古賀毅の講義サポート 2022-2023

Études intégrées et interdisciplinaires: études croisées vers les années 2020

総合学際科目:2020年代への学びの架橋


千葉工業大学工学部機械工学科、先端材料工学科、電気電子工学科、先進工学部生命科学科 (総合分野) 
後期 火曜 2限(10:40-12:10)  新習志野キャンパス 7号館 7202教室

 

 

 

 

 

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2022
9月の授業予定
9
20日 はじめに/学びの架橋・越境に向けて
9
27日 ブラックボックス化と規格化・均質化


 


次回は・・・
2- ブラックボックス化と規格化・均質化

現代社会の特徴を見ようとするときに、なんらかの「視点」を設定すると、整理がしやすくなっていきます。今回は3つの類似するキーワードを用意しました。ブラックボックス化、規格化、均質化です。さほど難しい言葉ではありませんが、「そういう文脈で使ったことがない」という人が多いと予想されます。私のほうで、具体的な例をいくつか挙げて、みなさんにもそれに当てはまる事象や対象を抽出していただきます。

ブラックボックス化というのは、直接には中身が見えなくなる(見えなくする)ことです。中身というのは、物理的な意味でのしくみ(機構)であったり、それが作動して起こる原理であったりします。このクラスの受講生にとってはさほど難しいことではないでしょうが、たとえば自動車の動くしくみを考えてみましょう。発動機(エンジン)の話です。それ自体は中学校の技術・家庭でも取り上げられるので、実際には中学生の理解力があればわかってしまうことなのですが、さりとて一般人がそこまでエンジンの機構やしくみに関心をもっているかどうかという点が問われます。免許を取る際にはある程度の知識を求められますけれど、それが済んだらもう忘れてしまう人が多いのではないでしょうか。エンジンがどのように動くかということよりも、運転席に座り、どの部品をどのように操作すれば走るのか、という「動かし方」が関心の中心となり、しばしばそれは中身が見えなくてもレバーやボタンだけ覚えればよい、ということになります。走行するための機構が丸見えであり、実際にそこに足を載せて直接動かす自転車と比較すればわかりやすいでしょう。スマートフォンを持ち出すまでもなく、現代の社会生活や消費生活には、「動かし方」はわかるが中身はわからない、というものがあふれています。

規格化均質化(あるいは画一化)というのは、文脈的には同じようなテーマです。工業系のみなさんにとっては、たとえばJISJapan Industrial Standards 日本工業規格と長く呼ばれていましたが、3年前に日本産業規格と改称されました。工業も産業もindustryですが、この変化は意外に重要かもしれません)という規格はおなじみですね。JISなどは法律にもとづいて政府やその関係機関で制定するものですが、民間でつくられる規格というのも多数あります。IT系でいえばGAFAやマイクロソフトなどがそれをなしていて、いったん規格が定着すると後から別のものが参入することが難しくなります。ものづくり、システムづくりに携わろうと考えている人にとっては、かなり重要なテーマになります。

それだけであれば、工業大学の専門科目でも普通に講じられる内容であるのですが、当科目はそこを文系っぽく攻めていくことにします。ブラックボックス化や規格化・均質化をもたらすものは何なのか。そしてその影響によってどのような変化が人間や社会の側に起きるのか、といったことに注目します。「必要があったから生み出されたんでしょ」「それができて、よくなったんですよね」と考える人が多いかもしれません。しかし、必要があろうとなかろうとこれらの変化が起きることは多々ありますし、それができてマイナスの影響がもたらされるということもしばしばあります。世の中が「よい方向に進む」という楽観的な(あえていえば安直な)発想を自戒するところから、この科目の思考をはじめることにしましょう。

 

REVIEW 9/20
*文意を損ねない範囲で表現や用字法などを改めています。複数のレビューを統合したり一部を省略したりする場合もあります。

今回の授業を通して感じたのは、自分で考えることを重要視しているということです。とくに、世の中のことで簡単に答えを出せるものはそうそうないし、なぜそれを単純化して自分たちの側に合わせようとするのかという話に、とても説得力がありました。

