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PART 1 永遠の都ローマ その1
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モンブランを眺めながらイタリアへ!
フィウミチーノ空港
テルミニ駅までノンストップで直行する空港特急レオナルド号(€14)
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ニューヨーク、マンハッタンのイタリア人街リトル・イタリーを通りかかったとき、美味しいイタリアンを食べられますよという誘い文句にぴくりとも反応しなかった理由は、昼抜きの方針だったからだけでなく、3週間後にリアル・イタリーに行くことが決まっていたから。イタリア共和国(Repubblica Italiana)自体は初めてではなく、これまでに2度ほど訪れていますが、いずれも周辺諸国から鉄道で入国していて、長ぐつ半島の膝あたりに位置する首都ローマ(Roma)に来るのは初めてです。2019年8月30日(金)13時過ぎに、パリからのアリタリア機でフィウミチーノ空港(Aeroporto di Fiumicino / Fiumicino Airport 別名レオナルド・ダ・ヴィンチ国際空港Aeroporto internazionale Leonardo da Vinci)に到着、ローマ市内までやや距離があるのと、予約したホテルが地下鉄駅から遠いなどの事情があって、町歩きを開始したのは16時ちょっと前です。それでもこの時期の欧州はやたらに日が長いので、ローマ中心部にファースト・タッチするには十分でしょう。
地図出典 http://www.sekaichizu.jp/
半年前に欧州連合(European Union / Unione Europea)加盟国の完訪を達成したので、ノルマかタスクに駆り立てられて未訪国に向かうという動機が消滅。今後はそのつど「行きたいところ」に行くという本来の路線に戻りましょう。今夏はワシントンとニューヨークにも行ったことだし、いつものようにパリにも行ったので、メジャーどころ、誰もが知っているところ(でも未訪)ということでいいんじゃない。イタリアのど真ん中なんてコテコテで、逆にいましか行く気が起きないかも?
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ローマ市街地の概念図
赤線 地下鉄A線 青線 地下鉄B線 (東郊に向かうC線は省略)
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スペイン広場 階段に「座る」のが禁止された!
(左)スペイン広場を階段の上から見たところ (右)意外にまっすぐな道路を見通す
電子情報の入った紙製の切符(裏/表) 48時間有効で€12.50とある
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ホテル最寄りは地下鉄A線のサン・ジョヴァンニ駅ですが、たっぷり徒歩15分はかかるので、1つ先の駅を利用してみましたが大差なし。空港からの列車が着いたローマのターミナル、テルミニで48時間有効の市内交通のチケットを入手しており、2泊3日なので万全です。16時半を過ぎているので1ヵ所ねらいうち。6駅進んでスペイン広場(Piazza di Spagna)を訪れます。地上に出てすぐに広場があるので迷いません。それにしても人間だらけ。このごろ京都が外国人で埋めつくされていますが、密度でいえばそれ以上だね。
舟の噴水
ご存じのように、ここは「ローマの休日」の舞台になったところです。ていうか、いろいろ由緒があるのだろうけど、映画に疎い私ですらそれ以上の情報をもっていないという(笑)。オードリー・ヘップバーンとグレゴリー・ペックが階段に腰かけてアイスを舐めたところです。はい。なるほど映画とは関係なく絵になる階段だなあと思ったものの、映画がなければ座ろうとは思わんでしょうね。数週間前のニュースでここに座ることが条例で禁止になったと知りました。またSNS病か。女性警察官と観光当局の役人、ボランティアなどが一緒になって、誰かが座ろうとするそばからホイッスルを吹いて排除!
階段を上まで登ってみたら結構な高さです。ゲリラ的なミネラル・ウォーター売りがいるのはどの都市でも同じですが、ゲリラ的なお花屋さんもいるんですね。イタリアっぽい。「七つの丘の町」といわれるローマはとにかく起伏の激しいところで、あちこちに崖に近い斜面があります。ここも本来は崖で、上と下の行き来はできなかったそうですが、1723年に芸術性の高い階段(フランチェスコ・デ・サンクティス F. de Sanctis作)が完成しました。階段下の広場には「舟の噴水」(Fontana della Barcaccia)があります。こちらはイタリア・ルネサンス最後の巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(Gian Lorenzo Bernini)の作。
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スペイン広場から伸びるコンドッティ通りは有名ブランドぞろい
アズーリ(イタリア代表)&ASローマ
アウグストゥス廟
路上のあちこちにS.P.Q.R.の文字!
