Mon deuxième voyage à l’Allemagne

PART 1 ストラスブール ―中心から周縁へ あるいはその逆―

 

世に国民国家Nation-State / Nationalstaat / État-Nation)というやつがあります。こんなものがあるから、近代という時代はさまざまな苦難に耐えなくてはならなくなったのです。風呂屋の煙突が高いのも、郵便ポストが赤いのも、よろず国民国家のせいなのです。社会科教育を研究している人ですら「健全なナショナリズムを」うんぬんと発言するのを聞くことがあるけれど、ナショナリズムに健全なものはありえません。完全に不健全なのではなく、全般に、微妙に不健全なのであります。排他性や不寛容と決別できるナショナリズムなんてあるはずないでしょうが。

そういうナショナリズムって、近代(moderne)、それもかなり新しい時代の産物だよなと考えるようになったのは1990年代半ばのことでした。そういう思考をめぐらせるのもうなずけるような時代状況ではありました。同時に、国民国家やナショナリズムは、新しいものであるがゆえに説得力があり、インパクトがあり、定着したのだということもできます。このごろは文系の学生ですら思想史を敬遠する人が多いのが非常に残念だけど、19世紀を学んでみんさい。いったん自分が壊れるような危うさを感じたのなら本物で、その先に幸福な思考が待っていると考えよう。19世紀以降の状況をすべて「当たり前の前提」ととらえてそれを固守することばかり考えていると、学びは一気につまらない、くだらないものになります。

 

 

221日の日曜日の朝、パリ東駅Paris- Gare de l’Est)です。冬のパリの7時台はまだ暗く、夜のつづき。ここ東駅は、シャンパーニュ、アルザス、ロレーヌ、そして中部ドイツ方面への起点として早くから栄え、パリにある6つの国鉄ターミナルの中では北駅と並んで国際性の豊かな駅でした。しかし、リヨン駅や北駅に超高速列車TGV(と、その親類のタリスやユーロスター)が続々と現れても、東駅は相変わらず夜行列車や国際急行列車(Euro City)がせいぜいでTGVとは縁がなかった。アルザス・ロレーヌへ向かうTGV東・ヨーロッパ線が開通したのは2007年夏のことで、そこでようやく東駅にTGV車両が乗り入れてくるようになりました。開通直前の20072月に、ロレーヌ北部のメスからルクセンブルクに向かう旅行をしていて、その折にはこの東駅からインターシティ(一般の急行)で出発しています。その列車ではパリからメスまで2時間半ほど要していて、アルザスの中心都市ストラスブールだと4時間もかかりました。アルザスに行く人の少なからぬ割合が飛行機を利用したのもわかります。今回利用するTGV9571便は、パリ東駅を724分発、ストラスブール中央駅に941分着で、TGV開通の効果はてきめん。もう飛行機に乗る人はいないんじゃないかな。列車自体は国境を越えてドイツのシュトゥットガルトまで行きます。

TGVのチケットは1月末にネットで手配しました。フランス国鉄SNCFは一部路線でE-Billet(直訳するとE-Ticket)と呼ぶ方式を導入していて、予約確認で返ってきたメールに添付されているPDFファイルを開いてA4判の紙に印刷すれば、そのまま発券も打刻もないまま乗車できるとあります。欧州の鉄道の運賃・料金システムは航空業界に似ていて、要はどのプランに乗るかによってかなり変動します。時期と方面が決まったなら早めにアクセスして往復のぶんを確保するのがよいでしょう。SNCFのサイトに要件を入力してパリ〜ストラスブールの料金プランを見ると、1等車利用のプランが€61.00とあり、2等でも€50台半ばだったからかなりお得で、即購入しました。昨年につづき円高の恩恵を受けているのもあります。

 発車を待つTGV

 

