PART 2 ディジョン地図なし散歩


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石畳の道をゆっくり歩いて13時半ころ国鉄駅に戻ってきました。小さな待合室は気の早い乗客で満員だし、何となくうすら寒いので、駅前の角にあるその名も「駅のカフェ」(Café de la Gare)に入ってカウンターでカフェ・エクスプレスを1杯(€1.30)。地元のおっちゃんたちが何組か来ていて、昼ごはんやビール摂取にはげんでいます。西欧の田舎のカフェに共通する独特の雰囲気みたいなものがあって、かつては日本の国鉄駅前あたりでも感じたものでした。機能的には似たようなものなのでしょう。

  インターシティと車内

 

ディジョンへの帰便は1359分発の予定でしたが、駅のモニター表示では「5分遅れ」が出ています。5分や10分や15分の遅れはめずらしくないので待てば、ジャスト5分遅れて列車がやってきました。ボーヌに来るときに乗ったのは電車だったけど、今度のは電気機関車が牽引する客車列車。日本人とくに都市部の若い世代はtrainを何でも「電車」と呼び習わす誤った言語習慣をもっていますが、電車(electric car)というのは車両自体にモーターがついていて自力走行できるものにかぎられます。いまから乗るやつは、機関車が引っ張らないと1センチも動けない「箱」をつらねたもの。私が中学生だったころあたりまでは日本の地方に行けばけっこう走っていましたが、JR化のころにおおかた電車あるいは気動車(Diesel car いわゆるディーゼルカーですが、厳密にいえば気動車の概念とは少しズレます)に置き換えられました。機関車+客車の列車は輸送量の変化に柔軟に対応できますし、機関車さえ付け替えればどの線区にも入っていけるメリットもあり、また貨物列車が盛んだった時期には運用を効率化する点でもよいものでした。その代わり小回りが利かず、起終点で前後を入れ替えなくてはならないなどの手間もあって、日本では寝台特急などをのぞいて絶滅危惧種になってしまいました(カシオペアなどの寝台特急が依然として客車列車なのは乗り心地の問題と、電化方式の異なる区間をまたいで運行されるためです)。この車体にはローヌ・アルプ(Rhône-Alpes)のロゴが入っていて、リヨンとかグルノーブルのほうから走ってきたものだとわかります。先ほどの電車にはブルゴーニュの文字が入っていました。フランス国鉄SNCFの車両はエリアごとに運用されますので、いま乗るやつの本籍地はリヨン方面ということ。内部はこれも西欧ではよく見かける6人掛けコンパートメント。各室に1人か2人ずつしか乗っておらず閑散としています。インターシティ(都市間急行)17808便は定刻1419分のところ3分ほど遅れてディジョン・ヴィル駅に到着。この間の沿線がだいたいブルゴーニュワインの主要ドメインのならぶあたりなので車窓に注目してみましたが、とくにはわかりませんでした。

 
(左)ディジョン・ヴィル駅 (右)駅前から伸びる目抜き通りはトラム建設中

 

さあ持ち時間2時間半でディジョン見物をすることにしましょう。予備知識はといえば、ブルゴーニュの中心都市であるということと、マスタードの産地(西欧における源流)として知られることくらいで、あとは名所も名物も存じません。例によってガイドブックももっていません。ボーヌにあったような観光パンフも見当たらないので(どこかにはあるのかな?)、駅前に掲出された市街図を1分くらい眺めて町の構造をだいたい頭に入れてから、駅を背に大きな道路を歩き出しました。フォッシュ将軍通り(Avenue Maréchal Foch フォッシュは第一次大戦の英雄)ということですが、写真で見てわかるように道路の真ん中を削ってトラム(路面電車)の線路を敷設工事中。高齢社会にも環境にも優しいトラムの効用は欧州各地で再評価され、フランスではむしろ最近になって新設するというケースが多くみられます。2010年に行ったストラスブール、昨年9月に訪れたランスもそうでした。電車が駅前に入ってくると雰囲気も変わるでしょうね。

 ギョーム門

 

駅から200mくらいのところ、ダルシー広場(Place Darcy)にギョーム門(Porte Guillaume)というプチ凱旋門みたいな門がありました。由来不明ながら、この先が市街地だなという直感がはたらきます。そういえば、駅前の市街図でツーリストインフォメーションの位置を確認するのを失念してしまいました。そこでシティ・マップを入手するのがいつものパターンなのに。でも2時間半の町歩きなら同じ付近を行ったり来たりになるだろうから、なくてもいいか。

門の先はやっぱりにぎやかな街路でした。リベルテ通り(Rue de la liberté)です。このように道幅が狭い目抜きなら歩行者専用にしてしまうケースが多いのだけど、ここは自動車走行可で、路線バスがひっきりなしに往来しています。午後のいい時間帯ということもあってけっこう多くの人が出ていました。バスも満員のようで何より。西欧の町によくみられる、間口の狭い路面店のたたずまいってなかなかいいですよね。ゆっくりウィンドウ・ショッピングしてみよう。

