古賀毅の講義サポート 2023-2024
Études sur la société contemporaine 現代社会論
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2023年5〜6月の授業予定
5月30日 高度情報化:新たな産業分野の形成?
6月6日 産業と地域格差:工業地域・都市圏の明暗
6月13日 交通・輸送の今日的変容(1):モータリゼーションの進展
6月20日 交通・輸送の今日的変容(2):エアラインと高速鉄道
6月27日 新たなヒューマン・ビジネス *課題1を出題しています(期限6月26日)
人間の社会には移動や輸送がつきものです。産業革命のあと交通手段の発達があって、多くの人が、より遠くまで移動することができるようになりました。江戸時代の「お伊勢参り」など、一生に一度できれば幸運というくらいのイベントだったのが、いま千葉から伊勢神宮ならば日帰りで行って来られそうです(せっかく行くなら、ゆっくり宿泊しておいしいもの食べたいけどね)。航空機の利用が一般的になってからは、北海道や九州、南西諸島でも、さほど無理なく訪れることが可能になっています。一方、自分は出不精で旅行ぎらい、海外旅行なんてこれっぽっちも希望しないという人がいたとしても、日ごろ飲食しているものや身につけているものがどこから来るのかを考えれば、かなりの部分を輸入に頼っていることに気づくはずです。交通手段の発達によって長距離を行き来するようになったのは、人よりもむしろモノ(有形の商品)のほうかもしれませんね。これまでさまざまな産業分野を取り上げて議論してきました。そこで生産されるものが有形の商品であった場合、なんらかの手段により輸送する必要があります。仮に地産地消だったとしても、その家ですべて消費するのでなければ、近場であろうと輸送は必須ですね(自家消費だとするともはや産業ではない)。 日本の国土は山がちで起伏がありすぎます。陸上輸送というのには元来あまり向いていない地勢かもしれません。産業革命の前は、人工的な動力というのがありませんでしたので、荷車は人か家畜が動力でした。スピードは遅いし輸送量も極小ですし、峠を越えるなど体力的にも精神的にも参ってしまいそうです。そこで大量輸送には船(舟)が活用されました。江戸・大坂間には菱垣廻船(ひがきかいせん)や樽廻船(たるかいせん)といった定期航路があってにぎわったと、歴史の教科書で学んだことと思います。後発の樽廻船は、その名が示すように、もともとは上方(関西)で造られる日本酒を江戸に運ぶ(この向きの動きを「下る」という)ことからはじまり、重い酒樽が船底を安定させて物損事故が少ないというので、他の品物も同時に運ぶようになりました。明治時代に入り、鉄道が敷かれ、蒸気機関車が牽引する貨物列車が運行されるようになって、大量輸送の主力は陸上に移り、鉄道がその主役の座を奪いました。鉄道というと、新習志野駅にやってくる京葉線の通勤電車のようなものをイメージする人が多いでしょうが、本来は物資の輸送と軍事のために建設されたものです。日本列島を人体になぞらえれば、鉄道網は間違いなく循環器(血管)の役割を果たしました。さて、その鉄道や船舶から、輸送の主力が自動車に転移する変化のことをモータリゼーション(motorization)といいます。いまモノの輸送に関して述べましたが、人間さまの移動についても同じことがいえます。以前は鉄道を利用していたところが、自動車に代わられています。その場合の自動車というのは、路線バスではなくて、自家用車(マイカー)ですね。いまの大学生は、モータリゼーションがほぼ完了したあとに育っていますので、以前がどうだったのかということを実感として知っていないと思います。そして、モータリゼーションすることの何が問題なのか、ということも。 第三次産業の回で、最近はコンビニとオンライン通販のガチンコ勝負になっている、というような話題を取り上げました。そして両者に共通するのは、実際に現場を支える人たちの苛酷な労働環境、労働条件です。セブイレやアマゾンのおかげで便利!快適!