学びの架橋についての話を聞いて、いままで学習してきた「学び」について新しい視野が開けた。
先生の話を聞いて、視点を変えてみることの大切さをあらためて実感した。自分がタコツボ化しており、他の分野とのつながりができていないということに気づくことができた。

大学では自分の専門分野を学べばよいという考えになっていましたが、他の分野も学習し、自分の専門と関連づけていこうと思いました。この授業では学問との向き合い方、学び方を意識していこうと思います。

これから学んでいく内容についてしっかりと確認することができた。学びの架橋として、一つの専門分野のみを探究していくのではなく、さまざまな分野についても知り、協力していくことがこれから重要になっていくことを学んだ。私もそこはとくに気をつけないといけないなと思った。
今回、学びの架橋・越境に向かうという話で、どのようなことを学ぶのか最初はあまりわかっていなかったが、自分の専門分野だけでなく他のことなどに架け橋をつくるのだと聞いて、とても納得することができた。この授業を通して、考えることをもっと大事にしていこうと思う。

この科目は社会科に近い内容ということだった。社会は人間の求めている(いた)ことが現れた結果だと思っているので、それを学ぶことで、求めていることを知り、考えていきたい。

今回実感したのは、現代社会と学問は単純ではないということである。スマホひとつとっても、ハード、ソフト、コスト、マーケティングなど多くのことが絡んでいるため、視野の広さは必須であると思った。

総合学際科目という授業の性格を知ることができた。知りえたことを踏まえ、この科目の意義をしっかり意識して授業(とくに思考)に取り組もうと考えた。

2020年代への学びの架橋」というタイトルを初めて見たとき、授業は主に2020年からの国際関係についてのものだと思った。しかし授業を受けたら、社会についてさまざまなことを学ぶのだとわかった。中学生のときからずっと理系を勉強してきたので、文系が弱みだ。いままで自分に足りなかったものをこの授業で学びたいと考えている。

 

いままでの大学の授業では、答えがあって、それを導き出すという感じであったが、この授業では自分自身で考えて答えを出すという新鮮な感じで、気分転換にもなりそうだった。

ただ答えを出したり暗記するだけだったりの勉強は基礎であり、それ以上ではないことを知りました。
・・・> 私は「基礎である」とすらいっていないですけどね。暗記が基礎になる分野もあるし、不要(むしろ無用)な分野もあるということで、暗記がなければ何ごともはじまらない、というのは違います。

数少ない文系の授業なので、自分のプラスになるよう毎回の授業で思考力を高めていきたい。

授業の流れがなんとなくわかりました。グループワークなどを利用して自分の経験値を増やしていこうと思いました。
今回の授業を受けて、自分の知識から考えることが重要だとわかった。知識を増やしたり、他の人の意見を取り入れたりすることが大切だと思った。答えのある問題ではないので難しかった。
・・・> 2人とも、十分にわかっていないかもしれない。まだ、これまでの学び方の呪縛に囚われているように見えます。これからですね。

自分で考えるということをいままであまりしてこなかったので、これを機に、考えるということを知れたらいいなと思います。

いままで暗記式で勉強してきた私にとっては苦手な分野だと思ったが、暗記の勉強法はよくないと知っているので、この授業を通してさまざまな考え方を知り、自分の意見を書く・話せるようにしていきたい。
暗記をせず、考えるという学習は、ただ記憶しただけの人にならず、自分の力になりそうだと考えたので、よい学習だと思った。理系で専門を狭くしているが、他の分野も大切だという考えを聞いて、自分に取り入れていかなければならないと思った。

今回は、まず暗記はしない、考えること、発言することが重要であり、また工学部で学ぶうえでのメリット、デメリットについて考えさせられた。私自身の例を挙げると、他大学の友人は文系が多く、理系も一定数いるが、理系の人と会話する内容は専門性を含んだものなのに、文系であると浅く広くという感覚でさまざまな考え方、感じ方がある。タコツボ化の話は、納得する部分が多々ありました。

