古賀毅の講義サポート 2022-2023

Études sur la société contemporaine

現代社会論


千葉工業大学工学部機械電子創造工学科、応用化学科、社会システム科学部金融・リスク科学科 各1年 (学部指定科目)
前期 火曜12限(9:00-11:00)  新習志野キャンパス 8号館 8209教室  

 

 

 

 

 

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2022
7月の授業予定
7
5日 産業・労働のグローバル化
7
12日 変わりゆく産業社会とキャリア形成


 


本年度の授業は終了しました。今後のご活躍をお祈りいたします。


当科目の評定結果、課題12の総評は、manabaにて配信しています。ごらんください。

 

 

REVIEW 7/12
*文意を変えない範囲で表現・用字法を改めることがあります。また掲載の省略や複数レビューの統合もあります。

終身雇用と年功賃金が長続きしなくなってきているが、私からするとこの変化は社会が楽しくなるために必要なことであるため、うれしい変化だと考えている。ただ、そのぶんスキルを求められるようになるので、アクティブ・ラーニングをがんばりたいと思った。また、いままで一つの正解ばかり求めていたが、第三次産業が主流になった現在では、正解がないものを重んじることが顧客のニーズを見つけ出す革新的なアイデアにつながると考えると、理系と文系の差別的なものも緩和されていくのではないかと思った。

終身雇用はよいと私は思っているけれど、これからは雇用流動化の時代なんだと思った。他の国に負けないように日本もがんばってほしいと思った。

資本主義である以上、仕事がよりできると期待される人材を企業は獲得したいはずだから、大学での学習内容を重視する社会は、しばらく変化しないと思った。

終身雇用のほうがクビになる不安が減って、安心して働けると思っていたが、働く人の意欲を加味してくれる雇用環境で働きたいと思った。
日本の雇用形態が変わりつつある。将来の心配をしないでよいほうが楽だが、もっている能力が評価されないというのは、よいことなのかどうかわからない。

いまでも、いい大学に行けばいい職業に就けると親にいわれています。私も、いろいろなことができれば何でもできると思っていました。しかし今回の授業で、それだけではないことを知りました。終身雇用がよいと思いっていましたが、自身の技術が年々古いものになっていってしまうと考えると、ついていけるかが心配になってきました。

これから社会に出て働く立場として、身につけなければならない知識があることをあらためて知った。賃金の形態も変わり、用いる技術も変わる。常にアップデートしていかなければならないと思った。

職に対する価値観のずれが社会の経済成長にも影響を与えていると思った。価値観によって職業選択のあり方も変わっていくためである。

正規社員と非正規社員の差を縮めようとすると、非正規の待遇は向上せず、正規社員への待遇が下がることにつながる気がします。非正規社員の待遇を向上させる考えが必要不可欠だと思いました。

最近では労働者が企業を移りやすくなり、雇用市場が活性化していくと考えられることから、継続的なスキル・アップや社会観の研磨が重要となる。これにより企業への出入りが増加するため、職場の雰囲気のマンネリを防いでくれることから、今後の企業は発展していくと考えられる。
・・・> 企業が発展する=その企業の従業員の待遇や賃金がよくなる というわけではないから、そこは注意。出入り(社員の中途入社や退職)が頻繁に起こるというのは、リフレッシュできて健全、競争で活性化するという面と、企業の発展にとって欠かせないノウハウやスキルを蓄積できないという負の面があります。

日本型雇用が少なくなり、賃金が変動する雇用形態を採用する企業が増えている。日本型雇用では、実力があっても企業に勤めている長さによって賃金が決まる年功賃金のため、若者が働きづらくなる。一方で実力によって賃金が変動する雇用形態は、若者のモチベーションは保たれるが、終身雇用ではないため転職を余儀なくされる可能性がある。したがってどちらの形態にもメリットやデメリットがあり、雇用形態が変化するとしても急に変わることはないのではないだろうか。
・・・> 急には変わらないと、ずっといわれつづけているし、おそらく「状況を信じたくない、見たくない」という心情の人がそういうのだろうと思いますが、気づけばかなり「急に」変化しています。