 リベルテ通り

 
ギャルリー・ラファイエット  やっぱり吹き抜け構造です

 

さっそくあらわれたのが大手百貨店のギャルリー・ラファイエット(Galerie Lafayette)。フランスの主要都市には必ずありますね〜。デパートにかぎらず今は冬のバーゲンの時季で、パリでも地方でも店頭にSOLDESの札があふれています。このソルドというのがバーゲンの意。デパートは好物だし、表は震えるほど寒いので、しばし見物してみましょう。西欧のデパートはどういうわけか吹き抜け構造が多く、エスカレータがその真ん中を行き交うイメージです。ここもご多分に漏れません。メンズ売り場(Hommes)に行ってみれば、まともなスーツから靴下、下着にいたるまでもろもろセール中。いつものようにネクタイでも買っていくかな。――が、安いのも高いのも欲しいと思えるのが見当たりません。いいやつが売れちゃったのかもしれないし、何だかんだで毎度のようにラファイエットのネクタイを買っていくため、色やデザインの基本線は一通りそろえてしまっているのもあります。実はこの2日後にパリ・オペラの本店でも探してみたのですが結果は同じでした。結局、隣のプランタン本店で買いました(笑)。

  このへん旧市街

 

このあたりから先が旧市街のようです。鉄道駅は町外れにあり、そこから一本道を歩いて旧市街へという構造は西欧のみならず日本の古い都市でもみられる普遍的な傾向。一向に気温が上がらずぶるぶるなのですが、人出は増えてきました。観光都市ではなさそうなので、地元やその周辺から来た買い物客が多いのでしょう。

ところで、ブルゴーニュといえば赤ワインですがディジョン市にも世界的に知られた名産品があります。それは

 

これ。マスタードmoutarde)です。洋カラシのルーツの1つといわれていますね。山岡士郎が仕掛けた滋味あふれるポトフを食べた京極さん、さらに小ビンを勧められて

「おお! ディジョンのマスタードやな? これがあるとよけいに食べてしまうがな。困るやないか!」

とお困りになります(雁屋哲・花咲アキラ『美味しんぼ』53巻、「心の味」より)。困ることはないんだけどなあ(笑)。京極さんは「ものの真価のわかる大金持ち」という設定なのでディジョンのは本物なんでしょうね。本当はどうなのか知らんですが、ディジョンに行ったよという感じが出ますし、小さくてお手ごろなのでお土産にいくつか購入していきましょうね。フランスのカフェや安いレストランでは、日本の食堂で醤油やソースを置いてあるように、テーブルに塩・コショウとマスタードの小ビンを出されることがけっこうあります。肉料理にはマスタードと反射的に思う人がいるみたいです(私もその1人)。東京で食べるような高価なよそゆきフレンチは別にして、各種の肉を煮るか焼くかして食するだけの安い料理では自分で好みの味つけをするという要素も大きいのです。本来マスタードには獣肉くささを消す効用がありますので、血合いの入ったような部分にはとくにお勧め。ただ昨今は液体類(ペーストを含む)の国際線機内持ち込みができませんから預けるほうのスーツケースに入れて持ち帰りましょうね。このほかブルゴーニュの名物といえば、さきほど食べたブフ・ブルギニョンのほか、おなじみのエスカルゴもそうです。で、そういう山のほうの料理にはマスタードとピノ・ノワール系のワインがマッチするということね。

 ノートルダム寺院

 旧市街から見たノートルダムの尖塔

 

このあたりの道幅は各都市の旧市街と同様に狭く、石畳ゆえにごつごつしています。石畳って、自動車が通るときに独特の音を立てるんですよね。あちこちの町を歩いてみて、旧市街というのは景観だけでなく音とにおいがあいまってその雰囲気を成立させているのだなあと思うようになりました。ノートルダム寺院(Église Notre Dame)はさほど大きくないですが13世紀建設の古いもので、貫禄があります。「表参道」というようなアプローチがなくて全面を路地に囲まれているので(結果的にそうなってしまったんでしょうね)、やや窮屈な感じ。その路地から見上げると見事な尖塔がそびえ立っています。観光客らしきカップルが壁面の何やらをバックに記念撮影していたので何ごとかと思えば、あとからわかったのですが「幸福のフクロウ」という彫刻で、これを左手でなでると願いがかなうのだそう。知っていれば私も触ってきたものを! でも実際には日本の寺社でもそういう現世利益は求めません。宗教的動機として不純よ(笑)。とはいえ、中世の西欧でキリスト教(カトリック)が低層の庶民にも根を下ろしていく過程では、癒し(昨今いわれるような気分的なものではなく、病気を治すという本来の意味)や奇蹟といった現世的効用で説得力をもたせるという面もあったわけで、ここのフクロウさんも中世後期からかなり長いあいだそういう役割を果たしてきたのかもしれません。