学び方や型を身につけるには、暗記するのではなく、さまざまなことに関して思考することが大切である。暗記するのが嫌いだったが、思考するというのははるかに難しいと思った。

暗記するのではなく学び方、考え方を追求していくとおっしゃっていたが、どちらも大切だと思う。暗記していなければ毎度毎度考えなくてはならず、必要なときにすぐ知識を使うことができないと思うからである。また学び方、考え方を学べば暗記の量が減り、自分なりの何かを得られそうではあるなと思った。後者については学科の先生もおっしゃっていたので、頭のいい人はこの考えを大切にしているのかもしれない。
・・・> 後半を見るかぎりでは、「どちらも大切」ではなく「思考のほうが大切」ということになります。暗記して、そこで終わるのがアウトだということです。そして、「暗記大切ですよ」なんて私がいおうものなら、「思考は面倒だからひとまず暗記して点数を稼ごう、この場をしのごう」と考える人が続々出てきます。こういう機会がなくても思考するタイプの人は、とっくにやっている。自分からはなかなか気づけず、サポートがあって思考するようになる人は、いまは「暗記あり」なんて考えてはいけません。

私は昔から人の話を聞くのが得意ではなく、話を聞く時間が長い文系の科目をあまり好んでいなかったが、今回の話を聞いてみて、この授業ではちゃんと話を聞き、さらにそれを自分の頭で想像できるようにこれからがんばりたいと思った。最近あまりニュースを見なくなったため、社会の動きにあまり興味をもてなくなってしまっていた。これからは日本や世界のニュースを見るようにし、社会の流れを自分で把握できるようにしたいと思う。

普段の授業での学びが、非常に受動的になっているということに気づいた。自分の考えをまとめ、書き上げるという作業に慣れておらず、普段使っていない頭の部分を使えたと思う。
いままでの大学の授業は、計算問題や暗記がほとんどでした。この授業のように、考えて相手に伝えるということをしてこなかったため、久しぶりの授業形態で新鮮でした。国語は苦手なほうですが、思ったことや想像したことなどをしっかり文字に表せるようにがんばっていきたいです。

勉強が嫌いになる理由は、一方的な学習であるからだと考えた。もっといえば、先生の自己満足である(どの大学に受かったなど)。
・・・> カッコの手前まではよくわかるのですが、どの大学に受かったというのは、しゃべっている先生の話なのか、生徒に教えて「大学に受からせる」ということなのか。どの大学に受かったなんていって自己満足している先生いるんですか?(いそうだけどね 笑)

私は公民が苦手で、大学共通テストでとても苦労した思い出があります。公民の考え方というものを学べたらいいとわかったのでがんばりたいです。教科書をつくる過程がどうなっているのか気になりました。
・・・> 教科書をつくる過程は、知識としてはあったのですが、実際に当事者としてかかわってみて、なかなか興味深いものがありました。といいつつ、教えない(笑)。さほど複雑ではないのでググってみてね。


欧州の人はタコを嫌がるのだが、地中海地方の人はわりによく食べている
イタリア トリノ市内の鮮魚店

 

今回のワークをやってみて、私は専門分野以外の知識や想像力があまりないということに気づいた。この授業を通じて、専門分野とそれ以外の分野をうまく結びつけられるようにしていきたいと思った。
タコツボや専門バカといわれないように、考える力を身につけたいと思った。

小・中・高と浅い知識の中で物事を捉え、理解してきました。固定概念に疑問をもつこともありました。それはまだ自分の中での解釈と実際の事柄との相違によるもので、狭く浅い知識しかなかったからです。先生もおっしゃっていたように、専門分化して横方向の知識が欠如していました。この授業では、テーマに対してどう対処するかなどの方法を身につけたいです。