という人が増えれば増えるほど、人手不足を含めて、現場への負荷が大きくなっています。荷物の到着を楽しみに待つあなたの耳には、トラックの走行音が聞こえるでしょうか? 日本列島を覆いつくす「血管」には、どんなこまかな毛細血管であっても、絶えずトラックが行き交い、大小さまざまな荷物を運んでいます。もとよりそれこそが、「経済が回る」という事象でもあります。意外に思うかどうか、日本のモータリゼーションは、工業化にはじまる産業の高次化よりも、かなり遅れて進みました。自動車生産の国だと思ったら、そうなったのは高度成長後期以降のことであって、そもそも自動車が走り回れるような条件がなかった、つまり道路自体が整備されていませんでした。2回にわたって交通・輸送というテーマを取り上げるのは、これまで学んできた産業の問題(縦の流れ)に、横糸を通そうとする試みです。みなさんのそれぞれの専門分野にも、驚くほど直結するテーマだということが、すぐにおわかりいただけるものと思います。 REVIEW (6/6) ●いろいろな地方での、町と企業との結びつきがあることがわかった。ただその企業の分野が弱体化していくと、その地域も大きな影響を受けてしまうことに懸念をもった。 ●地方にはいろいろな問題があることがわかった。また東京にいろいろなものが集中しているため、周辺部が低落していることが問題であることがわかった。 ●エネルギーの覇権が変わると、前のものに頼っていた場所は死んでしまうのだなと。石油はなくなるまでいそうですが。 ●石炭から石油へとエネルギーが変わることにより、石炭によって繁栄した場所が衰退していくというのが、以前の授業で聞いた、大型ショッピングモールによって小型店がどんどんつぶれた話に似ていると思った。需要の移り変わりによって経済のバランスが崩れていくというのは、非常に酷だと感じた。 ●夕張市が、メロンで有名になる前は石炭の町だったというのは知らなかった。他にも石炭で有名だった場所を調べたい。地方でも、その場所に何があるのかが大事だと思った。 ●幕張にあるイオンがつぶれたとしたら、幕張の財政破綻は起きますか? ●地方都市と企業との結びつきが、地方の経済の発展に大きな影響を与えるんだなと思った。
●富山の企業では、北陸電力、YKK、日医工などが有名なのは知っていますが、有名なスポーツ団体は知りません。 ●私の地元は茨城県鹿嶋市で、通勤時間帯には、車はほとんどが新日鉄のほうに向かっていきます。 ●私が住んでいる都市には住友化学やLIONがあります。企業城下町は、一社の影響力がかなり強くなるものなので、私のところは企業城下町とはいえないですか? ●千葉は、バスケの千葉ジェッツが有名です。 ●私も地元企業は日立で、近くにも日立製作所の工場がいくつもあるが、重工業の工場が三菱に名を変え、電線を製造していた日立金属の工場は住友電工に変わり、日立工機は日立グループから脱退するなど、地元から日立色が薄れている。個人的には、製造を委託するAppleのような、工場をもたないやり方をめざしているのかなと思っているのですが、どう思いますか。余談ですが、私の記憶がないころに、ちん電が廃線になってしまったので、乗ってみたかったです。
●企業による都市の政治への介入を制限するような法律が必要だと思った。 ●高度経済成長で便利、豊かになった一方で、苦しむ人も多くいたことがわかった。 ●企業は、時代の流れに乗れずにいると景気のよしあしに波が生まれる。景気が悪くなったとき、特定企業に支えられている都市は、どう対応しているのでしょうか。 ●大型のデパートや、城下町だったシャッター街などがもし今後つぶれたら、空いた場所から町を建てなおそうと考えた場合、先生は何を建てようと考えますか? ●テレビの電波はFM波であることがわかった。立地としてはスポンサーが多くあるところに位置する。理にかなっていると思った。 ●テレビ局はそれぞれの県の経済の中心都市にあるというのが驚いた。自分の中では、地方ごとの中心の県にしかないと思っていた。
