PART 1 ワインのふるさとへ



ユーロ危機と大寒波が、2011/12冬シーズンの欧州を覆っています。社会科的な前者はともかく理科的な寒波のほうは努力や政策的措置でどうにかなるものでもなく、ひたすらがまんするほかありません。晩冬の渡仏は10年連続で、降雪に見舞われたことは数度あったものの、滞在中の最高気温が摂氏3度を超えないというのは初めて。前の冬に謎のお仕事で昼でも零下20度の中国東北地方へ出張した際に結構な値段のダウンコートを新調し、スキーにでも行かなければ不要だろうなと思っていたら、まさかの出番。いや寒いですな。

 常宿ちかくのレ・ゴブラン(les Gobelins)バス停

 

28日、水曜日の朝、今回の日帰りエクスカーションの目的地ブルゴーニュBourgogne)に向けて出発! パリ・リヨン駅(Paris- Gare de Lyon)を757分に出るTGVが今回の足です。リヨン駅はTGVが最初に開通した際のターミナルで、私自身も19912月(もう21年前か〜)に初めてパリに入ったのはTGVで、この駅着でした。その名のとおりリヨン方面とを結ぶ南東線の起点で、これまで何度も利用してきたのですが、西欧あちらこちらのシリーズがはじまって以降は2009年のイタリア旅行だけでしたね。カルチェ・ラタン南側の常宿からだとバスで1本、10分ちょっと。7時過ぎにカギを預けて表に出ると、季節の関係で真っ暗なのはいいとして、おお雪だよ。もう2センチくらい積もっています。前夜に戻ってきたときには降っていなかったので0時前後から降り出したのではないかな。朝のテレビニュースでも「パリの降雪」をやっていました。滑らないように気をつけませんとね。

  朝のリヨン駅

 

リヨン駅の前庭の雪はもう凍結しかけていて危ない。予報どおりならもうすぐやんで、積雪も溶けてしまうことでしょう。すでに老若男女さまざまな人が大きなカバンやキャリーバッグを携えて集まってきています。欧州のターミナル駅にはホームやその周辺(改札口はないので)に、仮設のテーブルを出したスタンドカフェやサンドイッチの売店などがあり、長距離客はたいていそのへんでコーヒーを飲んだりして出発を待つのですが、これだけ気温が低いとホームでじっとするのもつらい。室内カフェ(といってもファストフード)に空いている席を見つけて飛び込み、カフェラテとパン・オ・ショコラ(〆て€5.60)で朝食を。フランスなのにラテ(latte)なんていうイタリア語を使っているのは、カフェ・リタッツァ(Caffè Ritazza)というイタリアふうのチェーンだからです。どうでもいいことながらラテというのは牛乳のことで、フランス語ではレ(lait)といいます。カフェオレ(Café au lait)とカフェラテ(Caffè latte)の違いはと聞かれて、前者がコーヒーにミルク、後者はエスプレッソにミルクだと説明する人がけっこうあり、両方を置いてある日本のカフェチェーンなどではたしかにそうなんだけど、本当は正しくありません。まったく同じものをフランス語でいうかイタリア語でいうかだけのことであります。さらにどうでもいいことながら、フランスのカフェでは「カフェオレ」で十分に通じますが、正しくはカフェ・クレム(café crème)というのよ。フランスとイタリアの共通点は、朝食がコンティネンタル(パン+飲み物だけ)ということと、菓子パンやヴィエノワズリー(ウィーンふうという意味で、バターをたくさん使った甘めのパン。クロワッサンもこいつの一種)を食べるということね。当方も郷に従って。

  TGVに乗って・・・

 

TGVにもずいぶん行き先のヴァリエーションがありますね。7時台の後半だけでも、アヴィニョンとグルノーブル行き(リヨンで分割)、トゥーロン行き、ミラノ・セントラーレ行き、リヨン・ペラーシュ行きがたてつづけに出ます。私が乗る757分発9261便はスイスのローザンヌ(Lausanne)行き。わりと早めに高速専用線を降りて在来線に入り、ブルゴーニュを経由してスイスに向かいます。下車するのは934分のディジョン・ヴィル(Dijon Ville)駅です。列車はようやく白みはじめたパリ市内を抜けて、すぐ高速専用線に入り、例によって平坦でさほどおもしろくない北部フランスの地平を全力で駆け抜けて、定刻にディジョンに着きました。ディジョンDijon)はパリから南東に約300km、ブルゴーニュ地方の中心都市です。今回のエクスカーションはどこにするかなあと思案して、(1)パリから片道2時間以内、(2)往復運賃で€60以内、(3)未訪、という条件で探してみたところ、ここならとフィット。世界最速TGVのおかげで距離のわりには所要時間が短くて済みます。お値段はといえば、行きが€20、帰りが€17と非常に安い。いつものようにフランス国鉄SNCFのサイトにアクセスして入手しました。英語も使えるのでみなさんもやってみるといいですよ。旅行日・出発時刻・目的地・人数などの要件を入力すると、条件内でさまざまな料金プランを提示してきます。日本のJRでは定額の運賃に、これもほぼ定額の特急料金を合算するのだけど、欧州の鉄道チケットは航空券と同じだと思えばよく、早めに購入し、変更不可など設定のキツいプランほど安い。25歳以下だとさらに安いプランありますよ! この切符は1227日に発注したもので、これも航空券と同じようにEチケットをプリンタで印刷して持参するだけ。