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欧州の、国家や社会や科学技術の「お手本」としての値打ちは、第二次大戦後のアメリカのひとり勝ち状況とその後のアジア諸国の台頭の中で相当に薄れ、大半の日本人にとってはアート、ファッション、料理、スポーツなど個別分野での注目にとどまるのでしょう。ただ「旅行先」としては依然として人気が高く、一度は行ってみたいな、どうせ海外に行くなら欧州がいいなという層はかなり厚い。新婚旅行なんてとくにそうでしょう。かつてはフランスとスイスが人気を争っていましたが、昨今はスペインとイタリアが双璧。絵になりますもんね。私は古代史や芸術が不得意なので、欧州に詳しいんでしょというのでスペインやイタリアのことを聞かれてもまごまごしちゃいます。今回はもう、ミーハーちゃんの気分で永遠の都ローマをベタ歩きすることにしよう!
テヴェレ川(カヴール橋から)
スペイン広場とテヴェレ川にはさまれた幅400mくらいのエリアは、おそらく近代に入ってから造りなおしたところで、直線道路ばかりで構成される条里的な地区になっています。さしたる知識もなく、地図を見るでもなく(この感じだとどうせ「どこか」に出るだろうから)広場を背にコンドッティ通り(Via Condotti)を進んでみたら、イタリア系を中心に世界のハイ・ブランドの路面店が林立。ミラノのモンテ・ナポリオーネ通りやパリのモンテーニュ通りのような場所ですね。ローマに本拠のあるブランドとしては、ブルガリ、フェンディ、ヴァレンティノなどがあります。ヴェルサーチ、アルマーニ、プラダ、グッチ、エトロ、ドルガバなどはミラノ本拠。すごいなイタリアって。
ローマの歴史ははるか紀元前8世紀あたりまでさかのぼり、3000年近くにわたって何層にも町の歴史が重ねられて(上書きされて)きたというのはすごい。イタリアすごいと書きましたが、イタリアという近代国家は150年くらいの歴史しかもっていません。古いのは「ローマ」のほうです。古代末期の紀元後3世紀ころ、社会の荒廃や諸民族の乱入などがあってローマ市は衰退し、中世には皇帝ではなく教皇がこの町の主になりました(使徒ペトロの殉教地とされる)。それこそ京都のすごいやつだとお考えください。お、アウグストゥス廟(Mausoleo di Augusto)。建物の奥に、さりげなく見えるのがエモい。アウグストゥス(Augustus)は「尊厳者」を意味する贈呈尊称、カエサルの養子で初代皇帝ですね。きょうは8月30日、本来の年初である3月以降奇数月が大の月であるはずなのに7、8月が連続して31日まであるのは彼のせいです。父カエサルがJuly、アウグストゥスはAugustですね。カエサルの派手な人生に目を奪われがちだけど、アウグストゥスも業績面でははるかにすごいし、人間味もあっておもしろいですよ(塩野七生を読みすぎた感はある)。イエス・キリスト在世中の皇帝ですしね。ちなみにローマは、アウグストゥスを境に共和政から帝政に移行するわけですが、国家の自称としては変わらず元老院とローマ市民(Senatus Populus que Romanus)です。法令や公文書には略号のS.P.Q.Rが記されました。マンホールなど市内のあちこちに、現在のローマ市当局のサインがあるのですがそれもS.P.Q.R.で、ローマ史の本村凌二さんの言を借りれば、奈良県あたりで現在でも「大和朝廷」と記しているようなものだと。ローマは国のまほろば。
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ナヴォーナ広場