今回は、はじめカタルーニャ(スペイン北東部のことですが、国名で表現しないのは今回のテーマにかかわるからです)に行くつもりでパリからの旅程を前回と同じ34日に設定したのだけど、アプローチが長くなりすぎるのを嫌ってバルセロナまでの往路を飛行機にしようとたくらみ、格安航空会社のネット予約に取り組んだまではよかったものの、何度やっても「混雑」でハネられてしまう。これはもう神様がそちらへは行くなといっているのだと思いなおして、仏独国境をめぐるコースを設定したわけです。34日で、しかも初日の朝はメトロも動いていないような時間帯に出動していますし、4日目はドイツのボンを17時前に出てパリに夜9時に着く便を押さえましたから、本当にまるまる4日間を存分に使えるトリップになります。ストラスブールには941分に着きます。常識的に考えて、仮に平日でもその時間に街が動いているはずはない。のびのび動けるじゃないですか!

  1等車は新聞のサービスつき

 

駅カフェでクロワッサンとカフェオレの朝食をとり、1等車に乗り込むと、だいたい3分の1くらいの乗車率。いつもならビールやワインを用意するところだけど、いくら何でも朝の7時台からアルコールを入れるのはねえ。1等車は昨年利用したのと同じように2列+1列で、私は1列のほう、しかもうれしいことに進行方向の席を充てられていました。

 

定刻に発車しました。朝早い便なので、周囲の客はみな眠っているか、静かにしていて、雰囲気がどんよりしています。早い時間帯に車掌が現れて検札。自宅のプリンタで出力したぺらぺらのEチケットで本当によいのか不安ではあります。Eチケットとかマイレージカードで飛行機に乗れるようになったときにもそういう不安があったけど、IT化って慣れると早いですね。Eチケットには三次元バーコードが付してあるので機械で読み取るのかなと思ったら、ぺらぺらの紙を眺めた車掌は、ふんふんとうなずいてパンチを入れました。これならいくらでも偽装できそうなのにね。いつもいうように、フランスの車窓はだいたいが「原っぱ」でつまらないので、ここは経過を省略してストラスブール到着後の話にしよう。

 ストラスブール中央駅に到着

 

ほぼ定刻にストラスブール着。まだ10時前、大学ふうにいうなら1限の途中で、日ごろこの時間に「活動」することはないのに、旅行にしてはめずらしく早い時間に目的地へやってきたものではあります。さてここストラスブールStrasbourg)はアルザスAlsace)地方の中心都市で人口は25万人くらいなのですが、フランスは日本と同じかそれ以上に集権的な国ですから、パリ以外の主要都市の規模もだいたいこんなものです。宇宙の中心のパリと、それを取り巻く惑星のような地方都市、放射状のネットワークが織り成す六角形の国フランス。まあ、最初に嫌味まじりに申しましたけど、まともな文系の人ならそういう前提そのものが歴史的にも社会的にも文化的にもインチキであることはお見通しのことでしょう。知識がなくても、語学に強い人ならStrasbourgという語感がフランス語というよりドイツ語っぽいなあと感じることでしょう。もともとドイツ語でシュトラスブルクStraßburg エスツェット表記は微妙なところですが)と呼ぶドイツ語圏の都市であったから当然です。ここアルザスをフランスの周縁というのは国境なる近代的なボーダーを前提にするからであって、ユーラシア大陸はこの先どこまでも(北海道のそばまで)つづいています。10年以上前に、お世話になっていたフランス人の教授にストラスブールに行ってみたいといったら、フランス人の教授らしく「なぜ」と訊かれました。「そこはたぶんドイツ的でもありフランス的でもあり、欧州的でもありそうだと思うからです」とかなりいい加減な答えをしたら、教授はにやりと笑ってうなずき、「そう、いいところに目をつけましたね。でもストラスブール、それはフランスでもなくドイツでも欧州でもなくて、アルザスなのです」と。フランス語のこういう表現(文法&オチ)の仕方ってありがちですね。

 ストラスブール駅に停車中のローカル列車 S’Elsassはアルザス語の「エルサス」

 