 こちらは「マスタードの入れ物」のコレクション


レンタサイクル パリのはVélib’(ヴェリブ)ですがディジョンはVelodi(ヴェロディ)と呼ぶらしい 前カゴをステーションに固定するんですね(パリは側面)

 

市内中心部をぐるりと回ってもまだ時間はあります。そういえばこの都市では道路が直交・平行するのが基本のようで、地図なしで歩くには非常にありがたい構造です。なるべく同じ道を通らないようにしても迷うことがありません。リベルテ通りの反対側(南側)に行ってみると、小さなショッピングセンターがありました。それほど多くのテナントがあるわけでもなく、ちょっと寂れかけた感じ。大手スーパーのモノプリ(Monoprix)が入っていてそこだけ賑わっていました。いつもの感じでここに宿泊するとかいうことだと、スーパーでワインとつまみを買って持ち帰るんでしょうね。なぜスーパーがいいのかというと価格が安いからという点につきます。たとえばミネラルウォーターとかコーラなんかも町なかで買うのの半額くらいになりますから、スーパーを見かけたら調達を心がけましょう(笑)。

 
(左)中心街のショッピングストリート (右)ショッピングセンターに入るモノプリ

 お、フナック!

 

どこかのカフェでお茶でも飲もうかとさらに歩いているとフナックfnac)に出くわしました。何屋さんといえばよいのか、まあメディア屋さんですね。書籍、CDDVD、ゲームソフトを売っているお店が多く、それに関連して機材・ハードのほうも置いてあります。フランス語圏の各地で見かけ、あれば入ってのぞくので、今回もそうしようか。ディジョンの店舗は0階がCDDVD1階(日本でいう2階)が書籍。フロア面積がさして広くないのでヴァリエーションは期待できないのですが、日本の小・中型書店が雑誌や安直な新書本、売れ筋の小説やガイドブックばかり並べてなかなかわれわれ知識人(うへ)を満足させられないのに対し、フナックには小さなところでもアカデミックなものがかなり並んでいます。しかもいわゆる再販制度のようなものがないらしく、割引価格がこのチェーンの特徴。前日にパリのフナックで数冊の専門書を仕入れたところではありますが、足が自然と人文科学(sciences humaines フランスの一般的な感覚では「社会科学」の一部もこれに含まれます)のコーナーに向くね。お、なかなかいい本があったぞというので教育学の専門書を2冊ゲット。ただワインを飲んで町をぶらぶらしているわけではなくて、研究者らしき行動も(たま〜に)見せるわけやね。ただ、なぜだかフナックの盗難防止センサーとの相性はよくないらしく、各地の店舗では約5割の確率でビー音が鳴ります。今回もやっぱり(涙)。係の男性が無表情で近づいてきて荷物の中身を調べ、荷物だけセンサーを通してみたり、人間のほうだけトライさせてみたり。問題なしとなると、にこりと笑って「お買い上げありがとうございます。さようならムッシュ」と。体質の問題?

手ごろなカフェもないのでそのままじぐざぐ歩き、16時半ころディジョン・ヴィル駅に戻ってきました。地下通路に小さな駅カフェがあったのでカフェ・クレムを飲んで一息。いつもは朝以外はだいたい普通のカフェ(いわゆるエスプレッソ)なのだけど、こう寒いと牛乳入りが欲しくなりますね。朝、午後につづいて3度目の駅ですが、夕方になってどこかへ向かう人たちが集まってきたらしくたいへんにぎやかです。会話の声があまり聞こえないのは、寒さのせいもありますが、各人がスマホに夢中になっているためでもありそう。

 

 TGVに乗ってパリへ帰ろう2012

 

吹きっさらしのホームに上がると、70代くらいの夫婦が寒い寒いといってじたばたしています。目が合ったので、寒いですねと一言。もう少しぎりぎりまで下で待っていればよさそうなものを、西欧の人たちはけっこうせっかちで、早めにホームに来る習慣があるみたいですね。編成がやたらに長いことがあるのと、停車位置がいい加減でどこに来るのかわからないというのも関係しているかもしれません。パリ・リヨン駅行き6701便はオール2階建て(私の指定席は上階)でした。トーマスクック時刻表をもってきていないので、この列車がどこ発なのかはわからずじまい。ディジョンを通るということはバーゼルかローザンヌでしょう。2階建て編成はパリ〜リヨン便に多いんですけどね。帰りも1時間半ほどで、1837分の定刻にリヨン駅に到着。今朝の雪はほとんどなくなっていました。2都市をまぶしたのであまり無駄がなく、よき散策だったように思います。

ボーヌで買ってきたヴォルネーは2日後の夜、読書のお供として胃袋に収まりました。美味しかった記憶はあるのですが、どう美味しかったのかは思い出せず、こんな具合ではワイン愛好家としていかがなものかと思います。過去十数年間にけっこうな額をこの種の燃料につぎ込んできているのにね!

 ボーヌで買ってきたワイン


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