めぐり合わせというのは大事だが、さまざまなところに適応できる適応力も大事だと思った。

安定して働くためには、時代の流れに置いていかれないようにしなければならないということがよくわかった。そのためには世界の動向を客観的に見ていかなければならないことがわかった。


フィンランド ヘルシンキ旧港

 

高学歴を強いるような社会構造であるにもかかわらず、学費などの多くが家庭持ちになっているというのは、社会の側の誤りであると思いました。
日本は他の国と比べると、教育の面での支援が少ないと思います。小・中学校は義務教育なので支援があります。しかし高校・大学については国の支援がありません。若い人々が知識などをより深めるためにも、高校・大学についても国が支援してほしいです。

高校や大学の費用も無償という国があると知った。貧しくて学校に行けなかった人も行けるようになり、学びたいことを無償で学べるのはいいなと思った。
高校が大使館に近かったのでユネスコ委員というのがあり、そこの活動でフィンランド大使館を訪問したことがあります。たしかにあの国はとても進んでいるなと感じました。国民の考え方のレベルが高いと思いました。それを日本に生かせれば、もっといい国になるのではと思いました。

日本は、よくも悪くも他人への同情が深いなと思った。野球界でも、日本は育成して試合で使えるようにするが、アメリカでは勝手にやらせておいて使えるようになったらメジャーに引き上げるという話を聞いたことがある。
・・・> 同情? あまりピンと来ませんが、もっとよい表現があるのではないでしょうかね。野球の日米比較はよい着眼点。実は選手としての育成(教育)ということの背景に、アマチュア時代の取り組み方の大きな違い、そしてスポーツというものに対する大きな意識の違いがあります。

以前は小さな政府でも十分に有効だったものが、コロナやウクライナの問題が大きくなってからは、大きな政府の有効性が高まっているということがわかった。
・・・> これは結構難しいですよ。大きな流れとしては、小さな政府→大きな政府(1930年代〜)→新自由主義にもとづく小さな政府への回帰(1980年代〜)という図式があります。日本では中曽根康弘政権(198287年)と小泉純一郎政権(200106年)が新自由主義路線を明らかにしていましたが、その他は、よくわかりません。そもそも有権者・国民の側が、大きな政府とか小さな政府といった概念的な部分をわかっている感じでもないんですよね。岸田首相は「新しい資本主義」といっていて、大きな政府と小さな政府のあいだを行くのかと思っていたが、いまのところまだよくわかりません。参議院議員選挙があったので、具体的なことを掲げて票を減らしたくなかったのか、ガワだけで中身が見えなかったのです。これから出していくのかもしれません。

いまの私には知識があまりなくて、あの時代についてまだ理解できていない。もう少し小泉内閣について調べてみたい。
かつて郵便局は国がやっていた仕事だったというのは知らなかったので驚いた。民営化したことで税金が余計に使われなくなり、経済が活性化するということの意味もわかった。また規制緩和によってコンビニなどでお酒を売ることが可能になったというのも知らなかったので驚きました。
・・・> まあ、世代ですからね。みなさんの親御さんの世代からすると、郵便局は国の仕事に決まっているじゃん、というところなのです。小泉さんが若手時代から郵政民営化をいっていて、自民党の中では非常に受けが悪かったのだが、彼が首相になって国民の人気が高かったため、多くの自民党議員が民営化賛成に回りました。民営化された「郵政三事業」の中には郵便貯金というのがありました(現在のゆうちょ銀行)。民間の銀行にお金を預けるのを「預金」、郵便局に預けるのを「貯金」といって区別していました。銀行預金は、企業などに融資(また貸し)されて経済の血液になります。いっぽう郵便貯金はいったん政府の財布に入り、インフラなどを造る際の原資になりました(財政投融資と呼びました)。日本全体が経済成長しているころには、預金も貯金も増えますので、「また貸し」「循環」も活発に起こり、それが次の成長を呼び込みました。郵便貯金はたしかに役割を終えていたということなのかもしれません。

