古賀毅の講義サポート 2026-2027
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Études sur la société contemporaine 現代社会論
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2025年4〜5月の授業予定
4月28日 第二次産業(1):軽工業の現代化
5月12日 第二次産業(2):高付加価値化への道
5月19日 第三次産業:商品としてのサービス
5月26日 第一次産業:食料生産の現代化をめざして
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歴史の授業で学ぶ産業革命(Industrial Revolution)には、第一次産業革命と第二次産業革命があります。後者はあまり強調されないのですが、19世紀から20世紀への変わり目で起こった重化学工業化のことです。以前に学んだことでいうなら、工業内部での高次化ということになります。日本では、20世紀最初の年である1901年に官営八幡製鉄所が造られ、これが第二次産業革命の契機となりました。日本の工業の主力が重化学工業に大きくシフトしたのは、大正時代(1910-20年代)のことです。その路線は、前回扱った繊維工業(そのうちの紡績業)と並行して、高度経済成長のあいだつづきました。いまでも自動車工業は日本の主力のひとつですから、なお重化学工業は重視されているといえます。ただ、高度経済成長の終わり(1971年のドル危機、1973年の石油危機がとどめを刺した)を境に、日本の工業をめぐる状況に大きな変化が生じます。一つは、ドルの切り下げ(日本から見れば円高になり、輸出に不利になる)やアジア諸国の台頭によって、重化学工業の競争力が下がってしまったこと、もう一つは、四大公害病などの発生を機に環境問題への意識が高まり、ただやみくもに製造、生産すれば社会や暮らしがよくなるわけではない、という認識が共有されたことです。騒音や排水などの問題を回避し、原油価格の高騰にも耐え、かつ付加価値が高くて儲かりそうな製品をつくる。それが1970年代以降の課題になりました。もちろん「日本」という国が取り組んでいるのではなく、各企業やそこで働く人たちの取り組みの集積です。 省エネルギー略して省エネも、そのころのトレンドでした。いまイランとアメリカが対立して中東地域が大変なことになっていますが、その原点は、1978-79年にイランでイスラーム革命が起こり、アメリカとのあいだに決定的な対立を生じて、世界の原油価格が跳ね上がってしまったこと(第二次石油危機)にあります。イスラーム体制はアメリカが推していた皇帝の政治を終わらせ、欧米の石油資本を追い出すことになりましたので、それ以来両国は犬猿の仲だったのですね。まさか2026年になって本格的な再燃を見せるとは思いもしませんでした。原油価格が高止まりし、長期的に見れば円高を避けられないとなったときに、日本の工業は軽薄短小の方向に動き出します。製品は小さくて軽いが、付加価値が高いというものですね。いうまでもなく電子工学の発展がそこに寄与しました。電子というと、情報通信や電子調理器などを思い出すかもしれませんが、さまざまな製品にその技術が組み込まれることによってそれぞれの分野が高付加価値化するという成果につながったのです。私たちの身近なところでいえば、おうちでごはんを炊くときに用いる炊飯器が、電気炊飯器から電子炊飯器に移行したのが好例です。 さて、前回学んだ繊維工業(製糸業、紡績業)を思い出してください。これはひたすら労働集約型、マンパワー(より適切にはウーマンパワー)依存型の産業でした。労働力の「量」がものをいうタイプの産業です。「質」つまり彼ら・彼女らの能力はさほど重視されませんでした。これに対して高付加価値の工業は、知識集約型の産業といわれます。製品自体も、その製造過程もかなり複雑で高度なものになり、一般の人には何がどうなってそうなるのか、説明がつかないようなものになっていきました。一言でいえば、「いいアタマ」が何より必要になってくるのです。設計・開発するにも、生産するにも、その工程を管理するにも、相応の高度な知識や専門的能力が求められることになります。