 
ディジョン・ヴィル駅からローカル列車に乗ってボーヌに

 

ただ、安いチケットをとった結果、朝9時半に着いて帰りの便が1701分発と、ディジョンでの持ち時間がかなり長くなることになりました。予備知識はほとんどないものの、これまでの経験からしてディジョンの町の規模ではさほどすることもありますまい。そこで、古来ワインの集積地だったと知る近くのボーヌBeaune)に足を伸ばすことにしました。ディジョンから30kmちょっとなので往復の時間を入れればちょうどいいくらいじゃないかな。その知識も8年くらい前に買ったガイドブックで拾っただけでほとんど深みはありません。フランスの中央集権は観光でも似たようなもので、「フランス」と称するガイドブックの中身も半分以上がパリですから、ボーヌに充てられる情報はほんの少し。ま、行ったよという話を聞いたこともないので、かえって具合がよろしいですね。現地に行けば何とかなるでしょうきっと。ディジョン・ヴィル駅のコンコースには長距離と近郊それぞれの切符売り場があります。近郊のほうに入って3人ぶん待つと、若い美人のおねえさんが迎えてくれました。このところ切符購入はフランスでも英語を使うことにしています。2 ways tickets for Beauneというとたちどころに了解されました。ディジョン1012分の列車で行くことにして、復路の候補はとモニターに映して示してくれます。ボーヌでランチまで済ませることにして、1419分にディジョンに戻ってくるパターンを指定。片道€7.50で、距離を考えればそんなところだけど、ここまでのTGV€20なのでバランスはとれていませんね。通常運賃(tarif normal)ってそんなものですが。ディジョン・ヴィル駅は思いのほか小ぢんまりしていて、小さな待合室でしばらく待ちます。この時点で0度前後でしょう。ホームに立つと風が冷たい!

1012分発のヌヴェール(Nevers)行き17808列車で出発。急行のようです。西欧の在来線で最近よく見るタイプの車両ですが、ずいぶんと車高が高い印象だなあと思ったら、むしろ低床構造みたい。1車両に乗り込んだ客は4人だけで閑散としています。発車してすぐに女性車掌が検札にあらわれました。ボンジュール!

 ボーヌ駅

 

ディジョンの市街地はさして広くなく、列車はあっという間に原っぱみたいなところに出てきて加速します。1032分にボーヌ着。これまたちっちゃな駅やなあ。下り線が島式2線、上り線が駅舎に面した1線という造りは日本の「国鉄タイプ」。昨今のJRのローカル線なら間違いなく無人駅化しているところですが、ここは窓口があって職員がいました。駅が町外れにあるのは確実なので市街地までのアクセスルートを確認しなくては。地図がないかなと思って待合室を見渡したら<Beaune: Guide de visite / City Guide>という立派なパンフレットが無造作に置かれていました(英仏語で意味ちがうじゃんね 笑)。観光マップもついているので好都合。

 こんな城壁に囲まれている

 

ボーヌ駅を背に200mくらい歩くとジュール・フェリー通り(Boulevard Jules Ferry)に出ました。ボーヌは典型的な中世都市で旧市街全体が城壁に囲まれており、この通りはその外側を走っています。ジュール・フェリーってフランスの教育史ではルソー、コンドルセとならぶVIPですよね。どこからでも入れるようですが、いったんぐるりと城壁の外側を回り込んで南側にやってきました。ここかなと思った入口(城壁の穴)から中に入ると、もう見るからに旧市街。おっと、いきなり何か観光スポット的なものがあったぞ。

 
ボーヌの「ワイン市場」  EU旗はあるがトリコロール(フランス国旗)がないのは公国いらいのプライド?(いちばん右はブルゴーニュ広域行政圏の旗)