そのアルザスのストラスブールに着いてみたら、しとしとという以上の雨。冬場の西欧の天気は、降ったと思うと晴れて、晴れたと思えば降るという具合にあまり安定しないし、長時間降雨があるということもあまりないので、昼になれば上がるような気がします。ひとまず折り傘を開いて駅前へ出ました。ストラスブールの中心街(旧市街)はイル川(l’Illと書くと縦線だらけでよくわからないでしょうから大文字にしますと、L’ILL。)が二股に分かれて凸レンズ状に広がるあいだにあり、中央駅はその北西、ネットで予約した宿は南東に外れますので、これから街の様子を見がてら旧市街をゆったり横断して宿に荷物を預け、それから本格的に見物すればいいかなと思います。だいいちこの日は日曜で、レストランなどはともかく一般の店舗は終日クローズにちがいなく、どちらかといえば街そのものを眺めるのが主目的。34日の行程のうち「フランス」に属するのはストラスブールを見学するこの21日だけですから、「フランス」のガイドブックはパリに置いてきてしまいました。市の中心にツーリストインフォメーションがあるみたいだから、観光地図を入手することにしよう。「フランス」のうちストラスブールには2ページ程度しか充てられていないから、重たいだけで用を成さないし、「西欧あちらこちら」を愛読してくださる方ならおわかりのように、もうガイドブック的な旅行はしなくなっていますので。

 
ストラスブール中央駅は古い建物をモダンな外観で覆うという凝ったデザイン

  
雨天・日曜・朝10時と悪条件?が揃って見事に誰もいない市街地

 

駅前の通りをしばらく歩くとイル川の北側の分流に出ました。そのまま1122日通り(Rue du 22 novembre)を進めば、ゆるやかなカーブを描く道路、石畳(ふう)、クラシック(調)な建物と、西欧都市でよく見かける景観でした。アーケードもかなりの距離になるみたいです。日曜に来てしまったのがもったいないのだけど、もともと遠くのカタルーニャまで飛ぶつもりで日程を組んだため、何もしようのない日曜を移動日に充てようと考えた名残で、いまさら仕方ない。でも、静かで落ち着いた都心というのは味わいがありますよ。日本の地方都市でシャッター通りと化してしまったところに何度も遭遇しましたが、そういうのではなくて、平日はちゃんとにぎやかな街なんだろうなというのが想像できるぶん幸せです。

西欧都市にはまさしくここが市の中心という広場がありますが、ストラスブールのそれはクレベール広場(Place Kléber)。ゆっくりしていきたいところだけど雨模様なので後刻を期すことにして先に進み、市のシンボルらしいノートルダム寺院(大聖堂 Cathédorale)の前に出ました。ロンドンの回で、あらゆるキリスト教関係の建物を寺院と呼ぶことにすると申しましたが、よくよく考えればそういうわけにもいかず、ケースバイケースということにしよう。ここの大聖堂は、見るからにゴシック建築の重厚な造りで、どういうわけか石材が赤茶けていて枯れた味わいが感じられます。全体像についてはこれも後刻を期しましょう。大聖堂の目の前にお目当てのツーリストインフォメーションがあったのでドアを押すと、女性職員がひとり退屈そうにデスクにいました。カウンターに観光地図(€1)があったので購入。片面がきちんとした地図、もう片面がイラスト調の鳥瞰地図でよくできています。こういうとき日本語が書かれていないと不安に思う人もいるみたいだけど、現場にはフランス語しかないわけだから、フランス語の地図がいちばんいいんですよ。

 
ノートルダム寺院(左)の前にあるツーリストインフォメーション

 

そこから3ブロックほど南に進めばイル川の南分流。ああ、これはすばらしい。まさに川の街というところで、小船の見える川の両岸にふた昔前のような建物が並んで、美しい景観を見せてくれています。水路と古い街並みといえば、2004年に訪れたベルギーのヘント(Gentは現地で話されているオランダ語の表現。フランス語ではガンGand、英語読みはゲント)が中世そのままのような感じですばらしかったのですが、それとはまた違って、近代の初めのほうのイメージです。三角屋根のアルザスふうの建物が混じっているのもおもしろい。「ヨーロッパの街並みっていいよね」なんていうタイプの日本人旅行者なら誰しも感激することでしょう。日本でも、潮来(茨城県)、佐原(千葉県)、柳川(福岡県)といった水郷=水の街があり、実は大阪もそんな感じなのだけれど、ストラスブールの「水郷」ゾーンはだいたい柳川と同じくらいのサイズかな。ただ、日本の場合は建物が新しくなりすぎて(木造だから長持ちしないという事情はあるけど)どうしてもミスマッチな部分が出てしまいます。