大学生になってから専門科目以外で頭を使うようなことがなかなかないので、ついていけるよう努力したいと思います。就職など自分の進路を決める際の役にも立つと思います。

大学・学部の関係で文系の教員とかかわる機会があまり多くない。この科目のような文系科目のよいところ、悪いところなど具体的に話をしてくれたので有意義だった。

授業の中で、理工系大学の学科を増やし、より専門的にするという話があったが、私は反対である。将来就きたい職業が決まっていないので、いろいろなことを学び、その中で将来のことを決めたいので、専門的になりすぎるのはよくないなと思いました。
・・・> 当然、そういう人も多いことでしょう。大学を運営する側の発想は、どちらが「より多くの利益になるか」「より多くの受験生に支持されるか」ということなので、全員を満足させるということはないでしょうね。ただ、もう少し考えてみてほしい。分野のくくりを大きくして、たとえば2016年までのように「ものづくり系」はみな同じ学科、みたいにしたとしたら、あなたは自身の関心を絞り込んで、将来の進路につなげることができるのだろうか。案外違わないのではないか。確かなことはいえませんし、所詮は空想ですけれど、これを考えると、今後の自身の学びの質につながってきますよ。

理系は専門分野がこまかく、どうしても狭く深くの学びになってしまうと思っていたので、分野横断的な学びは大切であるとあらためて思った。飲食店のタッチパネル式注文機の例にもあったが、一見するとよい製品であっても、使う側から見た利便性などにもっと想像力をはたらかせなければならないと考えた。
ラーメン屋とかの券売機の話は共感した。券売機やセルフレジなど、機械で会計するようなものは、初めてだと使い方がわからないので困る。

タッチパネル式の食券販売機に対する不満は、母も同じようなことをいっていて、ジェネレーション・ギャップを感じた。私と私の周囲(4人)の意見は、食券機が1台しかないのは一列に並ばせるためであり、オペレーションが多いのは混雑時の時間稼ぎ、仕様の差はAndroidiOSを併用している身ではそこまで気にならず不便に感じない、というものだった。この考え方の違いは、先生や母のほうが客寄り、私たちが店寄りであることが原因だと思われるが、なぜそのような分断が起こるのかはっきりしない。
・・・> 「店寄り」ではないのではないか? むしろスマホ漬けになってそれに取り込まれている層を顧客の中心とみなしたからこそ、あのようなしくみになっているのだと推測されます。入口付近で一列に並ばせるというのは、それなりの人数を店の外に立たせるということであり、混雑時の時間稼ぎのために客に労力を取らせるというのはサービス業にあるまじき不届きな態度です。ま、大学生のみなさんが「店側」の肩をもって一緒にエクスキューズを立てても、なんらよいことはありません。金儲けのチャンスをみすみす逃すことにもなります(笑)。

専門知識だけでは世の中の役に立つものはつくり出せないと、授業を受けて考えたので、いままで以上にさまざまな分野に興味をもって、いろいろな視点から物事を考えられるようにしたいと思った。
専門分野に特化するだけでなく、他の分野の知識も取り入れるなど、知識の広さを身につけていくことが、商品やサービスの視野の広さにつながるのだと思った。

今回は、考えることの重要性をあらためて感じました。私はiPhoneなどのスマホが登場して世の中は便利になったと思いますが、そのせいで人は考えることが少なくなっていると思っていたので、この授業でより考えたい。

非現実的に物事を考える機会が年を取るごとに減っているため、今回の作業は想像以上に時間がかかってしまった。

「あったらいいな」と思うものを考えてみたが、普段そのような考え方をしないため少し難しく感じた。この授業では自分の考えをしっかりともつことを意識していきたい。
普段生活するうえで考えないようなことを考えたため、なかなかまとまらず時間がかかってしまった。私はいつも「もしも」「たとえば」といったことをあまり考えないのだとわかり、勉強になった。いままであまり社会科系が好きではなかったが、「もしも」「たとえば」の考えを取り入れて学びたいと思った。