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さてコンドッティ通りから南のほうに進みます。都市計画があるのはこのあたりまでで、どうやらおなじみの無秩序的旧市街に入るようなので、方向感覚が狂うのを承知でテキトー歩きに切り替えましょう。旧市街といっても、これだけ古い町になると何が旧で新だかわかりません。テヴェレ川が西に向かって大きく湾曲するあたり、その「半島」にあたるエリアです。あれほどぞろぞろ歩いていた観光客の流れが急に分散し、どの道もぱらぱらという人通りになって、こちらとしてはいい気分になりました。アパート、ホテル、小商店などが散在。足もとはひたすら石畳です。いまはいいけどキャリーを引いていたら災難ですね。いつものようにじぐざぐ、ぐねぐね歩いていたら本格的に方向を見失いました。それでも地図を引っ張り出すこともなくしばらく歩きつづけたら、写真で見たことのあるナヴォーナ広場(Piazza Navona)に出ました。帝政時代には競技場、中世は市場、そして初期近代にルネサンス的広場というふうに設定を替えながら今日にいたります。旧市街の中心となる場所で、お菓子のホームラン王の名前はもちろんここに由来(最近は東京ばな奈に押されているが東京を代表するお土産品!)。競技場(縦長のトラック)だったというだけあって思いのほか広く、18時近いことでもありかなりの人出があります。あちこちでストリート・ミュージシャンやストリート・ジャグラーの出し物が披露されている。四方はだいたい飲食店のテラスで、夕食タイムがはじまっているのか、どこも大入りでにぎわっています。
パンテオン周辺
とにかくこのあたりは由緒のある建物ばかりなのでいちいち感心していては進みません(汗)。3ブロック東がパンテオン(Pantheon)。あす再訪するときに詳しく触れましょう。その周辺の小径は歩行者であふれており、写真つきメニューを開いて寄ってくる観光レストランの客引きや、どうせチャイナ製なんでしょという××品を並べた土産物店などがたくさん。すべての道がローマにつながっているんじゃないかと思えるほどたくさんの人がいます。私なんかが来るくらいですからね〜。
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(左)モンテチトーリオ宮殿(下院議事堂) (右)キージ宮殿(首相府)
マルクス・アウレリウス帝記念柱
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パンテオン裏あたりの小径はなかなか風情があるものの、通行人が多すぎて立ち止まるのも難しい。雑踏を抜けると、妙にすっきりした広場がありました。コロンナ広場(Piazza Colonna)だそうです。周囲の建物もすっきりしているが、びしっとした警備があって一般人が近づけそうにない雰囲気。これは官公庁関係だなとすぐにわかります。地図を取り出して確認すると、シンメトリーの美しい建物がベルニーニの設計になるモンテチトーリオ宮殿(Palazzo di Montecitorio)、現在はイタリア議会下院の議事堂だそうです。正面に立つオベリスクは紀元前のエジプトのもので、アウグストゥスが日時計用にと運ばせたもの。さすが尊厳者は勝手なことしやがるな。で、棟続きのようにも見える隣の建物がキージ宮殿(Palazzo Chigi)、こちらはイタリアの首相府が置かれています。ちなみにイタリアの政治制度はドイツに似た議院内閣制で、首相(閣僚評議会議長)が権限をもち、大統領は儀礼的な存在なのですが、政党がぶつかり合ってまとまらず、どの政権も短命に終わりがちで、大統領があいだに入ってやっとこさ組閣するというのを繰り返してきました。昨今もあまり変わらないのだけど、ご多分に漏れずポピュリズムの毒牙が社会を侵食しており、困った意味で注目を外せません。
そんなことより広場に立つマルクス・アウレリウス帝の記念柱(Colonna di Marco Aurelio)のほうが私には大事(笑)。高校の倫理を教えていたとき「自省録」(ラテン語でTa eis heautonだが彼自身はギリシア語で著したのでΤὰ εἰς ἑαυτόν)を激推ししたことがあったな〜。当時20代、私自身のキャリアがあまりに浅かった。いまなら哲人皇帝の思いをもう少ししっかりと伝えられる自信はあります。
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これで€6?