国民の負担を国が代わりに請け負う。国からしたら国民への投資になるわけだが、もはやこの方法しか日本の経済成長は起こらないのかと思った。
・・・> たとえば高等教育(大学のこと)ですよね。学力番付で東の横綱といえるシンガポールは、東京23区程度の面積しかない小国で、当然のことに天然資源などは取れません。建国の父リー・クアン・ユーは「人間こそわが国の大事な資源だ」といって、世界に冠たる教育大国を構築しました。第二次産業への公共投資は、その比率を考えれば効果が限定的だが、教育への投資はそのまま国力に直結するかもしれません。ただ、大学での学びは個人ではなく社会(国)のためにある、だから役に立つことを学ばせなければならない、なんていわれたら、私は嫌だな。

低次の産業は発展途上国が担う割合が高いと考えられるが、いま第一次・第二次産業を担っている国が発展した場合、さらに別の国にそれらが移ると考えられるが、世界中が発展しつづけた場合、どのようになるのでしょうか。
・・・> 気づいちゃいましたか。(1)結構多くの人が、そのことを見ないように、考えないようにしています。でも観察しましょう。(2)でもSDGsなんかはそれを見越したアイデアですよ。


インド ムンバイ

 

最近は考え方が大きく変わってきている。終身雇用の時代は、就職・入社が大事で「学歴」が重視され、社会経験をあまり問われなかったが、最近では雇用流動化の時代になり、自己形成と持続的なスキル・アップが重視されるようになっている。大学に入ったからよいのではなく、その後の活動が大切になると思う。

工業大学に通っている以上、雇用の流動化に対応できるような能力をもちたい。また、いまの技術というのは5年で大きく変わると考えているので、いまの技術に凝り固まることなく、時代に合わせてスキル・アップしていきたい。

学歴が重視されていた時代から、学校でどんなことを学んでいたのかという経験が重視されるようになり、結果よりも過程が大切になると思った。
雇用が流動化する時代になり、技術がないと仕事もなくなる時代になってしまったので、社会に出てからも常に勉強し、自分の技術を磨いていく必要があると思いました。

たしかに大学を卒業している人は専門知識があるかもしれない。しかし、だからといって有能であるとも限らないと思っている。理系(とくに工学系)は就職に有利だからよい、という考えがあるが、そもそも理系・文系で分けるのが間違いであると考える。

終身雇用の時代は、自分に合う企業に入れば安定した人生を送ることができそうで、うらやましいと思った。しかし仮に私がその時代に生きていれば、雇用の流動化をうらやましく思ったことだろう。それぞれ一長一短があり、どちらが優れているのかを一概に決めることはできない。社会を学ぶ際には、まず優劣や善悪の判断を排し、あるがままの社会の姿を捉え、それが自分にどのように影響をもたらし、自分は社会に対してどのように対応するのかを考えることで、社会に振り回されない生き方ができるだろう。

同じところで働きつづけることがいいなと私は思います。

最近はパワハラなどもあり、みんな働きたくないと思いがちで、転職というワードをよく耳にする。自分の気になる分野を学び、自分のやりたいこと、やっていて楽しい仕事をしたいと思った。

日本の企業においては、終身雇用・年功賃金のところが減りつつありますが、もしそのような会社に入れたのであればそこで働きつづけるべきだ、という話をよく聞きます。先生はどのようにお考えですか。
・・・> 人によるし場合によります。具体的にそのような状況に直面したらまた相談してください。

