古賀毅の講義サポート 2026-2027
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Études sur la société contemporaine 現代社会論
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2025年6月の授業予定
6月2日 高度情報化:新たな産業分野の形成?
6月9日 産業と地域格差:工業地域・都市圏の明暗
6月16日 交通・輸送の今日的変容(1):モータリゼーションの進展
6月23日 交通・輸送の今日的変容(2):エアラインと高速鉄道
6月30日 新たなヒューマン・ビジネス
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2020年のコロナ・パンデミックのときに、エッセンシャル・ワーカーなる行政用語がにわかに一般人に知られることになりました。私たちの生活に欠かせない仕事をしている方たちのことを意味しますが、「生活に欠かせない」というのは存外定義するのが難しいことでもあります。「本当に必要なもの」に絞り込んでいくと、たいていの産業は不要になりますし、逆に「これもまあ必要ですよね」というのを拾っていくと、キリがありません。これまで見てきてわかったように、現代社会は要・不要ですっぱり切り分けることなどできないほど諸要素が複雑に絡み合っているのですね。それでも、身体や健康にかかわること(精神的な健康を含む)は、社会が高度化していればなおさら大事にしなくてはならない部門といえます。小さな子どもや高齢者のケアは、一般には福祉という部門に属します。家庭・家族が担当する部分と専門家が担う部分が微妙に重なり合い、人や家庭によってもその度合いは異なります。かつては、たいていのことを家内で済ませていたのでしょうが、いまアウトソーシング(外部化)をやめてしまうと私たちはまともに生きていくことができなくなります。 ヒューマン産業というと、いかにも文系のど真ん中のように思われます。でも、福祉の現場を想像すればすぐに気づくように、マンパワーと熱意と使命感にどうにか支えられた現場というのは、たちまち行きづまり、スタッフは精神的に参ってしまいます。科学技術、先端技術の出番ではないでしょうか。そこで、いつもの話になるのですけれども、すばらしい技術と知識をもっていても、その使い道がどこにあるのか、ニーズがどこにあるのかを探り当てるのはまた別種のセンスというか学習によります。たとえばスマートフォンの使い道というのは、いまや誰でもいえることなのですが、障がいのある方やそのサポートをされている方にうかがうと、スマホが普及してから自分でできることが格段に増えて、そのぶんサポートが楽になったといいます。他者に頼らなくてもよい部分を技術の力で増やしているわけです。ユーザーがハッピーになるだけでなく、浮いた分のコストを別のところに振り向けることもできますし、医療費や福祉費用の節減にもつながります。ヒューマン産業にこそ、新技術のすごさを当てはめてみたいと思いませんか? ユニヴァーサル・デザイン(UD)という概念にも触れることにしましょう。その場にいる中で最も不利な立場の人の目線になって、商品やインフラなどを構想することです。階段をスロープにすれば、車いすの人にとっては登りやすくなります。圧倒的に少数の車いすユーザーのためにお金を使うのか、という人が必ず出てきますが、スロープであればたいていの歩行者にとっても問題なく登れるわけですし、自分も助かるという人だって出てきます。ヒューマン産業に対する誤解として、ニーズがあってもそれは少数者なのではないかとか、市場が小さすぎるのではないかといった見方が挙げられます。そんなことはない、そのすぐ後ろに大きな市場が広がっているのだという点を、今回は確認しましょう。社会を見る眼を鍛えておくと、社会人として働くときにそれが生きるだけでなく、日ごろからいろいろなアイデアや思考が生まれて、それが楽しくもなってくるのです。 REVIEW (6/16) 6月23日のレビューは遅れて更新します。しばらくお待ちください。 ●1960年代以前は鉄道で荷物や製品、材料などを運搬していたが、道路が増えたことによって、自動車による面的な運搬が可能になった。このとき日本のレベルが一段、二段上がったと思う。