 

古びた建物の壁にMarché aux vinsとありました。「ワイン市場」か。現役なのか史蹟なのかよくわからんけど、玄関にvisite des cavesとあり「カーヴ(ワイン庫)の見学コース」ということだから見てかまわないはず。入ってみるとすぐ受付カウンターがあって中年女性が1人いました。「ボンジュール、ようこそ。見学は€10です」と。おっと有料なのか。何を見せてくれるのか不明のままでいたら、パンフと、ソムリエが使う(シンボルとして首からかけている)金属の杯を手渡されました。デギュスタシオン(dégustation)の文字が見えるので、これはワインの試飲をさせてくれるということだな。結構ではないですか。午前中だけど。

ということで、これは本物の市場ではなくてテーマパークのたぐいですね。女性はカウンターのわきにあるドアを押して、見学はここからだと誘導します。どこかへ内線電話して、「見学の方がおひとりいらっしゃいました〜」といっていましたから、案内の人が出てくるのでしょう。地下の、薄暗いという以上に暗い通路が順路になっていました。おそらく昔のワイン庫を整備したか移設したかという感じのところ。ワインは日光と高温多湿に弱いですからね。そのうち40歳くらいのムッシュがあらわれて、ようこそ、こちらへどうぞと英語で誘導しました。ワイン樽の上にボトルが1本載せられており、ろうそくでラベルなどを見せるという趣向。例の杯を置くように指示され、従うと、ボトルから白ワインをなみなみと注ぎました。「こんなふうにしてすべてのワインを試飲していただけます。ただし1銘柄につき1杯までですので、よろしいですね」と。注いでくれた最初のワインはおなじみシャブリ(Chablis)。ん〜、いかにもシャブリだなあ。朝っぱらのワインはなかなかよろしい(笑)。背後の壁にはラックがしつらえられていて、試飲品と同じボトルが並べられ、値段が示されています。気に入ったら購入できますということね。このシャブリは€13.90。ムッシュが去り、あとは1人で見学というか試飲。

 

 試飲しまくり

 

パンフを見ると白ワインがシャブリを含めて4銘柄、赤が11銘柄で、全部で15ということらしい。品名の右側に書き込みスペースがあるので、ソムリエ気取りで味の感想を書いてくださいということなのでしょう。最近の私は赤ばかり年間120本くらいは飲んでいると思いますが、東京で10001500円くらいの大衆価格からはみ出すことはまずないですし、味や香りの仕分けをとくに勉強したこともありませんから、「ワイン好き」と聞いて人が思うほどには詳しくないですし、味わい分けることもできませんです。こだわりがあるとすればフランスワインばかり飲んでいるということ。研究対象だから愛仏心があるというのではなくて、輸入量とヴァリエーションでいえばフランスかイタリアということになり、先になじんだフランスならば勘がはたらくというだけのことです。そのフランスワインの双璧といえばボルドーとブルゴーニュ。前者がカベルネ・ソービニョン種、後者はピノ・ノワール種を軸にしていて、この違いはすぐにわかります(知識がない人でも比べて飲んでみたらすぐにわかりますよ)。日本の大衆ワインはどういうわけかボルドーばかりでブルゴーニュは少なく、飲むチャンスがなかなかないのは残念です。セブンイレブンで売っている1280円のブルゴーニュは悪くないですけどね。そんなわけで今回はブルゴーニュ三昧でうれしいねええ。