たくさん勉強したらたくさん儲かるよ、というのは、世間一般の素朴なイメージとさほど違っていません。そのあたりの構造と推移・変化というのを確認しながら、現状と今後の見通しについても考えてみることにしましょう。 REVIEW (4/28) ●今回の授業では軽工業の成り立ちを知ることができました。軽工業というのは、重工業と同時に発展し、主に貧しい地域が原料の生産・加工をおこなっているということは知っていましたが、そこで働く人々に目を向けたことがなかったので、苛酷な環境で労働していたことに衝撃を受けました。おそらく無意識のうちに、「そこにあるものだ」と思い込んでいたふしがあるので、意識を改めようと思います。 ●現代では廃れてしまった繊維工業は、18世紀から19世紀にかけては欧米を中心に発展し、日本での産業革命の基点になり、植民地などに港湾都市がつくられるなど盛んであったことがわかった。しかし女工の問題やラナ・プラザ崩落のように、立場の弱い人間を使役して便利で安価なものを量産するという負の側面もある。 ●衣類関連の企業や産業は、たしかに私たちの分野とは大きく異なり、あまり関心のないものだったが、私たちの生活には絶対に欠かせない商品であり、分野は異なるものであっても最終的なゴールは同じなので、今後は目を背けず、このような軽工業にもしっかり向き合っていきたいと思った。 ●製糸業はすべて国内で生産され、単価でいえば高く売れるが、紡績業はインドから綿花を安く仕入れて加工し、ヨーロッパに大量に売って、そちらのほうが利益が大きかったことがわかった。欧米だけが豊かだった時代から、世界のかなりの部分が経済的に豊かになったから、ファスト・ファッションやフードが世界で必要不可欠なものになったが、あまり知られていない問題がたくさんあり、明るみに出たとしても目をつぶられている。誰かの犠牲のうえで生活していることがわかった。 ●日本が発展できたのは、劣悪な労働環境でも働いてくれるほど貧しい人がいたからで、いまはよくも悪くも裕福になって、目に見える発展は見ることができないのではないかと思う。発展するのにそんな人たちの存在が不可欠なら、世界的平等なんてものは実現できないだろうとも思った。 ●軽工業って儲からないから、やりたくない人が多くて、それを疎外されている人にやらせるというのが昔からあったと思うと、いじめみたいなものじゃないかと思う。だがその人たちのおかげで今の自分たちが生きているから、難しいところはあると思う。以前に富岡製糸場に行ったことがあるけど、ずいぶんボロかったから、もう一回行きたいなと思った。 ●日本がまだ貧しかったころは、欧米に服などをつくらされる立場であり、いまは日本よりも貧しい国につくらせる側になったが、国の数は有限であるから、いつか限界が来てしまうと思う。労働者の人権問題は、最近になってから取り上げられはじめたが、何がきっかけになったのか疑問に思った。 ●その国の発展の度合いによって、メインになる工業が違う。また国が豊かになると他国に売ることが減るという現象がおもしろい。 ●なぜ外国ではまだ布を買って自分で服をつくる文化があるのか疑問に思った。インドの大半の人が貧しいのはイメージできるが、タワマンに住むようなお金持ちの人はどういう仕事をしているのか、気になった。日本で紡績業が衰退した理由が、生活水準が上がってきたからと聞いて、紡績業が衰退することは、ある意味よいことだと思った。ダッカの下請け工場の話を聞いて、いままで「ユニクロは安いからよい」程度に思っていたが、何時間も働かされている人のことを思うと、申し訳ないと思った。
●今回は製糸業と紡績業をメインに話してくださいましたが、歴史と絡めてあらためて聞くと、こんな共通点があるのだ・・・と感じ取ることができました。また服をつくるときの現在の状況なども知って、これからどうなるのかも気になりました。 ●コットンとシルクでは、コットンのほうが工場が大きい。輸出向けで需要がたくさんあるから。荒川を造ったエピソードがおもしろかった。荒川ほどでかい川を造ってまで紡績の工場を守ったと知って、紡績業がどれほど大事だったのかがわかった。 ●荒川区に住んでいますが、荒川の氾濫を止めるために流路を変える工事をした歴史を学校で習ったが、それが鐘ヶ淵紡績を守るための国を挙げてのプロジェクトだったと知り、日本ではそれほど紡績業が重要だったことがわかった。