日々便利、不便を感じているにもかかわらず、いざ自分から生み出すとなるとなかなか浮かんでこなくてつらかった。

古賀先生の「あったらいいな」を教えてください。
・・・> 新習志野に停まる快速。


イタリアのテレビで放映されていたドラえもん(タコを見た翌日)

 

今回の話を通して、古賀先生は松尾芭蕉が好きで、文学には力があると考えているのだろうと思った。しかし、それらと授業との関係がまだ見えず、これからどのような展開になるのか楽しみである。また文学部最強説の内容をぜひ今後聞いてみたい。
・・・> 松尾芭蕉は別に好きではないし、文学に力があるとは思うけど今回はそのことに触れた場面はなかったと思います。SNS批判のついでに俳句を持ち出したのだけど、わかったかな? 文学部最強説はそのうち詳しく説明しましょう。これ、雑談でも脱線でもなく本筋に近い話です。

このサイトが見やすくてよかった。
・・・> ありがとうございます。

人見知りで、人前で発表したりするのがあまり得意ではないので、少し心配になりました。
・・・> がんばりましょう。それ以前に、自分のことを「人見知り」とか名乗っても、人生で得することはひとつもありません。おとなになると、とくにそうです。

家族全員ジャイアンツファンです。推しは中川投手です。先日も試合を見に行き見事にジャイアンツが勝利したのでうれしいかぎりです。
プロ野球で好きな球団はありますか?
・・・> 今月はオリックス。来月はわからん。

普段何も考えずに生きているので、おそらくこの授業は私にとって厳しい戦いになるなと思いました。

今回初めてのワークでしたが、自分が世間に興味がなさすぎて何も思いつかなかった。あとこの授業は何を学ぼうとしているのかがよくわかりません。教えてください。
・・・> かなり踏み込んでいますし、ここに並んでいるクラスメイトのレビューを見て、わかってきませんか? このタイプの問い方をしがちであるという自覚があれば少し注意しましょう。よほど先生が丁寧に説明して歩み寄ってくれないかぎり、自分のほうに動機はないので知らん、というふうな思考停止や学習放棄に陥るリスクがあります。そんな経験ないですか?

いままでなんとなく毛嫌いしていた社会という教科にもう一度目を向けることができそうな内容でよかったです。(類例複数)

公共という科目が高校にできたことを知った。高校生のとき公民が嫌いだったので、私が現役のときになくて本当によかった。また、学びの架橋という授業形態が、高校の現代社会と似ているので取り組みやすい。
・・・> 現代社会と公共は(結果的に)あまり変わっていないですけどね!

なぜわざわざ「現代社会」から「公共」に名称変更したのでしょうか。
・・・> 名称変更ではなく、本来は新しいコンセプトのつもりでした。公共という科目の新設と必修化を提唱したのは、文部科学省や中央教育審議会ではなく自由民主党の文教部会でした。安倍政権の成立以降、教育政策に関しては右寄りの路線を進めていたわけですが、右寄りで教育をしようとなると、「いまの若者は公共心(たとえば国のために尽くそうとする奉仕の精神)が足りない」となりがちで、公民は知識だけでなく態度も育成するようにもっていくべきだ、というような提案になるのですね。ただ、小学生ではあるまいし、現実の高校教育の場面で、そんな戦前チックなことができるはずもありません。SNSなどで右寄り発言を繰り返す「若者」「高校生」ですら、自分が当事者になって「働かされる」のは嫌がります。そもそも大学入試のことなどを考えると、評価のしようのない部分は切り離さざるをえません。で、結果的に現代社会とさほど違わないコンセプトに落ち着いたわけです。最大の変更点は、全員必修になったことです。高校生は、公共を全員が学び、そのうえで倫理または/および政治・経済も学ぶ、という2段構成で公民を学びます。

中学校でいう社会の先生の話を聞いて、自分の苦手分野であることを思い出した。もう勉強することはないと思っていたので、もう一度気を引き締める必要があると思った。
暗記ではなく思考力をもって学び、そのうえ私が苦手で好きではない公民寄りの授業だと聞いて、なかなか難しそうではあるが、がんばって脳をフル回転させ、文字数を稼ぎまくり、前日に早めに就寝することでついていきたい。