 
 川越しに大聖堂を望む

 

予約していたホテル、Hôtel 3 Roses3本のバラ)は川沿いに少し歩いたところにありました。市街地に近く、しかし喧騒からも離れていそうで、環境は抜群。まだ10時半にもなっていないのでチェックインはできないから、ひとまず荷物を預けて手ぶらになりたい。レセプションにいた主人らしき男性に、今夜の予約をしているのですが荷物をうんぬんと申し出ると、日本人の客だからすぐにわかったのか、「ムッシュ古賀ですね。お預かりしておきますよ。のちほどお待ちしております」と。パリからの遠征に際して、このところ1泊目の宿を事前にネットで押さえることが多くなりました。今回はそうでもないが初日はどうしても移動時間がかかるため、現地に着いて宿を探してうろうろしたくないからです。いつもの英語サイトでスコアなどを比較して、場所・料金を手がかりに決めました。今回のプランは1€51とかなり安いほうです。

まだ雨がつづいているので折り傘を手にもち、さっき入手した地図をコートのポケットに突っ込んで、それ以外には何もなしで歩きはじめました。欧州に来はじめたころは街歩きにリュックを伴ったのですが、この手ぶらスタイルを会得してからは余分な荷物をもちたくなくなりました。これといった当てもなく、さっき来たのと逆のほう、東方向に向かって川沿いの道を進むと、正面に尖塔をもつ教会が見えてきました。地図で見ると聖ポール寺院(Église Saint Paul)とのこと。このあたりは住宅地のようで、観光船など浮かんでいるものの全体的に日常生活のにおいが感じられます。大学広場(Place de l’Université)という広場があり、どういういわれなのかゲーテさまの立像もあるので、文化的な感じですね(文系の学者のくせにテキトーな感想)。

 
(左)聖ポール寺院 (右)大学広場に建つゲーテ像

 

ストラスブールめぐりは基本的にきょう1日のつもりなので、いくらノープランでも大まかな設計はしませんと。広場の近くにかなり大きなカフェがあったので入って小休止し、作戦を立てよう。カフェ・エクスプレス(いわゆるエスプレッソ)を頼んだらなぜかカフェオレ、しかも大盛り(Grand crème)が運ばれて何だかな〜と思ったものの、逆らわずに飲んでみたら美味しい。しかも€2.80と非常に安い。パリならこの分量で€4.50くらいしますぜ。毎年のようにフランスの地方都市に出かけてよくわかったことに、パリのようにカフェだらけの街というのは他にはないということ。どこにでもあると思わず、カフェを見かけたら入ってお茶して足を休ませてお手洗いを借りるというふうにしておくべきなのです。

 ひとり作戦会議 いまいるカフェは矢印のあたりだよ

 

いつものように、ほとんどまったく予備知識はないのだけれど、ストラスブールの見どころといえば先ほどの大聖堂、そしてプチット・フランス(Petite France)という小水路とアルザスふうの建物が織り成す景観の地区に尽きるようなので、まずはそこを制覇して、そのあとライン川方面に足を伸ばすことにします。欧州議会などのある地区にも興味はあるが、時間の余裕があったらね。

お茶しているあいだに雨も上がったようだし、ストラスブールの町たんけんに出かけることにするかね。

 


PART 2 へつづく


*この旅行当時の為替相場はだいたい1ユーロ=121円くらいでした。読者のみなさんには、Googleなどのネット地図を見ながらお読みいただくことを勧めます。

 

この作品(文と写真)の著作権は 古賀 に帰属します。