意してきたSTG-₤用のサイフには、5年前に訪英した際に使い余した20何ポンドかがあるだけ。ドル急落の関係でこの週に入ってから両替したほうが有利だと考えて(*1、東京では用意しませんでした。まずは駅前の銀行に行き、壁に設置してあるATMにクレジットカードを突っ込んで₤100をキャッシング。女王陛下の描かれている20紙幣が5枚出てきました。₤1がだいたい207円くらいで現金相場では220円前後。これで2万円を超えるのだからポンドはかなり強いわけで、通貨統合に参加したくない気分もわからんではない。が、迷惑な! さあ出かけようロンドンの中心部へ。

(*1)後日送られてきたカードキャッシングの融資明細書を見ると、利息ぶんを含めて₤1=¥210.3でした(当日のレートは205円くらい)。英ポンドはユーロに比べて日本国内での現金両替手数料が高く、この相場で₤1=217くらいになるので、妥当な判断だったことになります。


PART 2 へつづく


本稿で「英国」と表現しているのは、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国のことで、連合王国を構成するCountryを表す際には適宜「イングランド」「スコットランド」などと表記します。なんていうのはこの国のことを社会科学方面の論文で書く際の作法なのですが、今回はどうでもよいです。私は「イギリス」というニホン語がどうもしっくり来ないので、文章では「英国」を用いることにしています。ついでにいうと「ヨーロッパ」でなく「欧州」と書いていますですね。

 

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