 
北欧諸国ややアメリカの一部の州ではプロテスタントの影響などにより、酒類販売に強い規制がかかっていて
専門店以外で購入することがほとんどできないことがある(飲食店で頼むのは問題ない)
(左)フィンランド ヘルシンキ市内の国営リカー・ショップ (右)アメリカ ワシントンD.C.の酒店
合衆国の首都でビールやワインを買うのが大変だとは思ってもいなかった

 

日々進化していく技術などに取り残されないような人材になりたいと思った。

視野を広げて、新しく興味のあるものを見つけ、それに集中できるような行動力を身につけたい。
今後のために、常に「アンテナ」を張っていなければならないのだとあらためて思った。視野が少し狭い部分があるので、アンテナを張らなければ生活できないかもしれない。「いままでもそうだったから、今後もそうだ」という考えはやめて、もう少し柔軟に考えられるようにしたい。

いままで、与えられた課題をただやって過ごしてきたけれど、学びたいことを本当に学べていたのかわからなくなった。もう一度考えてみようと思う。

学校で解くような理系科目の問題は正解が1つしかないけれど、社会における理系の問題に正解はないかもしれない。理系は正解が1つしかないと思われがちだ。
今回解説された雇用の問題にかぎらず、どの分野においても、絶対的な正解は得られないのだということをあらためて意識した。学び方しだいで生じる変化への適応力の差については心に留めておきたい。

外国へ行くと視野が広がり、社会を見る力が向上することがわかった。現在は形式なところではなく、学びの質が問われるということを頭に入れて、今後に活かしたい。
大学生になって視野も少し広げることができてきている気がするので、もう一度海外へ行きたいと思った。進んで興味のあることに取り組みたいと思った。

日経新聞を読む習慣をつけたい。(複数)
これから夏休みに入り時間ができるので、日経新聞を読んで知識をつけたいと思った。

普段は新聞を読まないので、インターネットを使って新聞を読んでみようと思う。
・・・> ぜひ読んでほしいのですが、日経新聞にせよ他の新聞にせよ、インターネットの無課金で読むというのは「新聞を読む」うちに入りませんので注意してください。新聞を読む習慣のない人は、新聞=ニュース=速報やヘッドライン記事 と信じて疑わないようですが、わかっている人が「新聞を読もう」というときには、そこではない「中のほう」の記事がメインです。日本経済新聞は電子版オンリーの場合、月額4277円で、その価値からすれば相当に安いものです。この程度の課金を躊躇しているようでは、だめユーザーへの道をゆくことになります(笑)。

私たちはいま社会に生きていて、当事者であるという認識を常にもっている必要があるなと思った。世界に目を向けることで、知らなかった世界を知ることができ、それを自国に生かすことができれば、さらによい社会になるのではないかと思った。

13回の授業を通して、たった10年、20年で社会は大きく変わるということを知り、将来のことを考えるうえでどのような進路を選ぶべきなのか、何を求めるのかを考えるきっかけになりました。

今回は雇用の変化について学びました。形式的に大学を卒業するのではなく、自分の力をつけるなど有意義に大学生活を過ごしたいと思いました。この授業はとても楽しかったです。自分の知らない知識がとても多かったし、いまの社会の考え方を学べたからです。また、いまどんなことが大きな課題になっているのか、その改善点なども知ることができました。

この授業では産業の歴史などさまざまなことを学んだ。今回の授業で、産業にはいろいろな歴史があって現在があるのだとあらためて思った。産業がどのようにシフトしていくのか、それぞれの産業の特徴とともに考えることができた。

13回の授業はあっという間でしたが、ありがとうございました。経験を交えた解説はとてもわかりやすく、以前よりも社会に興味が湧きました。
今回が最終回で、もうこの授業を受けることができなくなると思うと大変名残惜しく感じます。さまざまな視点で物事を見て分析する力が身についたので、本当によい授業でした。

現代社会論の授業を、社会に出て2年後にまた聞きたいと思った。

 