基本的に無人で試飲させるというのは乱暴のような気もします。ボトルの横にもパンフにも「おちょこ1杯だけ」と強調してあるし、パンフには「私どもが飲みすぎと判断した場合には試飲を中断させる権限を行使させていただきます」というような記述が英仏独語で書いてあります(笑)。もっとも、本物の呑んべなら€10の入場料を払って試飲しまくるより安酒場で飲みたおすに違いなく、問題になりそうなのはアルコールに弱い体質の人でしょう。順路を進むと、途中で階段を上がって0階に戻り、まさに「倉庫」という感じの広いスペースに出ました。ここに約半分の試飲ボトルが置いてあります。それにしても、ワインの歴史や文化を解説するでもなく、ひたすらボトルを見る(飲む)だけなのね。価格帯でいうと、スタートのシャブリがいちばん安く、だいたい€20前後のものが多い。いちばん高いのは最後にあったコルトン・グラン・クリュ(Corton Grand Cru)で€49。これは有名だもんね。深くどっしりしていて、やっぱり美味い。それ以上に表現できないのが素人そのものですが・・・。全体に、安いブルゴーニュにありがちなすっぱさがなくて、しっかりしています。飲んでいるんじゃなくて、趣旨に沿ってテイスティングしているんだよ! 最後のコルトンが終わったあたりでムッシュが再登場し、「気に入ったものがおありならお買い求めいただけます。いかがでしたか」といいながら、お勧めの銘柄を紹介したり、ブルゴーニュの特色を力説したり。酔っ払ったわけではないが会話しているうちに英語が出てこなくなり、フランス語に切り替えました。「フランス語を話せるんですか?」と。ええ、まあちょっとだけ。滞在1時間ほどのあいだに見学者は私ひとりのようで、ムッシュとしてはこの客に何か買わせようと考えているのかな。どちらにしても市内でお土産のボトルを買うつもりだったから、試飲して気に入ったヴォルネー・プルミエ・クリュ(Volnay 1er Cru)のハーフボトルを購入しよう。東京に持ち帰るつもりはなくてパリのホテルで飲むだけだから、フルボトルは大きすぎます。フルが€27なのになぜかハーフは€12.20也。当地でこのくらいということは日本ではフルボトルで56000円くらいかなと思う(あとで調べるとだいたい67000円くらい)。パンフの解説を読むと、ヴォルネーはボーヌのすぐ南にあるドメインみたいですね。AOC(原産地統制品)のワインなんて日ごろ縁がないからなあ。ごちそうさま&ありがとう。

  ワインショップ

 

気づけば正午になっていました。街歩きを再開しよう。旧市街はかなり狭いので、地図なしでうろうろしてもそのうち元に戻るような気もします。場所がら、都市の規模のわりにワインショップがやたらに多いのがおもしろいですね。もともとそんなものなのか時間帯の問題か、道路を歩く人はあまりありません。ここが観光地なのかどうかは知らないけど、外国の人がほいほいくるような場所ではなさそうですし、観光客があったとしても真冬に来ることはあまりないでしょうね。ヒマな方はネット地図か何か見ていただくとわかるように、ほぼ円形の城壁に囲まれた旧市街、その内部の道路はノートルダム寺院(Basilique Notre Dame)を核にして同心円っぽくなっています。道幅は当然狭くて。たまたま最初に出会ったスポットが先ほどのワイン市場だったため、もうそれで十分だけど、ノートルダム周辺には試飲できるお店がいくつもあります。寒くなければもう少し舐めてもいいところかなあ。お寺のすぐそばにワイン博物館(Musée du Vin)もあり、古い邸宅を利用した造りのようでした。こっちはちゃんと歴史・文化的な展示があるのでしょうが、ランチを考えると、もう見学している時間はなさそうで残念。もっとも、ワインは見るものではなく飲むものじゃよ。

 
(左)ノートルダム寺院 (右)ワイン博物館

 

駅でもらった市の観光パンフによれば、ワイン博物館の建物はかつてブルゴーニュ公(Duc de Bourgogne)の邸宅だったところらしい。私もともと19世紀の専門家ですので、西欧中世史というのは固有名詞を含めてよくわからんのですが、ブルゴーニュが歴史的な意味での「大物」であることは承知しています。フランス王カペー家の分流が公に封じられてきた領国ながら、百年戦争ではイングランドと同盟するなどして王と対抗しました。フランス史に近代のはじまりがあるとすれば、15世紀後半にブルゴーニュ公国がつぶれてフランス王の王領(domain royal)に組み込まれたときだと考えられます。つまり集権化・領域化によって近代的な意味での国家らしいものが出現したということ。ホイジンガの『中世の秋』(1915年)は独立勢力だった時期のブルゴーニュ公国を活写しています。歴史学の学生だったときにちらっと読んだだけで記憶に残っていないのが無念〜 世界史の教科書では、イタリアではじまったルネサンスが北方ルネサンスへと推移した件が叙述されます。北方というのはアルプス以北の西欧という意味で、その最大のパトロンになったのがブルゴーニュ公、中でもフィリップ善良公(Philippe le Bon)でした。ジャンヌ・ダルクさまを捕まえた張本人でもあります。このころブルゴーニュ公はその勢力をネーデルラント(いまのオランダ・ベルギー方面)に拡大しましたので、近代的な意味でのフランス史のくくりでのみ思考しているとたぶん間違えますね。善良公ははじめディジョンにいましたが、のちネーデルラントに拠点を移しました。美術史でいうフランドル画派というのはその時期のもので、8年前に現ベルギーのヘント(Gent 英語読みではゲント、フランス語ではガンGand)にあるファン・エイク兄弟作の「ヘントの祭壇画」(神秘の子羊)という大きな絵を見たことがあります。