道路は便利な面もあるが、地方の若者が都会に移動して地方が衰退の一途をたどってしまったり、自動車を運転する人が増えて大気汚染につながったりする。自動車→自転車などの工夫が必要かもしれない。 ●千葉市に住んでいて、日ごろから食料品の買い出しや、少し遠くのショッピングモールに出かけるとき、ドライブで旅行するときなど、自動車を使っていて、道路も自家用車もあって当たり前のものだった。どちらも比較的最近に普及しはじめたものであると知って驚いた。いまでは自家用車のない生活や、想像もできないと思った。 ●日本の自動車関連のことはかなり整備されていたと思っていたが、それがかなり最近であることに驚いた。現在は自動車が下火になってきているから、今後日本のクルマを取り巻く環境が変わっていくのか考えてみたい。 ●軍司と民事が密に接しているからこそ、戦争を通して技術が発達するという点に納得した。 ●モータリゼーションの原点から、それが日本にもたらした変化について学べました。その中でも豊田喜一郎、本田宗一郎についての話題が印象に残っています。この人たちが日本のモータリゼーションを技術力と生産力の面で推進してきたということをよく理解できました。ただ、モータリゼーションって本当に起きてよかったですか?という問いには、回答ができませんでした。 ●日本は山がちの地形であるため、鉄道などが集中して造られたことがわかった。しかし鉄道は線で動くため決められた動きしかできず、自由がないため、地方などでは自動車の面的な移動が必至だったのだとわかった。 ●アメリカはなぜそんなに早くモータリゼーションが進んだのですか? ●昔は電車のすべて解決していたのだと知って驚きました。
●カルビーのポテトが北海道産にこだわっているということを初めて聞いた。いまの高速道路の原型ができたのが2008年くらい。では、それより前の1972年には高速ができていなかったため、そこまでは輸送するときどうしていたのか気になる。 ●推薦で大学に決まった人が自動車の教習所に行っているところを先生にちくられて、推薦取り消しになった話を思い出して、ちくるなんてひどいやつもいたもんだなと思った。 ●自動車が売れると道路や材料が売れるという話がおもしろかった。第二次・第三次産業のつながりがわかった。50年で道路がたくさん敷かれたので、日本はすごいなと思った。 ●日本におけるモータリゼーションの発展を、海外の情勢や当時の日本の背景を踏まえながら捉えることができた。モータリゼーションが日本で広く展開すると同時に、日本のインフラが発展していき、高速道路が広範囲にわたって整備されてきたことがわかった。これからも課題とともに発展すると思う。 ●東海道側に、同じようなルートで、近い距離にある高速道路が最近できていて、なぜこのような道路を造ったのだろうかと気になった。これを造るくらいなら九州や中国・四国、東北などの高速道路があまり整備されていないところに造ればいいと思った。
●道路がたくさんできて、多くの人の移動が便利になったと思っていた。しかし実際には、自動車での移動を前提とした店が建てられ、自動車をもっていない(運転できない)人にとって不利になってしまった。また道路ができたことで、農村部や田舎から人が減ってしまった。よいことばかりではないと思った。 ●モータリゼーションなど技術革新にも負の面があり、物をつくるときにはそのことを考えないといけないと感じた。 ●モータリゼーションという言葉を聞いたとき、最初は、とてもいいことだと思いましたが、その裏で同じくらいよくないことが起きているということに驚きました。応化の人間として解決に携われるのでは?とも思いました。 ●いまはガソリンが高くなっているし、鉄道のほうが一気に運ぶことができるのでそのほうがよいと思った。 ●地方に住む交通弱者にとって、バスが通らなくなってしまうのは本当に死活問題だと思った。AIの導入などにより誰でも乗れる自動車みたいなものがあれば解決できる。 ●初期ステータスの格差を埋めるためには、何が必要なんでしょうか。 ●モータリゼーションによる不便は、いまのところ私は感じていないが、高齢者が自動車必須となる環境は、事故も増えるしよくないと考える。運送の主流はトラックや自動車であるが、フードデリバリーなど小さいものは自転車で運ぶというのも普及していることと、4月から自転車の取り締まりが強まったことから、自動車→自転車の移転もあると思った。 ●EV+AI+自動運転のバスや自動車が実際に使われるようになるのは何年後になるのか気になった。 ●現在、EV+AIが実現できそうであるからこそ、AIは進化していかないといけないし、まだ信頼を置ける存在ではないため人間の力は必要だと思う。でも、モータリゼーションになったからこそこの時代での輸入品とか輸出品(あくまで個人のやり取り)の取引がやりやすくなっているから、人手が少ないのはAIとEVで補えるようにできたらいいなと思います。 ●小学校が近くにないなら、それこそオンライン授業を積極的に取り入れてもいいのではないかと思ったが、それで学習面は解決しても、友人関係など直接学校に行かないとできないことが多いので、自動運転技術をさらに発達させ、少しでも走りやすい(距離が短くなる)道路を造るなどしていくべきだと思った。
この現代社会論は、学部指定科目群1に属し、「人間・社会の理解」にかかわる分野として設定されています。現代社会というのは「世の中すべて」のように広い範囲を指しますので、なかなか捉えどころが難しいのですが、当クラスは産業(industry)に注目して、社会の成り立ちや近年の変化、そして近未来の可能性や課題などを考察していきます。みなさんは小・中・高の社会科や公民科で、第○次産業といった話を何度も扱ってきたことでしょう。また地理の授業では「この地域の産業の特色は」といった切り口で学ぶことがしばしばあります。大学の教養科目では、もう「試験のためにおぼえる」などという(ほとんど無意味な)ことはありませんので、授業で扱われている内容を常に自身に引きつけて、「自分たちの問題」なのだという視点で考えましょう。最もわかりやすい話としては、「数年後、大学を卒業してどこかに就職する」人が大半であるはずで、その「どこか」の話だということです。冷静に考えればわかるように、世の中は常に動いていて停まることがありません。「いま」の様態がずっとつづくはずがない。ですから「いま、いちばんイケてる産業はどこですか? 僕そこに就職します」という発想は、10年後、20年後になると話の前提自体が変わっていて、当人が損するということになるわけです。私(古賀)は、長年にわたって高校・大学で社会系の授業をもっていますが、そこで学んでいる「社会」が、自身の立っている足場であり、これから生きていく舞台なのだという感覚をもたないままでいる生徒・学生がずいぶん多いな、もったいないなと思うことがあります。せっかく学ぶのであれば、「社会の有意義な見方」を身につけたいですよね。 科目名についている「現代(の)」は、英語ではcontemporaryです。接頭辞のcon- は「共に」という意味であり、tempoは時間を意味するラテン語由来の語です。つまりは「同時代の」「時間を同じくする」という形容詞が、社会にかかっていることになります。同時代の、というのは、どの範囲なのでしょうか。20歳になるかならないかのみなさんにとって、それは「ここ数年」なのでしょう。スマートフォンが日本で普及したのが2011年ころからなのですが、それ以前の社会は「相当に古い時代」に思えるのではないでしょうか。しかし、当科目で捉えようとする「同時代の(現代の)社会」は、だいたい50〜80年くらい、テーマによっては100年くらいにもなります。これから何十年か先を見通すには、それくらいの幅をもって、社会を捉える必要があります。受講生の中には、進みたい産業分野がすでに固まっているという人もあるだろうし、まるで見当がつかないという人もあることでしょう。いずれにしても、「この分野には興味がないから、今回はパス」などと安易に考えずに、いったん自分の頭で考えて、問題をかみしめるようにしてみましょう。どんな分野に進むにしても、商売する相手は別の分野の人ですし、市場のニーズを知ろうとするなら狭い範囲に閉じこもっていてはどうにもなりません。商品開発に携わろうとすればなおさらです。たとえば、農業(第一次産業)のことは視野の外だという人が多いことでしょう。でも、農業で用いられる機械は製造業のうち機械工業(第二次産業)でつくられるものですし、農作物が流通するしくみはサービス業(第三次産業)に属します。どの分野でもそれ単体で成り立つということはありません。これから先の時代は、さらにそうした相互関係が重要になります。 <評価> |