開講にあたって

中学校や高等学校の社会科(正確にいえば高校では地理歴史科と公民科)は好きでしたか? ――これまでの経験で、千葉工大の学生の78割が好きではない、苦手だと答えることがわかっています。音楽の授業は好きでしたか?と聞いて、音楽を聴いたり歌ったりするのは好きだが学校の音楽の授業はちょっと、という人も多いことでしょう。本当は社会の学習もそれに似て、社会科なんてつまらなくても、点数が低くても、実際の社会を見て考えるのがおもしろい、ということであれば問題はありません。ところが社会科の授業が嫌いなせいで「社会」そのものへの関心を薄めてしまう人がけっこう多いのは残念です。本当は興味があるし(そこでずっと生きていくわけだから)、いろいろと知りたいが、どう考えてよいものかとっかかりがない、という人も少なくないはずです。ほかならぬ社会科の学習が、社会と向き合うことから青少年を遠ざけてしまっているのならば、非常にもったいないし、残念なことといわなくてはなりません。

当科目は、現代社会論の科目名のとおり、現代社会contemporary society)を直接の対象として学ぶものです。そして当クラスを担当する教員(古賀)は、長く高等学校の公民科(現代社会、倫理、政治・経済)の指導にかかわってきたベテランの「社会の先生」です。ですから基本的には中学校や高等学校の社会の学びの延長で捉えていただいてかまいません。ただ、もう学習指導要領も検定教科書もありませんし、共通テスト(旧センター試験)もないわけだから、学ぶ素材が国会や法律や資本主義や貿易のことである必要はない。現代社会といえばこの世のあらゆるものを含んでいるので、マンガでもアニメでもコスプレでもカラオケでもオンラインゲームでもラーメン屋であっても学びの素材になりえます。現代社会とどのように向き合い、切り込んでいくかという事例を示せればよいのです。

2022年度の現代社会論では、産業industry)を直接の対象とし、それを固定的に捉えるのではなく、動態的に、常に変化しつづけるものとして認識し、主体的に考察することをめざします。産業と聞くとどうしてもカタい印象を受けますが、受講生の全員が、いまから数年内になんらかの産業分野にかかわって、ひとりの社会人として生きていくことになります。誰にとっても「自身の問題」ということができます。いずれの産業分野でも、そしてどんな企業でも、それ単体で成り立っているということはありません。たとえば「私は食品産業に就職するのでその部門のことだけ知っておけばいいですね」という発想がナンセンスであることはいうまでもないはずです。当クラスの受講生には純粋な理系の人が多くて、よい製品(商品)をつくるということに全力を傾けることになる人も多いと思いますが、売る相手のことを考えずに「私がつくったすばらしい商品だから買いなさい」といっても無理で、そこは相手の立場(考え方やニーズ)も十分に知っておかなくてはならないわけです。売る相手は「文系」「社会」だと考えておくくらいでちょうどいいかもしれません。いまあらためて大学生として現代社会、そして産業を学ぶ意味はそのあたりにあります。

いうまでもありませんが、授業内で取り上げる情報が最新のものだったとしても、それは2022年現在のことであり、みなさんがリアルな社会人になったころには情勢は変わっているかもしれません。というか、絶えず変わりつづけると思ったほうがよい。個別の知識を「覚える」ことが無意味であるというひとつの理由でもあります。社会科は暗記だから嫌いだという人が多いのだけれども、社会科は間違っても暗記なんかではありません。お願いですから暗記しないでください。当科目では対象を「思考する」、そこにのみ注力します。したがって、授業をまともに聴かないままネットで何かちょこちょこ調べてレポートを書いても成績はつきませんのでご注意ください。


<評価>
中間および期末の課題(レポート)の成果により評定します。
出席点はいっさいありません。したがって「授業に参加するつもりはないが、とりあえずそこ(教室)にいる」必要はまったくありません。


 


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