日暮里に繊維の店がたくさんあるのは、関連があるのでしょうか? ●日本の産業革命を起こした一人が豊田佐吉で、その息子さんがあのTOYOTAの創業者であると知り、とても驚いた。日本の産業革命は重工業でバリバリやっていたのかなと思っていたが、中心は軽工業部門で衣類が強みだったと知り、なんだか日本らしいと思った。とても低い賃金でも生きるために必要な服をつくってくれている人たちに感謝しようと思った。 ●豊田佐吉が初めて自動織機製造をはじめて、のちに世界的な有名自動車工業になると思うと、とてもおもしろいシフトチェンジだと思いました。私は岐阜県の出身なので、木曽川や長良川にトンネルがない理由を知って、とても納得しました。 ●マンチェスターとリヴァプールが、工業都市と港の役割を分担していることを初めて知った。いままでマンチェスター・シティやユナイテッド、リヴァプールはサッカーのイメージが強かったため、イングランドにかなり興味をもつようになれるのではないかと思った。 ●フランスに行ってみたいので連れていってください。いくらあれば行けますか? ●近代における紡績業や製糸業などの産業の発展は、産業革命からつづく軽工業の展開が背景にあるのだとわかった。しかし紡績業の海外移転が原因で、ファスト・ファッション産業の苛酷な労働環境をつくっていることがわかった。 ●いまはコットンや生糸がなくなり、石油からつくった繊維がメインになったのはどうしてだろうか。
●H&Mやユニクロなどのファスト・ファッションのブランドがどこの国のものなのか、本店がどこなのかわからないくらいまで来ることが、ブランドの価値を大きく高めている。このような産業では、つくる側は主に貧しい人たちがつくり、経済力のある人が買うという構造になっていて、それは昔も今も変わらないもので、経済、資本主義の闇を感じました。 ●私が普段から着ているファスト・ファッションの衣類は、低付加価値のため、途上国でつくられているということをあらためて認識することができた。その中には、途上国に対する潜在的な差別意識があるのではないかとも思った。国際分業とはいうが、このようなことも起こっているということを考えていきたいと思う。 ●人権を守ることができるのは、経済的に発展して豊かになれたからだと感じた。奴隷は形が変わっているだけで、いまもあると思った。AIやインターネットを使えば、教育格差はすぐになくなると思います。しかし消費社会である以上、どこかにしわ寄せがゆくと思うので、機械を使ってどう解消していくのかが重要になると思います。 ●衣服など生活に必須のものの付加価値が低いというのは、やはりおかしいと感じた。いま衣類をつくっている国々で工業や第三次産業が発展したときに、繊維工業が衰退するようなことがあれば、必需品が不足してしまうことになると思うので、少しでも価値を高めることができればいいのにと思った。根本的な解決とまではいかなくとも、せめて労働環境を、衣類をつくってもらっている側(先進国)が整えるということをするべきだと思うが、繊維工業は低付加価値ということもあり、そのようなことをする国は現れないのかなと思ってしまった。AIを有効活用するという手もあるかもしれない。しかしそうすると働くことができず生活できない人も出てきてしまう可能性があるので、本当に難しい問題だと思った。 ●ファストの店は心理的に入りやすいということを聞いて、たしかに自分の知らない異国の地で、唯一わかる場だったら入りたくなるなと共感できた。 ●ファスト・ファッション問題については中学校のころから英語の授業で扱われることがあり、簡単な調べ学習をして英語で発表したり1分間スピーチをしたり、英語長文を読んだりと、何度も触れていたため知っているつもりになっていたが、今回の話を聞いて、まったく自分ごととして理解できていなかったことに気づいた。とくにラナ・プラザ崩落の話は印象的で、「歴史は繰り返す」の典型例を目の当たりにし、産業高次化による問題の深刻さについての解像度がまた少し高くなった。 ●いま布や服などをつくる軽工業をやっている国は、今後重工業をやることになるのでしょうか。