昼休みの時間帯ながら人通りはあまりありません。悪くいえば活力がない。人口規模からしてこんなものかな。ワイン祭りのころには大いに盛り上がるそうです。私の西欧ツアーはいつも晩冬なので、春夏秋冬の中ではその地域の姿をいちばん反映していない季節かなあとは思います。前回ひさしぶりに9月はじめにやってきたところ、よく知る景色もずいぶんと違って見えました。理想をいうならそれぞれのシーズンに1回ずつくらい来てみたいス。

  ボーヌの中心街
 ブフ・ブルギニョン

 

さてボーヌでの持ち時間が1時間半ほどなので、昼食をとって、もう少しだけ散歩というところですかね。町が小さいので余裕はあります。中心街をひとわたり歩いてみたら、本格的なレストランと安直なカフェはあるものの、大衆レストランとかブラッスリーのたぐいがあまりない。来るときに通った城壁の外側にはけっこうあるみたいでしたけど、行き戻りするのも面倒です。中心街はずれの小さなブラッスリーのドアを押せば、中高年の男性2人づれが食事しているだけで、ホール係の若いムッシュは退屈をもてあましている感じ。これは外れだなと思ったものの着席してしまったので仕方ない。ここに来たならというのでブフ・ブルギニョン(bœuf bourguignon)とグラスのブルゴーニュを発注。ビーフのブルゴーニュふうということですが、パリのカジュアル・レストランでも定番料理となっている赤ワイン煮込み、ビーフシチューの原型みたいなやつですね。運ばれた料理はどうも温かさが足りず、大鍋で煮込んでいるのでしょうが、1人ぶんを温めなおす時間が足りなかったか、チンの加熱が不足したか(笑)。何となく大和煮の缶詰めみたいな味がするなあ(牛肉を煮込んで熟成させるとだいたいそのような味になるんですよね)。まずいとはいえないものの、65点。ブルギニョンが€14.50、グラスワインが€3.90でお値段はまずまずです。ここでレシートを見て初めて気づきました。TVA(付加価値税、いわゆる消費税のこと)の税率が7%になっていました。一般税率は19.60%、食料品など必需品関係が5.50%の複式税率だったのですが、後者の税率が改定されたらしい。フランスはまもなく大統領選挙で、2期目をねらうサルコジはTVA21.20%に引き上げることを打ち出しています。簡単にいえば法人減税+消費増税という組み合わせで、新自由主義的な施策なんでしょうね。フランス国内のムードを観察してみると、ユーロ危機への対応というよりも雇用(失業)対策という色が濃厚です。事業主が儲からないから雇用が増えないという論理。でも間接税が上がれば消費は冷え込んで事業主もますます儲からなくなるだろうし、企業が多少儲かっても経費の安い外国での生産・雇用ということになるだろうし・・・。こうした産業の空洞化、海外移転というのはグローバル時代には日本でも大問題ですが、市場統合が進む欧州においては域内移転というかたちでより容易になるだけに、「フランス」としては深刻といえるでしょう。

  ボーヌの旧市街はこんな感じ(左は市役所)

 旧市街側から見たボーヌ駅

 

腹ごなしを兼ねて旧市街の北辺あたりまで往復。あとで知ったのだけど、ワイン市場のすぐそばにオテル・ディウ・オスピス(Hôtel-Dieu Hospices de Beaune)といういちばんの見どころがあったようです。施療院とでも訳せる15世紀のゴシック建築とのこと。ガイドブックをもたず予習もしないで現地に出かけるので、こういうことはよく起こります。よほど気になるなら別の機会に行けばいいのだし、よほど気にならない(事前に引っかからない)からこそスルーしたのだから、惜しがらないでいいはずなのです。日本人旅行者は「最低これだけは見なくちゃ」とか「必見って書いてあるから見よう」といった発想からなかなか自由になれませんね。ことのついでに説教めいたことを申しますと、ユネスコの世界遺産を本旨とは別の意味(観光振興)でとらえる風潮は世界的なものらしいですが、それにしても「世界遺産に認定されたから見ましょう」というのはアホかと思う。権威がお墨つきを与える前にものの本質を見抜きたいものだし、権威やみんなが支持しなくったって、旅行は「自分の価値観、美意識」ですればいいんじゃないのかなあ。

 

*この旅行当時の為替相場はだいたい1ユーロ=100円くらいでした

PART 2へつづく

この作品(文と写真)の著作権は 古賀 に帰属します。