●国立大学は県の中心にあるイメージがあるが、理工系大学は実験棟などが必要になるため中心部から外れたところにあることが多いことがわかった。 ●大学の立地を見るだけでも、昔の日本で使われていた軍の基地だったり城跡だったりして、とてもおもしろいなと思った。(類例複数) ●大学と地域の結びつきの話が興味深かったです。地域が大学によって活性化するという考えがいままでなかったので、新鮮でした。 ●郊外にあった大学が都心に戻ってきていることが多いのは知らなかった。静かな環境で勉強したいと思っている人もいると思うので、郊外の大学もまだ需要はあるのではと思う。 ●大学は、たしかに東大とかは都市の真ん中にあって、どんどんランクが下がると田舎にある気がする。 ●東京一極集中の話を聞いて、高校で学んだUターン、Iターンの問題もここから来ているのかと疑問に思った。 ●最後に出てきた内容に関して、都内のデメリットについて詳しく教えてほしい。 ●私は、都会を離れて田舎で生活しようとは思えない。千葉の、ある程度の都会生活に慣れているので、田舎で生活できる自信がない。若者とお年寄りとの便利の違いが、都会と田舎の差を生んでいると思う。 ●産業は人手が必要であるため、今後の産業の推移を推し量るためには、交通についての調査も大事であると考えた。 開講にあたって この現代社会論は、学部指定科目群1に属し、「人間・社会の理解」にかかわる分野として設定されています。現代社会というのは「世の中すべて」のように広い範囲を指しますので、なかなか捉えどころが難しいのですが、当クラスは産業(industry)に注目して、社会の成り立ちや近年の変化、そして近未来の可能性や課題などを考察していきます。みなさんは小・中・高の社会科や公民科で、第○次産業といった話を何度も扱ってきたことでしょう。また地理の授業では「この地域の産業の特色は」といった切り口で学ぶことがしばしばあります。大学の教養科目では、もう「試験のためにおぼえる」などという(ほとんど無意味な)ことはありませんので、授業で扱われている内容を常に自身に引きつけて、「自分たちの問題」なのだという視点で考えましょう。最もわかりやすい話としては、「数年後、大学を卒業してどこかに就職する」人が大半であるはずで、その「どこか」の話だということです。冷静に考えればわかるように、世の中は常に動いていて停まることがありません。「いま」の様態がずっとつづくはずがない。ですから「いま、いちばんイケてる産業はどこですか? 僕そこに就職します」という発想は、10年後、20年後になると話の前提自体が変わっていて、当人が損するということになるわけです。私(古賀)は、長年にわたって高校・大学で社会系の授業をもっていますが、そこで学んでいる「社会」が、自身の立っている足場であり、これから生きていく舞台なのだという感覚をもたないままでいる生徒・学生がずいぶん多いな、もったいないなと思うことがあります。せっかく学ぶのであれば、「社会の有意義な見方」を身につけたいですよね。 現代社会論という科目名ではありますが、現代といって取り扱う時間的範囲は、だいたい50〜80年くらい、テーマによっては100年くらいにもなります。これから何十年か先を見通すには、それくらいの幅をもって、社会を捉える必要があります。受講生の中には、進みたい産業分野がすでに固まっているという人もあるだろうし、まるで見当がつかないという人もあることでしょう。いずれにしても、「この分野には興味がないから、今回はパス」などと安易に考えずに、いったん自分の頭で考えて、問題をかみしめるようにしてみましょう。どんな分野に進むにしても、商売する相手は別の分野の人ですし、市場のニーズを知ろうとするなら狭い範囲に閉じこもっていてはどうにもなりません。商品開発に携わろうとすればなおさらです。たとえば、農業(第一次産業)のことは視野の外だという人が多いことでしょう。でも、農業で用いられる機械は製造業のうち機械工業(第二次産業)でつくられるものですし、農作物が流通するしくみはサービス業(第三次産業)に属します。どの分野でもそれ単体で成り立つということはありません。これから先の時代は、さらにそうした相互関係が重要になります。 <評価> |