女工など10代から働いて、体を傷めたりしていて、いまの自分がめぐまれていること、途上国でいまおこなわれていることn感謝するべきだと感じました。また世界中の人たちが豊かになってくると、どんどん第一次産業や軽工業をやりたくないと考える人が増加すると思うが、今後は誰が担うのでしょうか。こうなると、安く買えていたものがどんどん高くなるのでしょうか。 ●私は、このような軽工業は、今度は人ではなく100%機械化されるようになるのでは?と考えました。なぜなら大勢の人が会社の利益を分け合えば低賃金ですが、少数のエンジニアや会社を経営している人だけが利益を分ければ、決して一人あたりの賃金は低くならないと考えたからです。 ●おもしろいと思うのと同時に、怖いと思いました。なぜ必要なものなのに付加価値が低いのでしょう。どうしたら価値を上げられるのでしょう。次回が楽しみです。
この現代社会論は、学部指定科目群1に属し、「人間・社会の理解」にかかわる分野として設定されています。現代社会というのは「世の中すべて」のように広い範囲を指しますので、なかなか捉えどころが難しいのですが、当クラスは産業(industry)に注目して、社会の成り立ちや近年の変化、そして近未来の可能性や課題などを考察していきます。みなさんは小・中・高の社会科や公民科で、第○次産業といった話を何度も扱ってきたことでしょう。また地理の授業では「この地域の産業の特色は」といった切り口で学ぶことがしばしばあります。大学の教養科目では、もう「試験のためにおぼえる」などという(ほとんど無意味な)ことはありませんので、授業で扱われている内容を常に自身に引きつけて、「自分たちの問題」なのだという視点で考えましょう。最もわかりやすい話としては、「数年後、大学を卒業してどこかに就職する」人が大半であるはずで、その「どこか」の話だということです。冷静に考えればわかるように、世の中は常に動いていて停まることがありません。「いま」の様態がずっとつづくはずがない。ですから「いま、いちばんイケてる産業はどこですか? 僕そこに就職します」という発想は、10年後、20年後になると話の前提自体が変わっていて、当人が損するということになるわけです。私(古賀)は、長年にわたって高校・大学で社会系の授業をもっていますが、そこで学んでいる「社会」が、自身の立っている足場であり、これから生きていく舞台なのだという感覚をもたないままでいる生徒・学生がずいぶん多いな、もったいないなと思うことがあります。せっかく学ぶのであれば、「社会の有意義な見方」を身につけたいですよね。 科目名についている「現代(の)」は、英語ではcontemporaryです。接頭辞のcon- は「共に」という意味であり、tempoは時間を意味するラテン語由来の語です。つまりは「同時代の」「時間を同じくする」という形容詞が、社会にかかっていることになります。同時代の、というのは、どの範囲なのでしょうか。20歳になるかならないかのみなさんにとって、それは「ここ数年」なのでしょう。スマートフォンが日本で普及したのが2011年ころからなのですが、それ以前の社会は「相当に古い時代」に思えるのではないでしょうか。しかし、当科目で捉えようとする「同時代の(現代の)社会」は、だいたい50〜80年くらい、テーマによっては100年くらいにもなります。これから何十年か先を見通すには、それくらいの幅をもって、社会を捉える必要があります。受講生の中には、進みたい産業分野がすでに固まっているという人もあるだろうし、まるで見当がつかないという人もあることでしょう。いずれにしても、「この分野には興味がないから、今回はパス」などと安易に考えずに、いったん自分の頭で考えて、問題をかみしめるようにしてみましょう。どんな分野に進むにしても、商売する相手は別の分野の人ですし、市場のニーズを知ろうとするなら狭い範囲に閉じこもっていてはどうにもなりません。商品開発に携わろうとすればなおさらです。たとえば、農業(第一次産業)のことは視野の外だという人が多いことでしょう。でも、農業で用いられる機械は製造業のうち機械工業(第二次産業)でつくられるものですし、農作物が流通するしくみはサービス業(第三次産業)に属します。どの分野でもそれ単体で成り立つということはありません。これから先の時代は、さらにそうした相互関係が重要になります。 <評価> |