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そろそろ足が疲れてきたので、ホテルに戻る経路をとりつつ、どこかで夕食をと考えています。ただローマは見るからに観光レストランばかりでどうもぱっとしません。味は普通なんでしょうけどね。それと、古代遺蹟が縦横に重なるような場所に近代国家の首都を造ってしまった関係なのか、地下鉄は3路線のみ(うち1本は郊外を走る)で、それもいま歩いてきたような中心市街地にはいっさい乗り入れてきません。これはテキトーに歩いても地下鉄にぶつかるというパリのようなことにはならないので、地図を取り出して確認。コロンナ広場から最も近いのはA線のバルベリーニ(Barberini)駅のようなので、そちらに向かう直線道路を歩きました。ほんのり登り勾配です。いつものように!ZARAやマクドナルドなどファストものの姿を撮影していると、マクドの手前、路地をはさんでテラス席を出しているレストランがあります。観光食堂ではあるのでしょうが、パンテオン周辺の超絶トゥーリスティックなあたりとは違って落ち着きもあるため、男性の店員に声をかけて座りました。
右隣の兄さんはピザをとり、耳を完全に残して内側だけ食べ、しかもスマホを手放さないという品のないことだったので他山の石。左隣はアジアからの観光客らしい男性2人で、おそるおそる料理を発注していました。ピザやパスタではアレなのでイタリアっぽい肉料理がいいな。都市名を冠したSaltimbocca alla "Romana"という料理が€24なのでそれに決め。英語ではVeal rump Roman Styleだそうです。飲み物はグラスの赤。マクドナルドに出入りする若者や流しのアコーディオン奏者を見ながらイタリア・ワインを飲むのもオツかもしれません。料理はボリュームがありますが、淡白な仔牛の味わいを引き出すのではなく厚めのベーコンを貼りつけて塩味をつけているようで、これだと何の肉でもよくなってしまうよね。付け合わせも含めてちょっと雑な味だったのは残念。やっぱり観光食堂だったか。勘定を頼んだらレシートに€47.97とあります。メインが€24なのになぜ倍以上もするのかというと、ワインがグラス1杯で€11、これはまだいいとしてエスプレッソが€6もする! そしてservizioの文字。これは「サービス料」で、€6.97ということは17%も載せられているのか! ローマはサービス料をとりがちだとどこかに書いていたのを思い出しました。うーん、心づけ(tip)を置いてください、相場は15〜20%ですよという過日のアメリカにもとまどいますが、サービス業たるものがサービス料なる強制的なチップを徴収するというのは本来的に言語道断で、€7もあればマクドで1食できるじゃんね! いい齢をしてケチるつもりはなく、相応の味とサービスならば惜しくはないが、どうせ二度と来ないと踏んでボッてくるのが許しがたい。甘やかさないためにチップは1セントも置かず、細かいおつりも引き上げるつもりだったが、€2だけ渋々もってきて3セントは店側がキープしやがった。
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地下鉄バルベリーニ駅にたどり着いたら駅まるごと工事中で閉鎖。パリでもよくやるけど、まるごとってすごい。ここからラクするつもりだっただけに1駅歩くのは気が重いが仕方ありません。さらに登り坂を踏みしめて1km弱ほど歩き、レプッブリカ(Repubblica)駅へ。サン・ジョヴァンニ駅はそこから4駅目ですが、ホテルが徒歩15分なので気分的にも疲れました。ホテルのすぐそばにスーパーがあったのを幸い、パブ・タイムの燃料やお水などを買い出しておきます。
ホテル周辺
今回宿泊するホテル・サン・ジョヴァンニ・ローマ(Hotel San Giovanni Roma)はいいホテルでした。2泊朝食つき€129.76(ブッキングドットコムのジーニアス相場)でかなり安かったため、それこそ有名観光都市のことだしあまり期待していなかったのです。でも部屋は広く清潔で、設備や水まわりもしっかりしていていうことがありません。廊下を含めてモノトーンでまとめられていてセンスもいい。場所は都心を離れた住宅街の中なので環境もよく、静かです。これで駅が近ければ申し分ないが、それは仕方ないですね。路線バスがいろいろ乗り入れてきてはいるものの、サイトも含めて案内がわかりにくく、ヴィジターの利用を前提としていないようなのは残念。
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*この旅行当時の為替相場はだいたい1ユーロ=117円くらいでした。
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PART2へつづく
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