 



開講にあたって

総合学際科目は、3S2年前期)までの学部指定科目群1の学習を踏まえ、教養的な学びの経験と自身の社会での経験・考察とを融合させて深め、学部指定科目群2(津田沼)や専門科目へのブリッジとなるように思考をリフレクトすることをめざします。「学際」(interdisciplinary)というのは、個別の学問分野を越えて、あるいは結合させて思考する考え方のことで、何ごとも複雑化し高度化した現代においては不可欠の視野であるのですが、大学での学びというのはとかく専門化しやすく、学生もまた「私は○○の専門だから(他は関係ない)」といった態度に陥りやすい傾向にあります。理系においては、文系以上にその弊害(あえてマイナスで申します)が強いようです。自分の不得意な分野や関心の薄い分野をまるごと切り捨ててしまう人も少なくありません。けれども世界(社会)はあなたの個人的な好みや専門性とはかかわりのない次元でちゃんと動いています。せっかくの専門やこだわりを生かすためにも、それがどのような文脈にあるのか、社会のどこに生きてくるのかといったテーマを自分なりに考えてみる必要があります。

本年度は「2020年代への学びの架橋」という副題です。すでに2020年代に入って3年弱ですが、もう直感的におわかりのように、2019年までと2020年以降とでは明らかに「別の世界、別の状況」になってしまっています。大学2年生のみなさんが中学生・高校生だったころと現在とでは、社会の前提が変わってきており、ゆえに社会の見方も変わってきています。ただ、目の前の短期的な出来事や現象に振り回されすぎると、全体の構造を見通すことが難しくなります。なぜ全体の構造なのかといえば、みなさんがこれから歩んで、かかわっていく社会というのは、個別の事象ではなく全体の構造だからですね。この科目は、高校まででいうならばもちろん社会科なのですけれども、いま述べた問題意識がありますので、個別の知識の獲得(たとえば「暗記」)などどうでもよくて、まさに「全体」「構造」を自分自身の問題として考えることを目的とします。暗記がなくてよかったと思う人もいるだろうけれど、これまで「社会を考える」習慣がなかった人にとっては、かえって難儀かもしれません。また、学問ですから、自身の主観や経験や価値観というのを、新たな視野や知識で上書きし、突き放していかなければならなくなります。ハタチの大学生の考える「常識」では通用しません。当科目の学びを通して、思考し、それを新たな枠組、前提として社会に向き合うということを強く求めます。大学生の学びというのは、本来そういうものです。

さて受講生が20歳前後であるということは、物心ついてそれなりに社会の情報を得られるようになってから10年になるかどうかというところでしょう。社会が「変化」しているという感覚をもてるかどうかというところですね。新しいアプリが出たとか、新しい施設ができたというような可視的な変化はもちろんですが、「構造」そのものが変わっていくというのは捉えにくく、つかみづらいものだと思います。しかし、これから長い年月を、学校や先生のアシストがなく自力で生きていかなければならないのだとすれば、構造の変化を動態的に捉えるスキルというのを、いまのうちに獲得しておきたいところです。当科目では、いくつかの具体的な事象を立てて、それを通していま述べたような視点に向かうことにします。繰り返しますが、知識を覚えるのではなく、それを足場にして思考することに意味があります。

この総合学際科目を含む総合分野は、教養と専門分野をつなぐブリッジであると同時に、大学前半(新習志野)の学びとより高度化する後半(津田沼)の学びとをつなぐブリッジにもなります。みなさんの大切な専門分野と進路をむしろ意識して、思考をフル稼働させてみてください。

 

当科目の評定方針

所定のポートフォリオにもとづき、数回の授業内課題を通じて思考や取り組みのプロセスを総合的に評価します(自己評価を含む)。
出席点はいっさいありません。

 

 


 


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